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第2章:火の心臓編
032 考えるだけ無駄
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「ッ……」
窓の外から聴こえる小鳥のさえずりに、私は重たい瞼をゆっくりと開いた。
すると、電気の点いていない室内が、窓から差し込む朝陽によって明るく照らされているのが目に入った。
……朝、か……。
「んんぅ……」
すると、腕の中にいるリートが、小さく呻き声を上げながらモゾモゾと軽く身じろぎをした。
あぁ、そういえば、昨日は結局抱き合ったまま寝ちゃったんだっけ。
寝起きで働かない頭で、なんとなくそんな風に考える。
リートは私の体をしっかりと抱きしめ、胸に顔を埋めたままスヤスヤと安らかに眠っている。
……これは、起こすべきなのか?
別に出発の時間を決めたわけでもないし、急いで起きなければならないわけでもない。
けど、この状態のままでは私は動くことも出来ないし、時間を決めてないと言っても早く出るに越したことはない。
でもなぁ……無理矢理起こして不評を買ったらどうしよう。
リートって中々に自己中だし、無理矢理起こして不機嫌にでもなられたら、今日一日物凄くめんどくさい。
「……綺麗な髪……」
現実逃避のように小さく呟きながら、彼女の黒髪を指で掬う。
ダンジョンで見た頃から思っていたが、こうして改めて見てみると、本当に綺麗だ。
あと、三百年間ロクに手入れも出来ていなかったのか、ダンジョンにいた時などは少しボサッとしたような印象もあった。
けど、昨日この宿で久々に洗えたからか、今はサラサラと綺麗に指の中で擦れていて、本当に綺麗だと思う。
やっぱり手入れって大事なんだなぁ、としみじみ。
「んぅ……」
ぼんやりとリートの髪を観察していると、胸の中で彼女がそう小さく声を漏らすのが聴こえた。
彼女はモゾモゾと身じろぎし、少しして顔を上げた。
未だに抱きついたままの彼女が顔を上げると、ちょうど息が掛かりそうなくらいの距離にお互いの顔があり、一気に緊張してしまう。
言葉を失っていると、彼女はシパシパと何度か瞬きをして、まだ眠そうな顔で私の顔を見つめた。
「んぁ……? イノセ……?」
「う、うん……?」
眠たげな声で名前を呼ばれるので、ひとまず頷いて見せる。
すると、リートは眠そうな顔のまま、こちらに手を伸ばしてきた。
彼女の手はまず私の頭を撫で、そこから手を下ろして私の頬を撫でる。
それから私の耳に手を伸ばし、耳の軟骨の辺りをクニクニと指で揉んだ。
くすぐったさを覚えていると、彼女は少し手を引っ込め、私の鼻を摘まんだ。
意図が分からずに呆けたまま、されるがままになっていると、彼女は小さく笑いながら私の鼻をグニグニと少し動かした。
「ふふ……本物のイノセじゃ」
「えっと……どうしたの?」
なんとなくそう聞いてみると、彼女は少し考えるような表情を浮かべた。
しかし、しばらくぼんやりと私の顔をマジマジと見つめた後でハッとした表情を浮かべ、すぐに私の顎を下からグイッと押し返してきた。
「ぅぐぇッ」
「ッ……今のは忘れろッ!」
羞恥心からか、リートは顔を真っ赤にしながら、そう叫んだ。
それから彼女はベッドから下り、電気を点けに歩いて行ってしまう。
一体何だったんだ……というか、急に顎を押されて強引に上に向かされたものだから、微妙に首が痛い。
ひとまず起き上がって首を押さえていると、部屋の電気が明るくなる。
そこで私は昨夜のことを思い出し、パッと顔を上げた。
「ねぇ、リート?」
「ん? 何じゃ?」
「昨日の夜、さ……急に泣いてたの、何なの?」
「……泣いてた?」
私の言葉に、リートは訝しむようにそう聞き返す。
それに頷いてみると、彼女は顎に手を当ててしばし考えてから、首を傾げて続けた。
「それは……何の話じゃ?」
「……へ?」
「お主が何を見たのかは知らんが、妾の記憶には無い。……寝惚けていたのではないか?」
「違っ……」
「さっさと準備をして行こう。少しでも早く、心臓の回収に行きたいからのぉ」
リートはそう言うと、さっさと洗面所に行ってしまった。
それに、私は口を開けたままポカンと呆けてしまった。
……私が寝ぼけていた?
いや、あの時はまだ抱きしめられた衝撃が強くて、かなり緊張状態だった。
意識もハッキリしていたし、寝ぼけていたとは思えない。
そうなると、考えられるのは……リートが忘れたフリをしている?
いや、さっきの私への態度を考えると、それもない。
先程の本物のイノセ発言ですら恥ずかしがる彼女が、昨晩私の胸に顔を埋めて泣きじゃくった出来事を恥じないはずがないのだ。
演技でそれが隠せるなら、先程もそれで羞恥心を隠せるはず。
つまり、演技をしているわけでもない。
あと残っている可能性は……本当に覚えていない、か。
消去法で考えると、この線が一番濃厚だろう。
けど、あれだけガッツリ泣いておきながら、覚えていないなんてことあり得るのか?
仮に本当に覚えていないとすると……寝言とか、寝相みたいな、夢遊病的なものの一種なのだろうか?
ダメだ……考えれば考える程、上手く思考が纏まらない。
起きたばかりということもあって、頭も上手く働かない。
「はぁ……」
小さく溜息をつき、私はベッドから立ち上がる。
とりあえず顔でも洗って、一度完全に目を覚まそう。
そう思って立ち上がった時、洗面所からリートが出てきた。
彼女はまだ先程のことを根に持っているのか、私を一瞥すると、すぐに視線を戻して準備を始めてしまった。
……自分の発言のせいなのに、なぜそんな態度を取られないといけないんだ。
「……ったく……」
聴こえない程度に小さく呟きながら立ち上がり、私は洗面所に向かう。
その時、グイッとガウンの後ろを軽く引っ張られた。
「……?」
「さっきの言葉には、その……特に、変な意味は無いぞ」
顔を合わせないまま言うリートに、私はほんの数瞬程固まってしまう。
しかし、すぐに先程の本物のイノセ発言のことを言っていることに気付き、少しだけ笑ってしまった。
「はいはい、分かりましたよ。……本物のリートさん」
「……」
「……ごめんなさい」
無言でジロッと睨まれてしまい、私は素直に両手を挙げて降参の意を示しながらそう答えた。
そんなに怒らなくても良いじゃんか。冗談が通じないなぁ。
私は彼女の睨みから逃げるように、すぐに洗面所に向かった。
ただ、これで彼女が、自分の失態をかなり根に持つ性格であることが証明されたわけだ。
そうなると、昨日の夜のことはあまり言わない方が良いかもしれない。
あのことを知ったら、彼女はいよいよ口も聞いてくれなくなりそうだし。
……ってか、同じ試着室で着替えたりベッドの中で抱きついたりするのは全然オーケイなくせに、あの発言が恥ずかしいのは何なんだ?
彼女の羞恥の基準が分からない、というか……考えることが分からない。
あぁ、そうだ。昨日の時点で分かっていたことだ。彼女の思考については、真面目に考えるだけ無駄だということは。
水で顔を洗うと頭がハッキリして、徐々に頭の中もスッキリしていく。
そうなると、やはりリートについては考えるだけ無駄だという結論が出るので、これ以上は真面目に考えない方が良い。
タオルで顔を拭いた私はそう結論付け、洗面所を出た。
すると、突然服が投げつけられたので、慌ててキャッチした。
「ボサッとするでない。早く着替えろ」
リートはそう言って、すぐに自分の準備に戻る。
まだ不機嫌なのか? と一瞬考えるが、この横暴さは割と通常運転だったな、と考え直す。
仕方なく着替えようとした私は、持っている服を見て、すぐに違和感を抱く。
「ねぇ、リート」
「む? 何じゃ?」
「これ、リートの服じゃない?」
私はそう言いながら、持っていた服を見せてみる。
すると、彼女はすぐにバッとこちらに振り向き、すぐに私の手元を見て目を見開く。
羞恥からか、すぐにカァァッと彼女の顔が真っ赤になった。
よく見ると、ベッドの上には昨日買った私の服の一式が置いてある。
なるほど間違えたのか、と考えていると、大股でこちらまで歩いて来たリートが乱暴に私の手から服をひったくった。
それからすぐにベッドの方に行って服を置き、私の服を持ってこちらに突き出してきた。
「ま、間違えただけじゃ! ……お主のはこっちじゃな」
「あ、うん……ありがとう」
ひとまず出された服を受け取ると、彼女はまたすぐに自分の着替えに向かってしまった。
うーん……やっぱり、何を考えているか分からんなぁ。
未だに赤らんだままの彼女の耳を横目に、どういう意図があったのか考えようとしたが、先程彼女については考える無駄だと結論を出したばかりであることを思い出し、すぐに止めた。
こうして、今日もまた、一日が始まる。
窓の外から聴こえる小鳥のさえずりに、私は重たい瞼をゆっくりと開いた。
すると、電気の点いていない室内が、窓から差し込む朝陽によって明るく照らされているのが目に入った。
……朝、か……。
「んんぅ……」
すると、腕の中にいるリートが、小さく呻き声を上げながらモゾモゾと軽く身じろぎをした。
あぁ、そういえば、昨日は結局抱き合ったまま寝ちゃったんだっけ。
寝起きで働かない頭で、なんとなくそんな風に考える。
リートは私の体をしっかりと抱きしめ、胸に顔を埋めたままスヤスヤと安らかに眠っている。
……これは、起こすべきなのか?
別に出発の時間を決めたわけでもないし、急いで起きなければならないわけでもない。
けど、この状態のままでは私は動くことも出来ないし、時間を決めてないと言っても早く出るに越したことはない。
でもなぁ……無理矢理起こして不評を買ったらどうしよう。
リートって中々に自己中だし、無理矢理起こして不機嫌にでもなられたら、今日一日物凄くめんどくさい。
「……綺麗な髪……」
現実逃避のように小さく呟きながら、彼女の黒髪を指で掬う。
ダンジョンで見た頃から思っていたが、こうして改めて見てみると、本当に綺麗だ。
あと、三百年間ロクに手入れも出来ていなかったのか、ダンジョンにいた時などは少しボサッとしたような印象もあった。
けど、昨日この宿で久々に洗えたからか、今はサラサラと綺麗に指の中で擦れていて、本当に綺麗だと思う。
やっぱり手入れって大事なんだなぁ、としみじみ。
「んぅ……」
ぼんやりとリートの髪を観察していると、胸の中で彼女がそう小さく声を漏らすのが聴こえた。
彼女はモゾモゾと身じろぎし、少しして顔を上げた。
未だに抱きついたままの彼女が顔を上げると、ちょうど息が掛かりそうなくらいの距離にお互いの顔があり、一気に緊張してしまう。
言葉を失っていると、彼女はシパシパと何度か瞬きをして、まだ眠そうな顔で私の顔を見つめた。
「んぁ……? イノセ……?」
「う、うん……?」
眠たげな声で名前を呼ばれるので、ひとまず頷いて見せる。
すると、リートは眠そうな顔のまま、こちらに手を伸ばしてきた。
彼女の手はまず私の頭を撫で、そこから手を下ろして私の頬を撫でる。
それから私の耳に手を伸ばし、耳の軟骨の辺りをクニクニと指で揉んだ。
くすぐったさを覚えていると、彼女は少し手を引っ込め、私の鼻を摘まんだ。
意図が分からずに呆けたまま、されるがままになっていると、彼女は小さく笑いながら私の鼻をグニグニと少し動かした。
「ふふ……本物のイノセじゃ」
「えっと……どうしたの?」
なんとなくそう聞いてみると、彼女は少し考えるような表情を浮かべた。
しかし、しばらくぼんやりと私の顔をマジマジと見つめた後でハッとした表情を浮かべ、すぐに私の顎を下からグイッと押し返してきた。
「ぅぐぇッ」
「ッ……今のは忘れろッ!」
羞恥心からか、リートは顔を真っ赤にしながら、そう叫んだ。
それから彼女はベッドから下り、電気を点けに歩いて行ってしまう。
一体何だったんだ……というか、急に顎を押されて強引に上に向かされたものだから、微妙に首が痛い。
ひとまず起き上がって首を押さえていると、部屋の電気が明るくなる。
そこで私は昨夜のことを思い出し、パッと顔を上げた。
「ねぇ、リート?」
「ん? 何じゃ?」
「昨日の夜、さ……急に泣いてたの、何なの?」
「……泣いてた?」
私の言葉に、リートは訝しむようにそう聞き返す。
それに頷いてみると、彼女は顎に手を当ててしばし考えてから、首を傾げて続けた。
「それは……何の話じゃ?」
「……へ?」
「お主が何を見たのかは知らんが、妾の記憶には無い。……寝惚けていたのではないか?」
「違っ……」
「さっさと準備をして行こう。少しでも早く、心臓の回収に行きたいからのぉ」
リートはそう言うと、さっさと洗面所に行ってしまった。
それに、私は口を開けたままポカンと呆けてしまった。
……私が寝ぼけていた?
いや、あの時はまだ抱きしめられた衝撃が強くて、かなり緊張状態だった。
意識もハッキリしていたし、寝ぼけていたとは思えない。
そうなると、考えられるのは……リートが忘れたフリをしている?
いや、さっきの私への態度を考えると、それもない。
先程の本物のイノセ発言ですら恥ずかしがる彼女が、昨晩私の胸に顔を埋めて泣きじゃくった出来事を恥じないはずがないのだ。
演技でそれが隠せるなら、先程もそれで羞恥心を隠せるはず。
つまり、演技をしているわけでもない。
あと残っている可能性は……本当に覚えていない、か。
消去法で考えると、この線が一番濃厚だろう。
けど、あれだけガッツリ泣いておきながら、覚えていないなんてことあり得るのか?
仮に本当に覚えていないとすると……寝言とか、寝相みたいな、夢遊病的なものの一種なのだろうか?
ダメだ……考えれば考える程、上手く思考が纏まらない。
起きたばかりということもあって、頭も上手く働かない。
「はぁ……」
小さく溜息をつき、私はベッドから立ち上がる。
とりあえず顔でも洗って、一度完全に目を覚まそう。
そう思って立ち上がった時、洗面所からリートが出てきた。
彼女はまだ先程のことを根に持っているのか、私を一瞥すると、すぐに視線を戻して準備を始めてしまった。
……自分の発言のせいなのに、なぜそんな態度を取られないといけないんだ。
「……ったく……」
聴こえない程度に小さく呟きながら立ち上がり、私は洗面所に向かう。
その時、グイッとガウンの後ろを軽く引っ張られた。
「……?」
「さっきの言葉には、その……特に、変な意味は無いぞ」
顔を合わせないまま言うリートに、私はほんの数瞬程固まってしまう。
しかし、すぐに先程の本物のイノセ発言のことを言っていることに気付き、少しだけ笑ってしまった。
「はいはい、分かりましたよ。……本物のリートさん」
「……」
「……ごめんなさい」
無言でジロッと睨まれてしまい、私は素直に両手を挙げて降参の意を示しながらそう答えた。
そんなに怒らなくても良いじゃんか。冗談が通じないなぁ。
私は彼女の睨みから逃げるように、すぐに洗面所に向かった。
ただ、これで彼女が、自分の失態をかなり根に持つ性格であることが証明されたわけだ。
そうなると、昨日の夜のことはあまり言わない方が良いかもしれない。
あのことを知ったら、彼女はいよいよ口も聞いてくれなくなりそうだし。
……ってか、同じ試着室で着替えたりベッドの中で抱きついたりするのは全然オーケイなくせに、あの発言が恥ずかしいのは何なんだ?
彼女の羞恥の基準が分からない、というか……考えることが分からない。
あぁ、そうだ。昨日の時点で分かっていたことだ。彼女の思考については、真面目に考えるだけ無駄だということは。
水で顔を洗うと頭がハッキリして、徐々に頭の中もスッキリしていく。
そうなると、やはりリートについては考えるだけ無駄だという結論が出るので、これ以上は真面目に考えない方が良い。
タオルで顔を拭いた私はそう結論付け、洗面所を出た。
すると、突然服が投げつけられたので、慌ててキャッチした。
「ボサッとするでない。早く着替えろ」
リートはそう言って、すぐに自分の準備に戻る。
まだ不機嫌なのか? と一瞬考えるが、この横暴さは割と通常運転だったな、と考え直す。
仕方なく着替えようとした私は、持っている服を見て、すぐに違和感を抱く。
「ねぇ、リート」
「む? 何じゃ?」
「これ、リートの服じゃない?」
私はそう言いながら、持っていた服を見せてみる。
すると、彼女はすぐにバッとこちらに振り向き、すぐに私の手元を見て目を見開く。
羞恥からか、すぐにカァァッと彼女の顔が真っ赤になった。
よく見ると、ベッドの上には昨日買った私の服の一式が置いてある。
なるほど間違えたのか、と考えていると、大股でこちらまで歩いて来たリートが乱暴に私の手から服をひったくった。
それからすぐにベッドの方に行って服を置き、私の服を持ってこちらに突き出してきた。
「ま、間違えただけじゃ! ……お主のはこっちじゃな」
「あ、うん……ありがとう」
ひとまず出された服を受け取ると、彼女はまたすぐに自分の着替えに向かってしまった。
うーん……やっぱり、何を考えているか分からんなぁ。
未だに赤らんだままの彼女の耳を横目に、どういう意図があったのか考えようとしたが、先程彼女については考える無駄だと結論を出したばかりであることを思い出し、すぐに止めた。
こうして、今日もまた、一日が始まる。
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