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第2章:火の心臓編

026 新しい町にて

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 笹船は割と長いこと持った方だったが、最終的には川の中に沈んでいった。
 しかし、私におぶって貰った方が楽なことに気付いたのか、リートは私の背中から下りることなくそのまま歩かせた。
 まぁ、誰かさんのおかげで疲れは無かったし良いんだけどさ。

 そんなこんなで、リートを背負いながら川辺を歩くこと数時間。
 のんびり駄弁りながら歩いていた時、遠くに何やら建物のようなものが見えた。

「あれは……?」
「町では無いか?」

 ワクワクした感じの口調で言うリートに、私は彼女を背負い直し、少し歩く速度を速めた。
 しばらく歩いて行くと少しずつ見える建物の数は増え、それがそこそこの大きさの町であることが見て取れた。

「イノセ、下ろせ」

 町が近付いて来たからか、リートはそう言って私の肩をポンポンと叩く。
 ひとまずしゃがんでやると、彼女は私の背中から下りた。
 それから二人で歩いて、町へと近付いてみる。
 森には魔物がいるからか、町を囲むように壁があり、壁に沿って歩いて行くと門のようなものがあった。
 なんとなく近付いてみると、門は開いており、その前には二人程の見張りが立っていた。

「気にせんで良い。怪しい素振りは見せるでないぞ」

 どうしたものかと思ったが、小声でリートがそう言ってくるので、ひとまず私は頷いた。
 それから歩いて門に近付いてみると、見張りの内の一人がこちらに気付き視線を向けてくる。
 突然見られることで立ち止まりそうになるが、彼は特に気にする素振りを見せることなく視線を戻した。
 私達が門をくぐっても、彼等はこちらに特に興味も無いような感じで、なんていうか肩透かしのような感じがあった。

「てっきり、何か尋問とかがあるかと思った……」
「見張りと言っても、見たところ魔物から町を守るのが目的じゃろう。男が相手じゃったらまだ変わるかもしれんが、こんな靴もロクに履いていないような一文無しも同然の女二人、警戒することもないじゃろうしのう」
「へぇ……」

 何でも無いことのように言うリートに、私はそう呟いた。
 町の中は、よく異世界モノで見る街並みと似ていた。
 舗装されている地面は森に比べて歩きやすいが、太陽に照らされているからか、裸足だと少し熱い。
 それでも気にする程ではないので、ペタペタと歩きながら、私は口を開いた。

「それで、この町で何するの?」
「とりあえず服を買おう。そろそろちゃんとした服が欲しいからのぉ」
「あぁ……でも、お金は……」
「それなら問題無い」

 リートはそう言うと、道具袋の中から、掌から少し溢れそうなくらいの小袋を取り出した。
 中には金貨のようなものが入っているのか、ジャラッと小銭の音がする。
 彼女はどこか得意げな表情を浮かべながら、その袋を両手に抱えて口を開く。

「いつか外に出た時の為に、死んだ冒険者から頂いた金じゃ。この国の相場は分からんが、まぁ、これだけあれば色々買えるじゃろう」
「封印されている間に通貨が変わってる可能性とかはないの?」
「それも大丈夫じゃろう。割と最近にも死んだ冒険者から金を取ったが、集め始めてから金貨は変わっておらんし」
「なるほど……」

 相変わらずの追剥精神だが、こういう時だと頼もしいものだ。
 納得していると、近くに服屋らしき店があったので、私達は入店した。
 服屋の中は数多くの服が並んでおり、その種類も中々のものだった。
 そこで、私はとあることに気付き、近くですでに服を選び始めていたリートに口を開いた。

「あのさ、これから戦ったりすることを考えると、こういう普通の服よりも冒険者とかが使っているような防具を買うべきだと思うんだけど……」
「む? あぁ、それなら問題無い。服に魔力を付与すれば防御力が上がって、防具と同じような感じになるんじゃ」
「それって、普通に防具を買った方が早いんじゃ……」
「冒険者の防具って武骨じゃろう。お主は折角綺麗な顔をしているのじゃから、普通の服で済むなら良い恰好をして欲しいのじゃ」
「き、綺麗って……」

 あまり言われ慣れない言葉に、私は自分の顔が熱くなるのを感じた。
 一人動揺している間に、リートはいくつか選んだ服を持ち、私に押し付けてきた。

「イノセ、すぐにこれを着て来い」
「え?」
「お主の服じゃ。妾はもう何着か選んでくるから、ひとまずお主はこれを試着してみろ」

 その言葉に、私は困惑しつつも服を受け取った。
 てっきりずっと自分の服を選んでいるのかと思ったが、私のものだったのか……。
 ……変な服じゃないと良いな……。
 一縷の不安を抱きつつも、ひとまず私は受け取った服を持って、試着室に行って服を着替えた。

 私をからかう為に何か変な服でも選んだのではないかと思ったが、彼女が選んだ服は、普通……というか、むしろセンスの良いものだった。
 髪色に合わせたのか、白を基調としたワンピース調の服で、赤いアクセントが入っている。
 戦うことを前提としたのか、それに合わせて黒いズボンもある。
 下着や靴下は髪色から選んだのか、どちらも白だった。
 試着室に備え付けられた鏡で自分を見つめた私は、小さく息をついた。

 なんていうか、あまりにも普通の服を選んでくるものだから、拍子抜けしたような感じだ。
 というか……普通に似合ってる、と思う。
 今まで自分のファッションに気を遣ったこともないし、日本にいた頃に持っていた服なんてたかが知れている。
 だから、自分にファッションセンスがあるのかどうか、良く分からない。
 ただ、少なくとも個人的な意見としては、今の私によく似合っていると思った。

「イノセ、開けても良いか?」

 すると、試着室のカーテンの向こうから、そう声を掛けられた。
 それに、私は咄嗟に振り返りながら「良いよ」と答える。
 直後、シャッと勢いよくカーテンが開き、カゴのようなものにたくさんの服を入れたリートが現れる。
 彼女は私の格好を見ると、目を丸くした。

「えっと……変じゃないかな……?」

 ひとまず、私はそう聞いてみた。
 すると、リートはしばし目を丸くしたまま私を凝視して、少ししてから「いや」と小さく口を開く。

「変では、ないぞ」
「本当?」
「というか……思っていたよりも似合っておるのう」

 ポツリと、小さく呟くように彼女は言う。
 良かった……似合ってると思った私の感性は、変ではなかったようだ。
 安心していると、彼女は自分の頬をポリポリと掻きながら、続けた。

「……まぁ、元が良いから、何を着ても似合うじゃろ」
「……へ?」
「あぁ、そうじゃ。他にも何着か持って来たのじゃ。着替えも必要じゃしな。これとこれがセットで……あ、下着はキツくなかったか?」
「だ、大丈夫」
「では、同じサイズを買えば良いな。……あ、そうじゃ。服じゃったな」

 それから、リートに一緒に着るセットの服を教えてもらった。
 一通り教え終わると、彼女は自分の服を選ぶべく、試着室から出て行った。
 一人になった私は、受け取った服を胸に抱きながら、壁に凭れ掛かる。

「……はぁぁ……」

 それから、小さく息をつく。
 なんていうか……急に一気に褒められたものだから、良く分からない昂りが込み上げてきて仕方が無い。
 今まで、見た目については褒められたことも貶されたことも無かった。
 だから、こうして面と向かって褒められることは初めてで、正直思考が追いつかない。

 しかし、言った相手がリートであることを思い出すと、不思議と少し落ち着いた。
 彼女のことは良く分からない。ただ、外に出てからは自由奔放な部分が増えてきたし、褒めてきたのも気まぐれの一つと考えると納得できる。
 というか、外に出たことで単純に上機嫌になってるとか、ね。

「……ふぅ……」

 小さく息をつき、私は着ていた服に手を掛けた。
 なんていうか、彼女については考えるだけ無駄な気もする。
 私は気を取り直し、リートが持って来た計二着の服に着替えた。
 やはりどちらも良いセンスをしていて、良く似合っていると思った。
 彼女の説明の中で、この店は服を着たまま会計が出来ると言っていたので、新しい服を着ておくことにした。
 けど、個人的には一着目の服が一番気に入っていたので、リートが来るまでの間に着替えて待っていた。

「……おや? まだ着替えておらんかったのか?」

 少しして、試着室にやって来たリートがそう尋ねて来る。
 それに、私は首を横に振って見せた。

「ううん、リートが来るまで長かったから、もう二着とも着終わった後だよ」
「そうじゃったのか。じゃあ、なんでその服を着ておるのじゃ?」
「んー……なんだかんだ、この服が一番好きだなぁって」
「ふむ……妾が選んだ服はどうじゃった?」
「どっちも似合ってたと思うよ」
「ふふ……それは良かったわい」

 どこか嬉しそうに言うと、リートは持っていたカゴを抱えながら、試着室に入って来た。
 それに、私は「はぇ?」と素っ頓狂な声を上げながら、後ずさる。
 すると、背中に壁が当たり、これ以上距離を取ることが出来ないことを知る。
 そんな私を見て、リートは首を傾げながら口を開いた。

「……? 何じゃ?」
「いや……なんで入って来るの?」
「なんで、って……妾も試着するからに決まっておるじゃろう」
「いや、他の試着室行けば……」
「他は今埋まっておるし、お主一人で外に出したら、色々と面倒事があるかもしれんじゃろう。カーテンのせいで妾の目も届かんし」
「だからって……」
「イノセ」

 戸惑う私の言葉を、リートは私の名前を呼ぶ形で遮る。
 彼女は後ろ手にカーテンを閉め、私の顔を見上げて続けた。

「お主は本当に物覚えが悪いのぉ。何度も言わせるでないぞ。奴隷には?」
「……拒否権は無い」

 間近で見つめられながら言われた言葉に、私は小さくそう続けた。
 すると、リートはどこか悪戯っぽい笑みを浮かべ、「ご名答」と言う。
 その吐息が顔に掛かるのを感じ、私はゆっくりと唾を飲み込んだ。
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