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第1章:奴隷契約編

023 強くなろう-クラスメイトside

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 寺島葵を保護した後、一行は城に戻った。
 ダンジョンから生き延びた葵はかなり疲弊していたために、ひとまず彼女が泊まっていた部屋に連れて行き、食事をとらせてしばらくは休ませることになった。
 ある程度体力が回復したらダンジョンで何があったのか聞くことになるが、まずは肉体面や精神面の療養を優先しなければならない。

 柚子は、葵の療養や他三名の死亡による諸々の処理で一日を潰した。
 花鈴や真凛には休養を勧められたが、学級委員長である自分が休むわけにはいかないと、一日中奔走していた為に疲労困憊していた。

 ──明日になったら、寺島さんから色々と話を聞いて……クラスの皆のケアもしていかないと……。

 廊下を歩きながら、柚子は脳内で今後の予定を立てる。
 葵も城の人達より、少しでも面識があるクラスメイトとの方が色々と話しやすいだろう。
 とはいえ、クラスメイトのメンタルケアだって、学級委員長である自分にしか出来ない。
 やらなければならないことが山積みで、柚子の頭を悩ませる。

 ──これから色々とやらないといけないことはある。
 ──でも、一番優先しないといけないのは……。

 そう考えながら、柚子は廊下の窓から中庭を見た。
 月光に照らされる豪奢な庭の中に、見覚えのある空色の髪が見えた。
 柚子はそれを見て目を丸くし、すぐに中庭に出る扉に早歩きで向かった。
 扉を開けて外に出ると、案の定、すぐ近くのベンチには友子が座っていた。

 ──生徒達の中でも、最上さんが猪瀬さんを想う気持ちは誰よりも強かった。
 ──あの心配の仕方は、最早友情を超えて……。

 そこまで考えて、柚子はハッとした表情を浮かべ、すぐに首を横に振った。
 友子がこころのことをどう思っていたのかは、今は重要なことではない。
 問題は、葵以外の三名の死で、友子が一番ショックを受けているであろうということだ。
 オマケに、昨日友子は自分のせいでこころが死んでしまったと嘆いていた。
 生存者が葵だと発覚した今、友子が感じているであろう自責の念は強大なものであろう。

 ──……私が、何とかしなくちゃ……。

 服の裾を握り締めながら、柚子は覚悟を決める。
 生徒のメンタルケアは自分の仕事。友子が負っているであろう心の傷は、自分が癒さなければならない。
 俯いている友子を前に、柚子はそう自分に言い聞かせながら、服の裾から手を離した。
 それから、ゆっくりと口を開──

「……私、ね」

 ──こうとしたところで、友子が口を開いた。
 それに柚子は口を噤み、慰めの言葉をすんでのところで止める。
 すると、友子は続けた。

「……東雲さん達に、イジメを受けていたの」

 想像もしていなかった言葉に、柚子は「え……?」と掠れた声を発する。
 未だに友子は俯いたままで、その表情は読めない。
 しかし、柚子は突然のカミングアウトに、その場に立ち尽くした。

 それもそのはずだ。理沙達は、柚子にだけはイジメを知られないようにしていたのだから。
 正義感が強く、真面目で曲がったことは許せない柚子は、理沙に対して唯一臆さずに反論できる生徒だった。
 彼女を敵に回すと面倒だということを知っていた理沙は、どんなイジメも柚子にだけは知られない範囲で行い、他の生徒にも釘を刺していた。
 一部の生徒は、理沙に目をつけられることや柚子との衝突を避け、何も言われずとも柚子には言わないようにしていた。
 その為、クラスの中で、柚子だけは唯一イジメを把握していなかったのだ。

 だからこそ、柚子は友子の言葉に、面食らってしまった。
 今までそのイジメを知らなかったことは勿論だが、友子がそのことで苦しんでいたことや、それによるクラス内の空気が乱れていたことなど、重要なことを把握出来ていなかったこと。
 様々な要因が、一気に柚子の罪悪感を刺激する。
 何より、理沙達や周りの生徒達の思惑を知らない彼女にとって、それは自身の実力不足でしかなかった。
 すると、ずっと無言でいる柚子に、友子は「あぁ」と口を開く。

「山吹さんは知らなくても仕方が無いよ。……あの人達、山吹さんだけには知られないようにしていたみたいだから」
「……なんで……」
「真面目な学級委員長さんだから、じゃない?」

 静かな友子の声に、柚子は僅かに息を呑んだ。
 すると、友子は右手に持っているハサミを強く握り締め、続けた。

「山吹さん以外の人達は、皆、私のことは見て見ぬフリしてたし。……そりゃあ、東雲さんは理事長の孫だし……皆、私へのイジメを見ていたら、敵に回したくなんて無いよね」

 そう言いながら、友子はもう片方の手で自分の腕を擦る。
 柚子はそれを見て、脳裏に、友子の腕にあった傷を思い出した。
 ──まさか、あの怪我も東雲さん達が……?
 目を見開く柚子に、友子は「でも」と続けた。

「こころちゃんだけは……私に、手を差し伸べてくれたの」
「……猪瀬……さんが……?」
「うん。……皆ね、私とペアを組まないといけないってなると、凄く嫌そうな顔をするんだ。……まぁ、東雲さん達にイジメを受けている私と一緒にいたら、目を付けられるかもしれないからね」
「……そんな……」
「でも、こころちゃんは違った。あの子は私と組むことになっても、嫌そうな顔なんて全然しなくて……人と上手く話せない私相手でも、イライラしたりもせずに、しっかりと話を聞いてくれて……」

 友子の話を聞いていた柚子は、彼女の足元に、何か糸のようなものが落ちていることに気付いた。
 暗くて良く見えないが、まるで……髪の毛のような……。

「この世界に来る前、東雲さん達に苛められていた時も、彼女は私を助けてくれた。心配してくれて、手を差し伸べてくれた。……この世界に来てからも、そう。一緒に組もうって、初めて自分から声を掛けても、嫌そうな顔なんて全然しなかった。友達になろうって言ったらすぐに、良いよって言ってくれた」

 友子はそう言いながら、ハサミをさらに強く握り締める。
 その手に、ポツポツと何かの雫が落ちる。
 柚子はそれから、一瞬目を逸らしそうになる。
 しかし、すぐに目線を戻した。

「……初めて、可愛いって言われた」
「……」
「初めて、名前で呼んでもらえた」
「……」
「初めての……友達だったの……」

 そう言いながら、友子は顔を上げる。
 ……長かった前髪が短くなり、綺麗な顔立ちが露わとなった、その顔を。
 潤んだ空色の双眼が、真っ直ぐに柚子を見据えていた。
 涙でグチャグチャになった顔で、友子は続けた。

「だから……こころちゃんにだけは、生きていて欲しかった……!」

 涙で震えた微かな声で、彼女は言葉を紡ぐ。
 それに、柚子は無意識の内に友子に手を伸ばし、彼女を抱きしめた。
 友子が持っていたハサミが地面に落ちる乾いた音を聴きながら、幼く見られがちなその小さな体で、一生懸命抱きしめる。

 ──……私は無力だ。
 ──クラス内で起こっていたイジメに気付くことも出来ない。
 ──クラスメイトがイジメで苦しんでいたことにすら気付けない。
 ──そのクラスメイトの大切な人すら……守れない。

 その無力感を埋めるように、必死に友子を抱きしめる。
 自分如きの抱擁に意味が無いことなど、誰よりも理解していた。
 この程度で友子を救えるなど、思わなかった。
 今の友子を救えるのは、自分では無く、唯一無二の友達の存在だということも分かっていた。
 しかし、今の柚子には、こうすることしか思いつかなかった。

「……ごめんなさい……」

 振り絞ったような微かな声で、柚子は小さく呟く。
 さらに強く友子を抱きしめながら、柚子は続けた。

「ごめんなさい……守れなくて、ごめんなさい……ッ」
「……」

 柚子の言葉に、友子は僅かに目を見開いた。
 しかし、すぐにその目を細め、柚子の体に腕を通して抱きしめ返す。

「……強くなりたい」

 柚子の胸の中で、呻くように、友子はそう呟いた。
 それに、柚子は目を見開いた。
 友子は柚子の服を握り締め、続けた。

「もう……大切な人を、失いたくない……大切な人を守れる力が……欲しい……」
「……強くなろう」

 柚子はそう言いながら、友子の後頭部に手を添え、撫でるように動かした。
 ──私も、強くなりたい。
 ──大切な人を……クラスメイトを守れる力が欲しい。
 ──もう、誰にもこんな思いをさせたくない。
 柚子は心の中でそう誓いながら、続けた。

「一緒に、強くなろう。もう、こんな思いをしなくて済むように」
「……」

 柚子の言葉に、友子は小さく頷いた。
 それから柚子の小さな体を強く抱きしめ返し、涙が涸れるまで、泣きじゃくった。
 自分の胸に涙が染み込んでいくのを感じながら、柚子はグッと唇を噛みしめた。
 もう二度と、こんな悲しい気持ちを、誰にも味わわせやしない。
 学級委員長として、自分が皆を守って見せる……と。

 そして、その翌朝……寺島葵が死体となって発見された。

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