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第1章:奴隷契約編
020 平穏を求めた結果
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<寺島葵視点>
「はぁ……はぁ……はぁ……」
口から、荒い呼吸が漏れる。
私は岩陰に隠れ、辺りに魔物がいないことを確認し、ようやく一息つく。
それから武器の杖を握り締め、俯いた。
……どうして、こんなことになったのだろう。
私はただ、平穏な生活を送りたかっただけなのに。
中学生の時、私はイジメを受けていた。
それこそ最上さんのような、クラスカーストの最底辺だった。
高校でも同じような生活を送りたく無くて、必死に勉強して、誰も知り合いのいない今の高校を選んだ。
元々は根暗だったが、必死に明るく振る舞った。
東雲理沙という生徒は、入学初日から独特のオーラを放っていた。
あぁ、きっと、この人は近い内にこのクラスの中心的な人物になる。
一目見た時から、そんな印象があった。
だから私は、入学初日から彼女と葛西林檎に媚びを売り、二人の中に取り入った。
それから一ヶ月程経つと、クラス内の順位のようなものが明確になり始めた。
私の予想通り、東雲理沙はその中で最も高い順位にいた。
どうやら彼女はこの学校の理事長の孫らしく、教師も生徒も、彼女には逆らえないような空気があった。
それに加えて元々の存在感もあるのだろう。たちまち、彼女はクラスの女王のような存在になっていた。
六月頃になると、二人は最上友子という生徒を苛め始めた。
理由はよく知らなかったが、噂では、最上さんが林檎ちゃんを怪我させた……みたいな話を聞いた。
確かに、体育の時にアクシデントがあって、林檎ちゃんが少し酷い怪我をしたことはある。
けど、あの理沙ちゃんが、友達を傷つけられただけでイジメに発展させる程に義理堅い人物には見えない。
確かにあの二人は仲良いとは思うけど、友達と言うよりは、親分と子分のような主従関係があるように感じる。
理沙ちゃんの人柄もあって、真偽は良く分からない。
ただ、納得できる部分はある。
最上さんは俗に言うコミュ障というもので、話しかけるといつも挙動不審な態度を取ったりして、友達もロクにいなかった。
オマケに前髪で目元を隠して、いつも俯いていて、まともに人と目を合わせようともしなかった。
それが理沙ちゃんに癇に障って、そこに林檎ちゃんの事件もあって、イジメに発展……と考えるのが妥当かな。
……まぁ、遅かれ早かれ、最上さんは必ずこういうタイプになるだろうな、とは思っていた。
だって、中学の頃の私にそっくりだもの。
友達がロクにいないところ。
まともにコミュニケーションを取れないところ。
いつも俯いて人と目を合わせないところ。
休憩時間はいつも一人でいるところ。
……ホントに、そっくりだった。
最上さんがイジメを受けているのを見ていると、中学の頃の自分が重なった。
今の私は、彼女とは違う。今の私は、昔の私とは違う。そんな安心感があった。
それでも見ていて気分の良いものではなかったので、極力見ているだけか、見張りに回ったりした。
このまま二人に取り入っていれば、平穏に高校を卒業することが出来る。
大人になってもこうして偉い人に取り入っていれば、上手く生きていける。
そう考えていた。
しかし……二年生の後半辺りのある日、私達は異世界に召喚された。
訳が分からなかった。
急に異世界に召喚されて、魔女の心臓とやらを破壊するために戦えと言われた。
理解は出来なかったが、そうしないと日本に帰れないと言われたので、言われるがままに戦うことしか出来なかった。
四人で一組のグループを作らなければならなかったため、私達三人にクラスメイトの猪瀬さんを加えた四人で戦った。
異世界に召喚されても、心の中で、今までと同じようにやっていれば上手くいくと思っていた。
猪瀬さんは元々静かな方だし、彼女自身も理沙ちゃん達の不評を買いたくないと思っているのか、目立った衝突も無く平穏に過ごせていた。
そう……あの時までは。
林檎ちゃんがダンジョンを見つけ、理沙ちゃんがちょっと入ってみようと提案してきたあの時。
多分、あの時が初めて、私が理沙ちゃん達に反対した瞬間だったと思う。
と言っても、先に反対したのは猪瀬さんで、私はそれに同調しただけだけど。
しかし、理沙ちゃんは私達の言葉を聞かずに、一人でダンジョンに行ってしまった。
林檎ちゃんは理沙ちゃんを追いかけてしまって、二人きりになった時、私は……迷ってしまった。
このままあの二人を置いて城に帰ってしまおうと、心のどこかで考えていた。
だから、猪瀬さんが迷わず二人を追いかけた時、少し驚いてしまった。
ダンジョンなんて危険な場所に向かうなど、死にに行くようなものだから。
そんな行為を、私よりもあの二人との交流が少ない猪瀬さんが迷わずに選択出来たことに驚いた。
そして、二人を見つけた時に、猪瀬さんは私達を一緒に戦ってきた仲間だと言った。
彼女の言葉に、私は気付いた。
私は結局、二人のことを──いや、猪瀬さんや他のクラスメイトを含めて──自分が平穏に過ごすための道具としてしか見ていなかったことに。
だから、二人がダンジョンに向かった時も、城に戻るという選択肢が生まれた。
だから、カマキリの魔物に襲われた時に、三人を囮にして自分だけ逃げるという選択肢が生まれた。
だから、カマキリの魔物と戦っている時に、私は何もしなかった。
だから、理沙ちゃんが猪瀬さんを囮にして逃げた時に、私は迷わずに二人に付いて行った。
だから、私は、二人に見限られた。
だから、私は……別の魔物に襲われた時に、囮にされた。
「……」
私は杖を握り締め、大きく息をつく。
なんとか闇魔法で隙を作って逃げ、それからも何度か魔物に襲われ、その度に闇魔法を使って逃げ、光魔法で怪我を治している内に……魔力が尽きてしまった。
杖自体に殺傷能力は無いし、やはり魔法を使って戦うことを前提としているのか、私の攻撃力は低い。
何より、魔力が尽きたせいか、上手く体に力が入らない。
言い知れない疲労感や倦怠感が体中に充満して、動くだけで精一杯だった。
こんな状況で次魔物に襲われた時には、もう……手の打ちようが無い。
「……どうして……こんなことに……」
小さく、声にもならないような掠れた吐息で、私は呟く。
私のやり方は、間違っていたのだろうか。
ただ、平穏に生きたかっただけだった。
イジメなど受けずに、皆のようにごく普通に笑って、高校生活を全うしたかっただけだった。
ただ……普通の女子高生で、いたかっただけなのに……。
異世界召喚って何だよ。魔物って何だよ。ダンジョンって何だよ。
訳が分からない。こんなことをするために、理沙ちゃんや林檎ちゃんに取り入ったわけじゃない。
こんな結果を望んで、今まで自分を殺してきたわけじゃないッ!
「ッ……」
その時、隠れている岩の向こうに、何かがいるのが分かった。
私は口に手を当てて、荒くなる息を殺す。
何かがいる……恐らく、魔物……。
足音はしなかったが、殺気で分かってしまう。
背筋が凍るような、凍てつくような殺意に、体が強張る。
逃げなきゃ……魔法が使えないなら、必死に走ってここから離れなければ……。
頭ではそう理解しているが、体が言うことを聞かない。
岩の向こう側から伝わって来る殺気に当てられて硬直し、呼吸だけが大きくなっていく。
ズズッ……ズズズッ……。
背後から、固い物に包丁を通すような鈍い音が響く。
私はそれに、口から手を離し、ゆっくりと音がした方に視線を向けた。
すると、私が隠れている岩に、鎌が突き刺さっていた。
「ぃッ……!?」
小さく声を上げながら、私はすぐに後ろに飛び退く。
すると、鎌はゆっくりと岩を切り裂き、真っ二つにする。
「ぁ……ぁぁ……」
するとそこには……カマキリの魔物がいた。
私達を襲ってきた時のと同じものなのかは、分からない。
片目が潰れていて、鎌には赤黒い染みが付いている。
もしも、あの染みが、猪瀬さんのものだとしたら……?
「ッ……いやッ……」
小さく声を上げながら、私は必死に後ずさる。
しかし、どれだけ後ずさっても後ろにあるのは壁のみで、後頭部をぶつけることしか出来ない。
逃げるべきだとは分かっているが、恐怖のあまりに腰が抜けて、立つことすら出来ない。
そんな私をカマキリが見逃すはずもなく、私をジッと見つめたまま、鎌を振り上げる。
「いやッ……! 死にたくない……ッ!」
必死に叫びながら、私は後ずさる。
しかし、カマキリはそんなものお構いなしに、鎌を振り上げたままこちらにジリジリと近付いて来る。
死にたくない……ッ! 死にたくない、死にたくない死にたくないッ!
都合の良いことを言っている自覚はある。
最上さんへのイジメに同調して、理沙ちゃんや林檎ちゃんを見捨てようとして、猪瀬さんを見殺しにして……死んで当然のことをしてきた自覚はある。
もう自分を殺さない。もう友達を道具として見ない。間違ったことには間違っているとちゃんと言う。もうイジメに同調したりしない。もう悪いことはしない。
だから、神様。許して下さい。
「……なんでもしますから……ッ!」
神様への懺悔なのか、それともカマキリへの命乞いなのか、もしくは……見えない誰かに救いを乞うたのか。
良く分からない言葉を、咄嗟に口にする。
しかし、恐らく人間の言葉など理解出来ないであろう目の前の魔物は、そんなこと気にせずに鎌を振り下ろす。
襲い来るであろう死に、私は咄嗟に目を瞑った。
「……?」
しかし、どれだけ待っても、カマキリの鎌が私を切り裂くことは無かった。
恐る恐る瞼を開くと、そそくさとどこかに走っていくカマキリの後ろ姿があった。
一体どうして、と驚いていた時、遠くから二人組が歩いて来るのが見えた。
その一人の服装を見た瞬間、私は目を見開いた。
「……猪瀬……さん……?」
一人の着ていた服は、猪瀬さんが着ていたものにソックリだった。
袖とズボンがそれぞれ片方ずつ無くなっていて、血塗れになっているが、それでも猪瀬さんが着ていたものであることに変わりは無い。
薄暗いせいで、顔までは良く見えない。
でも、髪は黒い。指輪の影響で髪色等は変わっているはずなのだが……と考えていると、大分距離が近くなったからか、彼女の顔が見えた。
「……誰……?」
掠れた声で、私は問う。
それは見たこと無い程に、綺麗な人だった。
薄暗い中に浮かぶ顏は人形のように整っていて、藍色の澄んだ目がこちらを見下ろしている。
彼女は口元に微笑を浮かべたまま、ゆっくりと口を開く。
「今……何でもすると、言っておったな?」
その言葉に、私は体を硬直させた。
しかし、言ったのは事実なので、ぎこちなく頷いて見せる。
カマキリが逃げたのが彼女のおかげだとしたら、何でもすると言った呟きは、彼女に適応されるだろう。
すると、彼女はその目を細めて、ゆっくりと続けた。
「脱げ」
「……え?」
「は?」
突然の命令に、私と、彼女と一緒にいた誰かがそう聞き返した声が重なる。
今の声、聞き覚えがある気がするけど……気のせいかな……?
そう不思議に思っている間に、黒髪の少女は私を指さし、さらに続けた。
「服を全て脱げ。今、すぐに」
<寺島葵視点>
「はぁ……はぁ……はぁ……」
口から、荒い呼吸が漏れる。
私は岩陰に隠れ、辺りに魔物がいないことを確認し、ようやく一息つく。
それから武器の杖を握り締め、俯いた。
……どうして、こんなことになったのだろう。
私はただ、平穏な生活を送りたかっただけなのに。
中学生の時、私はイジメを受けていた。
それこそ最上さんのような、クラスカーストの最底辺だった。
高校でも同じような生活を送りたく無くて、必死に勉強して、誰も知り合いのいない今の高校を選んだ。
元々は根暗だったが、必死に明るく振る舞った。
東雲理沙という生徒は、入学初日から独特のオーラを放っていた。
あぁ、きっと、この人は近い内にこのクラスの中心的な人物になる。
一目見た時から、そんな印象があった。
だから私は、入学初日から彼女と葛西林檎に媚びを売り、二人の中に取り入った。
それから一ヶ月程経つと、クラス内の順位のようなものが明確になり始めた。
私の予想通り、東雲理沙はその中で最も高い順位にいた。
どうやら彼女はこの学校の理事長の孫らしく、教師も生徒も、彼女には逆らえないような空気があった。
それに加えて元々の存在感もあるのだろう。たちまち、彼女はクラスの女王のような存在になっていた。
六月頃になると、二人は最上友子という生徒を苛め始めた。
理由はよく知らなかったが、噂では、最上さんが林檎ちゃんを怪我させた……みたいな話を聞いた。
確かに、体育の時にアクシデントがあって、林檎ちゃんが少し酷い怪我をしたことはある。
けど、あの理沙ちゃんが、友達を傷つけられただけでイジメに発展させる程に義理堅い人物には見えない。
確かにあの二人は仲良いとは思うけど、友達と言うよりは、親分と子分のような主従関係があるように感じる。
理沙ちゃんの人柄もあって、真偽は良く分からない。
ただ、納得できる部分はある。
最上さんは俗に言うコミュ障というもので、話しかけるといつも挙動不審な態度を取ったりして、友達もロクにいなかった。
オマケに前髪で目元を隠して、いつも俯いていて、まともに人と目を合わせようともしなかった。
それが理沙ちゃんに癇に障って、そこに林檎ちゃんの事件もあって、イジメに発展……と考えるのが妥当かな。
……まぁ、遅かれ早かれ、最上さんは必ずこういうタイプになるだろうな、とは思っていた。
だって、中学の頃の私にそっくりだもの。
友達がロクにいないところ。
まともにコミュニケーションを取れないところ。
いつも俯いて人と目を合わせないところ。
休憩時間はいつも一人でいるところ。
……ホントに、そっくりだった。
最上さんがイジメを受けているのを見ていると、中学の頃の自分が重なった。
今の私は、彼女とは違う。今の私は、昔の私とは違う。そんな安心感があった。
それでも見ていて気分の良いものではなかったので、極力見ているだけか、見張りに回ったりした。
このまま二人に取り入っていれば、平穏に高校を卒業することが出来る。
大人になってもこうして偉い人に取り入っていれば、上手く生きていける。
そう考えていた。
しかし……二年生の後半辺りのある日、私達は異世界に召喚された。
訳が分からなかった。
急に異世界に召喚されて、魔女の心臓とやらを破壊するために戦えと言われた。
理解は出来なかったが、そうしないと日本に帰れないと言われたので、言われるがままに戦うことしか出来なかった。
四人で一組のグループを作らなければならなかったため、私達三人にクラスメイトの猪瀬さんを加えた四人で戦った。
異世界に召喚されても、心の中で、今までと同じようにやっていれば上手くいくと思っていた。
猪瀬さんは元々静かな方だし、彼女自身も理沙ちゃん達の不評を買いたくないと思っているのか、目立った衝突も無く平穏に過ごせていた。
そう……あの時までは。
林檎ちゃんがダンジョンを見つけ、理沙ちゃんがちょっと入ってみようと提案してきたあの時。
多分、あの時が初めて、私が理沙ちゃん達に反対した瞬間だったと思う。
と言っても、先に反対したのは猪瀬さんで、私はそれに同調しただけだけど。
しかし、理沙ちゃんは私達の言葉を聞かずに、一人でダンジョンに行ってしまった。
林檎ちゃんは理沙ちゃんを追いかけてしまって、二人きりになった時、私は……迷ってしまった。
このままあの二人を置いて城に帰ってしまおうと、心のどこかで考えていた。
だから、猪瀬さんが迷わず二人を追いかけた時、少し驚いてしまった。
ダンジョンなんて危険な場所に向かうなど、死にに行くようなものだから。
そんな行為を、私よりもあの二人との交流が少ない猪瀬さんが迷わずに選択出来たことに驚いた。
そして、二人を見つけた時に、猪瀬さんは私達を一緒に戦ってきた仲間だと言った。
彼女の言葉に、私は気付いた。
私は結局、二人のことを──いや、猪瀬さんや他のクラスメイトを含めて──自分が平穏に過ごすための道具としてしか見ていなかったことに。
だから、二人がダンジョンに向かった時も、城に戻るという選択肢が生まれた。
だから、カマキリの魔物に襲われた時に、三人を囮にして自分だけ逃げるという選択肢が生まれた。
だから、カマキリの魔物と戦っている時に、私は何もしなかった。
だから、理沙ちゃんが猪瀬さんを囮にして逃げた時に、私は迷わずに二人に付いて行った。
だから、私は、二人に見限られた。
だから、私は……別の魔物に襲われた時に、囮にされた。
「……」
私は杖を握り締め、大きく息をつく。
なんとか闇魔法で隙を作って逃げ、それからも何度か魔物に襲われ、その度に闇魔法を使って逃げ、光魔法で怪我を治している内に……魔力が尽きてしまった。
杖自体に殺傷能力は無いし、やはり魔法を使って戦うことを前提としているのか、私の攻撃力は低い。
何より、魔力が尽きたせいか、上手く体に力が入らない。
言い知れない疲労感や倦怠感が体中に充満して、動くだけで精一杯だった。
こんな状況で次魔物に襲われた時には、もう……手の打ちようが無い。
「……どうして……こんなことに……」
小さく、声にもならないような掠れた吐息で、私は呟く。
私のやり方は、間違っていたのだろうか。
ただ、平穏に生きたかっただけだった。
イジメなど受けずに、皆のようにごく普通に笑って、高校生活を全うしたかっただけだった。
ただ……普通の女子高生で、いたかっただけなのに……。
異世界召喚って何だよ。魔物って何だよ。ダンジョンって何だよ。
訳が分からない。こんなことをするために、理沙ちゃんや林檎ちゃんに取り入ったわけじゃない。
こんな結果を望んで、今まで自分を殺してきたわけじゃないッ!
「ッ……」
その時、隠れている岩の向こうに、何かがいるのが分かった。
私は口に手を当てて、荒くなる息を殺す。
何かがいる……恐らく、魔物……。
足音はしなかったが、殺気で分かってしまう。
背筋が凍るような、凍てつくような殺意に、体が強張る。
逃げなきゃ……魔法が使えないなら、必死に走ってここから離れなければ……。
頭ではそう理解しているが、体が言うことを聞かない。
岩の向こう側から伝わって来る殺気に当てられて硬直し、呼吸だけが大きくなっていく。
ズズッ……ズズズッ……。
背後から、固い物に包丁を通すような鈍い音が響く。
私はそれに、口から手を離し、ゆっくりと音がした方に視線を向けた。
すると、私が隠れている岩に、鎌が突き刺さっていた。
「ぃッ……!?」
小さく声を上げながら、私はすぐに後ろに飛び退く。
すると、鎌はゆっくりと岩を切り裂き、真っ二つにする。
「ぁ……ぁぁ……」
するとそこには……カマキリの魔物がいた。
私達を襲ってきた時のと同じものなのかは、分からない。
片目が潰れていて、鎌には赤黒い染みが付いている。
もしも、あの染みが、猪瀬さんのものだとしたら……?
「ッ……いやッ……」
小さく声を上げながら、私は必死に後ずさる。
しかし、どれだけ後ずさっても後ろにあるのは壁のみで、後頭部をぶつけることしか出来ない。
逃げるべきだとは分かっているが、恐怖のあまりに腰が抜けて、立つことすら出来ない。
そんな私をカマキリが見逃すはずもなく、私をジッと見つめたまま、鎌を振り上げる。
「いやッ……! 死にたくない……ッ!」
必死に叫びながら、私は後ずさる。
しかし、カマキリはそんなものお構いなしに、鎌を振り上げたままこちらにジリジリと近付いて来る。
死にたくない……ッ! 死にたくない、死にたくない死にたくないッ!
都合の良いことを言っている自覚はある。
最上さんへのイジメに同調して、理沙ちゃんや林檎ちゃんを見捨てようとして、猪瀬さんを見殺しにして……死んで当然のことをしてきた自覚はある。
もう自分を殺さない。もう友達を道具として見ない。間違ったことには間違っているとちゃんと言う。もうイジメに同調したりしない。もう悪いことはしない。
だから、神様。許して下さい。
「……なんでもしますから……ッ!」
神様への懺悔なのか、それともカマキリへの命乞いなのか、もしくは……見えない誰かに救いを乞うたのか。
良く分からない言葉を、咄嗟に口にする。
しかし、恐らく人間の言葉など理解出来ないであろう目の前の魔物は、そんなこと気にせずに鎌を振り下ろす。
襲い来るであろう死に、私は咄嗟に目を瞑った。
「……?」
しかし、どれだけ待っても、カマキリの鎌が私を切り裂くことは無かった。
恐る恐る瞼を開くと、そそくさとどこかに走っていくカマキリの後ろ姿があった。
一体どうして、と驚いていた時、遠くから二人組が歩いて来るのが見えた。
その一人の服装を見た瞬間、私は目を見開いた。
「……猪瀬……さん……?」
一人の着ていた服は、猪瀬さんが着ていたものにソックリだった。
袖とズボンがそれぞれ片方ずつ無くなっていて、血塗れになっているが、それでも猪瀬さんが着ていたものであることに変わりは無い。
薄暗いせいで、顔までは良く見えない。
でも、髪は黒い。指輪の影響で髪色等は変わっているはずなのだが……と考えていると、大分距離が近くなったからか、彼女の顔が見えた。
「……誰……?」
掠れた声で、私は問う。
それは見たこと無い程に、綺麗な人だった。
薄暗い中に浮かぶ顏は人形のように整っていて、藍色の澄んだ目がこちらを見下ろしている。
彼女は口元に微笑を浮かべたまま、ゆっくりと口を開く。
「今……何でもすると、言っておったな?」
その言葉に、私は体を硬直させた。
しかし、言ったのは事実なので、ぎこちなく頷いて見せる。
カマキリが逃げたのが彼女のおかげだとしたら、何でもすると言った呟きは、彼女に適応されるだろう。
すると、彼女はその目を細めて、ゆっくりと続けた。
「脱げ」
「……え?」
「は?」
突然の命令に、私と、彼女と一緒にいた誰かがそう聞き返した声が重なる。
今の声、聞き覚えがある気がするけど……気のせいかな……?
そう不思議に思っている間に、黒髪の少女は私を指さし、さらに続けた。
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