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家には帰さない
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今の一瞬、もの凄く不細工な顔を晒した気がします。
薄く開いてしまった唇の上下を合わせて、ちょっと気の抜けた体に気合を入れ直し、背筋を美しく伸ばすことを意識して深呼吸。
「ごめんなさい、王子様。もう一度言いますね。私を家に帰してくださいませ」
「嫌だ」
「そのような意地悪をおっしゃらず、一言わかったと頷いて下さればよいのですわ」
相手は狂王の再来と言われる戦好きの第3王子。
もしも不快な気持ちにさせて、我が国に対して戦争を仕掛けられでもしたら大変なことになります。でも、胸に広がる不快感と苛立ちは抑えられません。
「さあ、王子様。今すぐ、私を家に戻すとおっしゃって!」
「できない……愛してるんだ」
「はあ!?」
「ついこの前まで子ども扱いしてたくせに今更何言ってんだって思うだろうが、お姫さんが誰かの嫁になるって聞いて耐えられないと気づいた。今までお姫さんの気持ちを無視し続けて、沢山傷つけたと思う……それは謝る」
「なんですって!? 私の気持ちって、いったいなんの話をしているの!」
大きな体でしおらしく振る舞うフレッドは、ポツポツと過去にあった私とのやり取りを喋りだしました。どれもこれも全て忘れて欲しい私の苦い思い出たち。
「この期に及んで、これはなんの嫌がらせですか」
「そういうつもりじゃ……」
「手料理が美味しくなかった。お菓子作りの才能はない。裁縫の腕もいまいち。えぇ、その節は大変ご迷惑をおかけしました。ですがどれもこれも全て克服致しましたので!」
フレッドは鈍感だから気付いてないと思っていたのに、私の気持ちを知ったうえで、あのような酷評を並べ立てていたなんて! 乙女の純情をなんだと思っているのでしょう!
「旦那様になる方には、美味しい手料理を振る舞ってみせますから心配ご無用です」
実際のところ、富豪の平民に嫁いだなら私が料理の腕を振るう場面などないでしょう。我が家ですら料理担当の使用人がいるのですから。
私が料理に手をだしたのは、使用人を雇う財力のないその辺にいる一平民のためです。
「本当は全部美味しかった……それを伝えたかったんだ」
「当然です! きちんと料理を習って、何度も練習して一番上出来の物を渡したんですから」
ぽろぽろと涙が勝手に流れていきます。
涙を拭こうとしたフレッドの手を振り払い、自分のハンカチでそっと目元を抑えて呼吸を整え、隣国の第3王子をにらみつける。
「家に戻ります」
「お姫さん、頼む。ここにいてくれ」
「王子様は私の名前、ご存じ?」
私にひざまずいて縋り付く男は近隣諸国が恐れる戦狂いの王子様。
他国の、それも下っ端貴族の男爵令嬢が本来出会うはずもない相手。
「サリーナ」
「はい」
「サリーナ、俺と結婚してほしい」
そう言って私の手のひらにキスを落とすフレッドは、どこからどうみても王子様です。王子様すぎて悲しくなりました。
「王子様、私と王子様は身分が違いすぎます。誰も祝福してはくれないでしょう」
2年ほど前、初恋を自覚した私がぶつかったのは、貴族と平民という見えない壁でした。
そして今、直系王族と貴族の末端という、天に届くほど高くそびえ立つ身分差の壁。
「それは俺が全て解決する。だからサリーナ、どうか一言、俺の愛に答えてくれ」
「王子様の愛は鳥かごね。勝手にさらって閉じ込めて、まさかそれでも愛されると?」
シリアの言う逃亡案に乗って逃げればよかったと、今更思います。
こんな残酷な愛なんて、私は知りたくなかった。
初恋の平民が実は貴族を娶れるくらいには富豪だった。そんな都合の良い話を、私は求めていたのです。
「では、いずれ愛してくれればいい。サリーナが俺を愛するまで、サリーナが愛する他の者を奪い続けよう」
「フレッド?」
「赤の狂王は愛した娘を塔に閉じ込め、親類縁者、祖国も何もかも、奪い去ったそうだ。俺にはその血が濃く流れている。今、それを自覚した」
馬鹿なことを真顔で言うフレッドの美しい顔をひっぱたき、正気に戻します。
「そんなことをしたら、一生恨みますからね」
「お姫さん」
「さ、馬鹿なことを言ってないで私を家に帰してください」
「……そう言えばお姫さんは宝石を持ってないよな? 今度宝石商を呼ぼう」
銀色の仮面を顔につけて、フレッドがわざとらしく話題をそらしました。
「宝石はいりません。馬車を出してください」
「お姫さん密入国だから、国境で止められちゃうぜ?」
「はい?」
「いやー。そっちの国を出るときは金積んだけど、こっちでは王子だから」
「ちょっと待って。私、もしかして、ローリエンタにいるの?」
立ち上がったフレッドは、私の頭をゆっくり撫でます。
「正解」
「なんてこと」
「どうやったって逃げられないぜ。この国から」
頭にあるフレッドの手を払いのけて、私も立ちあがってフレッドの胸を叩きます。
「この、誘拐犯! 人でなし! 犯罪者!」
「すまんお姫さん。やっぱり俺は諦められない。だから、お姫さんが諦めるのを待つことにした」
「譲歩するという事を知らないの!?」
「欲しいものは奪う。それが家訓だ」
「最低ね」
にらみつけても効果はないようです。
「でも、お姫さん相手なら、譲歩ってやつを覚えてもいい。結婚を前提に、どこまで譲れば俺を愛していると言ってくれる?」
「家に帰してくれたら」
「却下」
「……普通、結婚するときは実家から送り出されるものよ?」
「今帰すと、お姫さんの身が危ない」
性根が腐っていても王族、しかも実力ある第3王子。
本人が望んでいなくても次期皇帝問題で周囲が浮足立つそうです。
「お姫さんが結婚してくれたら、その煩わしい問題からも解放される」
「どういうことかしら?」
「サリーナと結婚して帝位継承権を捨てて陛下に爵位を賜る。臣下になれば、皇帝の座は目指せないし、転がり落ちてこない」
狙われることも、第3王子に継いで欲しいと考える派閥が他の王子を狙うこともなくなるらしい。
「でも私、どうしても両親に会いたいわ。きっと心配してるから」
「……わかった。わかったよ、お姫さん。俺が悪かったから、泣かないでくれ。帰すよ、家に」
ぎゅうっと正面から抱きしめられましたが、相変わらずこの誘拐犯は距離が近い。
「離して」
「なあ、俺は譲歩を覚えたんだから、お姫さんは情緒を学ぼうぜ」
「おだまりなさい、この誘拐犯!」
背中を軽く叩いてもフレッドは離れていきません。
私は嫁入り前で、清く正しくいなければならなのですが。
「家に帰って、男爵たちと話をつけたら、結婚しよう」
「話って、実力行使ではないわよね? ちゃんと会話してくれるわよね?」
「あぁ。もちろん。まずはきちんと名乗って、それから金品を馬車数台分運び入れて、快く送り出してもらおう」
フレッドがきちんと名乗った時点で、家族が1回倒れるような気がします。
とんでもない身分の護衛が我が家に3年もいたんですから。
薄く開いてしまった唇の上下を合わせて、ちょっと気の抜けた体に気合を入れ直し、背筋を美しく伸ばすことを意識して深呼吸。
「ごめんなさい、王子様。もう一度言いますね。私を家に帰してくださいませ」
「嫌だ」
「そのような意地悪をおっしゃらず、一言わかったと頷いて下さればよいのですわ」
相手は狂王の再来と言われる戦好きの第3王子。
もしも不快な気持ちにさせて、我が国に対して戦争を仕掛けられでもしたら大変なことになります。でも、胸に広がる不快感と苛立ちは抑えられません。
「さあ、王子様。今すぐ、私を家に戻すとおっしゃって!」
「できない……愛してるんだ」
「はあ!?」
「ついこの前まで子ども扱いしてたくせに今更何言ってんだって思うだろうが、お姫さんが誰かの嫁になるって聞いて耐えられないと気づいた。今までお姫さんの気持ちを無視し続けて、沢山傷つけたと思う……それは謝る」
「なんですって!? 私の気持ちって、いったいなんの話をしているの!」
大きな体でしおらしく振る舞うフレッドは、ポツポツと過去にあった私とのやり取りを喋りだしました。どれもこれも全て忘れて欲しい私の苦い思い出たち。
「この期に及んで、これはなんの嫌がらせですか」
「そういうつもりじゃ……」
「手料理が美味しくなかった。お菓子作りの才能はない。裁縫の腕もいまいち。えぇ、その節は大変ご迷惑をおかけしました。ですがどれもこれも全て克服致しましたので!」
フレッドは鈍感だから気付いてないと思っていたのに、私の気持ちを知ったうえで、あのような酷評を並べ立てていたなんて! 乙女の純情をなんだと思っているのでしょう!
「旦那様になる方には、美味しい手料理を振る舞ってみせますから心配ご無用です」
実際のところ、富豪の平民に嫁いだなら私が料理の腕を振るう場面などないでしょう。我が家ですら料理担当の使用人がいるのですから。
私が料理に手をだしたのは、使用人を雇う財力のないその辺にいる一平民のためです。
「本当は全部美味しかった……それを伝えたかったんだ」
「当然です! きちんと料理を習って、何度も練習して一番上出来の物を渡したんですから」
ぽろぽろと涙が勝手に流れていきます。
涙を拭こうとしたフレッドの手を振り払い、自分のハンカチでそっと目元を抑えて呼吸を整え、隣国の第3王子をにらみつける。
「家に戻ります」
「お姫さん、頼む。ここにいてくれ」
「王子様は私の名前、ご存じ?」
私にひざまずいて縋り付く男は近隣諸国が恐れる戦狂いの王子様。
他国の、それも下っ端貴族の男爵令嬢が本来出会うはずもない相手。
「サリーナ」
「はい」
「サリーナ、俺と結婚してほしい」
そう言って私の手のひらにキスを落とすフレッドは、どこからどうみても王子様です。王子様すぎて悲しくなりました。
「王子様、私と王子様は身分が違いすぎます。誰も祝福してはくれないでしょう」
2年ほど前、初恋を自覚した私がぶつかったのは、貴族と平民という見えない壁でした。
そして今、直系王族と貴族の末端という、天に届くほど高くそびえ立つ身分差の壁。
「それは俺が全て解決する。だからサリーナ、どうか一言、俺の愛に答えてくれ」
「王子様の愛は鳥かごね。勝手にさらって閉じ込めて、まさかそれでも愛されると?」
シリアの言う逃亡案に乗って逃げればよかったと、今更思います。
こんな残酷な愛なんて、私は知りたくなかった。
初恋の平民が実は貴族を娶れるくらいには富豪だった。そんな都合の良い話を、私は求めていたのです。
「では、いずれ愛してくれればいい。サリーナが俺を愛するまで、サリーナが愛する他の者を奪い続けよう」
「フレッド?」
「赤の狂王は愛した娘を塔に閉じ込め、親類縁者、祖国も何もかも、奪い去ったそうだ。俺にはその血が濃く流れている。今、それを自覚した」
馬鹿なことを真顔で言うフレッドの美しい顔をひっぱたき、正気に戻します。
「そんなことをしたら、一生恨みますからね」
「お姫さん」
「さ、馬鹿なことを言ってないで私を家に帰してください」
「……そう言えばお姫さんは宝石を持ってないよな? 今度宝石商を呼ぼう」
銀色の仮面を顔につけて、フレッドがわざとらしく話題をそらしました。
「宝石はいりません。馬車を出してください」
「お姫さん密入国だから、国境で止められちゃうぜ?」
「はい?」
「いやー。そっちの国を出るときは金積んだけど、こっちでは王子だから」
「ちょっと待って。私、もしかして、ローリエンタにいるの?」
立ち上がったフレッドは、私の頭をゆっくり撫でます。
「正解」
「なんてこと」
「どうやったって逃げられないぜ。この国から」
頭にあるフレッドの手を払いのけて、私も立ちあがってフレッドの胸を叩きます。
「この、誘拐犯! 人でなし! 犯罪者!」
「すまんお姫さん。やっぱり俺は諦められない。だから、お姫さんが諦めるのを待つことにした」
「譲歩するという事を知らないの!?」
「欲しいものは奪う。それが家訓だ」
「最低ね」
にらみつけても効果はないようです。
「でも、お姫さん相手なら、譲歩ってやつを覚えてもいい。結婚を前提に、どこまで譲れば俺を愛していると言ってくれる?」
「家に帰してくれたら」
「却下」
「……普通、結婚するときは実家から送り出されるものよ?」
「今帰すと、お姫さんの身が危ない」
性根が腐っていても王族、しかも実力ある第3王子。
本人が望んでいなくても次期皇帝問題で周囲が浮足立つそうです。
「お姫さんが結婚してくれたら、その煩わしい問題からも解放される」
「どういうことかしら?」
「サリーナと結婚して帝位継承権を捨てて陛下に爵位を賜る。臣下になれば、皇帝の座は目指せないし、転がり落ちてこない」
狙われることも、第3王子に継いで欲しいと考える派閥が他の王子を狙うこともなくなるらしい。
「でも私、どうしても両親に会いたいわ。きっと心配してるから」
「……わかった。わかったよ、お姫さん。俺が悪かったから、泣かないでくれ。帰すよ、家に」
ぎゅうっと正面から抱きしめられましたが、相変わらずこの誘拐犯は距離が近い。
「離して」
「なあ、俺は譲歩を覚えたんだから、お姫さんは情緒を学ぼうぜ」
「おだまりなさい、この誘拐犯!」
背中を軽く叩いてもフレッドは離れていきません。
私は嫁入り前で、清く正しくいなければならなのですが。
「家に帰って、男爵たちと話をつけたら、結婚しよう」
「話って、実力行使ではないわよね? ちゃんと会話してくれるわよね?」
「あぁ。もちろん。まずはきちんと名乗って、それから金品を馬車数台分運び入れて、快く送り出してもらおう」
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