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文字を目で追うこともなく、ただ開いていただけの本を閉じて人を呼ぶためのベルを鳴らします。
天井からぶら下がっている紐を引っ張ると続き部屋のベルが鳴って、読書のために部屋から追い出しているシリアを呼ぶことができるのです。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「えぇ。少し聞きたいことがあるの」
長くなるだろうからソファーに座るように勧めてみても、シリアは首を振って主人と同席は許されないと主張します。
我が家で雇っている通いの使用人と違って、シリアはずいぶん遠慮深い様子です。
「聞きたいのは私をさらってきた男についてなの」
「……お話できることと、できないことがございます」
「ええ。シリアはあの男に雇われているのですものね」
私に同情的で、あれこれとお世話を焼いてくれるシリアも結局は誘拐犯の仲間。言えないこともあるでしょう。
「嘘を言うくらいなら、言えないと答えてくれる方がありがたいわ」
この経済状況からみて、フレッドが我が家以外のどこかで仕事をしていたのは間違いないです。私の知っているフレッドはどこまでが本当で、どこから嘘なのでしょう。
「まず、あの男、アルと名乗っていたけど、本当の名前は?」
「……本来はもう少し長いお名前ですけど、アル様でも間違いではありません」
「ふぅん。そう。では、そのアル様のご職業は?」
母より年上の女性を質問攻めにし、高圧的に迫る行為が褒められたものだとは自分でも思いません。でも、どうしても声が鋭くなってしまうのです。
せめて口調だけは優しく接しようと思うのですが、シリアの返事の内容に満足できないまま次に進むので、どんどん冷たいものになっていきます。
「……申し訳ございません。その質問には答えられないのです」
「そうなの。職業は言えないのね。では、年は?」
「23歳です」
「そう」
名前はアルなんとか。年齢はフレッドと同じ。でも、職業は言えない。
これでは誘拐犯については何もわからないまま。
質問の方向性を変えてみましょう。
「なぜ私だったのかしら? 正直、誘拐される原因に心当たりが1つもないのよ。恨まれている可能性は低いし、身代金目的でもなさそうだし」
「……こちらへの連絡では当初、守りたい女性が出来たから連れて帰る……とだけ、ありました」
「どういうこと?」
「失礼ながら申し上げます。アル様とは恋人関係だったのでは?」
「いいえ」
シリアは口元に手をやって驚愕の表情です。
「そんな、まさか……? 本当に、何も?」
「えぇ。神に誓ってもいいわよ」
何か糸口が見えそうな予感がして、この話題を掘り下げてみることにしました。
「シリアは私たちの事をどう思っていたのか聞きたいわ」
「アル様がお忍びで出かけた先でお知り合いになった女性だと……。やむを得ない事情により、親元から連れ去る形になったので、誠心誠意仕えるようにと……」
呆然としたままシリアは自分が受けた命令を口にしました。
心を通わせている恋人を無理矢理さらってきたのと、見ず知らずの女性を無理矢理さらってきたのでは、罪の重さは同じでも心証は大きく違うようです。
「お忍び……ね。ねえ、シリア。教えて欲しいの。あの男は何者?」
「申し訳ございません。これ以上の質問にはお答えできません」
表情をなくした顔でシリアがそう言い、私から心の距離を一歩引いたのがわかりました。
誘拐犯と恋人設定だった私には優しくできても、赤の他人だと判明した私には親身になってはくれないようです。
1つ分かったことは、もしかしたらフレッドは私のことを好きなのかもしれない、ということ。
平民と貴族が恋人として交際するのは世間の目が厳しいですし、好いた気持ちを隠すのはわかります。でも、これだけの財力を持っているなら、正々堂々と正面から父に向かっていけば、どうにかなったのではと思うのです。
下位の貴族娘が平民の富豪に嫁ぐ話はそれほど珍しいことではありませんし。
わざわざ誘拐する必要が感じられません。
「ねえ、シリア。あの男を呼んできてくれるかしら?」
私の要望を、シリアは静かに首を横に振って拒絶しました。
天井からぶら下がっている紐を引っ張ると続き部屋のベルが鳴って、読書のために部屋から追い出しているシリアを呼ぶことができるのです。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「えぇ。少し聞きたいことがあるの」
長くなるだろうからソファーに座るように勧めてみても、シリアは首を振って主人と同席は許されないと主張します。
我が家で雇っている通いの使用人と違って、シリアはずいぶん遠慮深い様子です。
「聞きたいのは私をさらってきた男についてなの」
「……お話できることと、できないことがございます」
「ええ。シリアはあの男に雇われているのですものね」
私に同情的で、あれこれとお世話を焼いてくれるシリアも結局は誘拐犯の仲間。言えないこともあるでしょう。
「嘘を言うくらいなら、言えないと答えてくれる方がありがたいわ」
この経済状況からみて、フレッドが我が家以外のどこかで仕事をしていたのは間違いないです。私の知っているフレッドはどこまでが本当で、どこから嘘なのでしょう。
「まず、あの男、アルと名乗っていたけど、本当の名前は?」
「……本来はもう少し長いお名前ですけど、アル様でも間違いではありません」
「ふぅん。そう。では、そのアル様のご職業は?」
母より年上の女性を質問攻めにし、高圧的に迫る行為が褒められたものだとは自分でも思いません。でも、どうしても声が鋭くなってしまうのです。
せめて口調だけは優しく接しようと思うのですが、シリアの返事の内容に満足できないまま次に進むので、どんどん冷たいものになっていきます。
「……申し訳ございません。その質問には答えられないのです」
「そうなの。職業は言えないのね。では、年は?」
「23歳です」
「そう」
名前はアルなんとか。年齢はフレッドと同じ。でも、職業は言えない。
これでは誘拐犯については何もわからないまま。
質問の方向性を変えてみましょう。
「なぜ私だったのかしら? 正直、誘拐される原因に心当たりが1つもないのよ。恨まれている可能性は低いし、身代金目的でもなさそうだし」
「……こちらへの連絡では当初、守りたい女性が出来たから連れて帰る……とだけ、ありました」
「どういうこと?」
「失礼ながら申し上げます。アル様とは恋人関係だったのでは?」
「いいえ」
シリアは口元に手をやって驚愕の表情です。
「そんな、まさか……? 本当に、何も?」
「えぇ。神に誓ってもいいわよ」
何か糸口が見えそうな予感がして、この話題を掘り下げてみることにしました。
「シリアは私たちの事をどう思っていたのか聞きたいわ」
「アル様がお忍びで出かけた先でお知り合いになった女性だと……。やむを得ない事情により、親元から連れ去る形になったので、誠心誠意仕えるようにと……」
呆然としたままシリアは自分が受けた命令を口にしました。
心を通わせている恋人を無理矢理さらってきたのと、見ず知らずの女性を無理矢理さらってきたのでは、罪の重さは同じでも心証は大きく違うようです。
「お忍び……ね。ねえ、シリア。教えて欲しいの。あの男は何者?」
「申し訳ございません。これ以上の質問にはお答えできません」
表情をなくした顔でシリアがそう言い、私から心の距離を一歩引いたのがわかりました。
誘拐犯と恋人設定だった私には優しくできても、赤の他人だと判明した私には親身になってはくれないようです。
1つ分かったことは、もしかしたらフレッドは私のことを好きなのかもしれない、ということ。
平民と貴族が恋人として交際するのは世間の目が厳しいですし、好いた気持ちを隠すのはわかります。でも、これだけの財力を持っているなら、正々堂々と正面から父に向かっていけば、どうにかなったのではと思うのです。
下位の貴族娘が平民の富豪に嫁ぐ話はそれほど珍しいことではありませんし。
わざわざ誘拐する必要が感じられません。
「ねえ、シリア。あの男を呼んできてくれるかしら?」
私の要望を、シリアは静かに首を横に振って拒絶しました。
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