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動機不明の誘拐犯

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 相手の目的もわからないこの段階で、誘拐犯の正体に気づいたと知られちゃダメなことくらいわかる。だから絶対「フレッド」と呼びかけたりしない。

 死ぬほど怯えた恐怖が去った後、犯人に対してふつふつと怒りがこみ上げてきました。
 この怒りが今の私の原動力。冷静に、冷静にならないと。

「大丈夫か?」

 深呼吸を繰り返す私に気付いたのか、近くに座っている犯人が私の顔を覗き込んでいる気がします。目隠しで見えませんけど。

「……少し離れてくださらない?」

 声は情けなく震えていたけれど、言いたいことは言えました。
 近いんですよさっきから! こちらは未婚の女性だというのに!

「わかった」

 立ち上がる気配がしたので、私が座っているベッドの上から移動したようです。どの位置に座り直したのかまではわかりません。
 まあ、ベッドマットが乗っている変則馬車とはいえ、馬車である以上、座る場所は限られていますけどね。

 誘拐犯がベッドの上からいなくなったので、掛け布団を手繰り寄せてできるだけ体を隠すようにして座ります。

 私、パジャマのままなのでしょうか? 
 でも着替えさせられていたら、それはそれでかなり嫌。


 馬車の車輪が出す音だけが聞こえる車内で、頭の中をいろいろ整理して犯行の動機を考えます。


 貴族の家では幼い子供だけではなく、時に成人している当主ですら誘拐の標的になってしまうことがあるので、雇い入れる使用人の身辺調査はしつこいぐらいに調べつくされて、出入りの業者ですらその対象になると聞きます。

 でもそれは、お金がたっぷりあって領地経営も順風満帆な大貴族に限った話で、我が家みたいな並み以下の生活をしている名ばかり貴族にそんな危険はないはず……でした。

 実行犯の可能性が極めて高い我が家の護衛は、すでに勤続3年目。
 我が男爵家が、貴族であるがゆえに避けられない出費を除き、できる限り切り詰め、時に富豪と呼ばれる平民よりも質素な生活をしていることを、彼は十分理解しているはずです。

 私より、大きな商店の娘を誘拐した方が身代金の請求額も高くできるでしょうし、万が一失敗した場合も、貴族をさらうより平民をさらった方が罪は軽くなります。

 お金ではないとしたら、土地でしょうか?

 でも、我が家が自由にできる範囲といえば、屋敷が建っている土地とその周囲の庭くらいで、誰かに譲るほどの土地は持っていません。おじいさまの代で、別荘があった土地も売ってしまったようですから。

 生活に不満を持った住民の犯行、という線もありますけど、父は領主様の屋敷に仕えている事務方といっても、領主様に何かを対価に交渉できる地位ではありません。
 まあ、情報の報告くらいはできるでしょうけど、それを聞き入れるかどうかは領主様の判断になります。

 目覚めてすぐに体力の続く限り声を出して騒いで、それでも馬車が止まらなかったことから考えて、馬車を操縦している御者も誘拐犯の一味でしょう。

 少なくとも2人、私を誘拐して得をする人物がいるようなのですが……。

 私を誘拐して発生する利点が全くと言っていいほど思いつきません。

 もしや私情が絡んだ怨恨による犯行? 
 給料が未払い続きだった、もしくは仕事量は多いくせに給料が安すぎる。あるいは私や両親がわがまますぎる、とか。

 溜めに溜めたうっぷんがついに爆発してこの犯行だった場合、私が無事に家に帰れる可能性は限りなく低いままなのだ、と思ったら再び誘拐犯と2人きりのこの状況が怖くなってきました。


 いったい、フレッドに何があったというの?  

 
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