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贅沢な選択
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少しトリシアさんとぎくしゃくしてしまった翌日、伯母様に現状の報告とこれからを相談しに行きました。
「あらまあ」
「なんだか楽しそうですね?」
「ええ。こういう話はいくつになっても大好きですのよ」
にこにこと笑いながら伯母様は言います。
「それもわたくしたちが紹介した方とのご縁ですもの。喜ばしいわ」
トリシアさんの助言と苦言を考慮しつつ、わたくしは無難なローゼン様との婚約を選びました。実家に帰ってお父様に報告したらそのまま婚約へと進むでしょう。
ですが、このまま帰るとトリシアさんとの縁はぷつりと切れてしまいそうです。
「あら? 浮かない顔をしてどうしたの? やっぱり例の伯爵子息に未練がでてきたのかしら? そちらはお見合いを承諾したら即婚約の流れになるでしょうから、実際に会ってからローゼン様と見比べるというのは無理よ?」
「それはわかっておりますし、そういう悩みではございません」
昨夜からもやもやしていた気持ちを伯母様に相談してみます。
「実は……同室のトリシアさんとの関係を改善したいのです」
「えぇっと……あぁ、夫の従妹の……」
旦那様の従妹の嫁ぎ先の末娘がトリシアさんです。伯母様とは遠い親戚なので、個人としての付き合いはないようです。
「昨夜、この件でいろいろと助言と苦言を頂いたのです。わたくしの至らないところを指摘してくださったのですが、受け入れられる部分とそうでない部分がありまして、今朝からお互いによそよそしい態度をとってしまって……」
「ふぅん? それで?」
「わたくし、このままの状態でここを離れられません」
実家に帰ればローゼン様との顔合わせや伯爵令息との噂話の対応で忙しくなりますし、落ち着いた頃にはトリシアさんが本格的に侍女として働き始めてしまい、2人で会うことも難しくなってしまいます。関係が改善されなければ文のやり取りすらできません。
「同室がトリシアさんだったから、わたくしは楽しく仕事ができたのだと思います。トリシアさんはわたくしの初めてのお友達なのです。失いたくありません」
「相手はどうかしらね? 貴女のその少しずれた感性は間違いなく母親譲りよ」
成人前に婚約者候補がふたり現れてどちらを選ぶかで悩んでいたわたくしは、成人したら働くことが確定しているトリシアさんから見て不愉快な存在だと指摘されました。
「それは存じ上げています」
正確には昨夜トリシアさんに言われて自覚したのですけど。
「それが分かっていて、これからも友人として関係を続けていきたいと言うの? 途方もないお花畑ねぇ。わたくしとしてはお相手に友人という感覚があったのかすら疑わしいのだけど」
初めのうちは小さく震えていた伯母様でしたが、やがて声を出して笑い始めました。
「リリアンジェ、貴女にとって今一番の悩みは何かしら?」
「一番、ですか?」
「えぇそうよ。貴女のお父様、伯爵子息、ローゼン様、そしてトリシア。貴女を悩ます存在はこの4人かしらね?」
お見合いさせたいお父様と妄想を語る伯爵子息は面倒さで言ったら同じくらいですし、わたくしの為に婚約を前提として動こうとしてくだるローゼン様はありがたい存在です。ですので、わたくしが一番に解決したいのは……。
「トリシアさんとの友情です」
「なるほど、確かにアンジェの悩みは贅沢ですこと。一周回って、そのトリシアという娘は貴女の友人に相応しい気がしてきましたわ」
数回うなずいた伯母様は「トリシアを呼んできてちょうだい」と侍女に指示を出しました。
「わたくしからもトリシアさんに頼まなくてはね。友人としてこれからもアンジェと仲良くしてほしいと」
「本当ですか! 伯母様ありがとうございます」
その後、部屋にやって来たトリシアさんに伯母様が少し耳打ちすると、トリシアさんは軽く頷き返しました。そしてわたくしに手を差し出して言いました。
「昨夜は少しだけ言い過ぎたかもしれませんが、あれがわたくしの本心です。もしそれでも友人とお思いならこれからは文通相手としてお付き合いください」
「わたくし、至らぬ点があったと反省しております。気付かせてくださったトリシアさんには感謝しております」
きゅっと手を握り合い友情を再確認しているところに伯母様が割り込んできました。
「これからも、是非、是非、リリアンジェにいろいろ指摘してあげてね」
「はい、奥様」
「トリシアはこれからも侍女として我が家にいますから、アンジェは何かあったら相談して、助言をもらいなさいね」
トリシアさんと文通の約束をして、数日後に実家に帰りました。
ー親愛なる友 トリシア様ー
この度、ローゼン様と正式に婚約を結びました。
愛し愛される夫婦になれるよう努力していきたいと思っております。
:
そういえば例の伯爵令息は酔いながら様々な方に愚痴を言っているようで、わたくし中々の悪女として噂されていますよ。
会ったこともない男性にどうやって麗しい声で愛を語るのでしょうね?
:
トリシアさんの助言通り、お茶会ではお嬢様方とのおしゃべりを頑張っています。
最近ガラス細工が流行り始めたそうで、ローゼン様に頂いたガラスのバレッタが話のタネになっています。購入したガラス工房の名刺を入れておきますので、トリシアさんも是非一度足をお運びください。とても美しいガラス細工なので、きっと気に入るものがあると思います。
:
また手紙が長くなりましたが、お体に気を付けてお仕事頑張ってくださいませ。
「あらまあ」
「なんだか楽しそうですね?」
「ええ。こういう話はいくつになっても大好きですのよ」
にこにこと笑いながら伯母様は言います。
「それもわたくしたちが紹介した方とのご縁ですもの。喜ばしいわ」
トリシアさんの助言と苦言を考慮しつつ、わたくしは無難なローゼン様との婚約を選びました。実家に帰ってお父様に報告したらそのまま婚約へと進むでしょう。
ですが、このまま帰るとトリシアさんとの縁はぷつりと切れてしまいそうです。
「あら? 浮かない顔をしてどうしたの? やっぱり例の伯爵子息に未練がでてきたのかしら? そちらはお見合いを承諾したら即婚約の流れになるでしょうから、実際に会ってからローゼン様と見比べるというのは無理よ?」
「それはわかっておりますし、そういう悩みではございません」
昨夜からもやもやしていた気持ちを伯母様に相談してみます。
「実は……同室のトリシアさんとの関係を改善したいのです」
「えぇっと……あぁ、夫の従妹の……」
旦那様の従妹の嫁ぎ先の末娘がトリシアさんです。伯母様とは遠い親戚なので、個人としての付き合いはないようです。
「昨夜、この件でいろいろと助言と苦言を頂いたのです。わたくしの至らないところを指摘してくださったのですが、受け入れられる部分とそうでない部分がありまして、今朝からお互いによそよそしい態度をとってしまって……」
「ふぅん? それで?」
「わたくし、このままの状態でここを離れられません」
実家に帰ればローゼン様との顔合わせや伯爵令息との噂話の対応で忙しくなりますし、落ち着いた頃にはトリシアさんが本格的に侍女として働き始めてしまい、2人で会うことも難しくなってしまいます。関係が改善されなければ文のやり取りすらできません。
「同室がトリシアさんだったから、わたくしは楽しく仕事ができたのだと思います。トリシアさんはわたくしの初めてのお友達なのです。失いたくありません」
「相手はどうかしらね? 貴女のその少しずれた感性は間違いなく母親譲りよ」
成人前に婚約者候補がふたり現れてどちらを選ぶかで悩んでいたわたくしは、成人したら働くことが確定しているトリシアさんから見て不愉快な存在だと指摘されました。
「それは存じ上げています」
正確には昨夜トリシアさんに言われて自覚したのですけど。
「それが分かっていて、これからも友人として関係を続けていきたいと言うの? 途方もないお花畑ねぇ。わたくしとしてはお相手に友人という感覚があったのかすら疑わしいのだけど」
初めのうちは小さく震えていた伯母様でしたが、やがて声を出して笑い始めました。
「リリアンジェ、貴女にとって今一番の悩みは何かしら?」
「一番、ですか?」
「えぇそうよ。貴女のお父様、伯爵子息、ローゼン様、そしてトリシア。貴女を悩ます存在はこの4人かしらね?」
お見合いさせたいお父様と妄想を語る伯爵子息は面倒さで言ったら同じくらいですし、わたくしの為に婚約を前提として動こうとしてくだるローゼン様はありがたい存在です。ですので、わたくしが一番に解決したいのは……。
「トリシアさんとの友情です」
「なるほど、確かにアンジェの悩みは贅沢ですこと。一周回って、そのトリシアという娘は貴女の友人に相応しい気がしてきましたわ」
数回うなずいた伯母様は「トリシアを呼んできてちょうだい」と侍女に指示を出しました。
「わたくしからもトリシアさんに頼まなくてはね。友人としてこれからもアンジェと仲良くしてほしいと」
「本当ですか! 伯母様ありがとうございます」
その後、部屋にやって来たトリシアさんに伯母様が少し耳打ちすると、トリシアさんは軽く頷き返しました。そしてわたくしに手を差し出して言いました。
「昨夜は少しだけ言い過ぎたかもしれませんが、あれがわたくしの本心です。もしそれでも友人とお思いならこれからは文通相手としてお付き合いください」
「わたくし、至らぬ点があったと反省しております。気付かせてくださったトリシアさんには感謝しております」
きゅっと手を握り合い友情を再確認しているところに伯母様が割り込んできました。
「これからも、是非、是非、リリアンジェにいろいろ指摘してあげてね」
「はい、奥様」
「トリシアはこれからも侍女として我が家にいますから、アンジェは何かあったら相談して、助言をもらいなさいね」
トリシアさんと文通の約束をして、数日後に実家に帰りました。
ー親愛なる友 トリシア様ー
この度、ローゼン様と正式に婚約を結びました。
愛し愛される夫婦になれるよう努力していきたいと思っております。
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そういえば例の伯爵令息は酔いながら様々な方に愚痴を言っているようで、わたくし中々の悪女として噂されていますよ。
会ったこともない男性にどうやって麗しい声で愛を語るのでしょうね?
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トリシアさんの助言通り、お茶会ではお嬢様方とのおしゃべりを頑張っています。
最近ガラス細工が流行り始めたそうで、ローゼン様に頂いたガラスのバレッタが話のタネになっています。購入したガラス工房の名刺を入れておきますので、トリシアさんも是非一度足をお運びください。とても美しいガラス細工なので、きっと気に入るものがあると思います。
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また手紙が長くなりましたが、お体に気を付けてお仕事頑張ってくださいませ。
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