男爵令嬢の贅沢な悩み

たんぽぽ

文字の大きさ
上 下
7 / 7

贅沢な選択

しおりを挟む
 少しトリシアさんとぎくしゃくしてしまった翌日、伯母様に現状の報告とこれからを相談しに行きました。

「あらまあ」
「なんだか楽しそうですね?」
「ええ。こういう話はいくつになっても大好きですのよ」

 にこにこと笑いながら伯母様は言います。

「それもわたくしたちが紹介した方とのご縁ですもの。喜ばしいわ」

 トリシアさんの助言と苦言を考慮しつつ、わたくしは無難なローゼン様との婚約を選びました。実家に帰ってお父様に報告したらそのまま婚約へと進むでしょう。
 ですが、このまま帰るとトリシアさんとの縁はぷつりと切れてしまいそうです。

「あら? 浮かない顔をしてどうしたの? やっぱり例の伯爵子息に未練がでてきたのかしら? そちらはお見合いを承諾したら即婚約の流れになるでしょうから、実際に会ってからローゼン様と見比べるというのは無理よ?」
「それはわかっておりますし、そういう悩みではございません」

 昨夜からもやもやしていた気持ちを伯母様に相談してみます。

「実は……同室のトリシアさんとの関係を改善したいのです」
「えぇっと……あぁ、夫の従妹の……」

 旦那様の従妹の嫁ぎ先の末娘がトリシアさんです。伯母様とは遠い親戚なので、個人としての付き合いはないようです。

「昨夜、この件でいろいろと助言と苦言を頂いたのです。わたくしの至らないところを指摘してくださったのですが、受け入れられる部分とそうでない部分がありまして、今朝からお互いによそよそしい態度をとってしまって……」
「ふぅん? それで?」
「わたくし、このままの状態でここを離れられません」

 実家に帰ればローゼン様との顔合わせや伯爵令息との噂話の対応で忙しくなりますし、落ち着いた頃にはトリシアさんが本格的に侍女として働き始めてしまい、2人で会うことも難しくなってしまいます。関係が改善されなければ文のやり取りすらできません。

「同室がトリシアさんだったから、わたくしは楽しく仕事ができたのだと思います。トリシアさんはわたくしの初めてのお友達なのです。失いたくありません」
「相手はどうかしらね? 貴女のその少しずれた感性は間違いなく母親譲りよ」

 成人前に婚約者候補がふたり現れてどちらを選ぶかで悩んでいたわたくしは、成人したら働くことが確定しているトリシアさんから見て不愉快な存在だと指摘されました。

「それは存じ上げています」

 正確には昨夜トリシアさんに言われて自覚したのですけど。

「それが分かっていて、これからも友人として関係を続けていきたいと言うの? 途方もないお花畑ねぇ。わたくしとしてはお相手に友人という感覚があったのかすら疑わしいのだけど」

 初めのうちは小さく震えていた伯母様でしたが、やがて声を出して笑い始めました。

「リリアンジェ、貴女にとって今一番の悩みは何かしら?」
「一番、ですか?」
「えぇそうよ。貴女のお父様、伯爵子息、ローゼン様、そしてトリシア。貴女を悩ます存在はこの4人かしらね?」

 お見合いさせたいお父様と妄想を語る伯爵子息は面倒さで言ったら同じくらいですし、わたくしの為に婚約を前提として動こうとしてくだるローゼン様はありがたい存在です。ですので、わたくしが一番に解決したいのは……。

「トリシアさんとの友情です」
「なるほど、確かにアンジェの悩みは贅沢ですこと。一周回って、そのトリシアという娘は貴女の友人に相応しい気がしてきましたわ」

 数回うなずいた伯母様は「トリシアを呼んできてちょうだい」と侍女に指示を出しました。

「わたくしからもトリシアさんに頼まなくてはね。友人としてこれからもアンジェと仲良くしてほしいと」
「本当ですか! 伯母様ありがとうございます」

 その後、部屋にやって来たトリシアさんに伯母様が少し耳打ちすると、トリシアさんは軽く頷き返しました。そしてわたくしに手を差し出して言いました。

「昨夜は少しだけ言い過ぎたかもしれませんが、あれがわたくしの本心です。もしそれでも友人とお思いならこれからは文通相手としてお付き合いください」
「わたくし、至らぬ点があったと反省しております。気付かせてくださったトリシアさんには感謝しております」

 きゅっと手を握り合い友情を再確認しているところに伯母様が割り込んできました。

「これからも、是非、是非、リリアンジェにいろいろ指摘してあげてね」
「はい、奥様」
「トリシアはこれからも侍女として我が家にいますから、アンジェは何かあったら相談して、助言をもらいなさいね」

 トリシアさんと文通の約束をして、数日後に実家に帰りました。
 

ー親愛なる友 トリシア様ー

この度、ローゼン様と正式に婚約を結びました。
愛し愛される夫婦になれるよう努力していきたいと思っております。

そういえば例の伯爵令息は酔いながら様々な方に愚痴を言っているようで、わたくし中々の悪女として噂されていますよ。
会ったこともない男性にどうやって麗しい声で愛を語るのでしょうね? 

トリシアさんの助言通り、お茶会ではお嬢様方とのおしゃべりを頑張っています。
最近ガラス細工が流行り始めたそうで、ローゼン様に頂いたガラスのバレッタが話のタネになっています。購入したガラス工房の名刺を入れておきますので、トリシアさんも是非一度足をお運びください。とても美しいガラス細工なので、きっと気に入るものがあると思います。

また手紙が長くなりましたが、お体に気を付けてお仕事頑張ってくださいませ。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

そんなに幼馴染の事が好きなら、婚約者なんていなくてもいいのですね?

新野乃花(大舟)
恋愛
レベック第一王子と婚約関係にあった、貴族令嬢シノン。その関係を手配したのはレベックの父であるユーゲント国王であり、二人の関係を心から嬉しく思っていた。しかしある日、レベックは幼馴染であるユミリアに浮気をし、シノンの事を婚約破棄の上で追放してしまう。事後報告する形であれば国王も怒りはしないだろうと甘く考えていたレベックであったものの、婚約破棄の事を知った国王は激しく憤りを見せ始め…。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...