男爵令嬢の贅沢な悩み

たんぽぽ

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贅沢な悩み

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 屋敷に送り届けてもらって自室に着いたわたくしは、自分にかかわるふたつの問題を解決しなければいけなくなりました。

 ひとつは、先ほどローゼン様に結婚を前提とした婚約の申し込みの相談を受けたこと。
 数通の手紙のやり取りだけでローゼン様の人となりを全て理解したとは言えませんが、今のところ嫌な部分はみつかりません。
 婚約してから何か嫌な部分があったとしても、多少のことならお互い様と目をつぶることができるでしょう。

 もうひとつは、会ったこともない伯爵子息。
 ローゼン様が聞いた話だと、わたくしと直接会って婚約の申し込みをしたいと願っていたけれど、実父の男爵経由での見合い話が遅々として進まないので今のうちに婚約を成立させて成人の儀でエスコートする役目を得ようとしているそう。

 状況を分かりやすく紙に書いて、ローゼン様の話を受けるかどうか悩んでいると、仕事を終えたトリシアさんが帰ってきました。
 お互い帰宅の挨拶を軽く交わし、話題は今日のわたくしのお出かけについて。

「リリアンジェさん、今日はいかがでしたか?」
「トリシアさんに結って頂いた髪がとても好評でしたわ。改めてありがとうございました」
「いいえ。半分は趣味ですから……あら、御礼のお手紙ですか?」

 机に置いてある紙を見て、トリシアさんは手紙を書いていると思ったようです。

「少し問題が発生しましたの」
「まぁ」
「これはその問題を簡単にまとめてみたところです」

 ひらりと紙を持ち上げてトリシアさんに手渡す。

「あら珍しい。これはわたくしが読んでも良いのですね?」

 こくりと頷いたわたくしを見てから、トリシアさんは手元の紙に目を通しました。

「とてもよくまとめられていますね。軽く見ただけで状況が把握できました」

 返却された紙を机に置いてどうしたら良いか悩んでいると、部屋着に着替えたトリシアさんが言いました。

「リリアンジェさんとの生活はとても楽しかったですよ」
「……やはり、どちらを選ぶにしろわたくしここを辞めて帰らないといけませんよね?」
「それはそうでしょう。ローゼン様と婚約なさるのならもう働きに出る必要はなくなりますもの。正直申し上げると羨ましいですわ」
「まだローゼン様と婚約するとは決まっていませんけれど」

 見習い侍女を卒業すると、この屋敷で正式に侍女として働くか他家への紹介状を書いてもらう予定でいるトリシアさんは、わたくしを羨ましいと言いました。

「実は、最初にリリアンジェさんの話を聞いた時、なんてもったいない事をしているんだろうと思ってしまいました。伯爵子息にみそめられたのがわたくしなら、いそいそと見合いの準備をしたのに、と」
「でも、お相手は緑の騎士ですのよ?」

 顔は姿絵で確認できましたけど、緑の騎士団ですし、妹は意地悪なのであまり好ましい縁ではありません。

「それがなんだと言うのです?」

 心底わからない、と言いたげに首を傾げたトリシアさんは「リリアンジェさんは贅沢ですよ」と続けました。

「実家は伯爵位、騎士団に所属しているのなら本人に給金が出ているということですし、年も近い。お相手になんの不足があるのでしょう?」
「ですが、緑の騎士になれたのは実家が伯爵位だからでしょう? 実力なら兵士ということではありませんか」
「そうですね。剣や乗馬の腕は赤や青の騎士に比べると劣るのでしょう。ですが、それでも立派な騎士に違いありませんわ」

 緑の騎士だからというだけで会う事すら拒否するのは考えられない、そうトリシアさんは言います。

「実は、妹君がその、とても、ええっと、意地悪なのです……意地悪な気がするのです」

 今まで秘密にしていた会いたくないもうひとつの理由も伝えます。 
 伯爵子息にお会いしないだけでここまで大事になると思っていなかったので、そんなに深い理由ではないのですが。

「あら、そうなのですね。では、お相手のお母様はいかがです?」
「直接お話ししたことはありませんが、意地悪だとかいう印象はありません」
「それは良いことですね。妹さんはそのうち家を出て行くのですから問題ないでしょう」

 そう言われると、確かに、と思ってしまう。

「伯爵子息はリリアンジェさんにかなりの好意を寄せているわけですし、待遇は悪くないと思いますよ」
「……そうでしょうか? 実際に会ってみたら思っていたのと違ったと思われてしまう可能性もありますよ?」
「その場合でも冷遇はされませんよ。わたくしはリリアンジェさんからしか聞いたことはありませんが、社交界ではいろいろと噂されているのでしょう? 世間体もありますし、結婚までこぎつけると思います」

 それでいいのでしょうか?

「ですが、お相手から愛されていない状態では困ることもあると思います」
「愛し愛されの結婚なんて、ごくごく一部ですよ。むしろ最初から好意を持たれているリリアンジェさんは有利な立場にいるのですから、しっかりとその想いを繋ぎとめる努力をするべきです」

 見合いをしたくないから逃げるなんて贅沢だ、と再び言われました。

「その贅沢な選択をして、更に別の男性から婚約の申し込み打診までされて、それを受け入れるか否か悩んでいるなんて……リリアンジェさんは本当に贅沢です」

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