6 / 7
贅沢な悩み
しおりを挟む
屋敷に送り届けてもらって自室に着いたわたくしは、自分にかかわるふたつの問題を解決しなければいけなくなりました。
ひとつは、先ほどローゼン様に結婚を前提とした婚約の申し込みの相談を受けたこと。
数通の手紙のやり取りだけでローゼン様の人となりを全て理解したとは言えませんが、今のところ嫌な部分はみつかりません。
婚約してから何か嫌な部分があったとしても、多少のことならお互い様と目をつぶることができるでしょう。
もうひとつは、会ったこともない伯爵子息。
ローゼン様が聞いた話だと、わたくしと直接会って婚約の申し込みをしたいと願っていたけれど、実父の男爵経由での見合い話が遅々として進まないので今のうちに婚約を成立させて成人の儀でエスコートする役目を得ようとしているそう。
状況を分かりやすく紙に書いて、ローゼン様の話を受けるかどうか悩んでいると、仕事を終えたトリシアさんが帰ってきました。
お互い帰宅の挨拶を軽く交わし、話題は今日のわたくしのお出かけについて。
「リリアンジェさん、今日はいかがでしたか?」
「トリシアさんに結って頂いた髪がとても好評でしたわ。改めてありがとうございました」
「いいえ。半分は趣味ですから……あら、御礼のお手紙ですか?」
机に置いてある紙を見て、トリシアさんは手紙を書いていると思ったようです。
「少し問題が発生しましたの」
「まぁ」
「これはその問題を簡単にまとめてみたところです」
ひらりと紙を持ち上げてトリシアさんに手渡す。
「あら珍しい。これはわたくしが読んでも良いのですね?」
こくりと頷いたわたくしを見てから、トリシアさんは手元の紙に目を通しました。
「とてもよくまとめられていますね。軽く見ただけで状況が把握できました」
返却された紙を机に置いてどうしたら良いか悩んでいると、部屋着に着替えたトリシアさんが言いました。
「リリアンジェさんとの生活はとても楽しかったですよ」
「……やはり、どちらを選ぶにしろわたくしここを辞めて帰らないといけませんよね?」
「それはそうでしょう。ローゼン様と婚約なさるのならもう働きに出る必要はなくなりますもの。正直申し上げると羨ましいですわ」
「まだローゼン様と婚約するとは決まっていませんけれど」
見習い侍女を卒業すると、この屋敷で正式に侍女として働くか他家への紹介状を書いてもらう予定でいるトリシアさんは、わたくしを羨ましいと言いました。
「実は、最初にリリアンジェさんの話を聞いた時、なんてもったいない事をしているんだろうと思ってしまいました。伯爵子息にみそめられたのがわたくしなら、いそいそと見合いの準備をしたのに、と」
「でも、お相手は緑の騎士ですのよ?」
顔は姿絵で確認できましたけど、緑の騎士団ですし、妹は意地悪なのであまり好ましい縁ではありません。
「それがなんだと言うのです?」
心底わからない、と言いたげに首を傾げたトリシアさんは「リリアンジェさんは贅沢ですよ」と続けました。
「実家は伯爵位、騎士団に所属しているのなら本人に給金が出ているということですし、年も近い。お相手になんの不足があるのでしょう?」
「ですが、緑の騎士になれたのは実家が伯爵位だからでしょう? 実力なら兵士ということではありませんか」
「そうですね。剣や乗馬の腕は赤や青の騎士に比べると劣るのでしょう。ですが、それでも立派な騎士に違いありませんわ」
緑の騎士だからというだけで会う事すら拒否するのは考えられない、そうトリシアさんは言います。
「実は、妹君がその、とても、ええっと、意地悪なのです……意地悪な気がするのです」
今まで秘密にしていた会いたくないもうひとつの理由も伝えます。
伯爵子息にお会いしないだけでここまで大事になると思っていなかったので、そんなに深い理由ではないのですが。
「あら、そうなのですね。では、お相手のお母様はいかがです?」
「直接お話ししたことはありませんが、意地悪だとかいう印象はありません」
「それは良いことですね。妹さんはそのうち家を出て行くのですから問題ないでしょう」
そう言われると、確かに、と思ってしまう。
「伯爵子息はリリアンジェさんにかなりの好意を寄せているわけですし、待遇は悪くないと思いますよ」
「……そうでしょうか? 実際に会ってみたら思っていたのと違ったと思われてしまう可能性もありますよ?」
「その場合でも冷遇はされませんよ。わたくしはリリアンジェさんからしか聞いたことはありませんが、社交界ではいろいろと噂されているのでしょう? 世間体もありますし、結婚までこぎつけると思います」
それでいいのでしょうか?
「ですが、お相手から愛されていない状態では困ることもあると思います」
「愛し愛されの結婚なんて、ごくごく一部ですよ。むしろ最初から好意を持たれているリリアンジェさんは有利な立場にいるのですから、しっかりとその想いを繋ぎとめる努力をするべきです」
見合いをしたくないから逃げるなんて贅沢だ、と再び言われました。
「その贅沢な選択をして、更に別の男性から婚約の申し込み打診までされて、それを受け入れるか否か悩んでいるなんて……リリアンジェさんは本当に贅沢です」
ひとつは、先ほどローゼン様に結婚を前提とした婚約の申し込みの相談を受けたこと。
数通の手紙のやり取りだけでローゼン様の人となりを全て理解したとは言えませんが、今のところ嫌な部分はみつかりません。
婚約してから何か嫌な部分があったとしても、多少のことならお互い様と目をつぶることができるでしょう。
もうひとつは、会ったこともない伯爵子息。
ローゼン様が聞いた話だと、わたくしと直接会って婚約の申し込みをしたいと願っていたけれど、実父の男爵経由での見合い話が遅々として進まないので今のうちに婚約を成立させて成人の儀でエスコートする役目を得ようとしているそう。
状況を分かりやすく紙に書いて、ローゼン様の話を受けるかどうか悩んでいると、仕事を終えたトリシアさんが帰ってきました。
お互い帰宅の挨拶を軽く交わし、話題は今日のわたくしのお出かけについて。
「リリアンジェさん、今日はいかがでしたか?」
「トリシアさんに結って頂いた髪がとても好評でしたわ。改めてありがとうございました」
「いいえ。半分は趣味ですから……あら、御礼のお手紙ですか?」
机に置いてある紙を見て、トリシアさんは手紙を書いていると思ったようです。
「少し問題が発生しましたの」
「まぁ」
「これはその問題を簡単にまとめてみたところです」
ひらりと紙を持ち上げてトリシアさんに手渡す。
「あら珍しい。これはわたくしが読んでも良いのですね?」
こくりと頷いたわたくしを見てから、トリシアさんは手元の紙に目を通しました。
「とてもよくまとめられていますね。軽く見ただけで状況が把握できました」
返却された紙を机に置いてどうしたら良いか悩んでいると、部屋着に着替えたトリシアさんが言いました。
「リリアンジェさんとの生活はとても楽しかったですよ」
「……やはり、どちらを選ぶにしろわたくしここを辞めて帰らないといけませんよね?」
「それはそうでしょう。ローゼン様と婚約なさるのならもう働きに出る必要はなくなりますもの。正直申し上げると羨ましいですわ」
「まだローゼン様と婚約するとは決まっていませんけれど」
見習い侍女を卒業すると、この屋敷で正式に侍女として働くか他家への紹介状を書いてもらう予定でいるトリシアさんは、わたくしを羨ましいと言いました。
「実は、最初にリリアンジェさんの話を聞いた時、なんてもったいない事をしているんだろうと思ってしまいました。伯爵子息にみそめられたのがわたくしなら、いそいそと見合いの準備をしたのに、と」
「でも、お相手は緑の騎士ですのよ?」
顔は姿絵で確認できましたけど、緑の騎士団ですし、妹は意地悪なのであまり好ましい縁ではありません。
「それがなんだと言うのです?」
心底わからない、と言いたげに首を傾げたトリシアさんは「リリアンジェさんは贅沢ですよ」と続けました。
「実家は伯爵位、騎士団に所属しているのなら本人に給金が出ているということですし、年も近い。お相手になんの不足があるのでしょう?」
「ですが、緑の騎士になれたのは実家が伯爵位だからでしょう? 実力なら兵士ということではありませんか」
「そうですね。剣や乗馬の腕は赤や青の騎士に比べると劣るのでしょう。ですが、それでも立派な騎士に違いありませんわ」
緑の騎士だからというだけで会う事すら拒否するのは考えられない、そうトリシアさんは言います。
「実は、妹君がその、とても、ええっと、意地悪なのです……意地悪な気がするのです」
今まで秘密にしていた会いたくないもうひとつの理由も伝えます。
伯爵子息にお会いしないだけでここまで大事になると思っていなかったので、そんなに深い理由ではないのですが。
「あら、そうなのですね。では、お相手のお母様はいかがです?」
「直接お話ししたことはありませんが、意地悪だとかいう印象はありません」
「それは良いことですね。妹さんはそのうち家を出て行くのですから問題ないでしょう」
そう言われると、確かに、と思ってしまう。
「伯爵子息はリリアンジェさんにかなりの好意を寄せているわけですし、待遇は悪くないと思いますよ」
「……そうでしょうか? 実際に会ってみたら思っていたのと違ったと思われてしまう可能性もありますよ?」
「その場合でも冷遇はされませんよ。わたくしはリリアンジェさんからしか聞いたことはありませんが、社交界ではいろいろと噂されているのでしょう? 世間体もありますし、結婚までこぎつけると思います」
それでいいのでしょうか?
「ですが、お相手から愛されていない状態では困ることもあると思います」
「愛し愛されの結婚なんて、ごくごく一部ですよ。むしろ最初から好意を持たれているリリアンジェさんは有利な立場にいるのですから、しっかりとその想いを繋ぎとめる努力をするべきです」
見合いをしたくないから逃げるなんて贅沢だ、と再び言われました。
「その贅沢な選択をして、更に別の男性から婚約の申し込み打診までされて、それを受け入れるか否か悩んでいるなんて……リリアンジェさんは本当に贅沢です」
10
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?
曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」
エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。
最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。
(王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様)
しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……?
小説家になろう様でも更新中
残念ながら、契約したので婚約破棄は絶対です~前の関係に戻るべきだと喚いても、戻すことは不可能ですよ~
キョウキョウ
恋愛
突然、婚約破棄を突き付けられたアンリエッタ。彼女は、公爵家の長男ランドリックとの結婚を間近に控えていた。
結婚日も決まっていた直前になって、婚約者のランドリックが婚約を破棄したいと言い出した。そんな彼は、本気で愛する相手が居ることを明かした。
婚約相手だったアンリエッタではなく、本気で愛している女性レイティアと一緒になりたいと口にする。
お前など愛していなかった、だから婚約を破棄するんだ。傲慢な態度で煽ってくるランドリック。その展開は、アンリエッタの予想通りだと気付かないまま。
婚約を破棄した後、愛する女性と必ず結婚することを誓う。そんな内容の契約書にサインを求めるアンリエッタ。内容をよく確認しないまま、ランドリックはサインをした。
こうして、婚約関係だった2人は簡単に取り消すことの出来ない、精霊の力を用いた特殊な契約を成立させるのだった。
※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです
たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。
お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。
これからどうやって暮らしていけばいいのか……
子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに……
そして………
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
そんなに幼馴染の事が好きなら、婚約者なんていなくてもいいのですね?
新野乃花(大舟)
恋愛
レベック第一王子と婚約関係にあった、貴族令嬢シノン。その関係を手配したのはレベックの父であるユーゲント国王であり、二人の関係を心から嬉しく思っていた。しかしある日、レベックは幼馴染であるユミリアに浮気をし、シノンの事を婚約破棄の上で追放してしまう。事後報告する形であれば国王も怒りはしないだろうと甘く考えていたレベックであったものの、婚約破棄の事を知った国王は激しく憤りを見せ始め…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる