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第三王女は準備中

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「できるだけ動きやすそうな服を用意して。それから乗馬用の服も」

 私の部屋にクローゼットはない。服も靴もアクセサリーも全てそれ専用の部屋からメイドが持ってくる。だから私は家出の準備すら、自分の手で何一つ用意できない。

「メロディア様、このように地味なドレスだけでは侮られてしまいます」
「まあ。面白いわ。あなたは草原で夜会があるとでも思っているの?」

 刺繍や宝石などの装飾がちりばめられたドレスももちろん持っている。ただ、今回は必要ないだけ。まあ元々私のドレスは姉二人と比べると普段から地味な印象のものばかり。それでも正直、草原に建てられたテントの中で着るには豪華すぎると思う。

 草原に行く気はさらさらないけれど。

「ねえ。もっともっと地味な服も一応用意しておいて」
「これ以上……ですか?」
「そう。中古品でいいわ」
「そんな! できません!」
「いいえ、用意するの。城にある服ではダメよ。城下の平民が着る一般的なワンピースがいいわ。あなたがわからないというのなら、下働きに数着買ってくるように言ってちょうだい」

 私の本命はこっち。
 どうにか逃げた先で地味とはいえ王女用に作られた高品質の布を使ったドレスなんて着ていたら、自己紹介しながら歩いているようなものだし。

 周囲を油断させるために、草原に行く準備をしている風を装って、私は家出の準備をしている。でも本当に、草原で動きにくい豪華なドレスなんて着て行く場所はないと思う。そして着せてくれる人もいない。

 自分で着脱可能な服装でなければ、家出も嫁入りもできない。

「私が嫁ぐのは大草原のテント暮らしの遊牧民。皆、それを早く自覚して。……持っていく装飾品を選ぶわ。私の宝石類を全て部屋に持ってきて」

 嫁入りの準備を進めていく中で、徐々に私の周囲からお祝いムードはなくなっていった。自分の王女がこれからどのような生活をするのか、もっともっと真剣に考えてほしい。そしてどうせなら、同情して逃げる手伝いをしてほしい。
 そんな思いもあって、原始人的な生活を頭に思い浮かべては周囲に伝え、それに対応できるように様々な品を用意してもらった。

 一般的な平民が着るワンピースを数十着。それから靴。
 ちょっとした旅に持っていく保存食から、軍が遠征に持っていくような本気の保存食まで。
 小さな村でも買い物ができるように、小銭を沢山。
 胃痛に効く薬、熱さましの薬、傷に塗る薬。

 小国とはいえ、一国の姫が嫁入りに準備するにはあまりにも酷いと、直接かかわった者たちの顔色は悪くなる一方だけど、気にしない。

 一つ一つ箱に詰められていくそれらを、私はこっそり手元にくすねていく。

 ワンピースは着替えを入れて二着。無駄な装飾が無い分、畳めば普段使いのスカーフと同じかそれよりもコンパクトになった。靴も一足確保している。

 保存食は食べ方を教わるという名目で小分けにしたものをいくつか別に用意したので、一食の量を教えてもらってから、気に入った味のものを十日分。

 小銭は持てるだけ持つつもりでいるので、自分が乗る馬車にも一箱乗せると伝えてまだ部屋の中に箱ごと置いてある。嫁入りの積み荷に混ぜると族長に全て奪われるかもしれないと言うと、あっさり一箱置いて行ってくれた。

 夜、一人になると、着るためではなく作るためにくすねたワンピースの糸をほどいてただの布にして、刺繍をするための針と糸を使ってナップザックを作る。

 その中にワンピースと保存食、小銭と宝石をいくつか放り込んだ。
 
「私の準備は完璧ね」

 あとは逃走経路だけど、これはもう、行き当たりばったりで挑戦するしかない。当然ながら嫁入り道中、警護する上で重要な情報が外部にもれてはならない。それゆえ、何一つ教えてくれないのだから。
 
 私を守る護衛は、私の邪魔をする敵でもある。
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