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服を取りに家に帰ろうとすると、久しぶりに壱矢くんも付いてくる。自宅には父母が揃っており、彼は僕が荷物をまとめている間、縁側で両親とお煎餅を囓っていた。
別れ際に、また父からお菓子を渡される。
「何泊するんだっけ? 足りなかったら、取りにおいで」
「え、何泊だろ」
「あんまり、長くならないようにします」
僕が壱矢くんへ丸投げすると、苦笑しながらそう言う。
「うちへの泊まりも待ってるわね。狭いし騒がしいけど」
母が指さした方には、階段の上からこちらを見下ろす兄弟たちの姿があった。壱矢くんが手を振ると、三つの手が盛んに手を振り返される。
「じゃあ、長々とお邪魔しました」
「いってきます」
「「いってらっしゃい」」
家の敷地を出て道を歩き始めると、壱矢くんは困ったように頬を掻く。
長い息が、その唇から吐き出された。
「もしかして絹太くんのお父さんとお母さん、俺たちの仲、察してたりする?」
「……分からないけど。僕が壱矢くんの事で悩んでた時、ずっと自分たちの馴れ初め話してたよ」
「あー……。それは、気づかれてたかぁ」
彼は情けない声を漏らし、肩を丸める。僕が背中を叩くと、ぐい、と寄り掛かられた。
周囲はもう暗く、人通りも少ない。僕たちを見ている人は誰もいなかった。
「何の話してたの?」
「引っ込み思案だけど、兄弟の面倒をよく見てくれる優しい子だよ。……とか、自分から悩み事を話そうとしないから聞き出してあげてね、とか」
「悩み事については、確かにそうかもなぁ」
「それでさ。急に一族が魂で殖える話をし始めて、知ってます、って話したら。狸は番を変えない種だから、大事にしてあげてね、って」
「あぁ……」
やっぱり察してたんだなぁ、と僕が遠い目をすると、隣から手が繋がれる。
「こうやって手を繋いでたら、混ざるんだっけ」
「……あ。そういえば、壱矢くん。殖え方は聞いたとおりだけど、魂の色の混ぜ方、間違ってるよ」
「え」
「別に、手を繋いだくらいじゃ、魂の色が染まるほど影響しないから」
「じゃ、じゃあ。染めるのには、どうしたら……?」
立ち止まり、視線を合わせる。
前提が覆されて戸惑っているところ悪いが、僕も説明するのには気が引ける内容だ。
彼が僕の両親から詳細に聞かずに済んで良かったが、自分で説明するのは、それはそれで恥ずかしいものがある。
「あの、えっと。ベッド、で…………」
もごもごと口籠もると、彼は何かを察したようだった。
目を丸くして、僕の手が痛いほど握られる。
「絹太くん」
「…………なに?」
「魂が染まるようなこと、したい」
歩み寄られ、手を繋いだまま肩が触れる。
周囲の温度は下がって、触れた部分だけが熱を持っていた。
「僕、上手くできないと思うんだけど……。いい?」
「俺はもっと上手くできないと思う」
ふふ、と、どちらからともなく照れ笑いをする。
肩が離れると、彼は少しずつ歩き出した。手を引かれて、僕も足を動かす。
「途中、店に寄っていい?」
「どこ?」
「ドラッグストア」
そういう事をするのだ、と返事に生々しいものを感じ、僅かに視線が下がる。
頬の熱は、引く余地もない。
「でも、あの」
「何?」
「ゴム、ないほう…………が、染まる、よ?」
壱矢くんは電柱にぶつかりかけ、すんでの所で避ける。見上げた耳は、先まで真っ赤になっていた。
「ローション、とかは。無いと、怪我するから……!」
「そっか」
妙に口数が少なくなってしまった彼に、申し訳なくなりながら手を引かれる。
しばらく歩くと、店の建ち並ぶ通りに出た。手を放すかと思いきや、特に変わらずに並んで歩く。
流石にドラッグストアの前では、僕だけ店の前で待った。買い物を提げた壱矢くんが戻ってくる。
「飯、唐揚げでいいなら買い出しいらないけど、どうする?」
「好き」
ほんの数秒の相談で夕食は決定した。彼のマンションまで歩き、家に入る。
玄関で靴を脱いでいると、横から狸のマスコット付きの鍵が差し出された。受け取って眺めていると、壱矢くんは気恥ずかしそうにしている。
「それ、うちの合鍵だから」
「えっ。でも、付き合ったばっかり、だし……」
「俺のこと捨てるつもりなの?」
わっと泣き真似をする壱矢くんに、慌てて手を振る。
「捨てないよ! ……じゃあ、貰うね」
「うん」
けろりと機嫌を元に戻すと、彼は廊下を通ってキッチンに向かった。狸なのに騙された気がする。僕は諦めて、合鍵を鞄に仕舞う。
彼はてきぱきと材料を出すと、下拵えをして揚げはじめる。手伝いを申し出たが、油を使っているから危ない、と断られた。
待っている間、遠くから油の跳ねる音がして、お腹がきゅうきゅうと反応した。
「麦茶とコーラあるけど」
「え。コーラ」
「いいよなー。コーラ」
小さなペットボトルを出し、二人で中身を分け合う。自宅の味ではない唐揚げは、新鮮で美味しかった。
セックスしよう、と約束していた空気も、夢だったのかと考えてしまいそうになる。
「絹太くん。お腹が落ち着いたら、お風呂どうぞ」
僕が食後にリビングのソファに身を埋めていると、そう声を掛けられる。いつの間にかいなくなっていたと思ったら、お風呂の用意をしていたようだ。
今日はないのかな、だとか思いつつ、のんびりしていた僕とは違い、彼は着々と下拵えをこなしていく。揚げられる前の鶏肉にでもなった気分だ。
「入る……」
脱衣所に入り、服を脱ぐと、湯船をたっぷりのお湯が満たしていた。
身体を流し、全身に泡を纏わせる。普段は気にしないような場所まで丁寧に塗り広げ、お湯で流した。
全身を洗い終えると、ようやく落ち着いて湯船に浸かる。普段ならのんびりとしている所だが、待たせている相手が気になる。
長風呂にならない程度に入浴を切り上げ、パジャマを身に纏った。
「もういいの?」
「いい」
髪を乾かして出ると、食事の後片付けをしていたらしい壱矢くんは、すれ違い様にアイスの袋を渡してくれる。
有難く受け取り、またソファに腰掛けた。アイスの袋を破り、チューブ状の口を開けて中身を吸う。
のんびりするような気持ちにはなれず、ソファの背に身体が付いたり、付かなかったりを繰り返した。
「アイス、美味しかった?」
「美味しかった」
パジャマ姿の壱矢くんは、普段は縛っている髪を下ろしている。パジャマの釦も一番上は開いており、胸筋が覗いていた。
風呂上がりで体温が上がったらしい皮膚の色と、服の崩れ方にどぎまぎしてしまう。
「寝室、誘っていい?」
「ん」
こくん、と頷いて、差し伸べられた手を取った。
立ち上がると、腰に手が回る。傾いできた頭が近づいて、唇が軽く触れた。
「好きだよ。絹太くんは、一生懸命、俺と歩こうとしてくれる。ずっと、寄り添ってくれる」
「僕も、…………その、好き、です。壱矢くんが、家族の話したとき、妬いちゃうくらい。好き」
「妬く?」
「僕以外のひとと、家族を作るの、やだなぁ、……って」
こつん、と額を合わせると、彼はうれしそうに笑った。
二人で身体を触れ合わせながら、寝室に向かう。いつも泊まる時はベッドの端と端で寝ていたが、今日は距離が近い。
ベッドに腰掛けると、彼も隣に座った。
「絹太くん」
広げられた腕の中に飛び込むと、ぎゅう、と抱き竦められる。
力を込めても、彼を背後に倒せない程にはしっかりした身体だった。
「抱きしめてみると。絹太くん、可憐だなぁ」
「か、可憐……!?」
狸の姿も、人の姿も知っているはずで、僕に対しての評価としては程遠い言葉だった。
「でも。た、狸だよ……?」
「口も手もちっちゃいし。肉球は丸っこい梅の花でしょ。人の絹太くんも、何でも受けとめてくれるし、抱き締めやすくていいなぁ……」
頬ずりをし、満面の笑みで腰を抱く。
普段のスキンシップの延長のような行為の中に、身体を撫でる動きが混じる。友人ではなく、恋人として触れられている。
「ちゅう、しよ」
「…………うん」
そろそろと目を閉じると、ゆっくりと唇が触れる。
押しつけられた唇の隙間から、舌が僕を舐めた。戸惑っていると、顎に手を当てられ、唇を開かされた。
僅かに開いた歯の間から、知らない感触が滑り込んでくる。
「んん……!」
入り込んできた舌は、縮こまっていた舌裏を持ち上げ、擽った。
そろりと触れると、一気に絡め取られる。
「…………ン。ふ……ぁ、っ……!」
唾液が混ざっていくごとに、酔うような感覚が強くなる。
貪られるように呼吸を奪われ、ちゅくちゅくと吸い付かれる。控えめに舌先で応じると、嬉しげに絡み付く。
放っておけばいつまでも触れ続けているであろう相手を、やっとの思いで引き離した。
「もっとしたい……」
ぺろりと唇を舐める壱矢くんは、何度しても吸い付いてきそうだ。
「他のこと、しなくていいの……?」
下から彼の顔を見上げると、その視線は僕の胸元を這う。
黒目が動く。視られている、のだと分かった。
「……したい、です」
「ふふ。じゃあ、服。…………えと、脱ぐ?」
「い、あ。……いや、俺が」
顔が傾ぎ、首筋に唇が吸い付く。
彼は服の胸元に指を引っ掛けると、楽しそうにボタンを外した。日差しに当たることの少ない白い肌が、次々と露わになる。
「すけべ」
「あ、イイ。もっと言って」
「…………えぇ……」
「だって。絹太くん育ちが優しいから、いつもは俺のこと罵ったりしないじゃん」
軽い言葉も、強ばっていた身体を解すためなんだろうか。気づかないうちに、パジャマのボタンは全て外されていた。
指が布を捲り、胸へ触れる。
「あっ……」
皮膚の上を滑ると、指は柔らかい胸の肉を挟んだ。
感触を楽しむように肉に指を埋め、最終的には突起を摘まむ。
「……ん、ぁ……や、っァ…………」
指先で転がされるたび、じんじんと痺れるようなものが湧き上がってくる。
無意識に身体を引こうとしたが、気づいた捕食者に唇を塞がれた。まだ幼い快楽を引き出し、漏れる声を舌先で奪い取る。
「ん……、んん…………!」
相手の肩に手を当てても、押し退けることはできない。胸の先端は指先に弄ばれ、色と形を変えていた。
突然、唇が放れる。
「…………っ! や」
服の前が横に開かれ、腰が持ち上げられる。露わになった突起に唇がしゃぶりついた。
相手の唇は周辺の肉ごと食み、中心を吸い上げる。
「ァ、…………ん、あ」
舌先の柔らかい部分が、下からねっとりと粘膜を舐め上げた。
そして唇を窄め、芯を立たせる。人に与えられなければ知らなかった快楽は、弱火で炙られているかのようだ。
唇を閉じ、太股を擦り合わせる。
「ふぁ、……あ、ンや、ァ」
軽く歯が当てられると、背筋に波が走った。
片方が反応して持ち上がったかと思えば、もう片方も舐めしゃぶられる。彼の金髪に指を埋めると、さり、と指先を撫でて過ぎた。
「も、……い。ァ、ッ…………!」
次第に焦らされているように感じ、頭を引き剥がす。
壱矢くんはつまらなさそうに顔を上げると、唇を舐めた。白い歯が覗く。
「普段は絹太くんの胸なんて触れないのに……」
「触っただけじゃなかったよね!?」
戯けて首を傾げてみせる様子に、おでこを指で弾く。痛くもなく、効く訳もないそれも、また戯れだ。
彼の手が、胸から腹へと伝い下りる。
「気持ちいいお腹」
「お肉つままないで」
「摘まめるほどないって、けど柔らかい」
腰の感触を楽しむ手は、次第にいやらしさを増していく。
丁寧に腰骨を撫でられると、ぞわぞわしてしまった。
「パンツ履いてる?」
「履いてる……けど」
僕の返事に目がきらめいた、ような気がした。
パジャマの下に両手が掛かり、脚から引き抜く。つい腰を浮かせて助けてしまったが、脱ぎ捨てられた後を見て後悔する。
「なんで、パ、パンツ。見……!」
「見たかったから。泊まりに来ても服のガード堅かったし」
「もう……!」
手のひらで股の間を隠そうとしたが、相手の腕で持ち上げられる。
履いているのは、何の変哲もないボクサータイプのパンツだ。しげしげと見下ろされるようなものではない。
「もう、いいでしょ……! 脱がせて、ょ……」
僕の声は、最後の言葉を言っているうちに萎んでいく。
自分から、脱がせて、などと言ってしまった。かあ、と頬が一気に染まる。
「分かった。脱がせるね」
「そういう時だけ物分かりがいいの、なんなの……?」
うきうきと壱矢くんの両手が下着に掛かり、そのまま引き下ろした。
中から出てきたものに、彼は目を丸くする。
「あの」
「言いたいことは分かるけど……」
「修学旅行とかどうしたの?」
「そっち!? 大浴場を使わなかったよ」
「良かった……。でさ、この肌の滑らかさ。生えてない、ん、だよね?」
視線を逸らして、こくん、と頷いた。
他の毛も薄いのだが、股間のこの部分の毛は何故か生えなかった。おそらく人間の形を形成する際に、なにか間違っているのだろうが、思春期を超えてしまうと正しようもない。
あるはずの茂みに隠されることなく、僕の半身は視線に縮こまっていた。
「ずっと、生えない、から。これからも、ずっと……」
「ごめん。絹太くんにとっては悩みの種なんだろうって分かってて言うけど、ぐっと来た」
「まあ。悩みはあったけど、今は気にしてないし……ぐっと来てくれて、良かったかな」
正直なところ、嫌がられない、という反応にはほっとした。ただ、妙に盛り上がってしまったようで、目の奥に燃え上がる何かが見える。
彼の指が伸び、恥丘へと触れる。つるりとした皮膚と同じ感触を楽しむと、露わになったままの芯へ絡みついた。
「……ん、ふ……、ぁ、あっ」
大きくて、自分とは違う造りの指が、半身を擦り上げる。
知っているはずの快楽を、知らない感触で、触り方をされる。
長い指はやがて、胴へと巻き付いた。悦ぶ膨らみに長い指で首輪が掛けられ、揺れる鈴口からは滴が零れる。
「……んん、ゃ、あ、……く、んッ……!」
彼の腕に縋り付くが、そうしても触れている指は止まらない。
裏筋を撫で、性急な快楽を与えては、引き汐とばかりに手を緩める。
噴き上げる感覚を得てしまいそうになった時、ぱっと指が放れた。
「……ッ、意地悪だ」
「はいはい。意地悪ですよ」
彼はベッドから手を伸ばし、ドラッグストアで買い求めていたボトルを引き寄せる。
美容用品ではないそれは、性交時に使われるものだ。
「はーい。絹太くん、寝転がってね」
「……酷いことされそう」
まだ前は触れられていた快楽に疼いているのに、当の本人は触ってくれようとはしない。
「酷い怪我をしないためだよ」
パジャマの下から押し上げているモノは、体格に合わせてそれなりの大きさをしていそうだ。
黙って寝台の中央へ、横向きに転がった。
「素直でよろしい」
彼は露わになった僕の尻の片方を、掌に納める。
インドアゆえ、むっちりとした肉を楽しそうに揉みしだく。
「絹太くん。どこもかしこも触り心地がいいよ」
「触られたの胸と腰と尻だけど」
「大事なトコロも触ったよ?」
僕はふい、と顔を背け、寝台に片頬を当てる。
彼はボトルの中身を手に広げると、片方の腕で僕の脚を抱えた。尻肉を持ち上げ、狭間へと指を伸ばす。
ぬるつきは鞍部を伝い、虚を探り当てる。ぬるりとした感触と共に、太い指が輪をくぐった。
「……うぁ、……っく、ン」
内部を探る指は、ひたりひたりと壁を伝いながら中へ進んでいく。
腹の内側から押し上げる感触は物慣れない。気が変わって爪を立てられれば傷ついてしまう脆い場所を、他人の指に委ねている。
怯えが浮かび、ちっぽけな小動物としての壊される悦びに震えた。
「うーん…………。探す手掛かり、知識だけなんだよね」
「何、が…………? ────ッ!」
根元まで潜り込んだ指先が、最後の最後でその場所を捉えた。
はくはくと呼吸をするばかりの僕を見て、彼の唇が持ち上がる。指先は膨らみをやんわりと撫でさすった。
ずくん、と打ち響くような質の違う快楽が、男の指から齎される。
「あっ、……ン、う。……ぁ」
見知らぬ感覚に戸惑い、シーツを指で引っ掻く。残り火を灯したままの前半身も、ひくついて蝋を零した。
僕を見下ろす視線は、鋭い熱を宿したまま、真っさらな身体を射貫く。
「気持ちいいんだ?」
「ン、…………う、ん。……ァ、ひぁ、あ」
ぬちぬちと水音が響き、その度に探り当てた場所を弄られる。
表ではなく、奥から与えられる刺激に逃げ場はない。硬く閉じていた場所が、指よりももっと猛るモノを受け入れられるまで、中を蕩けさせられた。
指が抜かれると、名残惜しそうに口を開ける。
「じゃあ、次はこっちで」
壱矢くんは自らの上着を脱ぐ。続けて、下の服も一気に脱ぎ落とした。
勢いよく下から跳ね上がってきた逸物は、僕の躰には荷が重いほど膨らみ、先端に液を滲ませている。
彼がローションを落とすと、液体に塗れ、てらてらと光った。ぎらつくそれは、彼の身体ごと僕へと躙り寄る。
壱矢くんの手が、僕の両足を掴み、割り広げる。
「なに……!? ひ、ぁ」
彼の男根は、僕の恥丘へと擦りつけられる。掴まれた脚は、雄を挟んで閉じられた。
体液とローションが混ざったものが、つるりとした皮膚の上を滑った。触れた場所は、濡れて光る。
ゆるやかに腰を前後する動作に、前の方からの刺激が伝う。
「今日はお遊び程度にしておくけど、今度、しっかり素股させて」
「すま、た……?」
知識にない言葉を言われ、言葉を反復する。僕の反応に無知さを悟ったらしい壱矢くんは、気まずげに視線を逸らした。
閉じていた脚がまた開かれる。間に身体が割って入り、腰が持ち上がる。
「次、教えるよ」
「…………ん」
膨らみが肉輪に押しつけられ、くちくちと音を立てる。
脚が掴まれ、固定される。ぐっと腰が押し出されると、雁首まで一気に埋まった。
「────!」
圧迫感に身体が跳ねる。反射的に食い締めた胴は、指とは比べ物にならない程の質量がある。
力が抜けた瞬間を見計らって、ずっ、ずっ、と巨きな塊が挿入りこんでくる。
「…………うぁ。む、むり……」
「大丈夫。っ……、はいって、る、よ」
ぐん、と腰が上がると、先ほど指で捉えた場所を突いた。
指で撫で回されていた場所が、重たい肉で押し上げられる。ちかちかと星が瞬くような衝撃の後、喉がようやく声を思い出した。
「ひ、っ。……あ、い、……っあ、あ」
腰を揺らすだけの、まだ手加減されていることが分かるゆったりとした突き上げだ。けれど、体格差は逃げを許さない。
ぐりぐりと押し潰された時には、僕は言葉を失っていた。
「……や、やぁ……! ずん、って、しな……ァ、ひあ」
「ふ、う……。そう、動いたらだめ? それなら……」
膨らみを押し上げた肉棒が、そのまま停止した。
内壁は動かなくなった熱をきゅうきゅうと抱き締め、刺激は休憩すら許されなくなる。嬌声の合間に混ざる声に、泣きが入った。
「ぁ、ひ。…………ひど、い……ぁ、ァく、う」
「……っ。今だけだから、ね」
位置を定め、揺らしていた腰が止まる。
苛まれるのもここまで、と安堵したのは一瞬だけだった。まだ余っていた、入り切れていない竿が、更に奥へと躙り寄る。
「ぜんぶ、は、ァ…………むり……!」
「そう? …………でも、……ッ、ナカ、柔らかいよ」
僕はシーツに爪を立て、首を横に振った。
普段なら退いてくれるのに、脚は捕らえられたまま、更に力強く男の元へと引かれる。
指で教えられていない場所に、熱杭が届く。下手に暴れることもできないまま、男の侵入を許した。
「……は……ッぁ、重い…………」
雄の身体は次第に前のめりになり、一回りちいさな僕の体にのし掛かる。
果たして、あとどれだけ残っているのか。じりじりと攻防を繰り返しているうちに、先端がなにかに届いた。
「絹太くん。ちから、ぬいて」
「…………っ、できな」
こつん、こつん、と揺らされて、何度もその場所がノックされる。
門を開けろ、と催促されているようだった。何も分からないまま、言われるがままに息を吐き、力を抜く。
僅かに、屹立が引かれた。圧迫感が減る。ほっとした瞬間、ずぶり、と何かが埋まった。
「────ひ、う」
神経同士を擦り合わせたような、質の違う快楽だった。
許してはいけないはずの場所を、明け渡してしまった。鋭い刺激は一気に脳へと駆け抜け、押しつけられた雄は内側から膨らんで圧迫する。
「っはは。そっか。…………俺たち、なら、……届くんだぁ…………」
恍惚とした表情の奥に、肉食獣の暗い欲を覗き見る。首筋に牙を突き立てて、そして、鮮血を蓄えた血管まで、切っ先を届かせたのだ。
男は嬉しそうに、ゆるりと腰を揺らした。ほんの僅かな動きで構わなかった。躰の内側、限界まで近づいた肉杭は、ただそれだけで容赦のない刺激を与える。
「ア、ひ。ぁ……ぁ。あァッ、ぁ、ふ」
ぬち、ぬち、と密かな水音を伴って、躰の奥を暴く。
白く保っていたはずの画布へ、彼が持つ色を塗りたくっていく。漏れている液体で、既に魂へ影響が与えられていることが分かってしまった。
もう、身体を重ねていない時の自分には戻れない。
「かわい、……っね。ここ、好き……?」
「きら、……ひ、あぁン! や、きらい……い、ぁ」
首を振っても、のし掛かられた身体に逃げ場はなかった。
埋め尽くしていた場所から少しだけ身体を引いて、また押し上げられる。二度、三度、と繰り返していくうちに、やがて抽送へと変わっていった。
「ひ、……っく。ぁ、うあ、ン……ァあ、あ、あ」
突き入り、円を描くように押し付けて、戯れのように離れる。結合部はぐちぐちと泡立ち、水音が立っていた。
揺らされるだけの脚は、頼りなく空中に投げ出されるばかりだ。
「…………たくさん、染まって」
低い声が耳に流し込まれる。囁くような低い声と共に快楽を与えられたら、同じトーンで囁かれた時に、唾液を垂らして待ってしまいそうだ。
相手の動きに合わせて、腰を揺らし、肉棒を貪った。
「ぁ、あン! …………ひう、ぁあ、あっ、あ」
「…………っ! は、ァ」
相手にも、限界が近いのが分かった。視線に気づいたように、彼は口の端を持ち上げる。
ずるる、と抜け出た砲身は、退くよりも早く、細径を駆け上がる。みっちりと埋め尽くし、柔らかい肉襞をこそげ落とすような勢いで、ずっぷりと男根が埋まった。
媚びるように声が漏れる。塗り替えられる、と本能で分かった。
「ふ、う…………。────ッ!」
「ぁあ、ア。────うあ、ぁ…………ぁああああぁぁぁあッ!」
小さな体の奥が、奔流で埋め尽くされる。迸ったものは熱く身を焼き、そしてじわじわと白い布に染み込んでしまう。
奥が、叩かれる感触に絶頂する。
待ちわびていた、とでも言うように、自分の身体は彼を食んで離さない。倒れ込んでくるような姿勢に、更に圧迫感が増した。
最後の一滴まで飲み込ませ、ようやく男は動いた。ずる、と埋まっていたものが抜け出ると、ぽっかりとした喪失感があった。
無意識に、彼の身体に足を巻き付ける。
「もっと、する?」
茹で上がり、湯気すらも上がりそうな雄から、ぽたり、ぽたり、と液体が垂れる。こくん、と唾を飲み込んだ。
「…………ん」
「わ、素直」
寝台に囚われ、望むまま彼を与えられる。
図々しく強請ってしまう自らの性根は、生来のものか、彼に唆された己なのか。染められた魂が色を分かつことはなく、もう、すべては藪の中だった。
庭では父が七輪を持ち出し、隣に初対面の相手……狐である瓜生さんの番らしい……が座っている。
狸と狐はおいしそうな食べ物を七輪の網に並べては、酒を友として口に運んでいた。
「じゃあ、咲かすから」
皆が集まっての写真撮影日。壱矢くんはカメラを構え、僕は狸の姿で待機していた。
瓜生さんは到着した時から木について調べ、化かすには問題なさそうだ、と告げていた。
周囲の空気が変わる。力の源は、父の隣で座っているもう一人の狐からだった。
「いま、あいつが使ったのは悪い術じゃない。視線避けだとさ」
会話をしていないのに、瓜生さんはそう言った。
彼は木の幹に手を触れる。閉じて、開いた瞳に、細長い瞳孔を幻視した。
「わぁ…………」
声を上げたのは、弟妹たちだった。ぽつり、ぽつりと枝が薄紅色に色づいていく。
父に促され、狸の姿を取った彼らが次々と庭に出てくる。
普段なら周囲の目を気にするのだが、張られた視線避け、は結界のようなものだ。外の人間が、僕たちを気にすることはない。
「綺麗な梅…………」
毎年、春に見る光景が、初夏とも呼べるこの日に目の前にあった。
何度瞬きを繰り返しても、可憐な花弁は風に揺れ、その場に咲き誇っている。きゃらきゃらとはしゃぐ、高い声が庭に響く。
「はは。咲いてるように見えてるだけ、だけどな」
仕事は終わり、と瓜生さんは七輪に歩み寄り、渡されたビールのプルタブを引いた。
僕はたったっと木に駆け寄り、幹にしがみつく。
うまく登れないでいると、下から弟にアシストされた。指示された枝を伝い、なんとか目的の枝まで辿り着く。
やっぱり、僕という狸はそこまで木登りが上手くない。
『どう、かな?』
「最高!」
壱矢くんはカメラを構え、もう撮影を始めている。
指示があればその通りにするが、僕が自然に過ごしている様を撮りたいようで、梅の木に登ってさえくれればいい、という適当さだ。
鼻先を梅の匂いが過ぎていく。
花弁に鼻先を寄せると、さわさわと風が木を揺らした。僕の毛も一緒に靡く。
『気持ちいいな…………』
見下ろした先には、僕に夢中でカメラを向ける壱矢くんがいる。
レンズ越しの視線が嬉しくなり、僕は、とっ、と枝を蹴って飛び移った。
撮影した写真は、僕が出来を全力で褒めた後に、事務所のSNSで公開されることとなった。
普段はアクセス数の少ない場所なのだが、その写真はやけに閲覧数が多かったらしい。いくらかのメディアに載った僕の姿と、彼の名前は、想像よりも多くの人の目に触れることになった。
それからの壱矢くんは、時おり出来のいい狸写真をプロダクションに提供しているようだ。
カメラを僕に向ける彼の瞳は、今日もでれでれと蕩けている。
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やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
処女姫Ωと帝の初夜
切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。
七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。
幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・
『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。
歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。
フツーの日本語で書いています。
赤狐七化け□□は九化け
さか【傘路さか】
BL
全10話。妙に眼が良い資産家の攻め×路頭に迷った狐になれる一族の受け。
和泉は狐と人の姿を持つ一族のひとりである。
普段は女性の姿に化け、割に合わない商品を勧誘する手伝いをして生計を立てていた。
だが、歳を取るごとに仕事も上手くいかなくなり、やがて元からある借金に首が回らなくなった挙げ句、借りていた家も出て行くことになってしまった。
ある日、寝泊まりしているネットカフェの近くにある銭湯に向かっている途中、駄菓子屋に辿り着く。
店頭のベンチで買い求めた菓子を食べていると、晴雨、と名乗る男が現れる。
真実を告げられず「友人の家を転々としている」と嘘をつくと、彼は家に来ても良いと言い出した。
言葉に釣られ、彼の家に向かうと、彼から「狐と人の姿を持つ存在を元から知っていた」と告げられる。
変わった一族の事を調べさせてくれるなら衣食住の面倒を見る、と提案する彼に、和泉はつい頷いてしまう。
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