弱小貴族のオメガは神に祟られたアルファと番いたい【オメガバース】

さか【傘路さか】

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『全く、無茶をする』

「…………あれ?」

 ぱちり、と目を開けると、私を覗き込む、今にも泣きだしそうな幼馴染みの顔があった。

 そろそろと身を起こすと、伸びてきた腕に抱き込まれる。私も彼も、服がずぶ濡れになっていた。

「アーキズ……? 私…………」

「無茶も大概にしろ! 落下の途中で気絶したんだぞ!!」

「え……?」

 続けて発せられた、あまり言葉にならない彼の声を繋ぎ合わせてみると、私は崖から飛び降りた瞬間、空中にいるその最中に気絶をし、地面すれすれで魔術を使う、という手札をあっさりと失ったらしい。

 慌てたのはクロノ神のほうで、意識が失ったことを察した瞬間にこの泉へ落としてくれたそうだ。

 泉に軟禁されたまま私が崖から落ちる様、泉に沈んでいく様を見届けたアーキズは泉に飛び込み、私を岸まで運んだらしい。

 幼馴染みの肩は震え、目元からは真水ではない水滴が滴っている。申し訳なさに背を撫でていると、見知った声がした。

「良かった。無事だったか」

 突然現れた二人連れの片方は、見知った顔……サフィアだ。だが、片割れの顔立ちは、クロノ神が化けていた青年神官の姿によく似ているが、やや優しげだった。

 私をみてぱあっと輝かせる表情も自然で、心の底から何かを思う仕組みを知っている様子だ。

 クロノ神はというと、大狼の姿のまま、つまらなさそうに伏せている。

「ええと、サフィア、と……」

「はは。この姿では初めまして、守護神様です」

「胸を張るな。ぼんくら」

「……え、ニュクス神!?」

 あの青年神官の姿は、ニュクス神が神官に紛れる時に使っていた人間としての容姿を、クロノ神が真似たものだったそうだ。

 だが、中身が違うだけでこうも変わるのか、というほど、人として自然な振る舞いに見える。

 無事を確認されている会話の間、あまりにも人らしくて違和感を覚えてしまった。

「それで、アーキズがぐずぐずのとこ悪いんだが。クロノ神、この拗れた祟り、解いてくれるか?」

 サフィアが声をかけると、大狼は仕方なさそうに起き上がる。

 私を抱き込んだままのアーキズに歩み寄ると、その後頭部に、ぺし、と前脚の肉球を押し当てた。

 大きな脚先で押され、頭が傾ぐ。

『こんなものか。試してみるといい』

 サフィアは鞄の中から雷管石の入った箱を取り出すと、目を腫らし、顔を上げたアーキズへと握らせる。

 私が補助をして魔力を込めさせると、なだらかになった魔力は石を砕くことなく、内部に留まった。

 ほう、と詰めていた息を吐き出す。また涙を滲ませたアーキズの頭を抱き込み、指先で撫でる。

「これで一件落着か。あ、クロノ神。ついでに新しい道の祝福の残作業、頼めるか?」

『我は小間使いではないと言うに』

 狼が不満げに一吠えすると、周囲を包んでいた霧が晴れ始める。

 二度、三度、と瞬きをしている最中、急に景色が平地へと切り替わった。

 狼がいた場所に、その姿は既にない。

「クロノ神、帰られました?」

「うん。父上にしては、予想してなかった展開だったみたいで、落ち込んでたし。早く帰りたかったんだろうね」

 息子はけらけらと笑っている。やはり毒気のない表情をするな、と興味深く見つめてしまった。

「私、気分を害してしまいましたか?」

「いや? 楽しんでいたと思うけど。脚本から逸れると、面白くともね、反省するものらしい」

「はぁ……?」

 分からなくていいよ、ともう一柱の神は言うと、周囲を見渡す。

 私たちが座り込んでいるのは草原だが、近くに道らしきものが見える。光景には覚えがあった。最初に皆で集まった、新しくできた道の始点だ。

「本来なら今日まで祝福して回る予定だったが、神様を小間使いにできて一日空いたな。屋敷から馬車を呼んで、帰ってゆっくり休んだらどうだ?」

 大神官からの提案に、一も二もなく頷く。

 気疲れしているのもそうだが、消沈しているアーキズが心配だった。

 通信魔術を起動しようとした時、遠くから二台馬車が走ってくるのが見える。驚きと共に待っていると、確かにフィロス家と、神殿の馬車だった。

 降りてきた御者に話を聞くと、神殿経由で連絡があったという。

「クロノ神。悪い方ではない、ようですね?」

「善い方でもないけどな」

 そう言い、サフィアは神殿から来た馬車に荷物を積み込む。

 宿に置いてきてしまった荷物は別送してもらう事に決め、握っていた鞄を御者に預けた。

 最後に挨拶を、と二人と向かい合う。

「ああ、そうだ」

 大神官は、小さな箱を取り出す。

 私たちの目の前で蓋が開けられると、中には二つの雷管石が並んでいた。私が魔力を込めたものと、アーキズが魔力を込めた二つだ。

「神殿では、俺が鑑定士の仕事をすることもある。二つの雷管石の魔力相性を見分ける目を持っているんだ」

「「え」」

 僅かに回復した様子のアーキズと、声が揃う。

 サフィアは綺麗に微笑むと、蓋を閉じてしまった。小箱は、私たちに差し出される。

「これは、もう神殿に預ける必要はない。この二つを神殿に持ち込んだら、そのままお持ち帰りください、って言われるだろうな」

「それは、どういう……?」

 私とは違い、アーキズは何かを察したように目を見開く。

 こくん、と頷き、大神官は幼馴染みの想像を肯定した。

「幼い頃から共に過ごし、番関係なく結婚した相手が運命、ってのは浪漫がある話だな。────お幸せに」

 大きく手を振ると、二人は神殿が用意した馬車に乗って立ち去ってしまった。

 ぼうっと見送った後で、私たちも魂が抜けたように馬車に乗り込む。ただ、受け取った小箱だけは、しっかりと握り締めていた。













 屋敷に向かうまでの馬車の中は、視察に出た日のように静かだった。ただ、二人の間で固く結んだ手は解かれず、番になって結婚したかのように錯覚してしまう。

 普段使っている寝室へと向かうと思っていたが、アーキズが私を導いたのは、屋敷の中でも発情期の時に使う別棟だった。

 玄関扉を開け、中に入ると、内部は思ったよりも整えられている。小箱を机に置き、柔らかな布地が張られた長椅子に腰掛けた。

 家具の中には古いものも多いが、使用頻度が高いであろう品が、知らないうちに新しい品へと改められている。

「アーキズ。この別棟、手入れしてくれてたの?」

 発情期になったら逃げ込む場所、としか思っていなかった私に、家具を入れ替えるという発想はなかった。

 幼馴染みは気まずげに椅子へ腰を下ろし、肯定する。

「いずれ、使うなら、と」

「…………私と?」

 そっと、自信なく小さくつぶやいた声は、目の前のアルファの顔を縦に動かす。

 目元は腫れ、頬は赤らみ、視線は私ばかりを追っている。彼を見つめられなかったのは、私の方だ。

「そっち、行ってもいい?」

 向かいに座るのは、今までの私たちの癖だった。

 呆けたように頷く彼を見て立ち上がり、魔力が混ざるほど近くに、隣に腰掛ける。

 指を伸ばして、彼の手に触れた。

「……アーキズは、私との結婚、いやだった?」

「そんな筈ないだろう……!」

 咄嗟に大きくなった声に、ふ、と笑いを零す。くすくすと声を上げて、彼の肩に額を当てた。

「よかった」

 外の寒さは遠く、身を寄せ合う冬は相手の匂いが近い。

 強い風が吹き、窓枠を揺らした。静かな室内には、呼吸音さえ届きそうだ。

「ティリア、の方が……」

「私?」

「俺に、別の番を作るように言った」

 むすり、と引き結ばれた口元を見るに、私が彼の為だと伝えた言葉は不服だったようだ。

 あの時は、私が身を引く方が正しいと信じていた。

「アーキズは素敵な人だから、私なんかより、ずっと相応しい人がいるって思ってた」

「俺は、昔から。ティリアを────」

 宙に身を投げ出したとき蘇った記憶でも、幼馴染みは真っ赤になりながら私へ求愛していた。

 彼の番への憧れには、私と、が前提にある。その事実を知って、今までの不可思議な態度がすべて線を結んだ。

 指先を絡めて、顔を近づける。そっ、と寄せた唇が触れた。

「ティリア。『ずっと』好きだった」

 言葉が重たくって、つい唇に笑みを刷いてしまう。

「ほんとに、ずっと、だね」

「…………茶化すなよ」

 また、むすりとしてしまった幼馴染みの頬に、唇で触れる。

 境界が崩れて伝わってくる魔力は、懐かしい波をしていた。

「ずっと好きだよ、アーキズ。だから、貴方に最高の番をあげたかった」

「これ以上、良くなってどうするんだ」

 背に回された腕に引き寄せられ、彼の胸元に飛び込む。

 広い背中を抱き返すと、嬉しそうな声が漏れる。昔に戻ったような、普段よりも気安い声音だ。

「発情期が来たら、一緒に過ごしてくれる?」

「勿論だ。……ただ、その事なんだが」

 アーキズは鼻先を私の首筋へと近づける。すん、と息が吸い込まれた。

「明日から、発情期が始まったりしないか?」

「へ? そんな周期じゃないよ。もっと先だもの」

 慌てて手帳を開くが、書き記して計算した予定は、半月以上も先の日付が書かれている。

 だからこそ、泊まりで視察へ出掛けたのだ。

 アーキズは手帳を見るが、やはり首を傾げる。

「周期も絶対ではないだろうし、しばらくこちらで過ごさないか? 義父上には俺から説明をしておく」

「……別に、構わないけど。私、あんまり周期がずれるほうじゃないよ」

「念のため、だ。俺も、屋敷で事故を起こしたくない」

 魔力相性の良い相手は、匂いの上でも相性が良いことが多い。うっかり匂いで引っ掛けてしまったら、父母の前で醜態を晒しかねない。

 尤もだ、と頷いた。普段使いする品は旅行鞄に詰めて持ち出している。このままこちらに置いておく事に決めた。

 手帳を閉じようとした時、最後の頁に何か書かれている事に気づく。

『祝福を』

 短く書かれた筆跡は、私のものとも、アーキズのものとも違う。インクはまだ新しく、おそらく、旅行の間に書かれたものであろう事が想像できた。

 書いた人物は、おそらく。

「アーキズ」

「ん?」

「言ったの、当たりかも」

「何がだ?」

 頁を見せると、彼もまた何かを察したようで苦い顔になる。

 はは、と二人の間で、乾いた笑いが室内に響いた。













 明日、と彼は言ったが、それすらも予想を大きく外した。

 私の体調はその日のうちに急激に変化し、慌てたアーキズが発情期中の準備に走ることになってしまった。

 長椅子の上で横たわりながら、熱い息を漏らす。まだアルファは近くにいても理性を保てているが、尋ねる度に、彼が答える感想は段々と悪化していく。

 ぺたり、と額に手を当てた。病気の熱とは、質が違う。

「アーキズ。体調どう?」

「とても悪い。でも、いちおう最低限のものは揃え終えた」

 寝間着が私の上に放り投げられる。

 もぞもぞと毛布の中から抜け出ると、与えられた服を抱えた。

「…………察した。身体洗ってくる」

「補助は要るか?」

「まだ、魔術は使えると思うから。へいき」

 脱衣所に入ると、服を脱ぎ、壁に手を当てながら浴室へと移動する。

 ざば、と頭から湯を被り、身体中に泡を纏った。普段よりも丁寧に洗い終えると、腹に手を当てる。

 学生時代に、ひっそりと教えられた呪文を指先で綴り、腹部へ埋め込んだ。

 体格差のある相手と交わって内部を傷つけないよう、粘膜同士が触れ合って悪い影響がないよう、いくつもの効果が組み込まれた魔術だ。

 他にも、精を遮断するような魔術も存在する。けれど、子を望まない気持ちはなかった。

 髪を乾かし、寝間着を身に付ける。脱衣所を出ると、アーキズもまた、自分の寝間着を抱えていた。

「交代。お湯はまだ温かいよ」

「あ、ああ……」

 そわそわとした幼馴染みを見送り、今日、噛まれるのだろうかと思いを巡らせた。

 番になる条件だって、本格的な発情期でなくとも成立すると聞く。体温は熱く、やけに相手の匂いを鼻で拾ってしまっている。

「今日、するんだろうな……」

 呟いて、ぼっと顔を赤らめた。

 ぱたぱたと部屋に駆け込み、長椅子へ腰掛ける。何をする気にもならず、時計を見つめていると、脱衣所を出る物音がした。

 アーキズは濡れた髪を拭っている。隣を叩いて恋人を招き、指先で術式を綴った。

 ふわり、と温風が舞い上がり、髪の水分を奪い取る。

「助かる」

「ふふ。懐かしいね」

 あの頃は魔術をうまく使えなかったが、水遊びをした後で、こうやって髪を拭い合っていた。懐かしい髪の感触を楽しんでいるうちに、あっさりと髪は乾いてしまう。

 やることが無くなると、途端に手持ち無沙汰になった。

「あの、さ」

「なんだ?」

「…………今日、するの?」

 ぽそり、と小さな声で尋ねると、幼馴染みの顔が染まった。

 頬を掻いている様子を見るに、満更でもない様子だ。

「怖いか?」

「怖くは、ないよ。アーキズ相手だもん」

「俺は、早くティリアの項を噛んでしまいたい。もう、番として譲られるのは御免だ」

 独占欲が伝わってくることが嬉しい。ただの幼馴染みでもなく、体面上の結婚相手でもない。

 私は、番として相手に求められている。

「私も。アーキズが他の人の番になること。本当は、嫌だったよ」

 密やかに打ち明けると、その言葉を合図に、綺麗な顔が近づいてくる。

 数度、唇同士を軽く触れさせる。相手の掌が私の手を掬い上げ、寝室へと導いた。

 普段使っている寝室よりも狭いその部屋は、相手の匂いが直ぐに籠もってしまう。逃げる場所もなく、大きな寝台が存在感を主張していた。

 シーツは張り替えられたばかりのようで、真白い寝台の上にそろそろと腰掛ける。

「……アーキズ、はさ。私が、子ども、欲しがっても嫌がらない?」

「懐かしいな。昔、そういう話をしたぞ」

「えっ!?」

 つい、寝台から腰を浮かせてしまう。アーキズはいくつかの瓶を寝台横に移動させると、私の横に座った。

 くん、と座っていた寝台が沈む。

「俺も幼かったから、沢山ほしい、って何も考えずに言って。けど、ティリアはいつも通り、俺とお前の話だとは思ってなかったようだった」

「そっか。その希望、変わった?」

「今は、昔ほど強くは望んでいないな。ティリアさえいれば」

 腕を伸ばし、彼の首筋を辿る。近づいてきた唇を受け入れ、望まれるまま唇を開いた。

 ぬるりと舌が唇を割り、舌裏を擽る。二人の間で唾液が交換され、ぴちゃり、ぴちゃりと音を立てた。

 唇が離れても、匂いが近い。ぞわぞわがいっそう強くなった。

「────俺と、番になってくれますか?」

「喜んで」

 腕を相手の首筋に回し、寝台に乗り上がる。ちゅう、と彼の唇に吸い付くと、同じようにやり返された。

 お互いに触れ合ったまま、寝台に転がる。

「アーキズ。……が、好き」

 触れ合いに満足して甘えていると、彼はもぞもぞと身体を離す。

 疑問に思いながら顔を上げると、また耳まで真っ赤になっていた。普段は凜々しい印象が勝つが、こうやって動揺している様は可愛らしい。

「煽るたび、匂いが強くなるぞ」

「そう、なの?」

 相手の指が、私の服の釦を外していく。覗いた肌は、ここ十年ほどは相手に晒したことはない。

 大きな掌が皮膚の上を滑り、目の前で深く息が吐き出される。

「ふふ。くすぐったい」

 近づいてきた唇が、私の首筋に触れる。ちゅう、と吸った場所には、赤い痕が残った。

 指とは違う感触が、肌を伝っていく。鎖骨を過ぎ、胸の突起へと近づいた。

「ふっ、ぁ……。ァ」

 先端に軽く触れられるだけでも、ぞくんとしたものが駆け上がる。

 開いた唇が、尖った部分を食む。口内を舐め回した舌が、今度はざりざりと刺激を与える。

「ン、う……。うァ」

 ぢゅ、と吸い上げて唇が離れた。

 しつこく吸い付いた事に唇を尖らせると、ついでにキスをされる。

「な、ァ! 吸ってもなにもない、でしょう……!?」

「いや? ティリアが可愛い」

 額が胸元に擦り付けられ、腹部にも相手の唇が触れた。大きな手が肌を擦り、腹から腰へと伝い降りる。

 股に近づいていくほどに、快感が募っていった。

「下、脱がせていいか?」

「うん……」

 自分で、と提案する前に、彼の手が下の服を脱ぎ落とす。下着までまとめて引き抜かれ、一気に下半身が心許なくなった。

 太股を擦り合わせると、相手の視線が隙間を食い入るように見つめる。

「すけべ」

「…………。長年溜め込んでいたものがあるんだ、大目に見てくれ」

「見ない! ちょ、手、入れ……ァ!」

 彼は身を起こすと、私の脚を左右に開いた。下着もない股は、あっさりと彼の視線に晒される。

 薄い髪色と、数が少ない所為で、下の毛も半身を隠す役目を果たせていなかった。恋人は、やっぱりまじまじとその場所を目に焼き付けている。

「ありがとう」

「意味わかんない! もう、見ないでってば……」

 彼は暴れる脚を上手く押さえ込み、縮こまっていた半身を引きずり出す。

 自分ではない掌、ごつごつとした指先で擦り上げられると、一気に息が上がった。

「や、ぁ……ッ! ひン、ぁ」

 指の腹が、鈴口を性急に擦る。先端から水音が伝い始めると、手の平は裏筋を滑った。

 ぐちゃぐちゃと卑猥な音が耳を打ち、気分が高まるたび、周囲の匂いが変化していく。

 狭い室内に、匂いへの逃げ場はない。酒でも含まされているように、相手の匂いにただ酩酊していた。

「あ、は。……ァ、うあ。や、ぁ……ッ!」

 果たして、達していたのだろうか。がくん、と変な力が入って痺れた足が寝台に投げ出されるまで、そこは指先に翻弄され続けた。

 彼は指先を小さな布で拭うと、寝台脇に置いていた小瓶をひとつ持ち上げる。蓋を開けると、匂いはないのに、一気に体温が上がる。

「なに、それ……?」

「分かるか。匂うわけじゃなく、本能を引き出す物質に干渉するんだと。あとは、滑りが良くなる」

 彼は瓶の中身を、私の股の間にぶちまけた。溝を伝って、ぽたぽたとシーツの上に染みができる。

 瓶の蓋を閉めて小机へ逃がすと、彼は長い指をその液体に擦り付ける。空いた腕が脚を開き、濡れた指が尻の谷間を辿った。

 つぷん、と指が後腔を拡げる。

「こ、こわ……い」

「拡げないともっと怖い事になるぞ」

 幼馴染みは昔の口調で私を脅し、大人しくなった身体を割り拓く。

 くぷ、くぷ、と抜き差しを繰り返し、拡がったのをいいことに奥へと滑り込む。

「う、ぁ。……ふ、ぁ。いァ、あ……」

 未知の場所を触られている、シーツを握り締めながら堪えた。

 更に恐ろしいのは、仄かに快楽の灯が点っていることだ。この身体は、奥に指を突っ込まれても刺激として拾ってしまう。

 彼の服の下で、布地を押し上げているものが目に入った。体格差のある相手の巨きなものを含んで、子種を絞り上げる。それを望むのがこの身体だ。

 きゅう、と後ろを引き絞る。突き込まれている指の凸凹を、柔襞が食んだ。

「ひ。ァあ、ぁあッ……!」

 指先が、何処かに辿り着いた。強烈な快楽が脳を焼く。

 恋人の唇は笑み、何度もその場所を指の腹で擦った。だらだらと私の半身は涎を零し、触られてもいないのに汚く泣き喚いた。

 いつの間にか本数が増えていた指が、肉輪を拡げるように距離を作る。くぱりと開いた虚は、縁を濡れ光らせていた。

 ふ、と相手の唇から息が漏れ、指が抜かれる。

「ティリア。うつ伏せになれるか?」

 頷き、力の抜けた腕を使ってのろのろと身を起こす。そして、寝台に向かって肘をついた。

 自然と尻は持ち上がり、蕩けたその場所が露わになる。指の感触が、私の髪を払った。 すう、と項に風が通り、続けて、歯の感触が軽くその場所を伝う。狙いを定めるだけの動作に、絶頂してしまいそうになった。

 噛んでほしい。その願望だけが身を支配する。噛まれて、男根を突っ込まれて、身の内で子種をぶちまけられたい。

 淫猥な望みばかりが頭を占めて、本能を押し潰していた。

「アー……キズ。私……」

「ああ。なんだ?」

 言葉に迷ったのではない。その一瞬、人としての言葉を忘れたのだ。

「貴方は、いつも私を守ってくれた。……それは、本当に嬉しかったけど」

 優しくされたいのと同じように、相反する望みも抱いてしまった。目元は熱を持ち、瞳は潤み、唇は持ち上がった。

 自分はいま、ふふ、と甘ったるい声で笑っている。

「それ、突っ込まれて、……酷くされて。ぐちゃぐちゃにもされたい、んだ」

 息を呑む音がした。返事はなかった。

 だが、腕が私の肩を寝台に押さえつけ、持ち上がった尻の狭間に、濡れたものが押し当てられる。

 ぐぽん、と容赦なく、その巨大に膨れた瘤が押し込まれた。

「ア────。う、ぁ?」

 何もかもが、ひっくり返ってしまうような衝撃だった。先端と竿の一部は肉輪から奥に突き込まれ、ずず、と体内を滑っている。

 魔術で整えられた身体は、悦んで雄を迎え入れる。ちゅうちゅうと吸い付き、甘やかして、奥へと迎え入れていく。

「こ、ンの……! タチが悪い……!」

「あ、はァ……ッ! 重、けど、気持ちい……」

 ず、ず、と押し引きを繰り返しながら、質量を確実に埋め込んでいく。

 彼の両手は腰に掛かり、背後に引かれる。持ち上がった上半身は、その重みでえげつない体積を身に納める。

 指先で教え込まれた未知の快楽が、亀頭で押し潰される。二度、三度と叩き付けられ、声なく絶叫した。

「あ、ひァ。────ふ、ァ。ぁあァぁぁッ!」

 一度、寝台に崩れ落ちる。その衝撃で軽く抜けた肉棒を、容赦なく、ずぷぷ、と押し込まれた。

 奥まで突き込んで、丁寧に揺さ振られる。嬌声に悲鳴が混じって濁っても、容赦なく快楽を教えられた。

 次第に、瘤が内部を探るような動きを見せる。こつ、こつ、と道筋を探しているような動き、ぞっと身を竦ませた。

「なァ。……ちから、抜けるか?」

 その道筋は、このアルファに教えてはいけないような気がする。理性が警告するのに、身体は楔打たれて動けなかった。

 先端が、何かに引っ掛かる。背後で、息を呑む音がした。

「ァ、ひ────。な、に?」

 先端が泥濘を掻き分け、丸い部分がその場所に填まった。厭な予感がする。制止する間もなく、奥が小突かれた。

 嬌声は、もはや悲鳴に近かった。

「い、や。そこ、ヤ……! 駄目になっちゃ、……ア、ぁ」

 ぐっぽりと突き込まれた肉は存在を主張し、狙いを定め、だらだらと子種の混ざった汁を呑ませる。

 その場所は悦んで男の体液を嚥下し、もっと、と縋り付く。細かい律動が、重たい感覚を響かせる。

「ぁ、ア。あひ、ィ……! だめ、ほんと。そこ、はァ。……ぁ、ア、ア、ア」

 相手の喉は、愉しげに鳴っている。身体を繋げたまま、絶頂が上振れして固定される。

 次第に声は掠れ、口の周りは零れた涎で汚れていた。

 果てたのか。果てていないのか。シーツとの間で擦られた半身の感触も薄かった。

「ハハ。ぐちゃぐちゃになっちまったな」

「ん、う。ァ、うん……。うれし。ァ、ひィ────」

 ぐ、と瘤が腹を押し上げる。

 禁断を共有するのは、あまりにも甘美だった。痛みと快楽の薄皮一枚隔てた中央、それが快楽の絶頂値だ。

 腰が抱き直される。相手の身体が傾いで、歯の感触が首筋に当たった。

「これで、番だ」

 万感の思いを込めるように、低くつぶやいた言葉とともに、牙がうなじに食い込む。

 きっと痛い筈なのに、変化させられる感覚が愛おしかった。

 腰が引かれ、拓かれた場所へと砲身が埋まる。腹の肉を押し上げ、鈴口が狙いを定めた。

「ア──。い、ァ…………、ぁああああぁぁぁぁあッ!」

 体の奥で、白濁が噴き上がる。肉襞を染め上げんばかりに、身体の奥を熱が叩いた。

 押し当てる感触に逃げを打とうとも、首筋には牙が埋まり、後腔には楔が打ち込まれている。

 哀れな獲物のように、ただひたすら、身体が唯一のオメガとして造り替えられる様を味わわされる。

 こつん、こつん、とナカを叩き、子種を擦りつけて、ようやく肉棒が引き抜かれる。くぷん、と音を立てて抜け出た瞬間に、寝台に倒れ込んだ。

「…………気持ちよく、なれた?」

「ああ、凄かった。ティリアは?」

「ん。きもち、よかった」

 腕を伸ばすと、相手も倒れ込んでくる。体重差に押しつぶされながら、腕の下で笑い声を上げた。

 服もシーツもどろどろで、指先を動かしたくないほど疲れ切っている。それなのに、相手の中心はまた兆し始めているのだ。

 相手の掌が、私の腰を撫でる。

「二回目は、ちょっと待ってね」

「…………待てないかも」

 続きをおねだりする番から逃れようと策を講じてみるのだが、結局、私は彼の望むまま、脚を開くことになるのだった。













 発情期を終え、諸々が落ち着いた頃、父から興味深い話を聞いた。

 新しく作られ、祝福を与えられた道なのだが、ナーキアへ行く者が増えたのも勿論のことながら、こちらの領地への観光客もまた増えたのだそうだ。

 何でも、田舎田舎と自称していた領地において、アーキズの指示のもと生産を拡大していた花畑が、観光地としても好評だったらしい。

 田舎にのんびり観光に来て、花を眺め、都会の喧噪から離れて過ごす。

 私たちにとっては日常だが、王都に住む人々からすれば物珍しい光景であるようだ。

 観光業が一気に盛んになって忙しくなった我が家だが、アーキズが父の仕事を担うことで、何とか仕事を回している。

 その日も、朝から観光地に関する仕事の相談を終え、朝食を済ませて一段落したところだった。

 アーキズとは、朝から二人で仕事に出ることになっている。

「今日、途中で王都に寄れる経路だが、神殿に挨拶にでも行くか?」

 アーキズは好意で言ってくれたのだろうが、私は返答に困ってしまう。

 神様絡みでの騒動があまりにも大騒動すぎて、距離を置きたい気分だった。

「うーん。今度にしよう?」

 廊下を歩きつつ番の腕にしがみつくと、私に甘いその人はあっさりと同意する。

 寝室に入り、旅行鞄を用意していると、机の上に手帳が置かれていた。

 入れ忘れていた、と手帳を持ち上げると、窓辺から吹き込んだ風によってぱらぱらと頁が捲れる。

 白かったはずの頁には、またしても文章が書き込まれている。

『お菓子を用意して待っているよ』

「…………」

 その場で頭を抱えていると、アーキズが手帳を覗き込んでくる。

 文字を読み終えた番は息を吐き、ぱたんと手帳を閉じる。

「これ、どっちからのお誘いだろうな。挨拶、行くか」

「…………いいけどさぁ」

 窓辺から吹き込む風は暖かく、冬には珍しい、過ごしやすい一日になりそうだ。

 面倒の予感に、番の肩に額を押しつけ、はあ、と息を吐き出す。いつも共にある掌は、私の頭を上機嫌に撫でた。








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