上 下
7 / 8

7

しおりを挟む
▽7

 朝までには着く、と言っていたが、ナーキア地区に辿り着いたのはまだ深夜と呼べる時間だった。

 山の麓に降り立ち、雪車を片付ける。山道では車輪は躓くばかり、ここからは徒歩での移動になる。

「ティリア。自分に身体強化魔術は使えるか?」

「勿論です。大神官様は?」

「俺は自分で出来る」

 身体強化の魔術を詠唱し、その場で軽く跳び上がる。疲労感はどこかに消えていた。

「先ずは頂上まで登ってみるか。麓で神の泉を見つけた報告は少ない」

「はい」

 山に踏み入り、整備された山道を駆けていく。身体強化を使っているおかげで速度は十分だが、暗い闇の中では距離感もよく分からない。

 ふと背後に視線をやっても、樹木に覆われてどれだけ登ってきたか分からなかった。

 長いこと走り通して、ようやく頂上へと辿り着く。街を見下ろすと、水平線から日が昇るのが見えた。

「朝になってしまいました、ね」

「ああ。少し、頂上付近を歩いてみるか」

 手分けして見て回ったが、泉が湧いている地を見つける事はできなかった。

 登ってきた経路、頂上から見て東側はなだらかな斜面になっているが、逆に西側には切り立った崖がある。下を見るも、岩場が広がっており、泉がある余地はなさそうだ。

 三人で集まり、地図を広げる。過去、神の泉があった、と記された場所は固定の位置ではなく、山中に散っている。

「『日が一番高く昇る時刻までに、神の泉へ辿り着くこと』が、賭けに勝つ条件、でしたよね」

「ああ。そして、神の泉は、神が望んだ者しか招かれることはない」

「ニュクス神が招いてくれたら行けませんか?」

『泉は父上の領分だからなぁ』

 犬は草の上に腰を下ろし、尻尾を揺らしている。

 ううん、と口元に手を当てる。こうやっている間にも段々と気温が上がっていた。

「日が高く昇らなければいい。ってことで、夜にする、とか」

「ニュクス神様が力を持ったままなら可能性はあったんだろうが。今は犬だしな」

『ひどい悪口を言われてる気がする』

 頭でぐりぐりとやられている青年と頭突きをしている犬が、我が国の大神官様と守護神様である。

 明日から、神祠でどんな気持ちで祈ればいいのだろう。

「じゃあ。やっぱり正攻法で、クロノ神に招いてもらうしかない、ですよね」

「なにか策でもあるのか?」

「何となく、相手も完全試合は望んでいない気がするんです」

 サフィアの頭が傾ぎ、隣にいる大型犬の頭も傾いだ。

 喜劇の一場面のような動作に、くすりと場違いな笑いを零す。

「クロノ神は、騒動の元凶です。作り上げた舞台装置が面白ければ面白いほどいい。きっと、私たちが苦しむほど、喜ぶ」

「そうだな!」

『ひどい悪口を言われてる気がする』

 犬は不満げだが、私はそれを放って言葉を続ける。

「それでいて、恋愛話はお好みのようでした」

「ああ。昔から、そういう傾向はあったな」

 サフィアが持ち込んだ鞄に視線を向ける。祝福に使うために、彼は大量の雷管石を持ち込んでいた。

「あの、雷管石をひとつ。頂けますか?」

「ああ。予備はあるから構わないが」

 そう言うと、大神官は持ち込んだ雷管石が仕舞われた小箱を取り出す。

 好きなものを、と言われ、いちばん形の整った一粒を摘まみ上げる。魔力を込めると、内部に波が保持された。

 力の篭もった雷管石を、サフィアの手に預ける。

「これ、一応。形見です」

「は?」

「少し、危ないことを。クロノ神と我慢比べをしようと思います」

 きっと聞いているだろう、と想像しながら、声を張り上げる。

「私、今から西にある崖から飛び降ります。助ける気になったら、助けてください」

 死ぬつもりはなかった。自分の手には魔術があり、風の毛布くらいなら飛び降りながらでも唱えられる。

 だが、唱えるのは、地面に叩き付けられる直前だ。

「誰かが告白して、振られるような悲恋だって、紛れもなく恋の話。そういうお話だって、お好きですよね? ────見届けたくば、私を神の泉に招いてください」

 強化魔術が掛かったままの脚は、西側にある崖まで容易く駆け抜ける。

 虚を衝かれた二人が追いつけなかった事にほっとしながら、切り立った崖から身を投げた。













 落ちていく中で、蘇ってくる記憶があった。像を壊すよりもほんの少し前、寮生活を提案されて、受け入れた日のことだ。

 彼の屋敷の温室。芝生の上で、身を寄せ合いながら緑を眺める。まだ春の日差しは温かくて、自然と重なった指先は熱を分け合っていた。

『アーキズ。私、お父様にオメガかもしれない、って言われちゃった』

『オメガは嫌か?』

『あんまり、大きくなれない事が多いんだって。今もアーキズに庇ってもらってばっかりなのに、ずっと、そのままになっちゃう』

 こてん、と彼の肩に頭を預け、未来への不安を告げる。重なった指が、強い力で握り込まれた。

 幼馴染みは、私よりもずっと大きくて、力が強い。

『父上は、力だけが守り方じゃない、って言ってた』

『どういうこと?』

『誰かが辛い気持ちにならないよう、笑っていることも。誰かを守ってる、ってことなんだって。俺は、ティリアが笑ってくれるから、色々、がんばれる』

 そわそわとした幼馴染みの様子はなんだか妙で、それでも隣で待っていると、小さく声がした。

『俺が、もしアルファだったら。ティリアの雷管石をすぐ神殿に預けてくれないか?』

『どうなるの?』

『そうしたら。神殿で、運命の相手を探してくれるんだって』

 ううん、と小さな私は首を傾げる。

 幼馴染みの手は汗をかいていて、耳まで真っ赤になっていた。

『アーキズは、そうして欲しいの?』

『そう、だな』

『よく分からないけど、いいよ。預けてみるね』

 結局、アーキズは雷管石に魔力を込めることができなくて、私たちはただ結婚だけをしてしまって、幼い頃の約束は未だ宙に浮いたまま。



 けれど、この時に見た幼馴染みの笑顔は、どの顔よりも鮮やかに映った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】トルーマン男爵家の四兄弟

谷絵 ちぐり
BL
コラソン王国屈指の貧乏男爵家四兄弟のお話。 全四話+後日談 登場人物全てハッピーエンド保証。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

恋のキューピットは歪な愛に招かれる

春於
BL
〈あらすじ〉 ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。 それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。 そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。 〈キャラクター設定〉 美坂(松雪) 秀斗 ・ベータ ・30歳 ・会社員(総合商社勤務) ・物静かで穏やか ・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる ・自分に自信がなく、消極的 ・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子 ・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている 養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった ・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能 二見 蒼 ・アルファ ・30歳 ・御曹司(二見不動産) ・明るくて面倒見が良い ・一途 ・独占欲が強い ・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく ・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる ・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った 二見(筒井) 日向 ・オメガ ・28歳 ・フリーランスのSE(今は育児休業中) ・人懐っこくて甘え上手 ・猪突猛進なところがある ・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい ・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた ・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている ・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた ※他サイトにも掲載しています  ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です

余命宣告された叔父とつがいになった話

grotta
BL
運命のつがいは年若い叔父だったーーーオメガの直央は15歳のある日、叔父の前でヒートを起こしてしまう。行為は未遂に終わるが、その後叔父は直央の前から姿を消した。 オメガの甥とアルファの叔父は再会してつがいになるが、そこに恋愛感情は無かった。 運命のつがいが余命宣告を受け死を迎えるまでを看取ったオメガが、ベータ男性との結婚を控えて過去を語るお話し。 ※こちらは『派遣Ωは社長の抱き枕〜エリートαを寝かしつけるお仕事〜』番外編”一也の新しい恋"に登場する金子直央の過去のお話しですが、単独でもショートショートとして読むことができます。

完結•枯れおじ隊長は冷徹な副隊長に最後の恋をする

BL
 赤の騎士隊長でありαのランドルは恋愛感情が枯れていた。過去の経験から、恋愛も政略結婚も面倒くさくなり、35歳になっても独身。  だが、優秀な副隊長であるフリオには自分のようになってはいけないと見合いを勧めるが全滅。頭を悩ませているところに、とある事件が発生。  そこでαだと思っていたフリオからΩのフェロモンの香りがして…… ※オメガバースがある世界  ムーンライトノベルズにも投稿中

僕を愛して

冰彗
BL
 一児の母親として、オメガとして小説家を生業に暮らしている五月七日心広。我が子である斐都には父親がいない。いわゆるシングルマザーだ。  ある日の折角の休日、生憎の雨に見舞われ住んでいるマンションの下の階にある共有コインランドリーに行くと三日月悠音というアルファの青年に突然「お願いです、僕と番になって下さい」と言われる。しかしアルファが苦手な心広は「無理です」と即答してしまう。 その後も何度か悠音と会う機会があったがその度に「番になりましょう」「番になって下さい」と言ってきた。

君はぼくの婚約者

まめだだ
BL
中学生のとき引き合わされた相手と婚約した智史。 元々オメガと判る前は異性愛者だった智史は、婚約者である直孝が女の子といるところを見てショックを受ける。 ―――そして気付いた。 直孝だって突然男の婚約者をあてがわれたわけで。なのに自分は、当たり前のように相手からは愛されるものと思っていたのか。

処理中です...