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別棟、と案内された場所は、屋敷よりも小さな建物だった。
屋敷の敷地内にありながら、植物によって隔てられた区画にある建物だ。いずれ普段暮らしている屋敷はオースティン様の持ち物になる。いまはリカルドにとっての物置でしかない建物だが、番を得たら、こちらを住処にする予定だったそうだ。
建物は屋敷よりも新しく、そもそも数年前に跡継ぎが確定したのを機に建てたものらしい。こちらの家の趣味はリカルドに沿ったもので、華美な装飾よりも、形状に品のある細工が各所に見られる造りだった。
貴族がよく建てるような家を与えられても、壊すことが怖くなってしまう。僕にとっても、親しみが持てるような室内だ。
案内された僕が面白がりながら家を眺めていると、発情期中の生活用品を運び込んできたリカルドが荷物を下ろす。
「気になるところがあったら改修するから言ってくれ。周囲の土地も空いているから、増築してもいいし」
「え? 十分だよ。室内の色味も落ち着きがあって、ゆっくりできそうで好きだな」
僕のいまの家よりも物は多いが、ごちゃごちゃとはしていない。殺風景さのない、適度に空きが埋まった室内が好ましく思えた。
僕の頭の上に掌が乗る。
「ロシュの好みで細かい物、おいおい揃えような」
「うん。楽しみだね」
ふにゃりと表情を崩すと、手早く唇を盗まれた。むう、と唇を尖らせると、また都合がいいとばかりに触れてくる。
既に匂いが変わっている気がするのに、こんなに触れていたらすぐ発情期に入ってしまう。
「も、あんま……。すると発情期になっちゃうって…………」
「もう荷物は運び終わったから大丈夫。物に困ったら追加で運んで貰えるしな」
リカルドは僕から離れると、運び込んだ荷物を所定の場所に配置していく。
周囲の家具にはリカルドが好みそうな、素材の色味を活かした物が多い。僕の趣味、というものを金銭的な困窮によって持てずにいたが、彼の趣味は、僕の趣味とも合いそうだ。
手伝おうと手を伸ばすが、座っていろ、と肩を掴んで逆向きに戻される。仕方なくソファへ腰掛けると、果物を盛られた盆が持ってこられた。手持ち無沙汰に皮を剥く。
魔力の調子を崩した時に減った肉は、ほぼ戻りつつある。特に、今回は負担の少ない発情期になる予定で、途中で体調を崩すこともなさそうだ。
「兄貴がさ」
「オースティン様?」
「結婚式の挨拶をしたいって。気が早いよな」
ふ、と口元を笑ませる姿に、わだかまりの解氷を感じ取る。荷物の片付けが終わったのか、リカルドはしばらくすると近寄ってきて、僕の隣に腰掛けた。背に力が入って、ぴんと伸びる。
剥いた果物の房を手渡すと、ぽい、と大きな口に消える。短い沈黙が流れた。
「「あの」さ」
二人して顔を見合わせ、ふふ、と笑う。
「緊張してるの?」
「当然してるけど……。ロシュこそかちこちになってる」
肩を抱かれ、すん、と首筋のにおいを吸われた。薄い皮膚に高い鼻先がこすれる。
「すこし、別の匂いが混ざってる」
「わかるの?」
「ロシュの匂いが強まってるから、分かりやすいのかも」
自分のにおいを擦り付けるように身体を寄せるアルファに、どぎまぎとしてしまう。膝の上に手を乗せて、強張った身体ごと抱き込まれる。
すっぽりと包まれると、彼の匂いに染まってしまいそうだった。
「あの、ね。発情期の時、魔術をね、使っておこう、と思ってるんだけど……」
「魔術?」
魔術師以外には伝わりづらい話だ。問い返されて口ごもる。猥談、という訳でもないのだが、アルファ相手にはっきりと話すことはない。
オメガで、かつ魔術師である人たちの中で、ほぼ口伝えで教えられる魔術。アルファと繋がる時に、身体を守ったり、気持ちを盛り上げたりするための術だ。
「アルファと……繋がる時に使う魔術で、粘膜を保護したり、感度を上げたり。でね。その中に、子種がお腹の奥に届かないようにする魔術もあって」
「え…………?」
目を見開く姿を見て、話すには早かったか、と続ける言葉を躊躇う。けれど、やっぱり話はして、ふたりで決めておきたかった。
「リカルド、……は、僕との間に子どもができること、考えられる……? 僕、は」
そろり、と腹に手を添える。父が、母が病に倒れた時も、僕は見捨てることなんてできなかった。子どもの頃の家族の思い出はまだ温かなまま、胸のうちにある。
「僕はね。たくさん良いことも悪いことも考えてみたけど、……なんか最後、ぜんぜん、悪い感じが残らなかったんだ」
自分のために、雷管石に影響を与える程のアルファ。何年も先のことを想像して、彼が隣にいる光景は苦なく思い浮かべることができた。
回された腕に力が籠もる。
「ロシュが一番、……だけど。もしも、があったとしても大事にしたい。ロシュごと」
「…………うん」
リカルドはそれから仕事に行くこともなく、尋ねると長期の休みを取ったのだと言う。代わりにオースティン様が鉱山に出入りするそうで、楽しそうにしていた、とは弟の談である。
持ち込んだ魔術書を捲っていると、横から遊戯盤に誘われた。お菓子とお茶を並べ、与えられた駒を動かす。雷管石の調査の合間のような時間を過ごすにつれて、肩の力も抜けていく。
夕方ごろになると食事が届けられ、普段はありつけない豪華な食事に舌鼓を打った。尋ねると、リカルドから見ても気合いが入った食事らしい。僕がたくさん食べると喜ぶ番候補の所為で、普段よりも食べ過ぎてしまった気がする。
風呂には一緒に入るか尋ねられたが、まだちょっと照れてしまって断る。自分だけで入念に身体を洗い、身体の中に魔術を仕込んだ。身体の内側を弄る魔術は物慣れなくて、もぞりと太腿を擦り合わせる。
身体の表面を湯で流し、広い浴室から脱衣所へと出た。魔術で身体の水を飛ばし、用意されていた室内着を身に纏う。薄く色づいた白の服は柔らかく、ゆったりとした造りで寝心地もよさそうだ。
交代、と浴室を明け渡す。すれ違いざまに、リカルドは僕の首筋に顔を埋めた。
「いい匂い」
「そう?」
「ああ、他の匂いが混ざってないのがいい」
放っておけばずっと埋もれていそうな顔を引き剥がすと、残念そうに風呂へと向かっていった。
ふう、とソファに腰掛ける。風呂で温めた熱が引かない。あれ、と違和感を覚えていると、僅かに普段とは違う匂いを感じた。自分の匂いには気付きにくい筈だが、あまりにも分かりやすい。
そわそわと膝を揃え、相手が出てくるのを居間で待った。身体を洗い終わり、髪を乾かしているリカルドを捕まえて、匂いのことを尋ねる。
「ああ。俺が番候補だからだろうけど、匂いでの誘い方がえげつないぞ」
「…………え、そう。なの?」
「そう。ほら」
彼の脚が僕の脚に絡み付く。身体ごと寄せられ、盛り上がっているものが押し当たった。ん? と視線を落として、頬に血が上った。
口をぱかりと開け、顔を上げると、にたにたと妙な笑みを浮かべるアルファがいる。
「な! ま……はァ……!?」
「風呂上がりってだけでも駄目なのに、他の匂いが全部落ちて、純粋なロシュのにおいがする……」
「これ。わッ……わざと当ててるよね……!?」
にんまり、と唇を持ち上げる表情は、いたずらっこのそれだった。もう、とぽかぽか叩くのだが、大きな身体は離れる様子がない。
そのまま抱え上げられ、ソファへと運ばれた。ぽすん、と僕を抱えたままのリカルドが腰を下ろす。
「さて。もうしばらくソファにいる? ────それとも、寝室いくか……?」
火照った頬が冷める余地はなく、僕はきゅっと拳を握りしめた。口を開いて、一度閉じて。そうして、ようやく言葉を固める。
熱は上がるばかりだ。もう、冷めることはないだろう。
「…………つれてって」
別棟、と案内された場所は、屋敷よりも小さな建物だった。
屋敷の敷地内にありながら、植物によって隔てられた区画にある建物だ。いずれ普段暮らしている屋敷はオースティン様の持ち物になる。いまはリカルドにとっての物置でしかない建物だが、番を得たら、こちらを住処にする予定だったそうだ。
建物は屋敷よりも新しく、そもそも数年前に跡継ぎが確定したのを機に建てたものらしい。こちらの家の趣味はリカルドに沿ったもので、華美な装飾よりも、形状に品のある細工が各所に見られる造りだった。
貴族がよく建てるような家を与えられても、壊すことが怖くなってしまう。僕にとっても、親しみが持てるような室内だ。
案内された僕が面白がりながら家を眺めていると、発情期中の生活用品を運び込んできたリカルドが荷物を下ろす。
「気になるところがあったら改修するから言ってくれ。周囲の土地も空いているから、増築してもいいし」
「え? 十分だよ。室内の色味も落ち着きがあって、ゆっくりできそうで好きだな」
僕のいまの家よりも物は多いが、ごちゃごちゃとはしていない。殺風景さのない、適度に空きが埋まった室内が好ましく思えた。
僕の頭の上に掌が乗る。
「ロシュの好みで細かい物、おいおい揃えような」
「うん。楽しみだね」
ふにゃりと表情を崩すと、手早く唇を盗まれた。むう、と唇を尖らせると、また都合がいいとばかりに触れてくる。
既に匂いが変わっている気がするのに、こんなに触れていたらすぐ発情期に入ってしまう。
「も、あんま……。すると発情期になっちゃうって…………」
「もう荷物は運び終わったから大丈夫。物に困ったら追加で運んで貰えるしな」
リカルドは僕から離れると、運び込んだ荷物を所定の場所に配置していく。
周囲の家具にはリカルドが好みそうな、素材の色味を活かした物が多い。僕の趣味、というものを金銭的な困窮によって持てずにいたが、彼の趣味は、僕の趣味とも合いそうだ。
手伝おうと手を伸ばすが、座っていろ、と肩を掴んで逆向きに戻される。仕方なくソファへ腰掛けると、果物を盛られた盆が持ってこられた。手持ち無沙汰に皮を剥く。
魔力の調子を崩した時に減った肉は、ほぼ戻りつつある。特に、今回は負担の少ない発情期になる予定で、途中で体調を崩すこともなさそうだ。
「兄貴がさ」
「オースティン様?」
「結婚式の挨拶をしたいって。気が早いよな」
ふ、と口元を笑ませる姿に、わだかまりの解氷を感じ取る。荷物の片付けが終わったのか、リカルドはしばらくすると近寄ってきて、僕の隣に腰掛けた。背に力が入って、ぴんと伸びる。
剥いた果物の房を手渡すと、ぽい、と大きな口に消える。短い沈黙が流れた。
「「あの」さ」
二人して顔を見合わせ、ふふ、と笑う。
「緊張してるの?」
「当然してるけど……。ロシュこそかちこちになってる」
肩を抱かれ、すん、と首筋のにおいを吸われた。薄い皮膚に高い鼻先がこすれる。
「すこし、別の匂いが混ざってる」
「わかるの?」
「ロシュの匂いが強まってるから、分かりやすいのかも」
自分のにおいを擦り付けるように身体を寄せるアルファに、どぎまぎとしてしまう。膝の上に手を乗せて、強張った身体ごと抱き込まれる。
すっぽりと包まれると、彼の匂いに染まってしまいそうだった。
「あの、ね。発情期の時、魔術をね、使っておこう、と思ってるんだけど……」
「魔術?」
魔術師以外には伝わりづらい話だ。問い返されて口ごもる。猥談、という訳でもないのだが、アルファ相手にはっきりと話すことはない。
オメガで、かつ魔術師である人たちの中で、ほぼ口伝えで教えられる魔術。アルファと繋がる時に、身体を守ったり、気持ちを盛り上げたりするための術だ。
「アルファと……繋がる時に使う魔術で、粘膜を保護したり、感度を上げたり。でね。その中に、子種がお腹の奥に届かないようにする魔術もあって」
「え…………?」
目を見開く姿を見て、話すには早かったか、と続ける言葉を躊躇う。けれど、やっぱり話はして、ふたりで決めておきたかった。
「リカルド、……は、僕との間に子どもができること、考えられる……? 僕、は」
そろり、と腹に手を添える。父が、母が病に倒れた時も、僕は見捨てることなんてできなかった。子どもの頃の家族の思い出はまだ温かなまま、胸のうちにある。
「僕はね。たくさん良いことも悪いことも考えてみたけど、……なんか最後、ぜんぜん、悪い感じが残らなかったんだ」
自分のために、雷管石に影響を与える程のアルファ。何年も先のことを想像して、彼が隣にいる光景は苦なく思い浮かべることができた。
回された腕に力が籠もる。
「ロシュが一番、……だけど。もしも、があったとしても大事にしたい。ロシュごと」
「…………うん」
リカルドはそれから仕事に行くこともなく、尋ねると長期の休みを取ったのだと言う。代わりにオースティン様が鉱山に出入りするそうで、楽しそうにしていた、とは弟の談である。
持ち込んだ魔術書を捲っていると、横から遊戯盤に誘われた。お菓子とお茶を並べ、与えられた駒を動かす。雷管石の調査の合間のような時間を過ごすにつれて、肩の力も抜けていく。
夕方ごろになると食事が届けられ、普段はありつけない豪華な食事に舌鼓を打った。尋ねると、リカルドから見ても気合いが入った食事らしい。僕がたくさん食べると喜ぶ番候補の所為で、普段よりも食べ過ぎてしまった気がする。
風呂には一緒に入るか尋ねられたが、まだちょっと照れてしまって断る。自分だけで入念に身体を洗い、身体の中に魔術を仕込んだ。身体の内側を弄る魔術は物慣れなくて、もぞりと太腿を擦り合わせる。
身体の表面を湯で流し、広い浴室から脱衣所へと出た。魔術で身体の水を飛ばし、用意されていた室内着を身に纏う。薄く色づいた白の服は柔らかく、ゆったりとした造りで寝心地もよさそうだ。
交代、と浴室を明け渡す。すれ違いざまに、リカルドは僕の首筋に顔を埋めた。
「いい匂い」
「そう?」
「ああ、他の匂いが混ざってないのがいい」
放っておけばずっと埋もれていそうな顔を引き剥がすと、残念そうに風呂へと向かっていった。
ふう、とソファに腰掛ける。風呂で温めた熱が引かない。あれ、と違和感を覚えていると、僅かに普段とは違う匂いを感じた。自分の匂いには気付きにくい筈だが、あまりにも分かりやすい。
そわそわと膝を揃え、相手が出てくるのを居間で待った。身体を洗い終わり、髪を乾かしているリカルドを捕まえて、匂いのことを尋ねる。
「ああ。俺が番候補だからだろうけど、匂いでの誘い方がえげつないぞ」
「…………え、そう。なの?」
「そう。ほら」
彼の脚が僕の脚に絡み付く。身体ごと寄せられ、盛り上がっているものが押し当たった。ん? と視線を落として、頬に血が上った。
口をぱかりと開け、顔を上げると、にたにたと妙な笑みを浮かべるアルファがいる。
「な! ま……はァ……!?」
「風呂上がりってだけでも駄目なのに、他の匂いが全部落ちて、純粋なロシュのにおいがする……」
「これ。わッ……わざと当ててるよね……!?」
にんまり、と唇を持ち上げる表情は、いたずらっこのそれだった。もう、とぽかぽか叩くのだが、大きな身体は離れる様子がない。
そのまま抱え上げられ、ソファへと運ばれた。ぽすん、と僕を抱えたままのリカルドが腰を下ろす。
「さて。もうしばらくソファにいる? ────それとも、寝室いくか……?」
火照った頬が冷める余地はなく、僕はきゅっと拳を握りしめた。口を開いて、一度閉じて。そうして、ようやく言葉を固める。
熱は上がるばかりだ。もう、冷めることはないだろう。
「…………つれてって」
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