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 翌朝、リカルドが家に迎えに来た。僕用に誂えられた服を手渡し、着替えるように言われる。感情が好転したからか、朝から軽い食事を取ることが出来た。僕の体調を確認しながら、彼は僕を馬車に乗せた。

 馬車の中でもお菓子をくれる。胃は現金にも上質な菓子を欲しがり、僕はぱくぱくと貰った傍から口に入れていった。そもそも、魔術師というものは燃費が悪く、一時的に食べられなかった反動で食欲が堰を切っていた。目的地に到着する頃には、食べ過ぎを心配されるほどだった。

 到着した先は、神殿だった。

 馬車から降りた時に、ようやく彼の姿を認識する余裕ができる。髪は以前にこの場所に来た時のように上品にまとめられ、彼は嫌がるだろうが……以前よりも更に、兄と近い空気を纏っている。

 服も落ち着きのある色味、かつ、襟、袖、と皮膚を覆う部分が多い。遊び人が、一気に番持ちにでもなってしまったようだった。

 さらりと腰を抱かれ、案内に従って歩を進める。お菓子に夢中で目的を聞くのを忘れていたが、案内人の手前、何しに来たかわからない、と言うのは憚られた。

 案内されたのは、以前来た時と同じような部屋だった。椅子に腰掛け、リカルドに事情を聞こうとした途端、案内人と入れ替わりに別のひとが入ってくる。

「おはようございます、大神官様」

「はい。おはようございます」

 大神官は柔らかく挨拶をすると、僕たちの向かいに腰掛けた。何かを言う前に、リカルドは二つの小箱を取り出す。そっと両方の蓋が開かれた。

 一つの雷管石は、最近は見慣れた色だ。もう一つの雷管石は透明で、特別な色をしていない。だが、大振りで貴族が選ぶような石だ。中に込められている魔力は、と指先を伸ばすと、リカルドは僕の手に雷管石を持たせてくれた。

 触れると、見知った魔力が流れ込んでくる。込められている魔力が彼のものであることを悟り、そっと石を返した。

 二つの石は、揃って大神官へと手渡される。

「リカルドさん、ロシュさん」

「はい」

「は……、はい」

 両手に握られた石が、僅かに傾けられる。きらり、と窓辺からの光を反射した。

「私は、この二つの石に込められた魔力の相性を鑑ることができます。ひとつはリカルドさんの魔力。もうひとつはロシュさんの魔力です。────結果を、知りたいですか?」

 リカルドは、黙って僕を見た。

「俺は、……例えば数年後まで、曖昧なまま疑問を持っていたくない。だから結果は知りたい。ロシュと相性が悪いとか、ロシュよりも相性がいい相手がいるのなら、その結果は破り捨てるつもりだ」

「僕、は…………」

 相性を聞きたくない、と思った。だが、その真意は、リカルド以外に番を持ちたくない、だ。

 他に相性がいい相手がいても、僕を選んでくれるのなら。

「僕も、聞きます。……確かに、これからずっと一緒に暮らすのなら、はっきりさせておきたい、……です」

 ふわり、と目の前の人は花が咲くような笑みを浮かべ、石を戻した。心から喜ばしい、と思われているのが伝わってくるような表情だ。

 なぜ微笑むのか、と思って。ふと、今の時点で既に大神官だけは、結果を知っているのだということに思い至った。

「鑑定結果をお伝えします。私がどちらかの雷管石を受け取って、魔力相性の良い人物を探すとしたら、もう一つの石を持ってきます」

 はー、とリカルドが詰めていた息を吐き出した。僕はきょときょとと二人を見る。十分に伝わっていないことが分かったのか、大神官はふふ、と口元に手を当てた。

「時々、いるんですよ。神殿を介さず、神の手によって巡り会う番が。はっきりと神殿を仲介している訳ではありませんので、そういう時には、魔力の相性を鑑定するのが後、になってしまうのですが」

「じゃあ……。例えば、僕の雷管石が持ち込まれたとしたら」

「私なら、相性の良いアルファ、としてリカルドさんの雷管石を持ってきます」

「────よ、良かったぁ……」

 息を吐いた後で、黙っていたことを咎めるようにリカルドを小突く。だが、小突かれた当人はやに下がった顔をして、口元に拳を当てて笑っていた。

 大神官は多忙のようで、出口まで送っていけないことを詫びてから部屋を辞した。最後まで、僕たちを祝福するような態度のままだった。彼の眼には、何が鑑えていたんだろう。

 小箱を片付けている彼の隣で、強張っていた肩から力を抜く。

「リカルド。僕はね、……別に、リカルド以外と相性がいい、って言われてもリカルドを選んだけど」

「ああ。俺もだ」

「……でも、リカルドはそのことを一生思い悩むだろうから、こういう結果になって良かったと思ってるよ」

 じわ、と彼の眼の端に光るものが浮いた。途端に、気付かなかったことを悔やむ。両親を見て、想像以上に兄へ引け目を感じてきた彼こそが、いちばん不安だった筈だ。

 立ち上がり、座ったままの彼の頭を抱え込む。

「……俺は、ロシュと番になりたい」

「僕も」

 伸びてきた腕が、僕の身体を引き寄せる。互いに抱き締めて、感情を交わし合った。

「急いで鑑定して貰えて良かったな」

「え? なんで」

 問いかけると、リカルドは目を丸くする。そして、僕の胸元のあたりで深く呼吸をした。

「発情期」

「────あ」

 忘れてた、と声を上げると、彼は呆れたように息を吐いた。自分よりも、近くにいるアルファのほうが匂いが分かってしまうんだろう。

「これから屋敷に帰って、別棟に移動な」

「あの、いつもは僕、家に籠もって……」

「別々じゃ、番になれないぞ?」

 目の前のアルファの言うとおりだ。番候補がいるというのに、発情期に別々に過ごそうとするほうが変な話だった。

「でも、いま番候補だって分かったばっかりで……」

「けどロシュって、発情期での休暇日数が長くなかったか? 症状、軽いんだっけ?」

 ぐう、と反論の余地なく黙り込む。

 言われたとおり、発情期の休暇日数も長ければ、症状も重たいのが僕の発情期の常だった。アルファと番えば、身体の関係はあれど、身体的な負担は少なくなるはずだ。

「軽くはない……。かな、と」

「重いんだな?」

 言い当てられ、また黙り込む。すん、と匂いを取り込むアルファからも、別の匂いが立ち上りはじめる。

「俺と発情期を過ごすの、不安?」

「そうじゃなくて…………、恥ずかしい」

 言葉にすれば一言だ。実利をどれだけ並べられても、羞恥心が邪魔をする。うう、と顔を隠そうとするが、相手が上手で逃れられない。

「でも、項を噛まないと。俺たち番えない。……ロシュはそれでもいいか?」

「よくない……!」

 反射的に口に出してしまって、罠に掛かったことに気付く。はっと目を見開いて、ぷるぷると唇を震わせた。

 くっ、とリカルドが笑う。

「まあ。気持ちが追いついてないんなら待つよ」

 背から指が離れた。温かかった部分が、すう、と冷えていく。番えたら、あの体温は自分のもの。未だ知らない独占欲が、ふっと萌芽した。

 退室の準備が整い、鞄を持ち上げたリカルドの背を追って、服の裾を引いた。立ち止まった身体が、僅かに振り返る。

「リカルドが別の人の番になるの、いやだ」

「……恥ずかしいんじゃないのか?」

 はっきりと、首を横に振る。

「別の人のものになるほうが、……いやだ」

 力が緩んで、指は服から離れる。だらりと垂れ下がった手が、下の方から持ち上げられた。くい、と力強い腕が扉の外へと導く。

 開けた扉の先。廊下には光の海に見えるほど白い筋が何重にも重なっている。廊下の床を叩く、リカルドの靴音が響く。

 波を踏み散らかして歩いていく彼の手を離さないよう、きゅっと握り返した。



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