番を持ちたがらないはずのアルファは、何故かいつも距離が近い【オメガバース】

さか【傘路さか】

文字の大きさ
上 下
5 / 10

しおりを挟む
▽5

 いつもなら廊下を歩いているところを捕まって、雷管石の相談を始めるのに、数日間、僕は放っておかれた。オースティン様からの頂き物だったお菓子は既に食べ尽くし、中を洗って調味料を仕舞うことにした。

 変わらない日々。雷管石の相談を受ける前、いや、もっと前。屋敷に来た直後のような距離感に、胸がしくしくと痛む。

 彼の魔力の波を味わってしまったからだろうか。家の中の立場を知ってしまったからだろうか。それとも、あの時、抱き寄せられるのを拒めなかったからだろうか。

 ずっと両親のことばかりで、屋敷で働くようになって久しぶりに安穏が訪れた。家族以外のことを考える余裕ができたと思ったらこれだ。僕は、そうとう人間関係が不器用らしい。

 黙って仕事をしていると、二人でやいやいと言っていた時間を思い出す。また、あの時間を過ごしたくなった。

 その日は作業室で、頼まれた調理器具の修理を行っていた。器具自体の故障ではなく、水蒸気が染みこんだことで錆ができ、魔術式の掠れに繋がったようだ。水を弾く材質を書き直した術式の上に貼り付け、蓋を閉じる。

 修理をした魔術装置は大型で、両腕で抱えてもふらつく。重い物を厨房まで運ぶことを憂いながら、装置の下部に手を掛けた。

「おっも……!」

 左右に揺れた身体を立て直し、作業室から出る。

 よたよたと歩いていると、廊下の先の方に見慣れた姿があった。視線を上げて目を瞠り、ぐっと眉を寄せて地面を見る。

 せいいっぱい端に寄り、重い装置を抱え上げて背を丸める。目の前で、リカルドの身体が立ち止まった。

 無言の間にそろりと視線を上げると、装置の下を別の掌が支えた。

「重……! なんでこんなの一人で運んでるんだ」

 装置が両手で抱え上げられると、ふっと重さが楽になった。重心がずれ、その場でたたらを踏む。

 眉を顰めたリカルドは、僕の手を心配そうに見る。

「腕、平気か。どこに運べばいいんだ?」

「厨房へ。あの、服が汚れるから僕が……」

「午後は家で仕事するから平気だよ」

 厨房に向けてつかつかと歩いていく背を、慌てて追う。重い物を持っていて尚、脚の長さの所為で向こうの方が速い。

 僕が必死で追っているのが分かると、速度が緩んだ。

「こういうのは台車を使うか誰かを呼べ。腕を痛める」

 言い分は尤もで、背を丸めながら彼の踵まで視線を落とす。軽く拭ったとはいえ、油汚れの多い厨房で使われていた品だ。多少は裾を汚してしまったのではないだろうか。

 自分が浅慮だった所為で、他の使用人の仕事を増やしてしまった。しゅんとして、謝罪の言葉も浮かばなくなっている姿を、ちらりとリカルドが振り返る。

「あと。反省しすぎるんじゃない。重い物を容易く持てる方が俺なら、俺は荷物を持つよ。それだけ」

「…………うん」

 きっと僕だけでなくそうするだろう彼の背は大きい。明るい厨房に向けて進んでいく身体を、少し広い歩幅で追いかけた。

「なぁ、今日。時間はあるか?」

「うん。その装置の修理、思ったよりも早く終わったから」

「この装置を届けた後でも?」

「……いいよ」

 二人で厨房へと行き、修理済みの装置を届けて報告する。正常に動作していることを確認してもらうと、厨房の前で待っていたリカルドと合流した。

 部屋へ、と促され、連れ立って歩き出す。

 午後の日差しは明るく、窓辺から差し込む光で溢れていた。綺麗に拭き上げられた廊下は飴色に輝き、その上を背筋を伸ばして歩いていくアルファは、誰が見ても貴族の一員に見える。

 彼の自室の扉を開き、中へと入った。後に入ったはずのリカルドは僕を追い越し、机の上から箱を持ち上げた。

「はい」

「はい……?」

 両手で受け取ったものの、なぜ渡されたのかは分からない。箱は薄い金属で作られており、蓋には結婚式で使われる花が浮き彫りにされていた。

 なぜ箱を、と目を瞬かせると、手渡してきた方は気恥ずかしそうに後頭部に手を当てる。

「お土産」

「なんで、お土産?」

「兄貴の土産を嬉しそうにしてたから」

 ソファに腰掛けて蓋を開けると、中には袋に包まれた菓子が何種類も入っていた。色の付いた包み紙にも細工が施され、宝石箱のような配置に見える。

 歓声を上げると、隣に座ったアルファは満足げに微笑む。

「箱を大事そうにしてたから、箱があるほうがいいんだろ?」

「うん! オースティン様から頂いた箱も大事に使ってるよ」

 とはいえ、中身は調味料なのだが。

 僕が夢中になって箱を眺めている間、リカルドは奇妙なほど静かだった。

 包みのうち一つを開けると、中身は果物を模った飴が入っている。ちらりと視線を上げると、こくんと頷かれた。許しを得て、ぱくんと口に運ぶ。甘い味がくちいっぱいに広がった。

「リカルドも食べる?」

「ああ」

 隣でぱかり、と口を開ける。

 飴を見下ろし、開いた口を眺め、僕は求められていることを察した。悪戯っぽく細められた目を見るに、からかわれている事くらい分かる。

 自分には優しくしない、とでも思われているんだろうか。何となく腹立たしくて、飴を摘まみ上げた。

 伸ばした手で彼の口に運び、飴を唇の上に載せると、彼は器用に口に収める。指先が唇を掠めた部分がじわりと痺れる。指を擦り合わせ、もう片方の手の下に隠した。

「────美味い」

 くしゃりと崩れ、取り繕った所のない表情だった。もごもごと口を動かし、頬を膨らませてみたりもする。

 しばらく飴を舐め、口の中で溶かしきった。

「そういえば、雷管石の件。進展しそう?」

 さりげなさを装って尋ねる。あぁ……、と声を漏らしたリカルドは、縛っていた後頭部の結い紐を雑に解いた。

 両手で紐を掴み、くるくると指を回して捩る。

「あんまり……、考えが纏まらなくてな」

「あの。気を悪くしないで欲しいんだけど……。オースティン様は、雷管石に魔力が込められるようになるの、急がなくてもいいんじゃない、って言ってたよ」

 目の前の唇に皺ができる。

「兄貴は俺ほど金に頓着しないからな……。でも、こんなに高価な石。このままにしておいたら勿体ないだろ」

 声の響きには、何かを振り切ろうとするような、がむしゃらな勢いがあった。波の振れが痛々しくも思えてしまう。

 僕は、隣にいるひとの腕に手を添える。びくん、と下になった指がいちど跳ねて、落ち着く。

「リカルドは、あの雷管石。好き?」

「…………え。……ああ、良い石だと思う。綺麗で……」

 続くと思っていた言葉は、喉の奥に呑み込まれた。

 彼は、発した言葉以上の価値を感じている。静寂に蓋をされた感情たちは、オースティン様の仮説を裏付けるものにも思えた。

「うん。夕陽みたいな色……いい色だよね。好きな色だった?」

「…………あぁ。いい色で、好きな色だよ」

 切れた言葉に顔を上げると、大きな掌が頬に触れた。

 親指が僕の目の下を辿り、くい、と軽く引く。開くことになった目の表面が、すこし乾いた。指が力を失い、逃れた皮膚で瞬きをする。

「じゃあ、ジール家のものにしちゃうのもいいんじゃない? ……このお屋敷。大きすぎて、その石いっこ売れなかったくらいで傾きそうにないし。リカルドがこれから、そのぶんくらいすぐ稼いじゃうでしょ」

 あれだけ各所の鉱山を回っているのだから、彼が生み出す金銭は僕が想像もつかないほど莫大なのだろう。大きな家が建つくらいの石だ。けれど、彼がこれから領地に齎すであろう利益と比べれば、これは只の石ころだ。

 呆然としたように、リカルドは僕を見つめていた。

「リカルド、神殿に行ったとき、すごく苦しそうだった。悩むくらいなら、もう、切り替えちゃったら? その分、他の石を掘って稼ごうよ」

 頬に当たった手に、自分の頼りない手のひらを添える。体温と魔力が伝うと、ふわ、と鼻先に知らない匂いが届いた。

「それは…………」

 すんなりと頷いてはくれないようだ。僕は自分の無力さに肩を落とした。添えていた手からは力が抜け、ソファの布地の上に落ちる。

 掌は僕の頬をひと撫でし、彼の太腿の上に戻った。

「悪い。しばらく、考えさせてくれないか?」

 瞳には光が戻らない。表情に不安は残るが、僕が口を挟むのも違うような気がした。

「分かった。僕はね、…………リカルドが、望むようにしてほしい。それだけだよ」

 彼は顔を上げ、こくん、と頷いた。頼りない身体は、十数年前の彼を見ているようだった。

 腕が伸びてくる。避けもせず、抱き寄せてくる腕を受け止めた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

勃たなくなったアルファと魔力相性が良いらしいが、その方が僕には都合がいい【オメガバース】

さか【傘路さか】
BL
オメガバース、異世界ファンタジー、アルファ×オメガ、面倒見がよく料理好きなアルファ×自己管理が不得手な医療魔術師オメガ/ 病院で研究職をしている医療魔術師のニッセは、オメガである。 自国の神殿は、アルファとオメガの関係を取り持つ役割を持つ。神が生み出した石に魔力を込めて預ければ、神殿の鑑定士が魔力相性の良いアルファを探してくれるのだ。 ある日、貴族である母方の親族経由で『雷管石を神殿に提出していない者は差し出すように』と連絡があった。 仕事の調整が面倒であるゆえ渋々差し出すと、相性の良いアルファが見つかってしまう。 気乗りしないまま神殿に向かうと、引き合わされたアルファ……レナードは、一年ほど前に馬車と事故に遭い、勃たなくなってしまった、と話す。 ニッセは、身体の関係を持たなくていい相手なら仕事の調整をせずに済む、と料理人である彼の料理につられて関わりはじめることにした。 -- ※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。 無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。 自サイト: https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/ 誤字脱字報告フォーム: https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。

cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。 家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。

孤高の羊王とはぐれ犬

藤間留彦
BL
クール美形α×元気で小柄なΩ。 母の言いつけを守り、森の中で独り暮らしてきた犬族のロポ。 突然羊族の国に連れて来られてしまう。 辿り着いたのは、羊族唯一のαの王、アルダシール十九世の住まう塔だった。 番候補として連れて来られたロポと孤高の王アルダシールに恋心は芽生えるのか? ※αΩに対して優性劣性という独自設定あり。ご注意下さい。 素敵な表紙イラストをこまざき様(@comazaki)に描いて頂きました!ありがとうございます✨

オメガバα✕αBL漫画の邪魔者Ωに転生したはずなのに気付いた時には主人公αに求愛されてました

和泉臨音
BL
 落ちぶれた公爵家に生まれたミルドリッヒは無自覚に前世知識を活かすことで両親を支え、優秀なαに成長するだろうと王子ヒューベリオンの側近兼友人候補として抜擢された。  大好きな家族の元を離れ頑張るミルドリッヒに次第に心を開くヒューベリオン。ミルドリッヒも王子として頑張るヒューベリオンに次第に魅かれていく。  このまま王子の側近として出世コースを歩むかと思ったミルドリッヒだが、成長してもαの特徴が表れず王城での立場が微妙になった頃、ヒューベリオンが抜擢した騎士アレスを見て自分が何者かを思い出した。  ミルドリッヒはヒューベリオンとアレス、α二人の禁断の恋を邪魔するΩ令息だったのだ。   転生していたことに気付かず前世スキルを発動したことでキャラ設定が大きく変わってしまった邪魔者Ωが、それによって救われたα達に好かれる話。  元自己評価の低い王太子α ✕ 公爵令息Ω。  

処理中です...