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 背筋が寒くなり歩こうとしない俺に痺れを切らしたのか、しゃがみ込んだ上で身体ごと抱え上げられる。

「……ちょっと待て! もう少し話を……!」

「悪い。頭が働かない」

 出来ているじゃないか、と暴れて男の背を叩くのだが、オルキスはしれっと声を無視した挙げ句、俺を寝台に放り投げる。

 衝撃が過ぎた後で身を起こそうとするが、その時には太腿の上に大きな身体がのし掛かっていた。口を開こうと息を吸って、フェロモンの所為で脳が揺さぶられる。

 先程よりも格段に濃いそれは、目の前の男が意図して操っているのだろうと容易に予想できた。

「はぁ……。疲れてるんだから、あんま動かさないで」

「おい。フェロモン、使った、な……」

 むずむずと半身が痺れ、刺激を求めた身体が疼く。

「当然……、でしょ」

 男は俺の服に手を掛けると、釦を千切らんばかりに雑に剥ぎ取ろうとする。彼の意識が服に向かっている間に、俺は光を放つ魔術を指先で綴ってこっそりと発動した。

 オルキスは光には気づいたようだったが、それが何の効果も齎さないことに気づいたらしく、釦の外れた服を開く。高い鼻筋がそっと首筋に埋まった。

「あぁ……! やはり、いい匂いだ」

「ひっ……」

 べろり、とオルキスの舌が首筋を舐めた。すり、と鼻先を擦り付けては、首筋にキスを落として自身のにおいを擦り付けていく。

 大きな掌が腹に触れ、皮膚を伝って胸へと向かった。

「おい。ほんと、やめ……んう」

「やめてよ大声。しんど……」

 声を上げていると、男の唇に塞がれた。喋り掛けていた口は開いており、易々と舌の侵入を許す。

「ん……ふ、ぁく……んっ、う…………」

 ぬるりと忍び込んだ厚い舌が、唇の裏を舐める。歯を伝い、舌を絡め取られた。呼吸で精一杯の俺を翻弄するように、ぴちゃぴちゃと舐めては唇を重ねる。

 指先は胸元を撫で、尖りを摘まみ上げた。捏ねては押し潰す動きを批難するように声を上げようとも、覆った唇に押し殺される。

「や、あふ、……ッぁ」

 混ざった唾液すら飲み込まれ、唇が離れた隙にはくはくと呼吸をする。胸を離れた手は腹を伝って、下の服に手を掛けた。

「待て……!」

 オルキスも犬ではない。力いっぱい服が引き下ろされ、下着ごと剥ぎ取られた。足の先に絡んだ服を好都合とばかりに放置し、脚を持ち上げる。

 秘部を晒すような格好になった俺が脚をばたつかせるも、上手いこと男に丸め込まれる。男は俺の股の間をじっくりと眺め、その唇は弧を描いた。

 ぽすん、とおもむろに俺の脚を解放したオルキスに、きょとんと寝台に手を突いたまま惚ける。諦めてくれたのだろうか、と彼を見つめたまま動かない俺を尻目に、オルキスは寝台を降りると、近くに放り投げられていた鞄らしき山に手を突っ込む。

 はっと我に返った俺が寝台を降りようとすると、早足で戻ってきた脚にまた太腿を踏まれる。

「……抱かせてくれる、……筈だよね?」

「承諾した覚えはないが」

 ふ、とオルキスは笑って、手に持った瓶の蓋をシーツの上に落とした。瓶の中身で掌を濡らすと、素早い動作で脚を左右に開く。

 閉じようと脚を動かすが、隙があったのか身体を割り入れられてしまった。伸びた指先が、尻の表面を撫でる。

「ひっ…………!」

 ぬるりとした指が表面を撫でただけで怖気が走った。逃れようと脚を動かす獲物を押さえ込み、彼は手の甲を俺の喉に押し付ける。

「可哀想だとは思うけど、大人しくして」

 声の圧に恐ろしくなった訳ではないのに、俺の身体はぴたりと動きを止めた。目の前にいるアルファが絶対で、その王者に逆らうことを身体が知らないようですらあった。

 目の前の男は満足げに喉を鳴らすと、開いたままの脚の間に指を伸ばす。アルファと繋がる時に使うであろう腔に、溝を伝った指が辿り着いた。

「────っ!」

 衝撃に喉がひくんと反応し、脚がびくりと揺れた。指先は襞を掻き分けるように動きながら、細径を辿っていく。身体の中に他人の指が侵りこむ感覚は、僅かな快楽と共に恐怖を染みわたらせていった。

 そうされて尚、俺は抵抗する動きを取れなくなっている。あの声にアルファ特有の何かが込められていたのだろうが、分からずに混乱したまま身体を拓かれた。

「……ぁあっ!」

 指先が、その場所を見つけ出した。

 ゆったりと撫でられる度に、未知の快楽が与えられる。いっそう裏返った声は、その場所を弄られることを強請るような響きを纏っていた。

 フェロモンは逃がさぬようあたりに檻のように広がっており、息を吸う度に体温を上げていく。酒酔いのように頭はぐらぐらと痺れ、気持ちよさだけを追うことしか出来なくなっていった。

「……ひ、ぁう。ン、っあ……ぁあ」

 くち、と秘処から濡れた音が立つ。目の前のアルファと繋がるために拡げられていると理解しても、躰は快楽ばかりを拾いたがる。オルキスの腕が支えずとも脚を広げ、腰は浮かんばかりに揺れていた。

 目の前のアルファは愉しそうだ。

 少し伸びた黒髪は首筋に張り付き、自らも荒い息を漏らしながら俺を翻弄する。美麗な顔立ちと目が合えば、どくりと胸は慣れない跳ね方をした。

「僕の番。……君の髪は柔らかくて気持ちがいい、肌は艶やかでずっと触っていたい。すこし吊り目がちなのかな、蕩けているのがよく分かる」

「……初めましての相手、にする、ことかよ。…………うア、……んっ、ぁく……ぁ」

「だって……、はは。仲を深めたくとも、治まらないんだもの」

 ここが、と脚に擦り付けられた彼の半身は、もう膨れて勃ちあがっていた。下着を身に付けていないのか、かたい感触が近く、布の表面に染みを作っていた。

 擦り付けられる表面は、やや冷たく濡れそぼっている。

「もう、ね。……扱くだけだから粘膜が痛くて。こんな柔らかいとこ突っ込めるなんて夢みたいだ……」

「……いっ、……ぁ、だから、……ぁあ、っ。突っ込む、の、ゆるして……な、ァ」

 ふぅん、と呟いた彼の指先が、径の奥でくっと曲がる。その度に腹の奥からにぶくて重い快楽が届き、触れられていないはずの前はとろとろと雫を零し始めていた。

 太く感じていたはずの指も体内を踏みしめられているうちに慣れ、また新しい快楽を求めるように食い締める。

 目の前にある銀朱色の瞳が細められた。少し暗い部屋の中では、濡れて照明を反射するその色が炎の揺らめきにも思える。

「許しは得ているよ。発情期だと知って……いて、君がここに来た。今の言葉は……、褥の中での駆け引きだ」

 怯えてずりあがった躰を、脚を引いて元の位置に戻される。近くにある瞳の奥、揺れる炎の中心は、ぎらぎらと巻き込まんばかりに熱をもっていた。

 彼の手が脚から離れ、自身の下の服にかかる。引き下ろした服の先から、ぼろりと勃ちあがって湯気を立てんばかりの熱棒がこぼれ落ちた。

 太く赤黒いそれが表面を濡らし、突き入る隙を窺っている。別の生き物のようにさえ思える雄が、自身の身体に入ってくることに怯えた。

 脚が逃れたのをいいことに躰を反転させ、逃げようとシーツの波を掻く。けれど、いちど圧を与えられた身体の動きは鈍く、あっさりと足首を掴んで引き戻された。

「あ…………」

「大丈夫、……ッ、ちゃんと呑み込める。きっと気持ちがいいよ」

 尻たぶに膨らんだものが押し当てられ、ぬるついた表面で皮膚を辿られる。直ぐに窪みは探り当てられ、肉縁に先端が引っ掛かった。

 腰に手が掛かり、強く背後に引かれる。ぬぷ、と引っ掛かっていた先端が輪を潜った。

「────……ァ、ぁあああっ!」

 耳の横で、ごくんと喉が動いた。

 みちみちと縁を拡げ、巨大なそれが身体を割り拓いていく。見知らぬ質量を味わわされる内壁がうねり、みしりと重い楔に纏わり付いた。

 力の加減が分からずに、食い縛っては身を捩る。

「……い、ッあ。……うそ、はいっ、て……や」

 爪の先をシーツに埋め込んでも、滑らかな表面に滑るばかりだ。ずりずりと這ったとしても、がしりと掴まれた腰は相手との距離を縮める方向にしか動かない。

 寝台の上での抵抗を窘めるように、背にオルキスの額が押し付けられた。皮膚にぼたぼたと彼の汗が垂れる。

「まだ……っ、入るよ。受け入れてね」

「こ……ンの。……ぁ、っひ。……あっく、ふ、ぁ」

 ぐりり、と指で教えられた弱点を捏ねられる。上方から体重を使って押し付けられるそれは、指先よりも更に重い刺激を与えてきた。腹の底からずぐずぐと這い上がるような知らない感覚に、戸惑った脳を麻痺させる。

 動きによる水音が強くなった。もう身体の中では彼の半身がだらだらと涎を零し、薄い子種は流れ込んでしまっているだろう。

 魔術で鍵を掛けていなければ、番になる前に子を宿してしまうところだった。

「…………あれ? なん、か。遮られてる……?」

 こつん、と剛直の先端が魔術による壁を捉えた。こつ、こつ、と叩くそれの感触を味わい、あぁ、とオルキスは声を漏らした。

「子種が胎に届かなくする、魔術か」

「あんま、……っ、触るな。俺との間に子どもができた、ら。あんただって困る────ッ!」

 引いた腰が、その壁に叩き付けられる。

 魔術による壁がそれを押し返すのだが、軌道がぶれた肉棒は周囲の弱い場所を巻き込んで苛む。背後では隠しもしない舌打ちが漏れた。

 広がった掌が腰に押し当てられる。

「これ、外して? 精を染み込ませない、と……番になれない」

「だから……! 外したら……。ぁ、っあ……────え?」

 胎の外に仕込んでいた魔術が、何かの魔力干渉を受けてびくんと動く。腰に当てられた指先が熱い。そこから魔力を流し込まれていることを、教えられずとも察した。

 魔術の素養はないはずの彼が、完成した魔術を解こうと魔力を動かしている。素人がやること、と一笑に付すことはできなかった。

 魔力の相性の良さを使って、俺の魔力を動かして魔術を解除させようとしてくる。

「おい……。っァ、う、っそだろ……」

 防ごうと繋がった魔力を手繰っている刹那、相手の魔力の齟齬が分かった。たったの一箇所、彼の魔力波の繰り返しの中で決定的に狂っている部分がある。体内から魔力を過剰に生成させ、暴走状態になっていることが見て取れた。

 夢中になって魔力を追ってしまった、のがいけなかった。かちり、と歯車を正せたと思った瞬間、同時に胎への魔術が解かれたのが分かる。

「────あ、はは……。外れた」

 嬉しそうな声が上がった瞬間、ずりり、と男根が許していなかった場所へと滑り込む。腰がぴたりとくっつき、尻の表面を茂りが柔らかく掻いた。

「あ────。う、あ、……ひ。とどい、ちゃ……!」

 腹に手を回し、抱き込んで奥だけで揺らされた。重たい刺激が神経に直接触れるように、鋭い快楽を断続的に与えられる。

 長いものは抜かれず、漏れている液を染み込ませるように奥に居座ったままだ。

「ぁ、発情期、明け……ッ、て、こま、るのは……っく、ぁ、お前だぞ──!」

「ふ、っく……。僕は、困らない──よ!」

 無防備に晒された首筋に、オルキスの牙が当たった。ぞくぞくと恐怖心は湧いているのだろうが、跳ねる心臓は好奇心と混ざって変に昂ぶってしまっている。

 学舎を出て、田舎で暮らしている間は、好奇心を満たす手段は魔術だけだった。人との付き合いが、刺激になることなんてあるはずもなかった。

 それなのに俺は、さっき出会った相手と繋がって、男の胤を宿すのを許そうとしている。大きすぎる賭けに違いないのに、もう賭け金は置いた後だ。

「……ン、ぁ、噛んだ、──ァら、責任、とれ……ぁ、あぁ、く」

「うん。そうしよう、ね。────僕の番」

 開いた口が首筋を舐め、整った歯が皮膚に食い込んだ。首筋を捉えて、大振りに引いた腰が奥深くまで一気に突き入れられる。

「────ひっ、ぁあぁ、……ぁあああああぁあ!」

 どくり、と膨れたものが細い筒を押し拡げて暴発する。く、と唇を噛んで、流れ込んでくる子種を胎で受け止めた。いちばん濃い魔力の流れが、びりびりと神経を焼き切っていく。

 熱いのか、心地いいのか、感覚をすべて押し流すように熱を含まされた。尿道に残った残滓まで押し出すように腰を押し付けて、息をしている間、無言で抱き合っていた。

「……ふしぎ。まだ、発情期は終わってない……のに、頭が晴れてきた」

「そりゃ……よかった……、な。……っァ!?」

 びくり、と腹の中の雄がまた硬さを持ち始め、謝るように頬にキスが落ちる。他のオメガなら絆されたのだろうが、俺は肘を振り上げて男の腹に当てた。

 ぐっと呻くも、強く絡んだ腕は解けることはない。

「はなれ……ろ、こンの……! ぁあ、ん……ァあ、あ」

 身体で押さえつけるよりも快楽に引き摺り込んだほうが早い、と判断したらしいアルファは腰を動かし始めた。悪夢の方がまだましだ、悪態をつきながら寝台に押さえ込まれる。

 結局、寝台を出たのが何日後だったのか、俺には知る由もない。
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