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俺とキィジーヌが二人で話し込んだ後半は、もはや茶会と化していた。
菓子の減りが早いことに気づいた給仕は、料理人に頼んで簡単な菓子を追加してくれると言う。それを良いことに二人してお代わりを強請った。
キィジーヌを見送る時のオルキスは俺の様子をちらちらと窺っていたが、笑ってみせると安堵したように眉を下げた。
「なんだか、二人とも仲良くなったみたいだね」
「同じオメガだと共通する悩みもあるよな」
「ええ、そうね。魔力量が多いからお腹が空いたり」
茶会であれだけ食べたというのに、俺は夕食の食欲も戻り、普段に近い量まで食事量が増えていた。
オルキスも給仕も驚いていたが、魔術師にとっては精神を病んで魔力を崩すと、生命力に大幅に跳ね返る。つまり、精神が戻ってしまえば身体の回復も早いのが利点でもあった。
腹の子が魔力を大食らいしているのも同じ理由だ。身体を作るために魔力を使えるのが、大量の魔力を動かせる人間の特性でもある。
食事を終えて給仕に味を伝える時、俺は満面の笑みを浮かべていた。
「全部おいしかった! 明日の朝食の量、ちょっと増やしてみてくれる?」
茶会の菓子も食べていたことを知っている給仕は、弾んだ声音で承諾し、食器を下げた。オルキスも表情が伝染したのか、口元が緩んでいる。
二人して立ち上がり、部屋に戻ろうと自室への扉に視線を向ける。ふと、無防備な彼の腕が目に入った。
自室に戻るまでのちょっとした距離で、俺はオルキスの腕に手を添えてみた。腕から視線を上げるのを躊躇ったが、そろそろと顔を上げると目は見開かれている。
腕を引き抜こうか迷ったが、ほんの少し、腕を添えるだけの仕草に勇気を振り絞った。引き抜いて逃げたら、これまでと変わりはしないのだ。
「……セルド。そんな風に振る舞ったら、僕は君と番なんだって期待しちゃうよ」
彼との掛け違えに、ようやく気づいたのはその時だ。
あの時、発情期が終わらずに苦しんでいたオルキスの魔力のいびつさに気づいた時と同じ感覚だった。
ぐい、と腕を引いて、自室へと促す。脚が進まない様子ではあったが、オルキスは大人しく付いてきた。
眉が寄り、感情を堪えている彼の表情は、いつもただ笑って、俺に愛を囁く彼とはまた違った一面を垣間見せていた。
ソファに座るよう促すと、のろのろと緩慢な動作で腰掛ける。
「俺とお前は、番じゃないの?」
問いをはっきりと口に出した言葉に、オルキスは唇を噛み締めた。顎には皺が寄り、彼は俯いて顔を覆うように黒髪を乱す。
その仕草は悲壮感を纏っていて、こちらの胸も引き絞られた。
「君と番だなんて、とても言えない。……って、本当は分かってた。でも、そう言わなくちゃ酷いことをした君はここにいてくれないって分かっていたし、言っているうちに本当になってくれたら、って願ってたよ」
両の掌で閉じきった門を、開くように頬に手を添える。
番は、あれだけ魔力の相性がいいにも関わらず、表面上はあんなに自信満々に振る舞っていて尚、薄氷の上をただ踏みしめていたらしい。
「いずれ本当に心から番になれたら、って思っても、アルファと話す君を見て嫉妬するし、悩む君を支えられもしない。最近、僕が触れるのを避けられる度に、十月後もこうやっていられるのか考えて、目の前が真っ暗になった」
指先は色を失って、銀朱色の瞳は涙を湛えている。こぼれ落ちそうで落ちないそのぎりぎりの縁は、俺に悟られないように保ち続けていただけだ。
「今日の君は機嫌がよくて、触れてくれただけなんだって分かっていても。僕は、その手のひらがずっと、欲しくて……」
ほろり、とこぼれ落ちた雫を、指先で拭う。泣き虫が伝染ってしまいそうだ、と思いながら、すこしぱさついた黒髪を抱き込んだ。
俺が悩んでいる間、彼はどうだったんだろうか。同じ食事を取りながら心配して、医者を手配して、昔馴染みに相談を送り。そうやって動き回りながら、こうやって叶わない気持ちに苦しんでいたんだろうか。
久しぶりにしっかりと視線を合わせた彼もまた、少しやつれて見えた。
俺が彼の愛の言葉を受けて、胸に閉じ込めるだけではきっと駄目になるのだ。俺がその言葉に絆されたように、彼にだって受け取りたい言葉がある。
「オルキス。最初の一回だから、しっかり聞いててな」
す、と息を吐く。その言葉なんて子どもの頃から知っている筈なのに、これまでの俺には縁遠い言葉だった。
口に出す言葉を思い浮かべると、胸が高鳴った。本当にようやく、俺はこの言葉を伝えられるのだった。
「……好きだよ。お前が望むんなら、俺はいつまでだって一緒にいたい」
指先を重ねて、体温を分け合う。
意志を示さないことが番に要らぬ心配を与えてしまうなら、こうやって少しずつ、触れて伝えたくなった。
オルキスの両腕が、俺を包み込む。きゅ、と込められた力は、全力ではなくとも必死に縋るように掛かった。
「僕の方が、……ずっと好きだよ」
溢れてしまっている目元を拭ってやると、ぐしぐしとまたくぐもった声が漏れる。頬を捕まえて額に唇を触れさせると、また泣き出すので困ってしまった。
発情期の暴君さも、いま露出した感情も彼の一部だと思えば、これまでの彼はよくも体裁を整えられていたものだと思う。
「君、……が。いないと困るのは、ぜったい僕のほう…………」
か細くも自信を持ってそう言われると、いずれ心変わりをする、と思っていた自分が馬鹿らしくなってきた。彼が愛を囁いているのに、俺がそれを疑ったからこうなったのだ。反省と共に背を撫でる。
やがて啜り泣きが落ち着くと、白目まで真っ赤にして、オルキスは顔を上げた。視線を彷徨わせ、ばつが悪そうな顔をしながら、彼は恐るおそる口に出す。
「……これからも、番でいてくれる?」
「ん。当然」
にんまりと笑ってみせると、しおしおと萎びたオルキスは黙って俺の胸元に埋まる。珍しく大人しくなってしまった番の体温を、俺は存分に楽しむのだった。
あれから魔力はすっかり落ち着いたのだが、子が腹にいる間は魔力量が増している所為で威力が上がりすぎることが判明した。最近は、実験に頼らずに魔術式を安定させる知識をフィーアに教わっているところだ。
今日も朝から天気が良く、伸びをしながら寝台から下りる。隣でまだ寝ているオルキスを起こし、食事のために二人して着替えを済ませた。
来客の情報を聞くことになったのは、朝食を食べている最中だった。朝食中に離席したオルキスが戻ってくるなり、そう告げたのだ。
「キィジーヌとスリーフが? 急になんでまた」
「うーん? ルピオ家からの連絡が断片的で、とにかく着いてから話す、って……」
オルキスもまた首を傾げていた。まあ悪い話ではないだろう、と二人して大量の食事を片付け、自室で姉弟を迎えることに決める。
自室ではのんびり待つつもりだったが、そんな余裕すら与えられなかった。
ばん、と淑やかさの欠片もなく扉を開け放ったキィジーヌは、今日はふわりと鈴蘭状に広がる薄紅のドレスを身に纏っている。背後に付き従うスリーフは、何故かぐったりとしていた。
ちなみに、オルキスは俺が口付けを避けていたことを理由にスリーフへ懸想したかも、と不安がっていたそうだが、全てが終わってみればあまりにも杞憂であった。
「わたくし! 番が見付かりましたの!」
空気をびりびりと震わせるような第一声に、面食らった俺とオルキスは気圧されてぱちぱちと拍手を始めた。
空気に飲まれて誰も何も言い出さず、俺が恐るおそる声を掛ける。
「それで、お相手は?」
「ええ。名前は────」
彼女が述べたのは、俺の次兄の名前であった。
あんぐりと口を開けた俺に、歩み寄ったキィジーヌは目の前で両の手を組む。
「貴方の雷管石を神殿に預けたのを切っ掛けに、財政に少し余裕ができて。まだ兄弟の中で神殿に石を預けていなかった、セルドのお兄様の雷管石も預けていただけたみたいなの。そうしたら、わたくしの石と魔力の相性がいいことが分かったんですって! ……ねぇ、きっとこれって運命よ!」
くるくると回り出さんばかりの彼女の頬は紅潮していて、はぁ、と俺もオルキスも押されて頷くばかりだ。
ええと、と俺はオルキスに向かって口を開く。
「オルキス頼む。クラウル家の財政の健全化、至急何とかしてくれ。キィジーヌのドレス売らせちゃ洒落にならん」
「僕も今それを思ったとこだよ……」
次兄も趣味を突き詰めて仕事にしている性格で、商売っ気がない。ヴィリディ家の意見なり、キィジーヌの意見なりを取り入れていかないと、改善は見込めない気がした。
とはいえ、オルキスも、キィジーヌでさえも縁続きになるのだ。ヴィリディ家当主もかなり目を掛けてくれている。将来はそこまで暗くないように思えた。
「わたくし、ドレスを売るくらい構いませんわ。今だってお金に困ったら多少は売ることもありますし」
「あー、オルキスー……」
「うん、善処する」
挨拶もそこそこに、これからクラウル家に向かうと言う二人を急すぎないかと目を剥きながら送り出す。
嵐が去った室内は、打って変わったように静かになった。
カーテンが揺れ、室内に風が通る音すらも聞こえてくる。鳥の鳴き声も伸びやかで、生命の息吹を感じさせる春特有のにおいがした。
ソファに座り直して、ようやく思いおもいに感想を述べる。
「ほんと、運命って何なんだろ……」
つくづく分からない、と呟く俺に、オルキスは手を添えてくる。視線を合わせようと彼の方を向くと、ちゅ、と突然、唇が盗まれた。
一瞬面食らったが、唇を持ち上げ、同じようについばむようなキスを返す。添えられた手は、ぎゅっと掴み取った。
離れないように力を込めると、同じだけの力で返ってくる。
「これが運命だよ」
自信満々に言う彼と、俺の思う運命の定義は当然ながら違っているはずだ。けれど、彼は二人の関係をその言葉で表現するし、俺もまた、二人の関係をまったく同じ言葉で呼ぶ。
少しずつずらさなければ組むことの出来ない手を重ね合わせて、俺たちは春の日差しに似た熱を交わし合った。
菓子の減りが早いことに気づいた給仕は、料理人に頼んで簡単な菓子を追加してくれると言う。それを良いことに二人してお代わりを強請った。
キィジーヌを見送る時のオルキスは俺の様子をちらちらと窺っていたが、笑ってみせると安堵したように眉を下げた。
「なんだか、二人とも仲良くなったみたいだね」
「同じオメガだと共通する悩みもあるよな」
「ええ、そうね。魔力量が多いからお腹が空いたり」
茶会であれだけ食べたというのに、俺は夕食の食欲も戻り、普段に近い量まで食事量が増えていた。
オルキスも給仕も驚いていたが、魔術師にとっては精神を病んで魔力を崩すと、生命力に大幅に跳ね返る。つまり、精神が戻ってしまえば身体の回復も早いのが利点でもあった。
腹の子が魔力を大食らいしているのも同じ理由だ。身体を作るために魔力を使えるのが、大量の魔力を動かせる人間の特性でもある。
食事を終えて給仕に味を伝える時、俺は満面の笑みを浮かべていた。
「全部おいしかった! 明日の朝食の量、ちょっと増やしてみてくれる?」
茶会の菓子も食べていたことを知っている給仕は、弾んだ声音で承諾し、食器を下げた。オルキスも表情が伝染したのか、口元が緩んでいる。
二人して立ち上がり、部屋に戻ろうと自室への扉に視線を向ける。ふと、無防備な彼の腕が目に入った。
自室に戻るまでのちょっとした距離で、俺はオルキスの腕に手を添えてみた。腕から視線を上げるのを躊躇ったが、そろそろと顔を上げると目は見開かれている。
腕を引き抜こうか迷ったが、ほんの少し、腕を添えるだけの仕草に勇気を振り絞った。引き抜いて逃げたら、これまでと変わりはしないのだ。
「……セルド。そんな風に振る舞ったら、僕は君と番なんだって期待しちゃうよ」
彼との掛け違えに、ようやく気づいたのはその時だ。
あの時、発情期が終わらずに苦しんでいたオルキスの魔力のいびつさに気づいた時と同じ感覚だった。
ぐい、と腕を引いて、自室へと促す。脚が進まない様子ではあったが、オルキスは大人しく付いてきた。
眉が寄り、感情を堪えている彼の表情は、いつもただ笑って、俺に愛を囁く彼とはまた違った一面を垣間見せていた。
ソファに座るよう促すと、のろのろと緩慢な動作で腰掛ける。
「俺とお前は、番じゃないの?」
問いをはっきりと口に出した言葉に、オルキスは唇を噛み締めた。顎には皺が寄り、彼は俯いて顔を覆うように黒髪を乱す。
その仕草は悲壮感を纏っていて、こちらの胸も引き絞られた。
「君と番だなんて、とても言えない。……って、本当は分かってた。でも、そう言わなくちゃ酷いことをした君はここにいてくれないって分かっていたし、言っているうちに本当になってくれたら、って願ってたよ」
両の掌で閉じきった門を、開くように頬に手を添える。
番は、あれだけ魔力の相性がいいにも関わらず、表面上はあんなに自信満々に振る舞っていて尚、薄氷の上をただ踏みしめていたらしい。
「いずれ本当に心から番になれたら、って思っても、アルファと話す君を見て嫉妬するし、悩む君を支えられもしない。最近、僕が触れるのを避けられる度に、十月後もこうやっていられるのか考えて、目の前が真っ暗になった」
指先は色を失って、銀朱色の瞳は涙を湛えている。こぼれ落ちそうで落ちないそのぎりぎりの縁は、俺に悟られないように保ち続けていただけだ。
「今日の君は機嫌がよくて、触れてくれただけなんだって分かっていても。僕は、その手のひらがずっと、欲しくて……」
ほろり、とこぼれ落ちた雫を、指先で拭う。泣き虫が伝染ってしまいそうだ、と思いながら、すこしぱさついた黒髪を抱き込んだ。
俺が悩んでいる間、彼はどうだったんだろうか。同じ食事を取りながら心配して、医者を手配して、昔馴染みに相談を送り。そうやって動き回りながら、こうやって叶わない気持ちに苦しんでいたんだろうか。
久しぶりにしっかりと視線を合わせた彼もまた、少しやつれて見えた。
俺が彼の愛の言葉を受けて、胸に閉じ込めるだけではきっと駄目になるのだ。俺がその言葉に絆されたように、彼にだって受け取りたい言葉がある。
「オルキス。最初の一回だから、しっかり聞いててな」
す、と息を吐く。その言葉なんて子どもの頃から知っている筈なのに、これまでの俺には縁遠い言葉だった。
口に出す言葉を思い浮かべると、胸が高鳴った。本当にようやく、俺はこの言葉を伝えられるのだった。
「……好きだよ。お前が望むんなら、俺はいつまでだって一緒にいたい」
指先を重ねて、体温を分け合う。
意志を示さないことが番に要らぬ心配を与えてしまうなら、こうやって少しずつ、触れて伝えたくなった。
オルキスの両腕が、俺を包み込む。きゅ、と込められた力は、全力ではなくとも必死に縋るように掛かった。
「僕の方が、……ずっと好きだよ」
溢れてしまっている目元を拭ってやると、ぐしぐしとまたくぐもった声が漏れる。頬を捕まえて額に唇を触れさせると、また泣き出すので困ってしまった。
発情期の暴君さも、いま露出した感情も彼の一部だと思えば、これまでの彼はよくも体裁を整えられていたものだと思う。
「君、……が。いないと困るのは、ぜったい僕のほう…………」
か細くも自信を持ってそう言われると、いずれ心変わりをする、と思っていた自分が馬鹿らしくなってきた。彼が愛を囁いているのに、俺がそれを疑ったからこうなったのだ。反省と共に背を撫でる。
やがて啜り泣きが落ち着くと、白目まで真っ赤にして、オルキスは顔を上げた。視線を彷徨わせ、ばつが悪そうな顔をしながら、彼は恐るおそる口に出す。
「……これからも、番でいてくれる?」
「ん。当然」
にんまりと笑ってみせると、しおしおと萎びたオルキスは黙って俺の胸元に埋まる。珍しく大人しくなってしまった番の体温を、俺は存分に楽しむのだった。
あれから魔力はすっかり落ち着いたのだが、子が腹にいる間は魔力量が増している所為で威力が上がりすぎることが判明した。最近は、実験に頼らずに魔術式を安定させる知識をフィーアに教わっているところだ。
今日も朝から天気が良く、伸びをしながら寝台から下りる。隣でまだ寝ているオルキスを起こし、食事のために二人して着替えを済ませた。
来客の情報を聞くことになったのは、朝食を食べている最中だった。朝食中に離席したオルキスが戻ってくるなり、そう告げたのだ。
「キィジーヌとスリーフが? 急になんでまた」
「うーん? ルピオ家からの連絡が断片的で、とにかく着いてから話す、って……」
オルキスもまた首を傾げていた。まあ悪い話ではないだろう、と二人して大量の食事を片付け、自室で姉弟を迎えることに決める。
自室ではのんびり待つつもりだったが、そんな余裕すら与えられなかった。
ばん、と淑やかさの欠片もなく扉を開け放ったキィジーヌは、今日はふわりと鈴蘭状に広がる薄紅のドレスを身に纏っている。背後に付き従うスリーフは、何故かぐったりとしていた。
ちなみに、オルキスは俺が口付けを避けていたことを理由にスリーフへ懸想したかも、と不安がっていたそうだが、全てが終わってみればあまりにも杞憂であった。
「わたくし! 番が見付かりましたの!」
空気をびりびりと震わせるような第一声に、面食らった俺とオルキスは気圧されてぱちぱちと拍手を始めた。
空気に飲まれて誰も何も言い出さず、俺が恐るおそる声を掛ける。
「それで、お相手は?」
「ええ。名前は────」
彼女が述べたのは、俺の次兄の名前であった。
あんぐりと口を開けた俺に、歩み寄ったキィジーヌは目の前で両の手を組む。
「貴方の雷管石を神殿に預けたのを切っ掛けに、財政に少し余裕ができて。まだ兄弟の中で神殿に石を預けていなかった、セルドのお兄様の雷管石も預けていただけたみたいなの。そうしたら、わたくしの石と魔力の相性がいいことが分かったんですって! ……ねぇ、きっとこれって運命よ!」
くるくると回り出さんばかりの彼女の頬は紅潮していて、はぁ、と俺もオルキスも押されて頷くばかりだ。
ええと、と俺はオルキスに向かって口を開く。
「オルキス頼む。クラウル家の財政の健全化、至急何とかしてくれ。キィジーヌのドレス売らせちゃ洒落にならん」
「僕も今それを思ったとこだよ……」
次兄も趣味を突き詰めて仕事にしている性格で、商売っ気がない。ヴィリディ家の意見なり、キィジーヌの意見なりを取り入れていかないと、改善は見込めない気がした。
とはいえ、オルキスも、キィジーヌでさえも縁続きになるのだ。ヴィリディ家当主もかなり目を掛けてくれている。将来はそこまで暗くないように思えた。
「わたくし、ドレスを売るくらい構いませんわ。今だってお金に困ったら多少は売ることもありますし」
「あー、オルキスー……」
「うん、善処する」
挨拶もそこそこに、これからクラウル家に向かうと言う二人を急すぎないかと目を剥きながら送り出す。
嵐が去った室内は、打って変わったように静かになった。
カーテンが揺れ、室内に風が通る音すらも聞こえてくる。鳥の鳴き声も伸びやかで、生命の息吹を感じさせる春特有のにおいがした。
ソファに座り直して、ようやく思いおもいに感想を述べる。
「ほんと、運命って何なんだろ……」
つくづく分からない、と呟く俺に、オルキスは手を添えてくる。視線を合わせようと彼の方を向くと、ちゅ、と突然、唇が盗まれた。
一瞬面食らったが、唇を持ち上げ、同じようについばむようなキスを返す。添えられた手は、ぎゅっと掴み取った。
離れないように力を込めると、同じだけの力で返ってくる。
「これが運命だよ」
自信満々に言う彼と、俺の思う運命の定義は当然ながら違っているはずだ。けれど、彼は二人の関係をその言葉で表現するし、俺もまた、二人の関係をまったく同じ言葉で呼ぶ。
少しずつずらさなければ組むことの出来ない手を重ね合わせて、俺たちは春の日差しに似た熱を交わし合った。
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