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「────官舎の建て替えがあるそうで、魔術装置の回収に──……そうですね」
同僚であるヴィナスの声に、僕は反射的に振り返る。言葉は僕に向けたものではなかったが、その手には一枚の紙が握られていた。
官舎の建て替えについて思い当たることはなく、詳細を聞くため上司と話を終えた彼に近づく。
「悪い。官舎の建て替えの話、僕は書類を貰ってなくてさ。見せてもらえないか?」
「いいよ。俺もう書き写したから、これやるよ」
「ありがと、助かる」
ヴィナスは書類を僕に渡し、官舎住みの人には郵便受けに通達が入っていたのだと言う。郵便受けはまめに確認しているがやはり心当たりがなく、首を傾げながら同僚から書類を受け取った。
目を通すと『官舎の柱に大きな罅が見つかった』そうで、建て替えのために指定の日付までには退去してほしいとの事だった。転居先として別の官舎も用意はしてあるが、複数人で同居している者が優先、一人暮らしの者は手当を出すので別に家を借りてほしい、と書かれてある。
手当や日取りなども書かれていたが、もう時間がない。すぐに家を探さなければ間に合わないし、僕以外にも家を探す人が大勢いることを考えると、家も見つかりづらい事が予想された。
特に僕はオメガで、治安が悪い立地に家を借りれば害も多い。手当を差し引いても、家賃が上がるのを覚悟しなければならないのが憂鬱だった。
「ネーベルは家の当てある?」
「いや、全く無いな。どうしようかと思っているとこ」
「大変だな。その書類、結構前には届いてたらしいんだよ。オメガだと家も見付かりづらいし……」
ヴィナスはしばし考えると、あ、と思い付いたように声を上げる。
「ネーベルは変なとこ真面目だから嫌うかもしれないけど。俺の友達で官舎にいるやつ、これを機に番のとこ転がり込むんだって」
「僕に番はいないけど……」
同じ魔術師で同じオメガであっても、同僚は番持ちだが僕はそうではない。そう伝えると、ヴィナスは知っている、というように態度を変えなかった。
「いや。そいつさ、まず神殿の鑑定士に石を見てもらいに行ったんだよ」
神殿の鑑定士。その言葉には心当たりがあった。
人の性別には、男女に加えて、アルファとベータ、そしてオメガの三種類がある。そして、特にアルファとオメガについては、その特異性から国を挙げて保護されていた。
アルファは身体も強く、国の主要人物となりやすい傾向がある。そしてオメガは魔力を多く有す傾向にあり、魔術師として大成しやすい。だが、発情期がある都合から、保護しなければ事件に巻き込まれやすいという事情もあった。
アルファとオメガが番になれば、基本的には双方とも安定する。だが、アルファもオメガも魔力の選り好みが激しく、番選びに苦労するのもまた事実だ。
そのため、番の間を取り持つことを目的に、神殿では雷管石を預かる役目を請け負っている。
国の中心に位置する山には、雷がよく落ちる。
雷は神が落としているものとされ、落ちた下にたまに透明の石が生まれることがあった。その石は雷管石と呼ばれ、魔力をほぼ永久的に内部に保持することができる。
「じゃあ、相性がいい人が見付かったのか」
「そうそう。それで、同居しようって話になった訳」
アルファかオメガが雷管石に魔力を込めて神殿に預ければ、神殿付の鑑定士がその石を見て、魔力的に相性の良い石を見つけ出してくれる。
もちろん上手くいかない番もいるのだが、普通に相手を探すよりも、かなりの確率で番として成立しやすい。特に遊びの恋愛が難しいオメガは、その方法で番を探す傾向にあった。
「雷管石は持ってるんだけど、まだ鑑定士に見せたことはなくてさ。考えてみるよ」
「うん。番と同居なら官舎より安全だしさ、考えてみて」
ヴィナスはにこにこと屈託なく笑っていて、この朗らかさと親切さなら番も選り取りみどりだろうな、と納得した。再度、礼を言って同僚から離れる。
雷管石は高価なため成人祝いとして両親から贈られることが多く、その大きさは家の財力を示す。僕に贈られたそれも庶民の家庭としては頑張った大きさだが、それこそ貴族家で用意された石と比べれば小さかった。
魔術師として安定して仕事ができるようになり、そろそろ神殿に石を預けねばと思っていたところだ。家を探しに行くついでに、神殿に立ち寄るのもいいかもしれない。
「番か…………」
魔術師は特に魔力の選り好みが激しく、僕もまたその例に漏れない。合わない相手なんて触れるのも嫌だし、もちろん深い付き合いができもしない。その所為で、まともな恋人というものがこの歳まで出来たことはなかった。
相性がいいアルファなら、触れたくなるのだろうか。それとも、相性のいいアルファでも、僕は近付くのを躊躇ってしまうのだろうか。
一抹の不安を抱えながら、週末に神殿に行くことを決めた。
まず家を探してみたのだが、紹介所ではあまり良い物件が残っておらず、家賃も高く治安も良くない物件の書類を持って帰ることになってしまった。
これまで避けていた神殿へ行こうと思うには十分な、残念な結果だ。
神殿には何度も来たことがあるが、鑑定士に会うのは初めてだった。神殿に行き、鑑定士に会いたいのだと伝えると、空きがあったようですぐに個室に通される。
部屋では一人の青年が椅子に腰掛けており、こちらを見て立ち上がった。外見の年齢にそぐわず、ゆったりとした所作だ。
「鑑定士のドワーズと申します」
「初めまして、ネーベルといいます」
「どうぞお掛けください」
背を伸ばし、椅子に腰掛ける。続けて、雷管石はお持ちですか? と尋ねられ、両親から贈られた石を机の上に置いた。
鑑定士……ドワーズは石の入った硝子箱を持ち上げると、視線を走らせる。
「ええ、本物の雷管石です。まだ魔力を込めていないようですが、いま込めていただいてもよろしいですか?」
「あ、はい」
魔力を込めて持っていけばいいのか、その場で魔力を込めるのか分からずにそのまま持ってきてしまったが、前者でも良かったらしい。
箱から石を取り出し、両手で包み込む。魔術師という仕事柄、魔力を込めるのには慣れている。いつもの要領で魔力を注ぎ込むと、開いた手の隙間から白い光が漏れた。
光が落ち着いた後に残った石は、魔力を込める以前と変わらない。
「綺麗な石になりましたね」
「……僕には変化したように見えないのですが」
「我々の眼には神の加護が宿っているので、貴方とは違う石に見えています。きちんと変化はしていますよ」
ドワーズの言葉に、へえ、と言葉が漏れる。手袋を填めた掌にその石を預けると、石は色を変えずに布の上に転がった。
彼は近くから拡大鏡を引き寄せると、じっと石を覗き込む。無言で見ている間、僕もまたその石を観察していた。あの石には間違いなく僕の魔力が宿っているのだろうが、やはり魔力を込める前と変化があるようには見えなかった。
続いてドワーズは近くからくたびれた手帳を引き寄せると、ぺらぺらと頁を捲る。
「少し、お待ちくださいね」
何かを見つけたようで、ドワーズは立ち上がって部屋から出て行った。もし、鑑定士が相手を見つけられなければ石は神殿預かりになり、相性の良い人間が見付かれば連絡が来ることになっている。
だが、今回はそうではなく、おそらく相性の良い石に心当たりがあるのだろう。
「そんなにすぐ見付かるもの……なんだな……」
胸を押さえ、ふう、と息を吐く。
もっと敷居の高いものかと思っていたし、恋愛相談のようなそれに抵抗感があったことは否めない。だが、番になれなくとも相性の良い人とならいい友人になれるかもしれない、そう思うくらいには気持ちも上向いていた。
戻ってきたドワーズの手には、小さくて簡素な箱が握られている。僕の前に箱を置き、蓋を開けた。
柔らかな布の上、そこには小さな雷管石がひとつ鎮座している。石の大きさから見て、庶民が貰う程度の大きさの雷管石に見えた。
「とあるアルファの男性が魔力を込めた石です。きっと、貴方の魔力と合うと思うのですが」
「はぁ……。あの、でも僕には石を見ても何も分からないので、どう、すればいいんでしょう?」
僕が困惑していると、ドワーズは申し訳なさそうに頭を掻いた。場を和らげるように口元には笑みが浮かび、僕もつられて顔を綻ばせる。
ドワーズは石を持ち上げると僕の手のひらを引き寄せ、その上に石を置いた。
「あ……」
石に宿る魔力が、僕の皮膚を引っ掻く。
それは挨拶のようでもあったが、それにしては強い感覚だった。まず自身を示し、僕の魔力へと向かってくる。そして、強く触れ合わせたと思えば、近くにぴたりと寄り添って離れない。
僕は慌てて、その石をドワーズへと返した。
「いかがでしょうか」
「なんか……押し売りするような感じ?」
「ああ。その魔力を込めた方は確かに、アルファらしい方でしたね」
僕の悪口をやんわりと絹に包まれ、はぁ、と返事をする。この石の持ち主と相性がいいという事実には、不安が残った。
黙り込んだ僕に、ドワーズは優しく声を掛ける。
「持ち主と会ってみたいですか?」
「……それは。そのために、来た訳ですし」
ドワーズは相手の石を箱に仕舞い直した。ぱたん、と蓋を閉じる音だけが静かな室内に響く。
「良かった。では石の持ち主に連絡を入れますので、お待ちいただけますか」
「連絡を入れたら、どうなりますか?」
「大抵の方は、連絡を受けて直ぐこちらに来られます。鑑定士は死別を除けば、多くの石を仲介しようとはしませんから」
僕の石と相性が良い石は、あの石以外には数がないということだ。
だが、あの強い感触を残す魔力の持ち主なら、本人も似たような気質を持つのだろう。そして、アルファなのだ。転居先を探していただけだというのに、何とも面倒なことになったものだった。
ドワーズはしばらくして戻ってくると、案の定、相手がこちらに来るらしい、と伝えられた。
僕の石は箱に仕舞い直され、手元に差し出される。その箱をぎゅっと握り締めていると、指の感覚が薄くなった。
同僚であるヴィナスの声に、僕は反射的に振り返る。言葉は僕に向けたものではなかったが、その手には一枚の紙が握られていた。
官舎の建て替えについて思い当たることはなく、詳細を聞くため上司と話を終えた彼に近づく。
「悪い。官舎の建て替えの話、僕は書類を貰ってなくてさ。見せてもらえないか?」
「いいよ。俺もう書き写したから、これやるよ」
「ありがと、助かる」
ヴィナスは書類を僕に渡し、官舎住みの人には郵便受けに通達が入っていたのだと言う。郵便受けはまめに確認しているがやはり心当たりがなく、首を傾げながら同僚から書類を受け取った。
目を通すと『官舎の柱に大きな罅が見つかった』そうで、建て替えのために指定の日付までには退去してほしいとの事だった。転居先として別の官舎も用意はしてあるが、複数人で同居している者が優先、一人暮らしの者は手当を出すので別に家を借りてほしい、と書かれてある。
手当や日取りなども書かれていたが、もう時間がない。すぐに家を探さなければ間に合わないし、僕以外にも家を探す人が大勢いることを考えると、家も見つかりづらい事が予想された。
特に僕はオメガで、治安が悪い立地に家を借りれば害も多い。手当を差し引いても、家賃が上がるのを覚悟しなければならないのが憂鬱だった。
「ネーベルは家の当てある?」
「いや、全く無いな。どうしようかと思っているとこ」
「大変だな。その書類、結構前には届いてたらしいんだよ。オメガだと家も見付かりづらいし……」
ヴィナスはしばし考えると、あ、と思い付いたように声を上げる。
「ネーベルは変なとこ真面目だから嫌うかもしれないけど。俺の友達で官舎にいるやつ、これを機に番のとこ転がり込むんだって」
「僕に番はいないけど……」
同じ魔術師で同じオメガであっても、同僚は番持ちだが僕はそうではない。そう伝えると、ヴィナスは知っている、というように態度を変えなかった。
「いや。そいつさ、まず神殿の鑑定士に石を見てもらいに行ったんだよ」
神殿の鑑定士。その言葉には心当たりがあった。
人の性別には、男女に加えて、アルファとベータ、そしてオメガの三種類がある。そして、特にアルファとオメガについては、その特異性から国を挙げて保護されていた。
アルファは身体も強く、国の主要人物となりやすい傾向がある。そしてオメガは魔力を多く有す傾向にあり、魔術師として大成しやすい。だが、発情期がある都合から、保護しなければ事件に巻き込まれやすいという事情もあった。
アルファとオメガが番になれば、基本的には双方とも安定する。だが、アルファもオメガも魔力の選り好みが激しく、番選びに苦労するのもまた事実だ。
そのため、番の間を取り持つことを目的に、神殿では雷管石を預かる役目を請け負っている。
国の中心に位置する山には、雷がよく落ちる。
雷は神が落としているものとされ、落ちた下にたまに透明の石が生まれることがあった。その石は雷管石と呼ばれ、魔力をほぼ永久的に内部に保持することができる。
「じゃあ、相性がいい人が見付かったのか」
「そうそう。それで、同居しようって話になった訳」
アルファかオメガが雷管石に魔力を込めて神殿に預ければ、神殿付の鑑定士がその石を見て、魔力的に相性の良い石を見つけ出してくれる。
もちろん上手くいかない番もいるのだが、普通に相手を探すよりも、かなりの確率で番として成立しやすい。特に遊びの恋愛が難しいオメガは、その方法で番を探す傾向にあった。
「雷管石は持ってるんだけど、まだ鑑定士に見せたことはなくてさ。考えてみるよ」
「うん。番と同居なら官舎より安全だしさ、考えてみて」
ヴィナスはにこにこと屈託なく笑っていて、この朗らかさと親切さなら番も選り取りみどりだろうな、と納得した。再度、礼を言って同僚から離れる。
雷管石は高価なため成人祝いとして両親から贈られることが多く、その大きさは家の財力を示す。僕に贈られたそれも庶民の家庭としては頑張った大きさだが、それこそ貴族家で用意された石と比べれば小さかった。
魔術師として安定して仕事ができるようになり、そろそろ神殿に石を預けねばと思っていたところだ。家を探しに行くついでに、神殿に立ち寄るのもいいかもしれない。
「番か…………」
魔術師は特に魔力の選り好みが激しく、僕もまたその例に漏れない。合わない相手なんて触れるのも嫌だし、もちろん深い付き合いができもしない。その所為で、まともな恋人というものがこの歳まで出来たことはなかった。
相性がいいアルファなら、触れたくなるのだろうか。それとも、相性のいいアルファでも、僕は近付くのを躊躇ってしまうのだろうか。
一抹の不安を抱えながら、週末に神殿に行くことを決めた。
まず家を探してみたのだが、紹介所ではあまり良い物件が残っておらず、家賃も高く治安も良くない物件の書類を持って帰ることになってしまった。
これまで避けていた神殿へ行こうと思うには十分な、残念な結果だ。
神殿には何度も来たことがあるが、鑑定士に会うのは初めてだった。神殿に行き、鑑定士に会いたいのだと伝えると、空きがあったようですぐに個室に通される。
部屋では一人の青年が椅子に腰掛けており、こちらを見て立ち上がった。外見の年齢にそぐわず、ゆったりとした所作だ。
「鑑定士のドワーズと申します」
「初めまして、ネーベルといいます」
「どうぞお掛けください」
背を伸ばし、椅子に腰掛ける。続けて、雷管石はお持ちですか? と尋ねられ、両親から贈られた石を机の上に置いた。
鑑定士……ドワーズは石の入った硝子箱を持ち上げると、視線を走らせる。
「ええ、本物の雷管石です。まだ魔力を込めていないようですが、いま込めていただいてもよろしいですか?」
「あ、はい」
魔力を込めて持っていけばいいのか、その場で魔力を込めるのか分からずにそのまま持ってきてしまったが、前者でも良かったらしい。
箱から石を取り出し、両手で包み込む。魔術師という仕事柄、魔力を込めるのには慣れている。いつもの要領で魔力を注ぎ込むと、開いた手の隙間から白い光が漏れた。
光が落ち着いた後に残った石は、魔力を込める以前と変わらない。
「綺麗な石になりましたね」
「……僕には変化したように見えないのですが」
「我々の眼には神の加護が宿っているので、貴方とは違う石に見えています。きちんと変化はしていますよ」
ドワーズの言葉に、へえ、と言葉が漏れる。手袋を填めた掌にその石を預けると、石は色を変えずに布の上に転がった。
彼は近くから拡大鏡を引き寄せると、じっと石を覗き込む。無言で見ている間、僕もまたその石を観察していた。あの石には間違いなく僕の魔力が宿っているのだろうが、やはり魔力を込める前と変化があるようには見えなかった。
続いてドワーズは近くからくたびれた手帳を引き寄せると、ぺらぺらと頁を捲る。
「少し、お待ちくださいね」
何かを見つけたようで、ドワーズは立ち上がって部屋から出て行った。もし、鑑定士が相手を見つけられなければ石は神殿預かりになり、相性の良い人間が見付かれば連絡が来ることになっている。
だが、今回はそうではなく、おそらく相性の良い石に心当たりがあるのだろう。
「そんなにすぐ見付かるもの……なんだな……」
胸を押さえ、ふう、と息を吐く。
もっと敷居の高いものかと思っていたし、恋愛相談のようなそれに抵抗感があったことは否めない。だが、番になれなくとも相性の良い人とならいい友人になれるかもしれない、そう思うくらいには気持ちも上向いていた。
戻ってきたドワーズの手には、小さくて簡素な箱が握られている。僕の前に箱を置き、蓋を開けた。
柔らかな布の上、そこには小さな雷管石がひとつ鎮座している。石の大きさから見て、庶民が貰う程度の大きさの雷管石に見えた。
「とあるアルファの男性が魔力を込めた石です。きっと、貴方の魔力と合うと思うのですが」
「はぁ……。あの、でも僕には石を見ても何も分からないので、どう、すればいいんでしょう?」
僕が困惑していると、ドワーズは申し訳なさそうに頭を掻いた。場を和らげるように口元には笑みが浮かび、僕もつられて顔を綻ばせる。
ドワーズは石を持ち上げると僕の手のひらを引き寄せ、その上に石を置いた。
「あ……」
石に宿る魔力が、僕の皮膚を引っ掻く。
それは挨拶のようでもあったが、それにしては強い感覚だった。まず自身を示し、僕の魔力へと向かってくる。そして、強く触れ合わせたと思えば、近くにぴたりと寄り添って離れない。
僕は慌てて、その石をドワーズへと返した。
「いかがでしょうか」
「なんか……押し売りするような感じ?」
「ああ。その魔力を込めた方は確かに、アルファらしい方でしたね」
僕の悪口をやんわりと絹に包まれ、はぁ、と返事をする。この石の持ち主と相性がいいという事実には、不安が残った。
黙り込んだ僕に、ドワーズは優しく声を掛ける。
「持ち主と会ってみたいですか?」
「……それは。そのために、来た訳ですし」
ドワーズは相手の石を箱に仕舞い直した。ぱたん、と蓋を閉じる音だけが静かな室内に響く。
「良かった。では石の持ち主に連絡を入れますので、お待ちいただけますか」
「連絡を入れたら、どうなりますか?」
「大抵の方は、連絡を受けて直ぐこちらに来られます。鑑定士は死別を除けば、多くの石を仲介しようとはしませんから」
僕の石と相性が良い石は、あの石以外には数がないということだ。
だが、あの強い感触を残す魔力の持ち主なら、本人も似たような気質を持つのだろう。そして、アルファなのだ。転居先を探していただけだというのに、何とも面倒なことになったものだった。
ドワーズはしばらくして戻ってくると、案の定、相手がこちらに来るらしい、と伝えられた。
僕の石は箱に仕舞い直され、手元に差し出される。その箱をぎゅっと握り締めていると、指の感覚が薄くなった。
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