煩悩と狗は追いかけ去らず

さか【傘路さか】

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 運動をして汗まみれの身体を洗わせてくれるよう頼むと、しぶしぶ受け入れられた。熱を灯された身体を持て余しながら、シャワーを浴びて身体を洗う。

 交代で浴室に入った白夜は、パンツだけ穿いて戻って来た。

 逃げられる余地はあるだろうか、と探っていたが、また逃げ道を塞がれた格好だった。

「腹減ってない?」

「食べたくなったら、した後で食べるよ」

 立ち上がった俺をベッドに促す勢いに、逃げる隙は与えられなかった。腰を抱かれ、狭いベッドに押し込まれる。

 隣に座った白夜は、俺を自分の膝上に招いた。太腿を跨ぐように膝立ちになり、肩に腕を乗せる。

 掌が服の裾から滑り込んだ。下着は身に着けておらず、指先はすぐ素肌に届く。くすぐったい、と身を捩った。

 手は背から腹に回り、服の下で乳輪を押し上げる。

「…………う、ぁ」

 慣れない刺激に、腰が引けてしまう。逃れようと身を傾がせると、回された腕がその場に固定した。

 服は捲られ、顔を出した場所に唇が近付く。ちゅぷ、と口の中に尖りが消えた。

「…………ふ、……っく。そこ、や……」

「……ふふ。犬の時は、あんなにお腹を見せてくれたのに」

 ちゅう、と吸い付いて舌先で転がされると、知らない刺激を教え込まれているようだ。目元まで染まり、静かに嬌声を零した。

 エアコンの効いた室内は、風呂上がりには寒く感じるほどだった。それなのに、もう既に点った炎は燃え上がって、汗が滲んでいる。

「……ん、う。……ァ、っア…………」

 胸が一段と尖ったあたりで、唇が離れた。ハァ、ハァ、と息を吐き、落ちた服を握り締める。

 俺が身体を隠そうとしているのを見て取り、彼は何事かを思い付いたように唇を撓ませた。

「脱いでよ、服」

 びく、と服に掛けていた手が震え、俺は逸らされない視線に羞恥した。ごくん、と唾を飲み込む。

 ひとつ、ふたつ。

 パジャマの釦を外していく様に、ねっとりとした視線が絡み付いた。ぱさり、と服をシーツの上に落とす。

 先ほど弄ばれた乳首はつんと尖って、あの舌先の感触を欲しがっている。

「これで、いい?」

 身体を腕で覆いたいのを必死で堪える。けれど、飼い主の要求は無情だった。

「下もだよ」

 ぎゅっと眉を寄せ、彼を睨み付ける。白夜は俺の視線すらもプレイの一環であるように、平然と見返してくる。

 自分の要求が通らないことは、想定していないようだ。

 俺は下の服に手を掛け、全てを脱ぎ去る。茂りの中から、形を変えつつあるものが持ち上がった。

「可愛いね」

 ピン、と指先で先端が弾かれる。ぷるりと震えたそこは、悦びに潤んだ。

 彼は長い指を竿に掛けると、慣れた手つきで扱き始める。

「……ン、ぁ。ぃ、イ…………!」

 胸と違って、既知の感触は心地いい。

 けれど、形を変えるのが早すぎたのか、長くは触ってもらえなかった。指先はすぐに離れ、解放されない熱は渦巻いたままだ。

 白夜は下の毛に指を絡め、くい、と引く。

「僕の鞄、取ってきてくれる?」

 裸のまま立ち上がり、俺は視線を浴びながら白夜の鞄を取りにいった。

 鞄を抱えてベッドに戻り、待っている飼い主に手渡す。手を鞄に突っ込み、チューブを取り出すと、彼はくるくると蓋を外した。

「後ろを慣らすから、ベッドで脚を広げて」

 俺は背中を丸めたままベッドに上がると、いちど膝を抱え込んだ。まだ、彼の手ずから脚を開かれる方がましだ。

 白夜は、逃げを許す様子はない。俺が言うことを聞かなければ、これ以上触れてくれることはないだろう。

 ぐす、と軽く涙目になりながら、脚を開いて局部を晒した。

「よくできたね。じゃあ、慣らそうか」

 彼はチューブの中身を掌に広げると、そのまま躙り寄った。指先が谷間を沿って動き、窪みに辿り着く。

 くっと曲がった指が、滑りを借り、くぷ、と内へ潜った。

「────っ、あ。う、あ……!?」

 指先は柔らかい肉を掻き分け、奥へと進む。骨張った指先は内壁を掻き、むず痒い感覚を残した。

 指先が、何かを探るように内側から粘膜を押す。

「────ふ? ……ぁア、ぁあああッ!」

 びくんと身体が跳ね、指を食む腹の奥からびりびりと刺激が走った。しびれるようなそれは、余韻を長く引き延ばす。

 俺が快楽を得ていることが分かると、指の腹は同じ場所を執拗に撫でた。

「……な、そこ。……は、アっ、……ふ、うぁ、ァああ、あ」

「そっか、ここ。好きなんだ」

「わか、な……ァ、ン……! ひっ……く、ふ」

 がぶり、と近付いてきた唇を噛みつかれる。いちど唇が離れると、軽く歯形で凹んだ場所を労るように舌で舐められる。

 唇に夢中になっていると、ぐり、と腹の奥が押された。んぐ、と塞がれた唇の奥で喘ぐが、呼吸に口が離れる以外はしつこく蓋をされた。

 耳元には水音が流れ込んでくる。

「…………────っ、は……ァ……!」

 唇が離れた途端、彼の口元に手のひらを差し入れる。は、は、と呼吸を繰り返すと、引き離された飼い主は面白く無さそうに口を窄めた。

 唇を塞がれないよう彼に背を向けると、首筋にキスをされる。腹を抱いて持ち上げられ、綻びかけた後腔に指が当たった。肉輪を辿るように撫で、中央に埋め込まれる。

「ま……、っァ……!」

 いちど中を許したそこは、すぶすぶと太い指の侵入を許す。奥まで届いたところでぐるりと掌が回り、知った悦びを呼び起こさせる。

 前後する動きに慣れてくると、指を使ってピストンされた。ぬめった液体をまぶされた孔は、ぐち、ぬち、と音を響かせながら拓かれていく。

「……ぁ、あァ、っ、あ。……っ、く、うあ──!」

 持ち上がった半身は、回された手によって鈴口を塞がれる。濁った音が鋭い聴覚を埋め、平静を失わせた。

 腕が離れると、くたり、とシーツの上に潰れる。腰をひくつかせながら、ただ白いシーツの波を掻いた。

 力を込めた指先の上に、別の指が重なる。一回りおおきな掌は、俺の手を覆い、押し付け、寝台に沈み込ませた。

「……他人の精で魂を染めるなんて、いやらしい、なぁ…………」

 うっとりと呟くと、押さえつけていた掌が離れる。そのまま手は腰に回り、解した場所を晒すように腰を持ち上げた。衣擦れの音がして、太腿をぬとりとしたモノが掠める。

 ちゅ、と肉輪に亀頭が当たった。ぬち、ぬち、と腰を前後させ、ぐぶん、と輪を潜る。

「────あ、ッあ。……ぁああああッ!」

 ぐっ、ぐっ、とキャパを超えた質量が潜り込む。反った背に顔が近付き、前進して逃れようとする身体を窘めるように、がぶり、と肩を噛まれた。

 痛みは柔らかく、きゅう、と後ろを締め付ける。力が緩むと、また腰を固定して押し込まれた。

「う……っあ、は。……っく、う。……ぁ、あ」

「上手だよ、気持ちいい」

 噛んだ痕を舐められ、また奥へと挿入った。ぐり、と大振りに押し込まれると、尻たぶに茂りが掠めた。一度抜いて、ばつん、と尻を叩かれる。

「……ァ。も……あ。はい……、った?」

「うーん。もうちょっと、……かなぁ」

 太いものが内臓を押し上げているのに、まだ尺は残っているらしい。顔をシーツに押し付けて、浮いた涙を拭った。

 探るように奥をぐりぐりとやられ、構造を掴んだように声が上がる。

「あ」

「────え、……ア?」

 僅かに腰が引かれ、ぐぶ、と膨れた先端が何かを踏み越えた。指で捕らえられた場所よりももっと奥、相手の腰との間で尻の肉が潰れた。

「……ぁ、あ。────ぁあああああッ!」

 腰を引こうとしても、嵌まって抜けない。上から体重を掛けてくる飼い主は、面白そうに雄の先端を敏感な場所に押し付ける。

 ピストンで起きる刺激はない。だが、膨らんだ質量が神経を剥き出しにした場所を、おもく押し潰した。

「……や、……そこ。や……あッ! あ、あ」

「……っ、く。ふふ、きゅー……、ってしてくれるの、きもちい……なぁ」

 僅かに抜けたかと思えば、首筋に歯が押し当てられる。今まで付けられた痕は残るような気がしたが、痛みよりもただ熱い。

 赤くなったであろう場所に舌を伸ばし、唾液を塗り広げて自分の匂いを擦り付ける。

「────ッ、あ、ひ。う、ぁ」

 体内でこぷこぷと液が漏れ、内壁を濡らしていた。魂が塗り替えられていく感覚は爆発的で、無意識に前に踏み出せば、追って腰が押し付けられる。

 そうすると、またあの深い処をぐずぐずにされるのだ。

「ぐす。……っ、ひっく……ぁ、うあ、あ」

 弱火で炙られ、絶頂を引き延ばされた嬌声は泣き声に近い。押し込まれる反射で肉棒を締め付け、逃さないように絡め取る。

 回り込んだ掌が、腹を撫でた。

「たくさん、出そうね。……っ、それ、で。もう、僕だけになって……」

 ずるり、と硬いままの昂ぶりが引き抜かれる。ぱく、と後ろの口は何かを失ったことに戦慄く。

 肩が持ち上げられ、視線が合った。ぎらぎらと鋭く、突き立てられていた牙が僅かに開いた口元から覗いていた。

 彼の背後には、レースカーテン越しに夜の闇がある。空調の送風で揺れる隙間から見える景色は、ただ黒ぐろとしていた。

 脚が掴まれ、仰向けに転がされる。天井よりも先に、少し崩れた美貌と目が合う。美しいものに綻びを与えられて尚、気圧されるような凄みがあった。

 腰が持ち上げられ、尻が浮く。つう、と濡れそぼった男根が尻を伝うと、また、見知った場所に潜る。

「────く、う……!」

 何度も行き来された場所は、ひと息で奥までの道を許す。

 目の前にいる男は、ただ嬉しそうだ。執拗に飼い主という立場に拘り、噛み痕を残す。俺が思っているよりも、この首輪は重く太いのかもしれない。

 伸びた親指が、喉仏のあたりを撫でた。包み込んで、力を込めることはない。これからもきっと、力を込められることはない。

 打ち込まれた楔が、ぐっと押し込まれた。

 以前は感じていたはずの怯えが、身体をしびれさせる。真綿で締められるような、やんわりとした拘束だった。

「……ッ。あは、奥のとこ、やわらかい……」

「ン──! あ、う……っあ」

 指先が腰に食い込み、みちみちと膨れるものが体重で押し付けられる。脈うつものはだらだらと涎を零し、隘路を濡らしていた。

 ごちゅ、と奥が潰される。突き入ったまま腰を揺らし、長いこと液体を奥に流し込んだ。喉は閉じ、息の音も濁る。

 使い慣れた寝台が、ギシ、ギシ、と聞き慣れない音を立てていた。背後にはエアコンの動作音がする。けれど、身体を繋ぐ粘着質な音だけが主張して、生活のための動の音はただ遠かった。

「友くん」

 濡れた前髪を、ごつごつした手が掻き上げた。指を伸ばして、彼の小指に引っ掛ける。薄い瞳が、光を遮っていた。

「……これで君は、僕以外のものにはならないね」

 開いた喉が渇いていた。彼の指を持ち上げ、その小指に噛み付く。深く食い込んだ場所には、半円型の噛み痕が残った。

 白夜は手を持ち上げ、その痕を見ると、一度だけ手を振った。

「……あッ。……あ、あ、く。ぁあッ!」

 腰が掴み直され、激しいピストンが始まった。大振りのそれは、欲を吐き出すためだけの動きだ。内壁がごりごりと押し上げられ、指で知った場所も、雄で知らされた場所もまとめて刺激される。

 限界が近いのはすぐに分かった。閉じていたはずの場所は、膨れた赤黒いものに押し拡げられ、可哀想なほど肉縁は伸びきっていた。

「……っく、うわ。……痙攣、して……」

「……ぁああ、ひ。くぁ、……ぁ、う。あ、あ、ぁあ、ひンッ!」

 似合わないはずの甲高い声を上げ、俺は小さく男の身体の下に押し潰されていた。爪先がゆらゆらと、雄が突き入るたび力なく揺れる。

 この男の激情を受け止めるには、人の身体でも力不足だった。もう、重たい熱は堰を切りそうだ。

 ばつん、ばつん、と互いの肉がぶつかって、跳ね返って音を立てる。

「────ッ。やっと、染められる」

 奥で、質量が膨らんだのが分かった。潤んだ目が見開かれると、直ぐに水分を失う。

 もう、抜けるかと思うほどに大きく腰が引かれた。引いた腰は、ずるる、と同じ道を通り、強く打ち付ける。

 押し上げられて形を変えた奥は、びゅる、と漏れ出すもので濡れた。

「────ァ、あ。……ひ、くぁ。……あ、ぁあああぁあああああっ!」

「っ、く。……っ、は、あ…………」

 腹の中で、白濁がぶちまけられた。緊張しきった脚は伸び、放精の間、ただ固まった身体は男の欲を受け止めた。

 腹が埋まった後で、俺はようやく息を吐き出す。魂の色は、新しい波を持っていた。俺らしくないその部分は、きっと白夜から染まったものだろう。

 手を伸ばし、腹を撫でると、そこだけ別物になったように思えた。俺の手のひらが持ち上げられ、手の甲にキスが落とされる。

「……僕は。飼い主に、なれた?」

「う、ん。……な、ンか、ちが……感じ、する」

 喋る度に繋がった処が揺れて、残った炎でじりじりと焼かれる。もう抜いてほしい、ともぞもぞと身体を動かしても、上に男が乗っている状態では逃れられなかった。

 身体の内にあるには物慣れないそれを、柔肉がやんわり食んでしまう。

「もう一回する? ……いいよ」

「ちが。そ、ゆことじゃ……!」

 俺が何を言おうとも、白夜はまだ続ける方向に持っていこうとする。

 わざと話を聞いていないことに気づいた頃には雄は形を変え始め、繋がれた首輪を引かれると、彼の腕からはしばらく逃れられなかった。







 もぞり、と身を動かすと、自分の白い前脚が目に入った。さんざん攻められ、まだ足りないと欲で染められ、疲れ切った俺は身体を洗ってもらい、犬の姿で眠りに落ちたのだった。

 器用に俺は白夜の頭のあたりで丸まっており、身を起こすと健やかな寝息が聞こえた。途端に昨夜のことを思い出して腹立たしくなり、その額をぺしぺしと短い前脚で叩く。

 やがて、飼い犬を手に入れた狼が目を覚ました。

「……うぁ。友くん。今日も可愛いね」

『その可愛い犬に散々無体を働いておいてその言い草か』

「犬の姿の君には、何もしてないよ」

 白夜は身を起こすと、その太腿の上に俺を乗せた。携帯電話で時間を確認すると、まだ早朝らしい。そのまま目が完全に覚めるまで、俺を撫でることにしたようだ。

 モデルで金が取れるくらいの毛並みは今日もふかふかで、白夜はようやく慣れてきた手つきで絡んだ毛を解していく。

 ピチチ、と外で鳥が鳴いた。朝らしい音を聞きながら、彼はほんとうに何でも無いことのようにさらりと言う。

「友くん。僕、引っ越すから、同居しよう」

『はぁ…………。はァ!?』

 ばた、と体勢を変えて彼を見上げると、本人はいつも通りの顔だが、冗談を言っているような表情ではない。

 俺が慌てている様子を見ても、言葉を訂正するつもりはなさそうだ。

『本気か?』

「当たり前でしょう。どこに飼い犬と別居する飼い主がいるの」

 跳び上がった俺を落ち着けるように、耳の裏がこしこしとやられる。いつの間にか覚えたらしいそれは、やけに心地良かった。

 ころり、と転がる。

『でも、俺。大学生だし、親が契約した部屋で……』

「じゃあ、ご両親に挨拶に行くよ。もう、魂も染めちゃったし、挨拶した方がいいよね。僕が先に引っ越すことになるけど、部屋は一緒に選ぼうね」

『あぁ。えと、物件は一族の人間が経営してるマンションがあって……』

 言いかけて、そうじゃない、と頭を振る。

『俺ら、付き合ったばっかりだし。その』

「君は、飼い主を選ぶこととか、魂を別の色に染めることを、ご両親への挨拶なしに済ませるほど軽い関係だと思っているの?」

 咎められているような空気だが、俺は悪くない、筈だ。

『お、思っては、ないけど……?』

 整った真剣な顔立ちから圧を掛けられ、でも現に付き合いはじめたばっかりだし、と言えないまま俺は黙り込んだ。

 俺が考えていたよりも、この男はあまりにも重たい。付き合った翌日に同居の打診をされるのは予想外だった。

「じゃあ、一緒に住んでくれる?」

『まあ、俺は……いいけど』

 親がいいって言ったらな、と保険を掛けた俺は、後日、この男の手腕の前ではその保険がまったく機能しないことを知ることになる。

 体力が戻っていることを確認した俺は、人の姿へと戻り、服を拾い上げて着る。食事でも用意しようとベッドを離れるはずだったが、そう言うと伸びてきた腕にまた囲われた。

 こつん、と彼の胸に頭を預け、もごもごと文句を言う。

「なんだよー……」

「友くんは、昨日できた恋人に対してドライすぎるよ。もっと構って」

「その恋人のために食事を用意しようとしたんだよ」

「食欲なんていいから」

 腹の前に腕が回され、ぎゅう、と抱き竦められる。あーあ、と俺は諦めると、身体から力を抜いた。

 犬の時のように、腕に抱かれたまま全てを委ねる。空腹を持て余しながら、ぽつぽつと足りなかった言葉を交わし合った。

「────あ。そういえばさ」

「ん?」

「白夜には、狼の加護があるんだって」

 花苗から聞いた話をそのまま伝えると、白夜は俺の言葉をすんなりと受け入れた。ああ、と言っているあたり、心当たりがあるようだった。

 すり、と背後から頬が擦り付けられる。

「前にも言ったように、妙に変な人から好かれるんだよね。でも、確かに、大ごとになったことはないなぁ……」

「友達にも蛇神の加護持ちで猫に怖がられる奴がいるし、白夜が犬に噛まれたのも、狼の気配が怖かったのかもな。俺も、最初にお前に会ったとき、妙に怖かったし」

 あの時のなんとも説明しづらい恐怖が、犬の姿としては対照的な大型の動物に対しての恐怖も含まれていたのだろう、と今なら分かる。

 白夜はその話を聞いて、すっきりしたような顔をしていた。

「そうか……。僕自身が嫌われてなかったのなら、良かったなぁ……」

 ふふ、と満足げな笑い声が届くと、ほっと胸を撫で下ろす。

 互いに何があったのかなんてもう分からないけれど、もう、分かることもないだろう。昔の事なんて、もう、それでいい。

 あ、と何事かに思い至ったかのように、白夜は声を上げた。

「狼って、基本的には一生、番を変えないんだよ。知ってる?」

「……あぁ、そんな気がする」

 知ってた、と言わんばかりに頷くと、彼は不思議そうに顔を傾げた。加護を受けた人間がこう、なのだ、加護を与えた存在が多情とはとても思えなかった。

 飼い主の腕の中で、脚を折り畳む。

 真白い毛並みを持つ狼の、ふかふかの腹のあたりで白いポメラニアンが丸まっている。なんとなしにそんな光景を思い描いて、くす、と俺も唇を綻ばせた。





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