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私にミミさんの事を語り倒した日から、宵知はめっきり明るくなったように思う。
仕舞い込んでいたミミさんの写真がいくつもフォトフレームに入れて飾られるようになり、私は依頼の時間は兎の姿を取るものの、人に戻ってからも時間を共に過ごすようになった。
友人、そう称すると特に反論もなく受け入れられる。
依頼無しでも会いに行くよ、と言うのだが、特に金に困っていないらしい宵知は、兎の姿でも会いたいから、と依頼を止めようとする気配もない。
友人、としても濃い時間を過ごすようになって、なんだか急に距離が近くなった。
「ねえ。生地の柔らかさ、これくらい?」
今日は苺大福を作ろうと材料を持ち寄って集まり、二人で生地作成に苦戦しているところだ。
宵知はレシピ本を片手に、生地をつまんで感触を確認している。いいだろう、と承認を得て、生地を切り分けた。
手に粉を付け、妥当な厚みに広げる。頬を擦ると粉まみれになった。
「美月。頬が真っ白だ」
はは、と楽しそうに笑っている。長くて骨張った指が伸び、私の頬、広がった粉の上を撫でた。
こうやって、何の気なしに触れてくる。人でも、兎でも同じだ。元々はパーソナルスペースが狭い方なのか、ボディタッチも多くなった。
「もう。粉、拡げてるでしょう!」
「拡げてない」
悪戯っぽく、自分の指の粉を付けてくる。私は粉まみれになった両手で、彼の頬を挟み込んだ。
二種類の笑い声が上がる。お互いに頬は真っ白だ。
「ほら、生地できたから手、洗おうよ。餡子詰めなきゃ」
「はいはい。俺、苺のヘタ落としてる」
私に対して、客人、という遠慮も抜けてきていた。彼がやっていた片付けなんかも分担させられ、家の物の配置を覚え始めている。
手を洗い、頬に付いていた粉を拭い落としてから、できあがった生地に餡子を詰める。
「てっぺんに苺載せる?」
「そうするか」
頂点から餡子が見えている形で整形し、その場所から洗ってヘタを落とした苺を押し込む。
初めてにしては上々な出来栄えに、二人の間で歓声が上がった。次々と苺大福ができていき、余った生地と餡子で、普通の大福も出来上がる。
「お茶、沸かそうよ」
「ケトルの使い方は分かるか?」
「分かる!」
急須を用意しに向かった彼とは反対方向に動き、水を入れたケトルの操作パネルを押す。
反対側では茶葉が用意され、直ぐに沸いたお湯が注がれた。宵知は木のプレートに苺大福を並べ、写真に収めていた。
大福の向かい側でポーズを決めると、無駄に連写される。
「なんで沢山撮るの!?」
「美月の写真が少ないから」
「増やさなくていいよ……!」
放っておけば、私のアルバムも作られそうな勢いだった。
宵知は納得がいかない、というように眉を寄せると、苺大福を食卓に運んでいく。その後を、急須と湯飲みをお盆に載せ、ゆっくりと追った。
時刻は丁度おやつ時で、窓辺からは燦々と陽の光が差している。
「いただきます!」
「いただきます」
お茶を注いで、苺大福を手に取った。初めて作った品特有の凸凹とした生地ではあったが、噛みつくと柔らかくて甘い。
苺の甘酸っぱさと、餡子の甘さは幸福感を連れてくる。
「宵知。これ、大成功じゃないかなぁ?」
「だな。癖になりそうだ」
ぺろりと一個を食べきってしまった宵知は、次の苺大福へと手を伸ばす。
私はのんびり生地を伸ばしたりしつつ、食べ進める。とはいえ、二個も食べればお腹はずいぶん膨れてしまった。
「美月は、身長はまあいいとして。もう少し横幅を増やしてもいいんじゃないか? 折れてしまいそうだ」
もしかして、細身だと心配されて色々と食べさせられていたんだろうか。身体が魂由来のため、単純に食べれば太る、という機構でもないのだが、説明が面倒で放り投げる。
「ううん……。兎の姿は毛があって気づかれないし、私は平均身長くらいあるけど、兎の一族は私よりも小さい子も多いよ」
「小柄で細身の人間が多いのか?」
「うん。それも人の印象由来なのかなぁ。耳があるぶん、シュッとして見られがちなのかもね」
「ああ。バニーガールなんかも、スタイルがいいものな」
想像してはいなかったが、確かにバニーガール、といわれて想像するのはスレンダーで尚且つくびれのある姿だ。
お茶を啜って、ほう、と息を吐く。
「あれはウサギが始終発情期だっていうイメージからだっけ。性的に強烈な印象を与える姿だよねえ」
「単純に興味本位で悪いんだが。そのあたりの印象から来るフィードバックは?」
つまりは、性欲が強いかどうか、という事だろうか。
相手をじっと見返すと、宵知は気まずそうな顔になった。当たっているらしい。くすくすと笑って、気にしていないと表情で示す。
「強いと思うけど。それが一族だと厄介で。多情なタイプもいれば、生涯の伴侶にだけ向くようなタイプもいてね。後者は、相手が見つかるまでは普通に過ごしてるかなぁ」
「ああ。じゃあ、美月のような人物は……」
「────どっちだと思う?」
つい悪戯心が働いてしまった。因幡の白ウサギはワニを騙すし、天から炎を盗んだウサギだっている。
悪戯をしては跳ね、そそくさと逃げるのもまたウサギだ。
「…………え?」
ざっと顔を青ざめさせた宵知に、想像していた反応と違う、と呆気にとられる。もうちょっと慌てるかと思っていたのに、何を想像したんだろうか。
「深く考えなくていいよ。私は、伴侶はしっかり選ぶ方」
答えた途端、相手の口から深く息が吐き出された。なんだか、肩もだらりと下がっている。
やっぱり想像とは違った反応だった。
「私のこと、多情なタイプだと思った?」
「いや。『そうだったらどうしよう』と」
確かに、多情な人間が家に頻繁に出入りをしていれば不安になる。悪いことを言ってしまったな、と心中でこっそり反省した。
相手は私が考えている様子を見ることもなく、机の上に視線を彷徨わせている。
「美月の顔立ちは……大人しそうな和風美人だし……。と、言っても気分を悪くしないか?」
不安そうに言われ、笑い声を返す。下心見え見えに言われれば引きもするが、目の前の人はなんだか慎重に言葉を選んでいるようである。
「ふふ。褒め言葉と受け取っておきます」
「そうしてくれ。まあ、そう思っていたから、……実は性的に奔放だと言われたら、動揺するかな……」
「おや。ご期待に添えなかったようで」
「添えなくていいんだ」
必死にそう言われると、また口元に手を当て、ころころと笑ってしまう。熊を手玉に取ることに楽しさを覚えてしまった。
一族の身体は魂で構成される。生殖は魂を分かつことで行う。だから性的に奔放でも子が際限なく増えることはないが、多数と粘膜で身体を繋げる事……魂を様々な相手の色で混ぜる事は忌避する一族は多い。
「そういえば、宵知って私たちの一族のこと、どのくらい知ってるの?」
「動物と人の形を取ること。動物と話ができること。神から魂を分かたれた存在だということ。……くらいを、ぼんやりと」
「ああ。じゃあ一族が雌雄で殖えないことは知らない?」
「知らないな。特殊な生殖方法なのか?」
うん、と頷き、びよん、と手元で大福の生地を伸ばす。思ったよりも長く伸びた。
「性的交渉は持つんだけど、目的は魂を染めてもらうため。あとは、相手の色で染まった魂を分けて、新しい一族が生まれる」
一定の長さまで伸ばすと、流石に生地は分かれた。片方の大福に噛みつき、咀嚼する。
目の前の宵知はぽかんとして、次の苺大福に伸ばそうとしたであろう指先は頼りなく宙に浮いていた。
「はあ…………?」
頭を抱え始めた宵知に、もう一度同じ言葉を繰り返す。
魂の概念がよく飲み込めなかったようだったが、質疑応答を繰り返すうちに認識の齟齬が無くなっていく。
「────つまり、一族の誰かの魂を基に、番と呼ばれる他者の色を交ぜた魂を、別の存在として分けて新しい一族が生まれる?」
「そう。だから、私たちって番を選ぶ範囲は広いよ。人間でも一族でも、男女どちらでもいい。ただ、そういう理由で恋愛関係は重たく捉えやすいかもね」
残ったもう一切れを口に運び、咀嚼する。そろそろお腹いっぱいだった。
宵知は言葉にならない声を漏らし、真剣な表情で指先を組む。
「それは、その……。俺相手でも?」
「子どもを作れるかって話? 一族なら、誰でもできるよ。一族が減った時、相応しいであろう個体が選ばれて、魂を分けるから」
「そ、……そうなのか」
はあ、と息を吐いて胸元を押さえている様子から、相手にとってはひどく意外な話だったのだろうなと想像する。
彼は自身を落ち着かせるようにお茶を流し込み、ようやく視線をこちらに向けた。
「ちなみに、美月は……。人間がいいとか、一族がいいとか。男女どちらを好む、ようなものは?」
「うーん。拘りはないかなあ」
こうやって深く、お互いの話をするのは初めてかもしれない。ずっとミミさんの事をどう受け止めるかに精一杯だった。相手の視線が私を向いていることが珍しく、くすぐったい。
とくり、とくり、と跳ねる鼓動は悪いものではなかった。
「そうか。良かった」
「話、面白かった?」
「ああ」
宵知は最後にもう一個、苺大福を食べきって腹を摩る。あちらもお腹いっぱいのようだ。しばらくお茶を楽しみ、残った大福は冷蔵庫に仕舞った。
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