一兎を想う飼い主は一兎を得る

さか【傘路さか】

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【人物】

長ヶ耳 美月(ながみ みつき)
久摩 宵知(ひさま よいち)


龍屋(たつや): 蛇神からの強い加護がある、純粋な人間
花苗(かなえ): 猫の魂を持つ一族
戌澄(いぬずみ) : 犬の魂を持つ一族
瓜生(うりゅう) : 狐の魂を持つ一族
立貫(たてぬき) : 狸の魂を持つ一族

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▽1

 所属している動物プロダクションには、時おり妙な依頼が舞い込む。

 最近は、犬が苦手な芸能人が克服のために触れ合いたいだとかで、ポメラニアンが依頼に応じていたそうだ。

 そういった妙な案件は、大抵が『動物の魂を持つ一族』が引き受けることになる。

 当たり前のことながら、動物と人との間で、人と人とのように言語を必要とするコミュニケーションは図れない。

 なのに、妙な依頼というものは、大抵その手の細かな連携が必要な依頼ばかりだ。

 だから、人でありながら動物の魂を持ち、動物の形を取ることができる者が依頼を請けることになる。

 大抵、こういった依頼をプロダクションが断れずに引き受けてきた場合、相手が大物だ。今回は、著名な作曲家なのだという。

 久摩宵知。独特な歌詞の語感と繊細な音作りを得意とする、と所属音楽事務所の人物紹介欄に書かれていた。

「────どうやら、長ヶ耳さんの兎姿が、依頼人の方が以前飼っていたウサギとそっくりなんだそうです」

 依頼の説明に、と呼び出されたのは、プロダクション社内の会議室だった。

 打ち合わせ用の椅子と移動可能な机を並べ、閉め切った部屋にはエアコンの動作音だけが響いている。

 龍屋、という動物プロダクションのスタッフは、向かい合うように椅子に腰掛け、書類を広げつつ説明を続ける。

 顔立ちは悪くないが、表情の動きが少ない。ドスの利いた声でも出されれば縮み上がってしまいそうな人物だった。

 彼はまだ大学生で、アルバイトの身分だと聞いている。それにしては様々な仕事に借り出されており、将来的には社員になりそうだ。

「……ええ、と。その。ウサギ、は存命では、ない……?」

「はい。一年くらい前に亡くされたと伺っています。学生時代にたっての希望で迎え入れてから長く過ごされ、大事にされていたそうです」

「はぁ……。それで気落ちして回復しないので、似たウサギを探していた、と」

 資料として渡された紙を見下ろす。

 時給は破格で、動物プロダクションの単価の二倍はある。まずは会ってみて、問題ないようなら、それから週に数日、三時間程度を一緒に過ごす。

「著名な方ですし、事情を聞く限り問題ないとは思うのですが、相手方が、ご自宅に招きたいそうで……」

「あぁ、それは。普通のウサギのタレントさんには、任せづらいですね」

「ええ。一対一で、相手の自宅で、となると、ウサギも慣れない場所でストレスになるでしょうし……」

 そう言った龍屋さんの視線が泳いだ。

 私だって見知らぬ場所に行くことはストレスである。申し訳なさを感じているようだ。

 作り笑いを浮かべ、大丈夫ですよ、と告げる。

「私はほら。人として思考できますし、タッパもありますから。嫌なことをされたら、人に戻ります」

 自分の頭の位置に手のひらを添え、水平に持ち上げてみせる。

 男性の平均身長から数センチ高い私の体格は、兎の一族からすれば珍しい存在だ。

 筋肉がある訳でもなく、細くてひょろりとした体格ではある。それでも、ちいさなウサギを向かわせるよりも安心安全だ。

「あと、相手方は『動物の魂を持つ一族』の存在をご存じでした」

「え!?」

「普通のウサギを長時間見知らぬ場所に置くのは気後れするので、長ヶ耳さんの兎姿に似た『動物の魂を持つ一族』が所属しているのならそっちの方がいい、と話されていました。ただ、長ヶ耳さん自身が『動物の魂を持つ一族』ですので」

「今回は、私以外ないでしょうね……。成る程」

 再度、ゆっくりと書類の条件欄に目を通し、抜けがないかを確認する。

 読み終えると顔を上げ、頷いた。

「お引き受けします。相手方が一族のことを知っているのなら、私が一族の人間だと明かしても構いません。世間に名の知れた人なら、それが抑止力になるでしょうから」

「ありがとうございます。直近で、依頼人から訪問日の希望も伺っています。……とはいっても、なる早が希望で、相手は仕事を休業中のようです」

「へえ、知らなかったです。最近まで、活動縮小気味とはいえ作品を発表されていたみたいなので」

 とはいえ、ああいった仕事は完成から発表までに時間があるものだろうか。休業の影響が出てくるのは寧ろこれから、と思い直し、自分の予定表を開いた。

 撮影の予定以外はまっさらな予定表と、相手の予定を擦り合わせ、直近の日付を指示する。会社勤めの人ではなく、平日も候補に入るのが有り難かった。

 龍屋さんから承諾の連絡を入れてくれる、とのことで、相手の自宅住所が渡される。住宅地が多く、利便性の高い駅もある暮らしやすい地域だ。

 当然、地価も高いのだが、書かれた住所から察するに一軒家のようだった。

「じゃあ、指定した時間にこの住所へお伺いします」

「よろしくお願いします。当日は俺は事務所にいますので、何かあったら連絡をください」

「はい。助かります」

 依頼に付随する細かな説明を終えると、はあ、と龍屋さんは息を吐く。

 どうやら疲れている様子に、気になって口を開いた。

「最近、お仕事多いんですか?」

「ああ、すみません。最近、こういった単価は高いものの厄介な案件が増えていて。一族からの所属者も増えているので、対応自体は可能なんですが。相手の地位も高かったり、と」

「そうですよね。蔑ろにしていい相手なら、断りやすいですし」

「はい。芸能人とか、社長とか、今回みたいな作曲家とか。金払いがいい相手って地位もある方が多く、断る際も一苦労です」

 依頼を受ける私のようなタレントより、仲介するスタッフのほうが細かな仕事をしているものだ。

 渡された資料には、タレントを保護するために交渉した記録が残っている。

「そういえば、今回の依頼人、『動物の魂を持つ一族』のことを知っている、って何かあるんですか?」

「ああ。おそらく、俺と同じで、特定の動物神から加護を受けている家系なんだと思います。会話をしている間、妙に落ち着きませんでした」

「……龍屋さんは、蛇神の加護を受けているんでしたよね。あぁ、じゃあ。名字から推測するに、熊とかでしょうか?」

 動物プロダクション内にも、動物に由来する名字は多い。久摩、という文字の読みを変えれば動物を特定するのは容易かった。

「おそらく。祖先は西欧の出だそうで、ご本人の身長もかなり高い方なんですよ」

 私よりも長身であろう、と添えられた言葉に驚いてしまったし、そんな人間が小さなウサギを亡くして消沈している、という事実にも興味を惹かれてしまった。

 私は丁寧に住所の書かれた紙を折りたたみ、鞄に仕舞う。

「熊からしたら兎なんて、どう考えても食べ物ですね」

「依頼人は、『ヒト科ヒト属』です」

 冗談だったのだが、真面目に言い含める龍屋さんの渋い顔につい笑ってしまった。













 約束の日、少し早めに最寄り駅まで移動し、調べておいた地図を見ながら見知らぬ街を歩いた。

 新しい街並みは、造成時から全体がコーディネートされているようで、家や道に統一感がある。土地を買うだけでも値が張りそうだが、依頼人である久摩さんの自宅は一軒家だ。

 メインが一部屋しかない自身の賃貸マンションを思い出し、長い息を吐いた。

「作曲家って儲かるんだなぁ」

 羨ましくない、と言えば嘘になるが、嫉妬とはまた違う。

 自分には、作曲などという習得に時間のかかる特技はない。

 大学を卒業後、就職した会社は馴染めずに直ぐ辞めてしまった。

 唯一、兎姿が可愛らしいことを利用してタレントとして働いてはいるが、技術が身についている気配もない。

 だからこそ、世間に認められる技術を持つ人物が停滞する程の哀しみが、こんなに何も出来ない兎で癒えるのか不安になってくる。

「ここ、かな」

 塀は高く、庭の様子は外から窺えない。

 出入り口らしき門の前に立っても、内部との繋がりはインターホンくらいしかなかった。恐るおそるボタンを押す。肩に変な力が籠もった。

 がさがさと音がして、マイク越しの声がする。

『はい』

 低く、短い声だった。通話を終わらせられる前に、慌てて口を開く。

「こんにちは。ご依頼を頂いてお伺いしました、長ヶ耳といいます」

 言うやいなや、またガサガサと音がして声が途切れた。

 唐突に通話が終わってしまい、私はぽかんとその場に立ち尽くす。帰った方がいいか、と不安になりかけた時、足音が耳に届いた。

 カシャン、と解錠音が響く。

「久摩さん、ですか?」

「ああ。……はい」

 龍屋さんが、長身、と称したのも頷ける。彼は平均身長よりも高い私より、更に長身だった。

 更には、目鼻立ちがはっきりしている上に髪色も赤茶っぽく、根元だけ色が抜けている様子もない。地毛なんだろうな、と勝手に想像する。

「お話は聞いていると思うんですが、私が兎で……」

「あぁ……。あまり外でしないほうがいい話だと思うので。まず、中に」

 ずっしりと重く、低い声は威圧されているようだ。こくりと頷き、促されるままに門の中に入る。

 庭は人工芝とコンクリートで塗り固められている。エクステリアにも統一感があり、整った庭に思えるが、これ以上、庭造りをするつもりは無さそうだ。

 一人暮らしで多忙であろう生活を思えば、妥当な選択であるように思う。

「どうぞ」

 扉を開け、言葉少なに家に招かれる。

 建ててから然程年数が経っていないように思える家は、無機質が過ぎるというほど物がない。モデルルームをそのまま使っているかのようで、薄ら寒く感じる程だった。

 玄関は主に白で統一されており、鍵置き場らしき場所に、自宅の鍵がぽつんと置かれているだけだ。

 近くにある姿見に、私の姿が映った。

 髪色は、兎の姿と同じで、柔らかくて彩度の低いココア……土色をしている。目鼻立ちは薄く、彼を洋と例えるならこちらは和だ。印象が強いと言われた例しがない。

 贅肉はないが、筋肉もあると言えない身体を長い灰色のコートが覆っていた。

「お邪魔します」

 靴を脱ぐと、来客用らしきスリッパを差し出される。

 足を通すが、そのスリッパでさえ真新しかった。人の出入りは多くないようだ。

 一人暮らしには広すぎる家は、廊下も長く伸びている。不安を抱えながら、ひたすら彼の背についていった。

 案内されたのはリビングらしき部屋だった。開放感があり、広々としている。……はずの場所だが、照明はあれど、カーテンが閉め切られている。

 久摩さんの手が、壁に備え付けられているパネルを操作する。カーテンが中央から動き出し、両側に寄った。

「お茶を淹れてきます」

 私の返事を待たずに、彼は台所に向かっていってしまった。

 近くにあるソファに腰掛けさせてもらい、周囲を見渡す。壁際にはレコードが数枚と、絵画が飾られている。

 その周辺にはキャビネットが置かれ、写真立てがあった。こちらを見るウサギの写真だ。

 耳が短く、柔らかい茶色と、小さくて丸い胴体をしたウサギが毛布に包まっている。亡くした、と話に聞いたウサギを生前に撮った写真なのだろう。

 驚いたのは、話に聞いていた通り、私の兎姿とそっくりだったことだ。

 薄い茶色のウサギは数多くいるが、私の兎姿は頭の天辺が少し濃い。そして、耳の長さや顔立ち、胴の丸っこさもよく似ている。

 よくも私の存在を見つけたものだ、と感心した。執念とでも呼べるものだろうか。

「────お待たせしました」

 身体を伸ばし、写真に見入っていると、背後から声が掛けられる。

 コースターの上にカップが置かれ、小皿の上に載った焼き菓子が添えられた。取っ手は私が握りやすい位置に整えられる。

 彼は自分の飲み物の用意を終えると、エル字型に配置されたソファの少し離れた位置へ腰を下ろす。近くで横顔を見ると、鼻筋の高さがよく分かった。

「改めて、久摩宵知といいます」

 彼は近くに置いていた名刺入れから、一枚引き抜く。

 差し出されたそれを両手で受け取り、私は困ったように眉を下げる。

「ごめんなさい。職業柄、名刺が必要なくて。……長ヶ耳美月です」

「『ながみみつき』?」

「あ、えっと……」

 携帯電話を取り出し、メモアプリに文字を綴る。

 打ち込んだ文字を見せつつ、名字と名前を区切った。

「ながみ、みつき、です」

「ああ。成る程」

 彼は興味深そうに画面を見つめた。私は携帯電話の画面を切り、話を進める。

「動物プロダクションでは兎としてモデルをしていて、そちらの芸名は『ココア』といいます。久摩さんから、会いたい、と依頼があった兎です」

「…………会わせて、貰えるんですか」

 そういう話だっただろうに、信じられないというように彼は呟く。

 途端に久摩さんの様子が変わり、落ち着かない様子で前のめりになる。私は自分の胸の前で両の手のひらを広げた。

「けど。写真経由でしか見ていらっしゃらないでしょう。近くで見たら、やっぱり違う、って思うかもしれません。その時は、依頼は無しで構いませんので」

「……そう、……ですね。それでも、今日、家に来ていただいた分の代金はお支払いします」

「ありがとうございます」

 私はひとくちだけお茶を頂くと、周囲を見回す。部屋は広く、物も少ない。隠れられるような場所は見当たらなかった。

「あの、『動物の魂を持つ一族』のこと、ご存じだそうですが……兎の姿に変化する時、服を脱がなきゃいけなくて。脱衣所、お借りできますか」

「構いません。……直ぐに、ご案内しましょうか?」

「お願いします」

 置かれていた焼き菓子を一つだけ口に含み、咀嚼する。

 私が腰を上げると、久摩さんも合わせて立ち上がった。廊下を歩き、浴室の隣にある脱衣所へと案内される。

 扉を閉じようとする家主を制止し、私は口を開いた。

「あの、扉。兎が通れる分だけ開けておくので、向こうをむいていて頂けますか?」

「ああ。そうか、扉、開けられませんね」

「そうなんです」

 久摩さんは兎が通れるだけの隙間を空けた上で、私が見えないように背中を向ける。

 私はばさりと服を脱ぎ、畳んで脱衣カゴに置かせてもらう。脱衣所もまた、必要最低限の物しか置かれておらず、モノトーン系で纏められていた。

 やっぱり、人の気配がしない。何となく寂しいものがある。

 服を脱ぎ終えると、輪郭を解いて兎へと転じる。一気に視界が低くなった。四つ足で脱衣所の床を叩き、空いていた隙間から外に出る。

 目の前には、大きな足があった。気づいて貰えるよう、身を擦り寄せる。

「『ミミ』!?」

 落ち着いていたはずの声が、悲鳴のように耳を打つ。

 ぶるぶると震える掌で彼は私の体を抱き上げると、そうっと背を撫でた。かくん、と高さが一気に低くなる。

 久摩さんは私を抱いたまま、その場にしゃがみ込んでしまった。怯えるような手付きが、私の背を何度も撫でる。

 固まっているのも悪いだろう、と寄せられた手に顔を寄せた。ぐいぐいと押しつけ、顎の下を擦りつける。

「…………ミミ。会いたかった」

 彼の目元から、ぼたぼたと涙が落ちる。

 低い声が、切ないほどよく耳に届く。ごめん、ごめん、と何度も彼は謝り続けていた。そう言われる度に身を寄せ、その手のひらを毛で暖める。

 しゃくり上げる間隔が段々と長くなり、どれだけの時間を掛けたか覚えてはいないが、彼の涙は止まった。

 はた、と私と視線が合うと、申し訳なさそうな顔になる。

「長ヶ耳……さん。すみません、付き合わせて」

『いえ。似ているようで良かったです』

 久摩さんは声の響いた場所を探すように視線を動かしていたが、やがて私と向き合って目を丸くする。

『はい。ここです。これ、声とは違うんですけど、声みたいに意思疎通ができるんですよ』

 お手、と言葉を伝えつつ、彼の手のひらに両前脚を乗せてみせる。

 確かに目の前の兎からの声だと分かったらしく、久摩さんは何度も目を瞬かせていた。

「あの……」

『はい』

「今日、このまま。少し、一緒に過ごして頂けませんか」

 縋るような眼差しは揺れていて、あまりにも脆く映る。私は断りの言葉を見失って、彼の腕の中で力を抜いた。

『いいですよ。サービスします』

 彼は私を抱いたまま、いそいそと廊下を歩き始める。足音は大きく、その顔は紅潮していた。

 連れて行かれたのは、小さな一室だった。床はフローリングではなく、その場に下ろされて歩いてみると滑りづらい材質だと分かる。

『ミミさんが使っていたお部屋ですか?』

「はい」

 彼はそう言うと、カーテンを開け、窓を開けて風を通した。

 僅かな埃っぽさはすぐに薄れ、気持ちのいい空間になる。私は部屋を一周すると、居心地の良さそうなクッションに身を横たえた。

 一年前に亡くしたにしては、空気の入れ換えで済むほど、綺麗に整えられている。

 久摩さんは私に近寄ると、近くの座椅子に腰を下ろす。

「よく、ここで一緒に読書をして過ごしていました」

 彼は思い出したように近くの小さな本棚に近寄ると、一冊の本を取り出して戻ってくる。表紙にはウサギの絵が描かれていた。

 彼が椅子の上で本を読み始めると、私は途端に暇になる。おそらく近くに居さえすればいいのだろうが、モデル職のサービス精神がもぞもぞと沸き起こった。

 身を起こし、彼に近寄ると、ぴょい、とその太股に飛び上がる。窪みに身をフィットさせ、丸くなった。

「……ココアさん、でしたか」

『ミミでもいいです。呼びたいように』

 彼は虚を衝かれたように押し黙ると、ゆっくりと唇を動かした。

「…………ミミ」

『はい』

 返事に対し、久摩さんは困ったように眉を寄せる。

「何か、こう」

『こう?』

「余所余所しい、というか」

 言われてみれば、何年も過ごした家族相手に敬語は使わないだろう。依頼人としては、喋っていようが何だろうが、『ミミ』として接してほしいらしい。

『宵知さん? 宵知?』

「後者で」

 返事は面白いほど迷いがなかった。

 くすり、と笑って、だらりと身体から力を抜く。

『分かった、宵知。…………なでてくれるなら、背中がいい』

 耳を持ち上げてみせると、彼は大きな掌で背に触れる。

 そろり、そろり、と思い出すような撫で方が、やがて記憶を取り戻していく。あまりにも心地よくて、ぺったりと太股に凭れた。

「部屋は、暑くないか」

『涼しいよ』

「寒くはないか」

『間違えた。ちょうどいいよ』

 随分と甘ったれなウサギを演じてしまったが、宵知は嬉しそうに私に構い倒し、夕方まで引き留められた上で、その日は高額なバイト代を加算して帰宅することになった。

 そして、私は取り敢えず週二、という契約で彼の家を訪れるようになったのだった。



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