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2章
6.砂丘、晩秋の烈風①
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鹿野往来の菓子屋の店先で女将に深々と頭を下げて見送られる誠三郎は、肩をそびやかして通りに出た。
安価な生姜煎餅を選んでいるのに、菓子を買い慣れぬのがわかるのか、吹き出さんばかりの満面の笑みで相手をされて居心地が悪かった。要之介が喜ぶ顔を見たいがために、馬鹿なことをしているとはわかっている。
《そんなに奴に気を遣ってどうする。こんな珍しくもない煎餅、喜んで食うとは思えんが》
呟いて後ろ首をぼりぼり掻き毟り、誠三郎は往来を西へと歩きだした。
しばし歩くと袋川にさしかかる。市が立つ日で、鋳物師橋の東西両岸には色鮮やかに染められた幟がいくつも翻っていた。幟の生地が裂けんばかりの烈風が、土埃を巻き上げて吹きなぐる。十月半ば、日毎に北風の冷たさが増していた。
人混みを縫うようにして誠三郎は鋳物師橋を渡る。橋向こうにある根本幽峨の屋敷の板塀が、見えてくる時分であった。根本屋敷に着けば、浜坂新田の十六本松へ下絵を描きに行くのに要之介を誘い出すつもりであった。
要之介の顔を思い描きながら歩きつつ、顎先の剃り残した髭を親指でこする。そうしているうちに、根本屋敷の門の内に入っていた。玄関先に出てきた下男によると、案の定根本は留守だが、要之介はいるという。
前歯の抜けた下男の老人が引っ込んでからしばらく待たされた。
「要之介のお客さん、ねえ、だれ、だれ!」
玄関から奥に続く廊下を男の童が走って来て、こちらをじろじろと眺めてきた。真新しい袷をゆったり着て、あどけない顔つきである。屋敷に子はおらぬはずで、他に来客があるのかと奥を窺っていると、母親らしき女が追って出て来た。
「大変失礼をいたしました。これ、お詫びを、これ」
母親はくすくすと笑うばかりの子の代わりに頭を下げ、奥へと連れだって戻っていく。丸髷をきっちり結った女は若そうだが、面窶れして見えた。根本の身内だろうか。
右奥の襖が開いて、折り目がついた袴を履いた要之介が廊下に姿を見せた。懐手をして、菩薩の如き笑みをたたえている。悠長な歩き方で近づいてきて、誠三郎から煎餅の袋を受け取ると玄関脇の女中部屋に声をかけて渡してしまった。女たちの歓声が上がる。
「十六本松まで絵を描きに行くのだが、付き合わんか。冬景色になる前に描いておきたいのだ。忙しくしておるなら、無理とには言わんがな」暇を持て余しているのを知って、神妙に気遣ってみせる。
「この屋敷で俺は、なにかと重宝されておるのだ。いや、なんとか抜けられたから行こう」
要之介は白々としなやかな素足を框から下ろし、指をくねらせて下駄を履いた。
袋川に沿って湯所に出て、但馬浜道を北へ進んだ 潮の香を含んだ北風が正面から吹きつけてくる。要之介は時折身震いしながら話し続けていた。
浜坂の土手に出て摩尼川に架かる犬橋が見えてくると、要之介は朗らかな笑い声をたてる。
「懐かしいな、子供の頃はこのあたりまで、よくせがんで連れてきてもらったものよ。遠くへ行きたいとわがままを言うと、俺を可愛がってくれた女中が手を引いてくれて犬橋までですよと念を押してな。帰り道では背負ってくれて、いろんな昔話をしてくれた」
幼い頃の話をしたがらぬ要之介にとって数少ない良き思い出なのか、珍しく声を弾ませ、遠い目をして要之介は橋を見つめる。
「それがしの幼い頃は、樊六といつも一緒に連れだってこの橋を渡っておったぞ。そう言えば、樊六ら二十士は蛤御門の変後の七月末、京の伏見藩邸から雲州寄り、西伯耆の黒坂へと移されたのだったな」
「ああ、伏見から藩内へ護送される道中を狙って、神風流の弟子で救い出すという企みを練っていたのだが、先生ら一行が通過する道程を掴めないまま頓挫したのだ。騒動を避けるために、ご一行は厳しく警護されて藩内を通過し、黒坂に落ち着いたという。あれから二月が経つが、先生にまだお会いできてない」
黒坂は奥出雲に連なる山奥とはいえ、京よりは足を向けやすくなった。連携を取ろうと黒坂を密かに訪れる尊皇派の藩士は、少なくないとの噂がある。
「京都守護職配下の会津藩士や新選組によって、京の地から長州残党や勤皇浪士は一掃され、各藩でも血眼になって取り締まっておる。黒坂にて幽閉中の樊六らの仕置きも、重臣によって再考されるらしい。やはり黒坂におる間に、会いに行くつもりか?」
「何人かの兄弟子は行っておる。今では当初より見張りが厳しくなり、宿所には自由に出入りできなくなったという話で、根本先生からは行くなと止められておるが、出遅れたことが口惜しくてならん。なんとしても一度は、黒坂まで行かねば」
どうも歯切れの悪い口ぶりである。樊六への思慕を抑えきれずにいながら、世話になっている根本に気兼ねしているのが見て取れた。
浜の方角を見やる要之介の目元に、時折睫毛の影が過る。眸に憂いを帯びながら、口元に白い歯を見せる面差しは気怠い遊女の風情を醸している。情に篤いかと思えば、奔放な一面も垣間見せる。深奥に潜む本心を見逃さぬよう、誠三郎はその横顔に見入った。根本は要之介のこの刹那の面差しを描き写し、何枚も本画に仕上げたことだろう。根本が見逃すはずがない。
新田集落を抜けてたどり着いた十六本松と呼ばれる松林では、薄陽がこぼれて砂地が光っていた。日差しの温もりが砂の内懐に蓄えられ、下駄を脱いで歩きだした二人の素足を砂が優しく包み込んでは、はらはらと膚を離れていく。
目の前に広がる松林を海へと向かった。東には見渡す限り、砂丘が広がっている。左手の千代川岸には、藩主が休む浜坂御茶屋、藩の塩御蔵が重々しい影を伸ばしている。出入りする役人の姿は疎らだった。
海岸線を目指して、東寄りに砂浜を歩く。海からの風が遮るものなく頬をなぐった。ちりちりと足下の砂が舞い上がり、足首をくすぐる。蟻が這い上がってくるような、微妙で繊細な刺激である。
この感じが気色悪いような、むず痒いようなで、大笑いして砂浜を走り回ったことがあった。少年の頃、砂の上に袴を脱ぎ捨てて、どこまでも樊六と駆け続けたものだ。
「道場の帰りによく遠回りして、この辺りの砂丘まで歩いたものでな。砂丘には狼や狐がいるという昔話が本当なのか、確かめに行かねばと、剣術仲間の少年らで連れだっていくのだ。ここまでに来ると、樊六と二人だけになっていることがよくあった。他の者は寄り道に飽きたり、帰りが遅くなって叱られるのを恐れたりで、途中で帰ってしまうのよ。樊六は人一倍度胸があったゆえ、二人きりになっても構うことなく、狼を見つけ次第、生け捕りにするのだと息巻いて歩いておった。それがしも、樊六と共にあれば怖さを感じなかった。そうやって暗くなってから屋敷に帰りつくと、父と兄は夕飯の膳について食べはじめていた。勝手口で母にひどく叱られ、納屋に放り込まれたこともあってな。次の日に樊六に会うと、額に薄紫の痣ができており、奴も罰を食らったことが一目でわかり、二人で小突き合って笑ったものだ」
「ああ、俺もそこにいたかったことよ。幼い頃より詫間先生は己の身を守ることより、友諠を守ることに重きを置いておられたのか、さすがにわが師だ。道場でも藩や親族など小さな枠に縛られず、天から与えられた大義を胸に抱けと教えられた。俺には、相手に女のようだと嘲られたらば、それを逆手に取り油断させて討ち果たすまでの剣技と信念を持てと諭され、目が覚めた心地であったな」
要之介はふっくら反った上唇を震わせて樊六への思いを語る。抑えきれぬ熱情で息を荒げる要之介から、誠三郎は目を逸らした。
師弟の絆に嫉妬している己のあさましさが、口惜しい。
要之介も、誠三郎と樊六との長きにわたる友情に羨望の念を持っているに違いないと思ってしまうのは、自惚れであろうか。
安価な生姜煎餅を選んでいるのに、菓子を買い慣れぬのがわかるのか、吹き出さんばかりの満面の笑みで相手をされて居心地が悪かった。要之介が喜ぶ顔を見たいがために、馬鹿なことをしているとはわかっている。
《そんなに奴に気を遣ってどうする。こんな珍しくもない煎餅、喜んで食うとは思えんが》
呟いて後ろ首をぼりぼり掻き毟り、誠三郎は往来を西へと歩きだした。
しばし歩くと袋川にさしかかる。市が立つ日で、鋳物師橋の東西両岸には色鮮やかに染められた幟がいくつも翻っていた。幟の生地が裂けんばかりの烈風が、土埃を巻き上げて吹きなぐる。十月半ば、日毎に北風の冷たさが増していた。
人混みを縫うようにして誠三郎は鋳物師橋を渡る。橋向こうにある根本幽峨の屋敷の板塀が、見えてくる時分であった。根本屋敷に着けば、浜坂新田の十六本松へ下絵を描きに行くのに要之介を誘い出すつもりであった。
要之介の顔を思い描きながら歩きつつ、顎先の剃り残した髭を親指でこする。そうしているうちに、根本屋敷の門の内に入っていた。玄関先に出てきた下男によると、案の定根本は留守だが、要之介はいるという。
前歯の抜けた下男の老人が引っ込んでからしばらく待たされた。
「要之介のお客さん、ねえ、だれ、だれ!」
玄関から奥に続く廊下を男の童が走って来て、こちらをじろじろと眺めてきた。真新しい袷をゆったり着て、あどけない顔つきである。屋敷に子はおらぬはずで、他に来客があるのかと奥を窺っていると、母親らしき女が追って出て来た。
「大変失礼をいたしました。これ、お詫びを、これ」
母親はくすくすと笑うばかりの子の代わりに頭を下げ、奥へと連れだって戻っていく。丸髷をきっちり結った女は若そうだが、面窶れして見えた。根本の身内だろうか。
右奥の襖が開いて、折り目がついた袴を履いた要之介が廊下に姿を見せた。懐手をして、菩薩の如き笑みをたたえている。悠長な歩き方で近づいてきて、誠三郎から煎餅の袋を受け取ると玄関脇の女中部屋に声をかけて渡してしまった。女たちの歓声が上がる。
「十六本松まで絵を描きに行くのだが、付き合わんか。冬景色になる前に描いておきたいのだ。忙しくしておるなら、無理とには言わんがな」暇を持て余しているのを知って、神妙に気遣ってみせる。
「この屋敷で俺は、なにかと重宝されておるのだ。いや、なんとか抜けられたから行こう」
要之介は白々としなやかな素足を框から下ろし、指をくねらせて下駄を履いた。
袋川に沿って湯所に出て、但馬浜道を北へ進んだ 潮の香を含んだ北風が正面から吹きつけてくる。要之介は時折身震いしながら話し続けていた。
浜坂の土手に出て摩尼川に架かる犬橋が見えてくると、要之介は朗らかな笑い声をたてる。
「懐かしいな、子供の頃はこのあたりまで、よくせがんで連れてきてもらったものよ。遠くへ行きたいとわがままを言うと、俺を可愛がってくれた女中が手を引いてくれて犬橋までですよと念を押してな。帰り道では背負ってくれて、いろんな昔話をしてくれた」
幼い頃の話をしたがらぬ要之介にとって数少ない良き思い出なのか、珍しく声を弾ませ、遠い目をして要之介は橋を見つめる。
「それがしの幼い頃は、樊六といつも一緒に連れだってこの橋を渡っておったぞ。そう言えば、樊六ら二十士は蛤御門の変後の七月末、京の伏見藩邸から雲州寄り、西伯耆の黒坂へと移されたのだったな」
「ああ、伏見から藩内へ護送される道中を狙って、神風流の弟子で救い出すという企みを練っていたのだが、先生ら一行が通過する道程を掴めないまま頓挫したのだ。騒動を避けるために、ご一行は厳しく警護されて藩内を通過し、黒坂に落ち着いたという。あれから二月が経つが、先生にまだお会いできてない」
黒坂は奥出雲に連なる山奥とはいえ、京よりは足を向けやすくなった。連携を取ろうと黒坂を密かに訪れる尊皇派の藩士は、少なくないとの噂がある。
「京都守護職配下の会津藩士や新選組によって、京の地から長州残党や勤皇浪士は一掃され、各藩でも血眼になって取り締まっておる。黒坂にて幽閉中の樊六らの仕置きも、重臣によって再考されるらしい。やはり黒坂におる間に、会いに行くつもりか?」
「何人かの兄弟子は行っておる。今では当初より見張りが厳しくなり、宿所には自由に出入りできなくなったという話で、根本先生からは行くなと止められておるが、出遅れたことが口惜しくてならん。なんとしても一度は、黒坂まで行かねば」
どうも歯切れの悪い口ぶりである。樊六への思慕を抑えきれずにいながら、世話になっている根本に気兼ねしているのが見て取れた。
浜の方角を見やる要之介の目元に、時折睫毛の影が過る。眸に憂いを帯びながら、口元に白い歯を見せる面差しは気怠い遊女の風情を醸している。情に篤いかと思えば、奔放な一面も垣間見せる。深奥に潜む本心を見逃さぬよう、誠三郎はその横顔に見入った。根本は要之介のこの刹那の面差しを描き写し、何枚も本画に仕上げたことだろう。根本が見逃すはずがない。
新田集落を抜けてたどり着いた十六本松と呼ばれる松林では、薄陽がこぼれて砂地が光っていた。日差しの温もりが砂の内懐に蓄えられ、下駄を脱いで歩きだした二人の素足を砂が優しく包み込んでは、はらはらと膚を離れていく。
目の前に広がる松林を海へと向かった。東には見渡す限り、砂丘が広がっている。左手の千代川岸には、藩主が休む浜坂御茶屋、藩の塩御蔵が重々しい影を伸ばしている。出入りする役人の姿は疎らだった。
海岸線を目指して、東寄りに砂浜を歩く。海からの風が遮るものなく頬をなぐった。ちりちりと足下の砂が舞い上がり、足首をくすぐる。蟻が這い上がってくるような、微妙で繊細な刺激である。
この感じが気色悪いような、むず痒いようなで、大笑いして砂浜を走り回ったことがあった。少年の頃、砂の上に袴を脱ぎ捨てて、どこまでも樊六と駆け続けたものだ。
「道場の帰りによく遠回りして、この辺りの砂丘まで歩いたものでな。砂丘には狼や狐がいるという昔話が本当なのか、確かめに行かねばと、剣術仲間の少年らで連れだっていくのだ。ここまでに来ると、樊六と二人だけになっていることがよくあった。他の者は寄り道に飽きたり、帰りが遅くなって叱られるのを恐れたりで、途中で帰ってしまうのよ。樊六は人一倍度胸があったゆえ、二人きりになっても構うことなく、狼を見つけ次第、生け捕りにするのだと息巻いて歩いておった。それがしも、樊六と共にあれば怖さを感じなかった。そうやって暗くなってから屋敷に帰りつくと、父と兄は夕飯の膳について食べはじめていた。勝手口で母にひどく叱られ、納屋に放り込まれたこともあってな。次の日に樊六に会うと、額に薄紫の痣ができており、奴も罰を食らったことが一目でわかり、二人で小突き合って笑ったものだ」
「ああ、俺もそこにいたかったことよ。幼い頃より詫間先生は己の身を守ることより、友諠を守ることに重きを置いておられたのか、さすがにわが師だ。道場でも藩や親族など小さな枠に縛られず、天から与えられた大義を胸に抱けと教えられた。俺には、相手に女のようだと嘲られたらば、それを逆手に取り油断させて討ち果たすまでの剣技と信念を持てと諭され、目が覚めた心地であったな」
要之介はふっくら反った上唇を震わせて樊六への思いを語る。抑えきれぬ熱情で息を荒げる要之介から、誠三郎は目を逸らした。
師弟の絆に嫉妬している己のあさましさが、口惜しい。
要之介も、誠三郎と樊六との長きにわたる友情に羨望の念を持っているに違いないと思ってしまうのは、自惚れであろうか。
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