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Ⅲ デイジーΣぱにぱに

E38 私のひみつのプロポーズ

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「私、直接プロポーズされていないわ……! どうして、お父さんとお母さんに話すの? ねえ、あなたって人は」

 ひなぎくが、俯いていた顔をゆっくりと上げた。

 テレビでは、鯉太郎くんが、池のほとりで女の子のはなちゃんにアプローチをしていた。
 ――君の味噌汁を毎日飲みたい。
 これが、プロポーズなので、はなちゃんはカンカンに怒っている。

 それが耳に入り、何かを思い出したかのようだ。

「……お味噌汁なの? あなたにとって、プロポーズってお味噌汁なの? 他に、ないの? 女の子にとって、一生に一度のことなのよ。レストランとか花束とかのサプライズが欲しかったのに」

 真っ白なハンカチをぎゅっと握りしめ、くりっとした唇を震わせ、まだ、動揺している。

「家庭的ではダメか? 家も買ったし」

 黒樹は、土下座のままだ。

「朝がコーンスープだったらどうするのよ。それでもお袋の味のお味噌汁がいるの? マザコンですか?」

「それは考えていなかったな。君が嫌なら、朝食は俺を含め皆で作ればいい」

「それは、ちょっと違うの。何で、何で、今日なのよ。……急でしょう」

 うっうっう……。
 ああん……。

 ひなぎくは、大人気おとなげもなく泣いた。
 自分の実家だと気兼ねもないのだろうか。
 子ども達は、ただごとではないと、静かにしている。

「ひなぎくちゃん……。俺が悪かったか……?」

 黒樹がひなぎくの驚きのさまを心配して、土下座状態のまま訊く。

「悪いのではなくて、ずるいわ! ずるいのよ……!」

 普段、感情を表に出さないひなぎくが、結婚ともなると、それも黒樹のこととなると、いてもたってもいられないようだ。

「そうか……。ずるいか……。申し訳ない、許してくれ。君に本気なんだ」

 黒樹がごりっと畳に頭を擦り付けた。

「おいおい、ひなぎく。ちょっと落ち着いて考えてごらん。おめでたい話ではないかい? はじめはお父さんも驚いたさ。三十路手前のひなぎくに縁談があるとは思わなかったよ」

 ハンカチをぎゅっと握っていた手を光流が横に来てほどいた。

「お父さん……。だって、だって」

 ひなぎくは、それでも涙が止まらないので、くいくいと目頭を押さえるが、ぽつぽつと雨の降るごとく、スカートに涙を散らした。

「あ、私、電気店に行っているおばあちゃんに電話して来るわ。こうしてはいられないでしょう?」

 さっと梓が立ち上がった。

「母さんや。お袋を呼んでどうするの?」

 光流も天然な所がある。
 ここは、ひなぎくが父親に似たのか。
 このような緊急事態でも、黒樹は観察していた。

「任せてちょうだいよ」

 プルルルル……。
 ええ、白咲です。
 客間から遠く、梓の声が聞こえた。


 暫くして、祖母が勝手口から上がって来た。
 手を洗い、入れ歯を洗って、髪も梳かし、手ぬぐいを取ると、一等のお召し物に変えて客間に顔を出した。

「あんれまあ。あれが、ひなぎくちゃんの旦那様かえ? きもつきもちも体も健康そうだなっす。ひ孫もいつの間にか多いこと。ふひゃはっは」

 ひなぎくは、祖母、小菊を見るなり、懐かしくて、パリにいたころのありがたさを思い出して抱きついた。

「ふええ……。おばあちゃん、仕送りをありがとうね……」

「ええって、ええって」

 小菊は、ひなぎくの頭をそっと撫でた。
 小さな花に触れるように。

「おばあちゃん、腰掛けてちょっと待っていてね。取り込んでいて」

「そだすな、梓さん」

 細かい作業や段取りは、母親にひなぎくが似たのかも知れないと黒樹は思った。
 祖母の白咲小菊は、奥から取り出して来た財布ごと、嫁の梓に預ける。

「おー、オレの金でお寿司ばとるさね。まんずまずはねまれーおすわりください。ぐづろげば、ええべいいでしょう

「おや、ひなぎくさんのおばあさんは、どちらからこのはなのさき町へいらしたのですか?」

 黒樹が、訛りに敏感に反応した。
 どうした意味があるのか、まだ、土下座状態だった。

んだすなーそうですね。町がぐっついてすまっでくっついてしまって、もうよぐわがらねっすよくわからないが、米川百三番地よねかわひゃくさんばんちじゃった」

「米川の! 米川でございますか?」

 黒樹は話に飛び付く。

「あら、この子達は、米川の分校へ通っているのですよ」

 ふっと、ひなぎくが落ち着きを取り戻した。

「劉樹です」

「虹花です」

「澄花です」

「つ、ついでに、蓮花です」

「俺も、和です」


 シャラン。
 シャラン。
 と呼び鈴がなるなり、声がした。

「どうも! 鈴本寿司店すずもとすしてんです」

「毎度! 大河酒店おおかわさけてんです」

 お酒は、ビール、ワイン、カクテル、ウイスキー、ブランデー、ハイボール、サワー、チューハイ、焼酎、日本酒と、好みが分からないからともう白咲の家で店が開けそうな位頼んだ。
 ただし、蓮花は牛乳かコーヒー、和はコーヒー、劉樹はミネラルウオーター、虹花はオレジュー百、澄花はりんごジュースだ。
 飲み物の好みはバラバラだが、可愛い孫とひ孫の為だと小菊の働いていた大河電気店おおかわでんきてんの並びの酒屋、大河酒店に、電話一つで注文していた。

 準備が整うと、どんちゃん騒ぎが始まる。
 黒樹家、大人一人、子ども五人に白咲家、大人四人の十人もいて、客間が手狭になったので、子ども達は居間を借りた。

 めでたければ、酒を飲み、哀しければ酒を飲む。
 ひなぎくと違って、白咲の家は酒豪が多い。
 小菊まで、日本酒を飲んでいる。

「黒樹くん、よくやった! もう、お父さんと呼んでくれ。大きい息子よ」

 光流は、まだまだできあがっていない。

「あの困った子をどう制御したの? それなら、私はお母さんね」

 もう、これをお夕飯にしようと、のんびり飲む梓。

「てくにしゃんかのう? お若いの」

 違う所に興味があるような小菊。

 話をする度にグラスに何かのアルコールが注がれる。
 しかし、なかったかのように、直ぐに空のグラスになる。
 楽しいのか哀しいのか分からない状態だが、めでたいことだけは誰しも分かった。

「もう、分かんない!」

 黒樹がバブちゃん返りをして、どれだけ飲んだか分からなくなっていた。
 洗面所をお借りして、戻って来ると嫁にしたい女の隣に座った。

「そう言えば、『あなた』って、呼ばなかったかい? ひなぎくちゃん」

「知りませんよー。私だって、初めて、『君』になりました」

 くあははは……。
 ふふふふふ……。

「お互い様だなー」

「お互い様ですわねー」

 黒樹は、白咲の家にご挨拶ができて、ほっとしたようだ。
 ひなぎくは、さっきまで混乱していたが、皆といて楽しくなって来た。


 ――あれは、福の湯の朝。

『いいなあ、これは本当に朝げだなあ。ひなぎくちゃんのお味噌汁な……。毎朝、食べたい……』

『……! そ、そそそ。それは、それで、お味噌汁なら毎日こしらえに行ってもいいですよ』

 ひなぎくは、少しのアルコールと幸せにまどろんだ……。


「あらあら、寝ちゃって」

「母さん、ここに布団掛けてあげて」


「……う、うううーん。うーん」

 ひなぎくは、機嫌よくしていたが、うなされているようだ。

「許さない。許さないから……。鬼になってやる。早くいなくなればいいのに」

 何かをぶつぶつと言っていたが、のんべえ達には聞こえなかった。

「これは、見たことがあるわ……! 恐ろしい青いバラ! 青いバラ!」

 そう言うと、自分でも起きる位の悲鳴を上げて、腕を伸ばしていた。
 むくりと起きると、一人、薄暗い客間で寝ていた。


 よろけながらも何かを探しに向かった。
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