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Ⅲ デイジーΣぱにぱに
E35 あなたからの贈り物
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ひなぎくの電話は、何度も黒樹のスマートフォンに無視された。
考えてみれば、黒樹が傍らにいないのは初めてだった。
スマートフォンのコールを止めて、バッグにしまうと、ひなぎくは、口元に手を当てて呟く。
「私は、一人で何もできない人なのかしら? プロフェッサー黒樹は、せんせいとして私に教えてくれたはずだわ。自分で考えて、自分で納得して、自分で答えを出さなければダメだと。タイルの案はできているのよ。第一、ここまで導いてくれたのはあの人……」
くっと顔を上げる。
「あの……!」
ひなぎくは、上ずった声で切り出す。
「古民家組の皆さん。本日もお疲れ様です。あの、タイルの件なのですが……。私がタイルを貼ります。モザイクタイルを貼るのは初めてですが、やってみます」
深く頭を下げたので、長いポニーテールが揺れた。
「白咲さん、大丈夫ですか? まあ、最近は、DIYなんてありますから、それも楽しみだと仰るご依頼主さんもいらっしゃいますが」
「そうですよね。がんばりますわ」
ひなぎくは、早速、買い出しに行こうと必要な物を調べた。
モザイクタイル、タイルの接着剤、クシ目ゴテ、ゴムベラ、目地材、マスキングテープ、スポンジ、タッパー、バケツは最低限必要だと分かった。
黒樹がいたならフランスの運転免許証を日本の運転免許証に切り替えられたばかりで送って貰えるから楽だけど、バスを乗り継いで行くのも悪くないと思った。
ここで、黒樹に頼ってはダメだと、胸に誓う。
「ちょっと、出掛けて来ます」
通販アルコでも手に入るが、モザイクタイルの色味は自分で見たいと思い、DIYショップ、おりじなるツクールへと向かった。
「やはり、タイルは見に来て良かったわ。この桜色と淡い桃色を合わせても素敵ね。それから、白もべたにしないで、色味のばらつきのある貼り方にしたいわ」
何とかなりそうと、ひなぎくは、納得して来た。
こうして、古民家リフォームお風呂場編、タイル貼りは、ひなぎくが引き受けた。
その頃、蓮花は、アトリエに置く無料コインロッカーに描くイラスト案をノートに書いていた。
「うーん、何を描いたらいいのかな? 今日は、私が小学生チームのお迎えだから、三人に訊いてみようか?」
夕刻になり、小学校の夕陽の映える校庭で、蓮花は単行本を読んで待っていた。
フランスの作家、シメーヌ女史の『美味しいフランス・美しい日本』という本だ。
おんせんたま号で会話が弾んだ。
「蓮花お姉ちゃん、私ね、見ちゃったの」
虹花が、怪談を始める雰囲気を作った。
「え、何々? お化け?」
怖いもの好きの蓮花が飛び付いた。
「そうかも。ひなぎくさんが、怖ーい編みぐるみを作っていたの」
「あ、その出来たのを私も見た! ゾンビかと思ったわ」
楽しくなっちゃう蓮花さんをもう誰も止められない。
「パーパ―が言っていたけど、ひなぎくさんは、自分の絵が上手くないらしいよ」
「あの我慢強いお父様にそう言わせるのか」
澄花の一言に、蓮花は、ちょっと鼻息が荒くなった。
「怖いねー」
「怖いねー」
そうこうしている内に、福の湯についたので、藤の間で続きを会議に掛ける。
軽くおやつを食べながら、アイデアをどんどん出して欲しかったが、一発で、劉樹、虹花、澄花の意見は、一致した。
「パンダ!」
ひなぎくが、買い物でタイル選びに夢中になっている最中、一通のメールが来ていた。
今日は、もう黒樹とは連絡が取れないと諦めていたし、店内なので、サイレントモードにしていたから、そのメールには気が付かなかった。
黒樹とは、お互いに役割を終えた後に福の湯で合流した。
二人で話したいこともあったので、お土産物屋近くの椅子に腰掛け、お店で買ったカフェオレにお砂糖をたんまりぶちこんだものと、コーヒーをそれぞれに飲む。
「ああ、ひなぎくちゃん、俺に連絡があったみたいだけど、電話は繋がらないし、メールの返信も読んだ感じがしないのだが、今日は、どうした?」
「え? プロフェッサー黒樹からメールの返信ですか?」
「ああ」
黒樹が頷くと、ひなぎくは開き忘れていたメールを探した。
「えーと、『ご用件を書いてください』って、何ですか?」
全く天然なひなぎくだ。
「ひなぎくちゃん、『連絡をください』としか書かないのだもの」
「そうでした。てへっ」
その時、電話が鳴った。
ひなぎくの方だ。
「ああ、はい。そうです。白咲ひなぎくです」
黒樹は、ひなぎくの顔色が変わっていくのを見ていた。
「あ、そうなのですか。私の電話に出てくださった方は、いらっしゃいませんか? おりませんか。では、九月二十日のメールは届きましたか? その旨は伝えてあるのですが」
七変化とも呼ばれる紫陽花のようにどんどん薄暗い色になって行く。
「そうですか……。分かりました」
「Art運搬しろ犬株式会社ふるさとななつ支店では、その話は来年にしていただくか、なかったことにして欲しいそうです。元々、キャンセルがあるので、大丈夫と伺っていたのですが」
搬入業者から、ダブルブッキングの連絡だった。
そうとは知らず、ぎりぎりまで、作品名や作家名や制作年などが書かれているキャプションを作ったりと追われていた。
黒樹は、ひなぎくのそんな姿を知っている。
打ちひしがれてもよさそうなのに、空元気でいる。
どうしたものか。
「ちょっと、今晩はゆっくり考えます。タイルの作業工程も再確認しないといけませんし」
ひなぎくは、そのまま藤の間に帰るとおとなしくしていた。
夜皆が寝静まった頃、黒樹からSNSが届いた。
黒―〔どうしたんだい?〕
〔いたって普通ですよ〕―ひ
黒―〔タイルは皆でやろう〕
〔一人で大丈夫ですよ〕―ひ
黒―〔皆が俺は嬉しい〕
〔がんばりますから〕―ひ
黒―〔皆の家は皆でだ〕
〔皆……〕―ひ
黒―〔白咲の家にも皆で行こう〕
〔何故ですか〕―ひ
黒―〔皆は家族になりたいんだ〕
この後、ひなぎくは、誰もいない夜の温泉に浸かろうと廊下に出て来た。
考え事がしたかったのだ。
何でもない奇をてらっていない湯が良かった。
頭がすーっと冴える温泉が良かった。
気が付けば、垣根越しに男湯と女湯になっている露天風呂に足を入れて惚けていた。
ちゃぷん……。
「ひなぎくちゃん」
黒樹の声だった。
「搬入は、土曜日だろう。学校もお休みだ。全員で白咲の家に行こう。どの手も暇がない位忙しく働けば、きっとはかどるよ」
ぽちゃっ。
男湯も一人のようだった。
「俺から、ひなぎくちゃんに贈り物があるんだ」
空は夜なのに紫色に見える。
まるで、『ゴッホ』の描く夜空のような。
「贈り物……? こんなに沢山のお金を出して貰っているのにですか?」
ひなぎくはいつもの小声なのに、天にこだました。
「そうだ。ぜひとも受け取って欲しい贈り物なのだが」
黒樹が真面目を崩さないので、ひなぎくは困った。
「これ以上、受け取る訳には……。せめて、アトリエデイジーが軌道に乗るまでは、何も受け取れませんわ」
「湯冷めするなよ」
そう言って、黒樹は上がって行った。
十月二十八日土曜日の大安吉日、白咲ひなぎくに黒樹悠からの贈り物があるらしい。
ひなぎくは、目を瞑り、肩まであたたまった。
考えてみれば、黒樹が傍らにいないのは初めてだった。
スマートフォンのコールを止めて、バッグにしまうと、ひなぎくは、口元に手を当てて呟く。
「私は、一人で何もできない人なのかしら? プロフェッサー黒樹は、せんせいとして私に教えてくれたはずだわ。自分で考えて、自分で納得して、自分で答えを出さなければダメだと。タイルの案はできているのよ。第一、ここまで導いてくれたのはあの人……」
くっと顔を上げる。
「あの……!」
ひなぎくは、上ずった声で切り出す。
「古民家組の皆さん。本日もお疲れ様です。あの、タイルの件なのですが……。私がタイルを貼ります。モザイクタイルを貼るのは初めてですが、やってみます」
深く頭を下げたので、長いポニーテールが揺れた。
「白咲さん、大丈夫ですか? まあ、最近は、DIYなんてありますから、それも楽しみだと仰るご依頼主さんもいらっしゃいますが」
「そうですよね。がんばりますわ」
ひなぎくは、早速、買い出しに行こうと必要な物を調べた。
モザイクタイル、タイルの接着剤、クシ目ゴテ、ゴムベラ、目地材、マスキングテープ、スポンジ、タッパー、バケツは最低限必要だと分かった。
黒樹がいたならフランスの運転免許証を日本の運転免許証に切り替えられたばかりで送って貰えるから楽だけど、バスを乗り継いで行くのも悪くないと思った。
ここで、黒樹に頼ってはダメだと、胸に誓う。
「ちょっと、出掛けて来ます」
通販アルコでも手に入るが、モザイクタイルの色味は自分で見たいと思い、DIYショップ、おりじなるツクールへと向かった。
「やはり、タイルは見に来て良かったわ。この桜色と淡い桃色を合わせても素敵ね。それから、白もべたにしないで、色味のばらつきのある貼り方にしたいわ」
何とかなりそうと、ひなぎくは、納得して来た。
こうして、古民家リフォームお風呂場編、タイル貼りは、ひなぎくが引き受けた。
その頃、蓮花は、アトリエに置く無料コインロッカーに描くイラスト案をノートに書いていた。
「うーん、何を描いたらいいのかな? 今日は、私が小学生チームのお迎えだから、三人に訊いてみようか?」
夕刻になり、小学校の夕陽の映える校庭で、蓮花は単行本を読んで待っていた。
フランスの作家、シメーヌ女史の『美味しいフランス・美しい日本』という本だ。
おんせんたま号で会話が弾んだ。
「蓮花お姉ちゃん、私ね、見ちゃったの」
虹花が、怪談を始める雰囲気を作った。
「え、何々? お化け?」
怖いもの好きの蓮花が飛び付いた。
「そうかも。ひなぎくさんが、怖ーい編みぐるみを作っていたの」
「あ、その出来たのを私も見た! ゾンビかと思ったわ」
楽しくなっちゃう蓮花さんをもう誰も止められない。
「パーパ―が言っていたけど、ひなぎくさんは、自分の絵が上手くないらしいよ」
「あの我慢強いお父様にそう言わせるのか」
澄花の一言に、蓮花は、ちょっと鼻息が荒くなった。
「怖いねー」
「怖いねー」
そうこうしている内に、福の湯についたので、藤の間で続きを会議に掛ける。
軽くおやつを食べながら、アイデアをどんどん出して欲しかったが、一発で、劉樹、虹花、澄花の意見は、一致した。
「パンダ!」
ひなぎくが、買い物でタイル選びに夢中になっている最中、一通のメールが来ていた。
今日は、もう黒樹とは連絡が取れないと諦めていたし、店内なので、サイレントモードにしていたから、そのメールには気が付かなかった。
黒樹とは、お互いに役割を終えた後に福の湯で合流した。
二人で話したいこともあったので、お土産物屋近くの椅子に腰掛け、お店で買ったカフェオレにお砂糖をたんまりぶちこんだものと、コーヒーをそれぞれに飲む。
「ああ、ひなぎくちゃん、俺に連絡があったみたいだけど、電話は繋がらないし、メールの返信も読んだ感じがしないのだが、今日は、どうした?」
「え? プロフェッサー黒樹からメールの返信ですか?」
「ああ」
黒樹が頷くと、ひなぎくは開き忘れていたメールを探した。
「えーと、『ご用件を書いてください』って、何ですか?」
全く天然なひなぎくだ。
「ひなぎくちゃん、『連絡をください』としか書かないのだもの」
「そうでした。てへっ」
その時、電話が鳴った。
ひなぎくの方だ。
「ああ、はい。そうです。白咲ひなぎくです」
黒樹は、ひなぎくの顔色が変わっていくのを見ていた。
「あ、そうなのですか。私の電話に出てくださった方は、いらっしゃいませんか? おりませんか。では、九月二十日のメールは届きましたか? その旨は伝えてあるのですが」
七変化とも呼ばれる紫陽花のようにどんどん薄暗い色になって行く。
「そうですか……。分かりました」
「Art運搬しろ犬株式会社ふるさとななつ支店では、その話は来年にしていただくか、なかったことにして欲しいそうです。元々、キャンセルがあるので、大丈夫と伺っていたのですが」
搬入業者から、ダブルブッキングの連絡だった。
そうとは知らず、ぎりぎりまで、作品名や作家名や制作年などが書かれているキャプションを作ったりと追われていた。
黒樹は、ひなぎくのそんな姿を知っている。
打ちひしがれてもよさそうなのに、空元気でいる。
どうしたものか。
「ちょっと、今晩はゆっくり考えます。タイルの作業工程も再確認しないといけませんし」
ひなぎくは、そのまま藤の間に帰るとおとなしくしていた。
夜皆が寝静まった頃、黒樹からSNSが届いた。
黒―〔どうしたんだい?〕
〔いたって普通ですよ〕―ひ
黒―〔タイルは皆でやろう〕
〔一人で大丈夫ですよ〕―ひ
黒―〔皆が俺は嬉しい〕
〔がんばりますから〕―ひ
黒―〔皆の家は皆でだ〕
〔皆……〕―ひ
黒―〔白咲の家にも皆で行こう〕
〔何故ですか〕―ひ
黒―〔皆は家族になりたいんだ〕
この後、ひなぎくは、誰もいない夜の温泉に浸かろうと廊下に出て来た。
考え事がしたかったのだ。
何でもない奇をてらっていない湯が良かった。
頭がすーっと冴える温泉が良かった。
気が付けば、垣根越しに男湯と女湯になっている露天風呂に足を入れて惚けていた。
ちゃぷん……。
「ひなぎくちゃん」
黒樹の声だった。
「搬入は、土曜日だろう。学校もお休みだ。全員で白咲の家に行こう。どの手も暇がない位忙しく働けば、きっとはかどるよ」
ぽちゃっ。
男湯も一人のようだった。
「俺から、ひなぎくちゃんに贈り物があるんだ」
空は夜なのに紫色に見える。
まるで、『ゴッホ』の描く夜空のような。
「贈り物……? こんなに沢山のお金を出して貰っているのにですか?」
ひなぎくはいつもの小声なのに、天にこだました。
「そうだ。ぜひとも受け取って欲しい贈り物なのだが」
黒樹が真面目を崩さないので、ひなぎくは困った。
「これ以上、受け取る訳には……。せめて、アトリエデイジーが軌道に乗るまでは、何も受け取れませんわ」
「湯冷めするなよ」
そう言って、黒樹は上がって行った。
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