Eカップ湯けむり美人ひなぎくのアトリエぱにぱに!

いすみ 静江

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Ⅱ ブルーローズ♬前奏曲

E31 慌ただしくてキャー

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 翌、九月十五日金曜日、ここは冷たい空気がもう流れ込んで来ていた。
 朝は、昨日と同じく劉樹、虹花、澄花を米川の分校へと送り出した。
 分校前で、蓮花と和が立ち止まった。

「ひなぎくさん、お父様、私達からお願いがあるのですが」

「何だ?」

 黒樹が立ち止まって振り返る。
 朝の日射しを背に受けて、存在感が増していた。

「学校は、四月からにしたいと考えています。それまで、できるだけ住まいの支度やアトリエのお手伝いをさせてくれませんか?」

「俺からも頼むっす」

 少し歩き、二荒社前バス停の待合所足湯に皆でほかほかして浸かった。
 小学校の前では、話しにくい。

「うーん。ひなぎくちゃんとのランデブーがなくなってしまう」

 黒樹は、髭面なのに乙女のようにもじもじとした。

「あら、私は、蓮花さんと和くんにお手伝いいただけるなら嬉しいですわ」

 ぱああっとした、可愛い笑顔のひなぎくは、誰からも好感が持てる。

「ヤキモキしちゃうっEカップ! ひなぎくちゃんは何でなの?」

 黒樹は黒樹で、考えがあった。
 学生の内はきちんと学校へ行って欲しい。

「だって、蓮花さんと和くんのことが好きですし」

「ですし?」

 黒樹が押す。
 ひなぎくから、好きと告白されたことがないのに、蓮花と和が言われて、面白くない。

「……プロフェッサー黒樹のお子さんなのですもの」

 ひなぎくは、恥じらう。
 どうしてかは分からないが、お子さんと言う言葉を紡ぎ出した自分のリップに両の手を当てて俯いた。

「ひなぎくちゃん。俺の子だからって、遠慮することはないぞ。お邪魔ならお邪魔でいいんだよ」

 ランデブーしたかったひなぎくへの想いは、まんざら冗句でもなかった。

「ごめんなさい。プロフェッサー黒樹のお子さんと言うだけで、断る理由は一つも見当たらないわ」

 首を横に振り、自分の意見は変えないと示す。

「どうしてっすか? ひなぎくさん」

「和! 大人の事情に首を突っ込まないの」

 蓮花が素早く突っ込んでしまった和をたしなめた。
 ダメ元でお願いしていると蓮花は分かっている。

「そうっすか。父さんとひなぎくさん、二人っきりがいいんっすか? 俺は、昨日の草刈は楽しかったっす」

 和は、もう十分なのか足湯を止め、靴下を履いた。

「和くん、ありがとうございます」

 ひなぎくが、ぺこりとする。
 少しでも手伝おうとしてくれたのが嬉しかった。
 黒樹とは考え方が異なっている。

「それは、感謝するが。何を手伝いたいんだ?」

「俺は、準備までの力仕事ですっすね」

 考えてはいるのかと、さぼりたい訳ではないのだと、黒樹は思った。
 社会経験だと思えば、止める理由はない。

「私は、学芸員のお仕事を拝見させていただきたいわ。それから、できることな
ら、何でもします」

 蓮花は顔の前で拝むように手を合わせた。
 すかさず、ひなぎくが、世話焼きを働く。

「蓮花さん、博物館学芸員に興味があったのよね。こちらの学芸員と欧米のキュレーターは仕事が一桁違って、専門性と権限が強くはないの。私などは小さなアトリエデイジーを開くのが精一杯だけど、参考になればいいと思うわよ」

 早口のひなぎくは調子がいいと、黒樹は知っている。
 これでは、蓮花も決定だなと思った。

「私、仕事の内容によっては、進学先を、ひなぎくさんと同じ国立上野大學藝術学部にしたいと思ったの」

「蓮花さん、だったら時間が掛かると思うけれど、入試から始めた方がいいと思うわ。絵の勉強でしたら、プロフェッサー黒樹は最高よ」

「おいおい、褒め過ぎだよ、ひなぎくちゃん。そうか、蓮花の事情は分かった。暫くこちらも様子を見させて貰うぞ。ナイナイペターン」

 漢のバストに両手を当てた、アホくさいポーズを取った。

「プロフェッサー黒樹、ご自分のお子さんでしょう? からかっちゃダメでしょう」

 黒樹は、ブンブンブンブンと首を振る。
 答えは、ノンだ。

「和はなんだ? いいのか? 日本で高校を出ないと就職は厳しいぞ」

 優しい顔で、覗き込んだ。
 そんな黒樹のまるいメガネの奥で、心配する瞳があった。

「勉強は、嫌いじゃないっす。でも、就職しなくてもバイトでもいいっす」

「何でだ?」

 つんつん髭さえなければ可愛い顔を近付けた。

「それは、言えないっす」

「今、教えてくれ。胃が痛いから」

 本当に胃の辺りからきゅるると音が聞こえた。

「父さんの胃が?」

「俺が、胃が痛くて悪いか」

 ちょっと不機嫌なようだ。
 それもそのはず。
 今朝のおにぎりが小学校のお弁当用に減ったので、黒樹は食べ足りなかった。

「人を探したいっす」

 和は、黒樹の目をそらさなかった。

「……そうか。ここは、日本だものな。ちょっとだけ考えさせてくれ」

「よろしく頼むっす、父さん」

 暫くして、おんせんたま号にて、待ち合わせの飯山教会へと向かった。
 ひなぎくは、車窓を色豊かにしている紅葉をじっと眺めていた。

 ♪ ふんふんんふふー。

 気分よくしていると瞬きする間に到着するものだ。
 落ち葉を踏みしめて登り、教会を再び見て、これは本当に巡り合ったものだとひなぎくは思った。

「やあやあ、神父さんご夫妻」

 黒樹が握手を求めた。

「黒樹さん、お待たせしましたか。すみません」

「いんやいんや。早速、始めましょうか」

 秋の中、六人で立っていた。

「お願いしますね。今日は、蓮花さんと和くんも同行しております」

「ご熱心ですこと」

 奥様が喜ばれた。
 暫く雑談をした後、黒樹の一言で、昨日はうっかりしていた名刺交換をする。

「神父様は、飯森聖哉いいもり きよなり様。奥様は、飯森深晴いいもり みはる様。お二人とも素敵なお名前ですね」

 ひなぎくは、お名刺をいただいて必ずお名前を褒めるタイプだ。

「それで、ご連絡させていただいた通り、この教会は神父様名義ですので、今から神郷にある神郷第二不動産かみさとだいにふどうさんで、書類のやりとりをしたいと思います。お忙しいですが、その後で私達はアトリエデイジーにリフォームする案を持って、リフォーム会社を訪問したいと思っています」

「分かりました。折角ですので、ワゴン車で参りましょう」

 神父夫妻にお世話になり、直ぐに神郷の不動産会社に着き、相談をした。

「何でも焦ると書類にミスが目立って来ます。こちらで書いていただいて大丈夫です。飯森様、黒樹様、白咲様」

 仕事のできそうな不動産会社だ。

「そうですね。私は、書類をできるだけここで書きます。明け渡しは、この日はいかがでしょうか」

 印伝の手帳を開いてひなぎくは、積極的に相談する。
 黒樹は、間違わないように、焦らないように、見守っていた。
 飯森神父夫妻が好意的に応じてくれて、ひなぎくも助かっていたのだろうと黒樹は思う。
 結果、飯山教会は、九月二十九日金曜日の大安の日に明け渡してくれることになった。
 お金は、黒樹の黒いお金か何か知らないが、さっと出してくれた。

「次の会社へも送って行きますよ」

「ありがとうございます。リフォーム会社は選ぶなら近い方がいいかと思いまして、ふるさとななつ市郊外にあるリフォームセンターA&Aエーアンドエーを選んでみました」

 リフォームは、ひなぎくのとっておきの企画展案で進める。
 開館をするのは、十一月三日金曜日でいて文化の日、しかも大安の日で特別な日になった。
 その為の搬送は、十月二十八日土曜日の大安の日とスケジュールを組んだ。

「ほっとしたわ」

 ひなぎくは、ぼーっとワゴン車へ行こうとした。
 ペンを取っていた手が震えてリフォーム会社の床に落としてしまった。

「どうぞ」

 飯森深晴の手から渡されたので、ぼんやりとお礼をした。
 帰りのワゴン車の中で、ひなぎくは、飯森深晴にある提案をする。

「奥様。ぜひ、奥様の素晴らしい和菓子をパンダ温泉の中で、提供させていただきたいのですが、いかがでしょうか? 拝見させていただきまして、感銘を受けました」

「私で、お役に立てるのなら、こちらからお願いいたします」

「あ、私もウエイトレスをがんばります」

 蓮花のお仕事にしたいようだ。

「素敵なウエイトレス、飯森さん三婆さんばーずが、何ていうかな? 蓮花。ヤキモキしちゃうペッタンコ! 三婆ーずと変わらない!」

 ワゴン車の中でも黒樹はナイナイペターンの話題を振って困ったものだとひなぎくは思った。

「お父様でも、許しませんよ。ムキー!」

「猿が出たー」

 あはははと車中で朗らかになった。


 ひなぎくは、少しくつろぎながらも高揚していた。
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