上 下
29 / 44
Ⅱ ブルーローズ♬前奏曲

E29 古民家ララバイ

しおりを挟む
 青いバラの囁きにどきどきし、ぐっと胸を押さえながら、ひなぎくは、佇んでいた。

「どうしたの? 和くん」
「おう、どうした? 和」

 ひなぎくと黒樹が声を揃える。
 今は、古民家の南東側にいて、東側のパンダ温泉楽々方面を向いていた。
 おんせんたま号のこぶとり寺前バス停がある方だ。

「ご子息でいらっしゃいますか?」

 飯森健が書類をたたんで和の方へ来た。

「俺は、草刈でもと、寄ったっすよ」

 照れ笑いが和の優しさを引き出していた。

「草刈ー? 和がか? 驚かすな」

 黒樹は、信じない訳ではないが、可愛い息子をちょっとからかってやりたい。

「冗談じゃないっすよ。草刈鎌も買って来たっす。店の人に聞いて教えて貰ったっす。金髪のにーちゃんと呼ばれたけど、親切だったっすよ」

 ふるさとななつ市のホームセンターの買い物袋から厳重に包んだ草刈鎌を取り出した。
 砥石も買ったようだ。

「行動力あるなー。初めて会った時は、こーんなに小さくて、バブも言えなかったのにな」

 ニヤニヤとからかう。

「父さん、バブ位言ったっす。多分っすよ」

 和は、笑い声を出さなかったが、腹を抱えていた。
 そして、飯森健さんに断りを入れて、そのまま黙って、草を刈り始める。
 黒樹から見たら、へっぴり腰だったが、やるだけ構わないと思った。
 そんな和の成長は喜ばしい。

「では、現地見学させて貰いましょうか?」

 ひなぎくは、和ががんばっているのを素敵だと思う。
 もしも、母親なら、大きな成長と感動さえする気がした。

 黒樹は、いただいた見取り図を広げた。
 いよいよ、古民家の秘密がほどかれる。

「延べ床面積は五十坪程度ですな」

 黒樹は、口髭をつんつんとさせて、上機嫌だ。
 ひなぎくも黒樹の横から覗かせて貰った。

「そうですね。図面の分かり難い所があったら、仰ってください」

 図面に起こした飯森克喜が柔和に話し掛けた。

「玄関から、パンダ温泉のある東側とバス通りのある南側に縁側があるな。その南の縁側に八畳の和室が、A室、B室の二つあり、隣接して北側に六畳の和室が、C室、D室と二つあるのか。二つの和室八畳の並び西側にも角に六畳の和室、E室があるな」

 ここまでが、南半分の簡略な間取りだ。

「玄関から北の角に六畳の洋室、F室がある。うむ、個室の洋室はここだけだな。その西側に台所と居間。土間はないようだな。玄関からの廊下から、北西角に六畳の和室、G室があるのだな」

 これが、北半分の部屋だ。

「個室は、AからGまで、全部で七部屋か。うむ、かなり理想的だ」

 黒樹が、うんうんと頷いて、見取り図に目を落す。
 ひなぎくは、それが嬉しくて同調して頷く。

「そして、水回りは、西側に寄せたのな。北西から南西にお風呂、脱衣場、洗面所、トイレと続いているのか」

 ふむふむと噛みしめながら、黒樹なりに、構想を練っているようだった。

「部屋数が多いのもいいですね」

 ひなぎくがそう言った時だった。
 古民家物件の現地に、一台のセダンが停車した。
 見目麗しい女性がすっと車から降りるのに、黒樹の目が奪われないかとひなぎくが見ていた。

「初めまして。飯森不動産の飯森康子いいもり やすこと申します。克喜の妻で、健の妹です」

 元巫女だった、飯森克喜の奥さんのようだった。
 ひなぎくは、童顔な感じなので、すらっとした奥さんに、黒樹がどきどきしやしないかと、もう妬いている。

「あらら、飯森健さんに康子さん。二人で、健康な子に育って欲しかったのかな?」

 黒樹は、三人の子どもの命名をした。
 子どもの名前は、親からの初めての贈り物だ。
 名前で、親の想いも分かると言うものだろう。
 ふと、和に目をやった。
 どんな想いが、和と言う名に託されているのだろうか。
 父親の山野拓磨に訊いてみたいものだ。
 和は、寡黙に草刈を続けている。

「和、無理はするなよ。体壊すな」

「父さん、もう小言はいいっしょ」

 すかっと笑った和が眩しかった。

「そうだな、和」

 黒樹も微笑ましく見つめた。

「初めまして。飯森様。黒樹和といいます」

 汚れた手をはたいて、握手を差し出した。
 飯森康子は、それに応じた。

「まあ、立派なご子息ですね。ご挨拶もしっかりなさるし、草刈まで」

「いやあ、そうでもないんじゃが」

 黒樹は、謙虚に出る。
 ひなぎくは、それが、黒樹のいい所だと思った。

「じゃあ、和は、中に入るか?」

「折角ですし、一緒に見学しましょうよ、和くん」

 二人で誘ったが、断られた。

「俺、体が汚れているっす」

 両手を開いて、自分の姿を見せた。

「そうか? 遠慮しているのか。草刈、頼むな」

「OKっす」

 和は、割と地道なタイプなのだと、ひなぎくは思った。

「じゃ、皆さん、上がってください」

 ひなぎくが見ると、ふかふかのスリッパが並んでいた。
 足を入れるとあたたかかった。
 飯森不動産は、接客が丁寧だ。

「おお、これはこれは。直ぐにでも住めそうですな」

 黒樹は、綺麗な古民家にとても満足し、目を輝かせている。

「お掃除がとても行き届いていますのね」

 ひなぎくも関心する。

「後は、俺からは、部屋割り位しか言うことがないが。ひなぎくちゃんは、お風呂に拘りたいのだろう?」

 テストを出す黒樹は、ちょっとだけ意地悪だったが、それも思い遣りである。
 ひなぎくは、夢想して答えた。

「そうですね。リフォームの会社とのご相談になりますが、先日お話ししましたように、モザイク画のように、綺麗なタイルだったら、楽しいですね。お風呂の為に家があるのではありませんが、お風呂が好きな方には、ゆとりの時間でしょう。私は、楽しいお風呂にしたいです」

 ひなぎくは、内風呂を温泉にするのが、今は夢になった。

「子宝の湯のようですよ。ははは」

 飯森健が、飯森克喜の肩をトンと叩いた。

「お手洗いは、水洗がいいでしょうか?」

 飯森康子に訊かれ、答える。

「できれば、お願いしたいですわ」

 虫歯の痛むポーズでお願いをするひなぎくに、やはり、女の子かと黒樹が思った。
 俺の時は、汲み取りは当たり前だったし、離れにトイレがあったものだと。

「キッチンは如何いたしますか?」

「うーん。プロフェッサー黒樹、ご予算とか大丈夫ですか?」

「大丈夫。親子ローンってあるし」

 ひなぎくは、がくっと来た。

 一通り見学を終えた一行が、玄関から出て来た。

「次に来るおんせんたま号で、小学校の迎えに行った方がいいっすよ」

 和が、そう教えてくれた。
 やはり、兄なのだと、ひなぎくも黒樹も思う。

「そうね。プロフェッサー黒樹、一緒に行きましょう」

 つつっと黒樹の袖を引っ張った。

「俺はパパじゃもんなー」

「小学生のお子さんもおいでなのですね」

 飯森康子が、微笑ましく語られた。
 子宝の湯とは、何の関係もないのだが、子沢山は引き寄せられたようだ。

「それでは、また。本日はお世話になりました」

「お世話になりました」

「お世話になったっす」

 礼を言って、おんせんたま号のバスで去った。

「どうしているかなー。劉樹くんに、虹花ちゃんに澄花ちゃんは」

 ♪ ふふふー。
 ♪ ふふふふふふうふふー。

 ひなぎくは、鼻歌なんて歌って、青いバラのお化けとはおさらばしたようだと、黒樹はほっとしていた。

 米川の小学校の教室へ迎えに行くと大変なことになっていた。
 劉樹はなんでもなかったのだが、虹花の金髪の長いおさげが乱れていた。

「虹花! 今度は、虹花がイジメにあったのか?」

 黒樹は虹花をぐっと抱いた。
 そして、虹花の頭を撫でた黒樹に、ひなぎくがくしを貸そうとすると、あたたかみがないと断られた。

「し、失礼いたしました」

 ひなぎくは、自分の行いを恥じた。
 くしは、そっとバッグにしまった。
 ひなぎくは、黒樹とベクトルが合わないと凹んでしまう。
 それよりも、今は、虹花のことが優先なのに。

「違うもん。ジャングルジムから落ちたの」

「それは、それで問題だろう?」

 黒樹は、どの形であれ心配をする。
 しゃがんで、虹花の顔を覗く。

「先生は、今からお見えになるの? 虹花ちゃん」

「うん」

 ひなぎくの胸は、また、どきどきとしていた。



「ダメな子には青いバラ」

「ふふふふふ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

皇帝はダメホストだった?!物の怪を巡る世界救済劇

ならる
ライト文芸
〇帝都最大の歓楽街に出没する、新皇帝そっくりの男――問い詰めると、その正体はかつて売上最低のダメホストだった。  山奥の里で育った羽漣。彼女の里は女しかおらず、羽漣が13歳になったある日、物の怪が湧き出る鬼門、そして世界の真実を聞かされることになる。一方、雷を操る異能の一族、雷光神社に生まれながらも、ある事件から家を飛び出した昴也。だが、新皇帝の背後に潜む陰謀と、それを追う少年との出会いが、彼を国家を揺るがす戦いへと引き込む――。  中世までは歴史が同じだったけれど、それ以降は武士と異能使いが共存する世界となって歴史がずれてしまい、物の怪がはびこるようになった日本、倭国での冒険譚。 ◯本小説は、部分的にOpen AI社によるツールであるChat GPTを使用して作成されています。 本小説は、OpenAI社による利用規約に遵守して作成されており、当該規約への違反行為はありません。 https://openai.com/ja-JP/policies/terms-of-use/ ◯本小説はカクヨムにも掲載予定ですが、主戦場はアルファポリスです。皆さんの応援が励みになります!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...