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Ⅱ ブルーローズ♬前奏曲

E19 アトリエの敵は温泉か

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「まー、困ったわー」

 うーんといつまでーも頬が赤くなるまで手を当てていた。
 黒樹がその手をぐっとはがした。

「こらこら、困っていても致し方がないだろ。パリから白咲の家に送った作品は、こちらで収蔵庫を設けて引き受けようと思っていたのだからね」

「プロフェッサー黒樹、そうなのです。パリにいた時はそう青写真を描いていました。展示と収蔵とで回していければいいなと。通常の美術館のように」

 ひょいと、和が口を挟む。

「収蔵庫って、俺は少しなら分かるっす」

「え? 和くん、意外だわ。私、キュンとしちゃう」

 ひなぎくがかわいこぶりっこをしたので、小学生チームには、ウケて笑われた。

「だーめー! ひなぎくちゃん。どうして、俺にキュンとしないんだ? あ、分かった。キュンキュンし過ぎて、キュン死しちゃうからだろう」

「だー! バターン。キュン死……」

 バス停からひなぎくが歩いて来て、ひとつの大きな岩にへばりつく。

「収蔵するって、美術品の気持ちを表しました。へたっちですみません」

 ひなぎくのボケはズレ過ぎだ。

「あれっすよね。美術品に限らないと思うんっすけど、用途の異なる収蔵庫があるんっすよ。湿度と温度の管理をしなければならなくって、照明には落下防止や紫外線の件でカバーがかけられていたりするっすよね。見たことや教わったことはあるんっすよ」

 和は嬉しそうにノリノリで話す。

「あら、意外ー。和くんに、私もキュンキュンしちゃうかも、よ」

 蓮花が壊れた。

「蓮花ねーさーん。異父兄弟は、ダメなんすよ。モテるって辛いっすね」

 蓮花と和が同時に笑うと、笑い方が似ている。
 ひなぎくは、どうやって似たのかと思い、黒樹一家について優しくなれる方法を知りたくなった。

「では、こんなに、もやもやーんとした温泉地では、難しいの? 空調管理とか。ひなぎくさん」

「そうなの。美術品は、さっきの話に加えて、害虫などから美術作品を守り、勿論展示中も、美術作品の保護と保安、火災からも美術作品を守る為に、消火設備を整えないといけないわね」

 う、ううううーんと、体の柔らかいひなぎくさんは、Eカップを人目をはばからずに、イナバウアーのように背を反らせた。

「他のことから考えましょう。頭に見取り図が入っています。予定では、一階に、エントランス、多分私の受付、プロフェッサー黒樹の館長室、私の学芸員室、ここも私の事務室、情報コーナー、図書コーナー、蓮花さんにお似合いのミュージアムショップ、収蔵庫、二階に、ここも私なのか展示室、ここは手分けして、ワークショップのアトリエ……。別棟で、地元の方にレストラン。できれば、講堂に市民ミュージアムとかを考えていたのよね。困ったわねー」

「ヤキモキしちゃうっEカップ! 一つずつ考えて行くんだ、ひなぎくちゃん」

 赤コーナー!
 アラフィフおじさまプリプリー!
 青コーナー!
 三十路控えてプンスカー!
 ファイッ!

 一人でレフェリーみたいな仕草をしたのは、和だった。
 和の好きなスポーツは、決してボクシングではない。
 テレビで見られる相撲だ。
 お気に入りは、千代ちよ海未うみ横綱で、そっぷ型でカッコいいのと、その精神に没頭していた。

「ひなぎくちゃんは、何を展示するのだったのか思い出してごらんよ」 

 踊る、踊る、踊るプロフェッサー黒樹。
 何も音楽がないのに、ざあざあとする温泉の音の中、ステップを踏む。
 そして、ひなぎくの手を取り、簡単なスロースロークイッククイックを綺麗な四拍子に揃えた。
 ひなぎくは、パリでミッション系の方ばかりのアパルトマンに暮らしていたことを思い出す。
 そこの一人、セシリアからこのスロースロークイッククイックを学んだ。
 女の子同士楽しかった。

「私は、彫刻、陶芸、陶磁器、版画、染色、空間を演出したインスタレーション、作家の身体等の動きを表現したパフォーマンスアートの全てを展示しようとは思っていないのよ。主に絵画のレプリカか写真ね」

 ひなぎくのまとめを受けて黒樹も手伝う。

「そうだな。メインは――」

「――レプリカです」

 ひなぎくは、こくこくと頷いた。

「白咲の家に収蔵庫を作りましょう!」

 力強く拳を引いた。

「がばっと言うなあ! それは無理に近いな。作品数からいって、皆展示してしまいなさい。コンビニエンスストアみたいに」

「必要なものだけ、展示しましょうよ」

 ひなぎくには、ひなぎくの考えがあるようだ。
 だが、それ位で譲っていては、プロフェッサーをやっていられない。

「収蔵庫そのものを今回、廃止しよう。他の美術館との企画展とかは考えていない訳だし」

「はい、プロフェッサー黒樹。では、簡潔な間取りを考えましょうよ。エントランスと受付、ロッカー、展示室、館内の体験型施設、ミュージアムショップ、休憩コーナー。……休憩って」

 そこらをおばあさん方がくつろいでいた。
 くつろぐ……。
 くつろげる場所。

「休憩って温泉は?」

 思わず、黒樹の袖を引いた。
 ひらめいたひなぎくは、タヌキみたいに目を丸くしている。

「温泉で休憩っていいですよね……?」

 黒樹は、くらいつくか?
 まるい銀ぶちメガネの奥で目を細めている。

「私は、美術館に温泉があったら、いいと思いますよ」

 ちいさめの胸に手を当てて、蓮花が促した。

「さてさて、いざ展示はどうするの? 温泉まみれの中で。学芸員さん、がんばれ」

 黒樹は少し嬉しそうだ。

「館長さんもがんばりましょうよー。裸展示とケースに入れた展示がありますよね。全て、ケースに入れましょう。展示作品にやさしい照明。しっかり管理されている空調。これらにも気を遣い、掃除も行き届かせましょう。私の制作と写真しかないですから、当分はこれで行きましょう」

 これからのアトリエデイジーに、ひなぎくは胸を弾ませる。

「では、優先順位を決めるに当たって、展示を見る側の動きを整理してみますね」

「なんでもやってみなさい。俺は聞いているから」

 ずるっ。
 こぶとり寺への道は、思ったよりも厳しくなり、滑る子も出て来た。

「例えば、目玉の作品に対して、展示作品から美術館を探したりするのでしょうね。ホームページとかテレビなどもいいですよね。次に展示品について調べる。せっかくですしね。それから、話題の美術館が世界遺産に認定されましたよね。建物も鑑賞する。つまりは、建築も作品なのです。また、館内外の美術品を鑑賞する場合もあります。モニュメントがありますから」

 分かってそうな顔と分からないさんの顔になっている子ども達の前で、ひなぎくはこぶとり寺を目指して歩いていた。

「ポスターやリーフレットに注目する。要約を押さえてありますし、結構飾っても綺麗だと思いますよ。他、作品リストを持ち帰る。地味ですが、番号順に行くにはもって来いですよ。さーて、やっと着きました。展示作品をじっくり鑑賞して欲しいですね。できましたら、家族や友人と美術作品の感想を話したり、美術作品を観た感想を記録するまで行ったら、プロですよ」

「何ですか? プロって」

 蓮花がきょとんとする。

「作品名や作家名や制作年などが書かれているキャプションを拝見するのにも萌えーってあるのよ」

「ひなぎくちゃん、変態。やっぱり、Eカップ湯けむり美人ひなぎくだから?」

 黒樹とひなぎくは波長が合う。

「すみませんね。ほほほ」

 そろそろ、こぶとり寺に着いてもいい頃だ。
 最後の石段を上まで登る。
 下は、もうもうと湯けむりに覆われた秘湯のようなロマンがあった。
 ここからだと、パンダの温泉マークも見えない。

「つ、着いた……」

 バターンと蓮花だけが倒れた。
 和がいつものことだと一笑に付した。

 温泉の奥にこぶとり寺があり、その北側から、細い瀧が流れている。

「まー、困ったわー」

「なんじゃい、ひなぎくちゃん。困ることがないだろう」

 黒樹が、またかと顔をしかめる。

「博物館にお住まいを併設させるおつもりはありますか? プロフェッサー黒樹」


 赤い太鼓橋に木々に紅葉が見られ、足がすくみそうな程下に見る温泉郷が、美しく、誰もが言葉を失っていた。
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