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Ⅱ ブルーローズ♬前奏曲

E18 ひなぎくの愁いを感じて

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 ♪ らーらららーらーらーららー。
 ♪ らーらららーらーらーらららー。

 バス停、二荒社前に戻ったら、次のおんせんたま号まで三十分はあったので、近くの社へ行くことにした。
 ひなぎくは、自分はカトリックだったが、ゲン担ぎのつもりで子ども達に五円はご縁を祈るものですよとお賽銭を配る。
 蓮花が尋常でない位に祈っていたので、ひなぎくは、もしかして想い人がいるのかと思い、ふふふと笑みがこぼれる。
 その後、また、バス停に戻った。

 せっかくなので、ひなぎくは、足湯に入りたくなった。
 気分はいい。
 米川の分校に少なくとも劉樹くんと虹花ちゃんと澄花ちゃんは通える。
 ランドセルを買ってあげたいなどと考えていた。
 その時、思わず、子守歌を口ずさみ、目を瞑って足湯をぱしゃんとはじいた。

「おい、どうした。『私は音痴だから一生歌えません』と、ずっとかたくなに拒み続けて来たひなぎくちゃんが! 歌なんて歌っているぞ! おじさまひっくり返るわ」

 初めてのひなぎくの歌は、セイレーンのように素敵に魅了されると、黒樹は困惑顔だ。
 ほんの少し歌っただけなのに、黒樹はぐいぐい新しいひなぎくを知ったので興奮を抑えられない。

「あ、プロフェッサー黒樹。失礼いたしました。次のバスが来るのはもう少しですね」

「スカッとかわすなよ。もしかして、天然か? おじさま、靴下はくー、自分ではくー」

 いつもの黒いスーツにグリーンのストライプのネクタイ姿で、腰に手を当てて、ひなぎくの顔を覗き込んだ後、せっせと革靴も履く。
 ひなぎくもビジネスライクではない、ジャケットとタイトスカートとお揃いのクリーム色の小さなリボンまで付いた綺麗なヒールの低いパンプスに足をおさめた。

「そんな感じがします? 私、怒るととても怖いらしいので、まったりとしていようと努めています。おかしいかしら?」

 お困りのポーズが再び出ましたと、そろそろ慣れて来た皆が思うようになった。

「まあ、冷静でありたかったら、感情論に任せるのはよろしくないな。ひなぎくちゃんは、何しても怒らないから、かえって心配だよ」

「お気遣い、ありがとうございます」

 ひなぎくがぺこりとお辞儀をすると、いい香りが黒樹をくすぐる。

「これから、また、夢のようなバスに乗りましょう。おんせんたま号、いいですよね。屋根がついてゆったり座れるコの字型の待合所には足湯もありますし」

「うむ。これは、二荒神温泉郷で成功した事業だな」

 にこにこした黒樹の笑顔を直視できなくて、ひなぎくはさっと背を向いて紅潮した頬を隠す。

「ああ! パーパー、可愛いおんせんたま号が来たよ!」

「おう。乗れや。順番にな」

 おんせんたま号は、二荒神温泉郷の循環バスの為、運賃は一律大人三百六十円で、前乗りだ。
 黒樹、子ども達、ひなぎくの順に乗り込んで、七人で千六百二十円をひなぎくがまとめて払った。
 お年寄りが多く見られ、観光客も増えて来た車内の好きなシートに腰掛ける。
 小学生チームなどおとなしくないものだから随分と賑わせ、黒樹が頭を下げた。 
 特に幼い虹花と澄花の楽しい笑い声、蓮花のこちらに来て増した艶っぽさ、本人は内緒とするぽいんぽいんのバストを持つひなぎくが、その名の通り、華をそえていた。
 黒樹は、和や劉樹も好きだが、元来の女の子好きで、どうしてもうちの子自慢をしたいとうずうずしていた。

「可愛いだろう……。可愛いだろう……」

 小声過ぎて、凍えたような声だった。

「これからねー。そうね、路線図によると後六つ先ね。こぶとり寺前じまえで降りるわよ」

「えー! こぶとり寺? 小太りするの?」

 蓮花が食らいついたのに、ひなぎくは、クスクスと笑う。

「体にできた、コブを取るみたいですよ」

「僕、おうちにあった『名作絵本読み聞かせ集』で、こぶとりじいさんを読んだことがあるぴくよ」

 劉樹の一声にひなぎくは飛び付いた。

「へえ、読み聞かせとかお母さんにして貰ったの?」

「それはないー」

「ないー」

「ないよね」

「ない、ない」

 ぱっと四人が否定する。

「覚えていないだけかも知れないよ!」

 皆が反対する中、澄花は、眼を澄ませている。
 普段おとなしい子の発言って確たるものだと黒樹とひなぎくは感じた。

「ないよ、澄花ちゃん……。ママンはね、俺たちよりもジュースを飲んでいる時間が好きだったんだって。いつか分かるといいな。いや、知らないこともあってもいいんだよ」

 和が、澄花の頭をポンと叩いた。
 蓮花が何かを思い出したかのように、ハンカチで目頭を押さえた。

「私達よりも少し急ぎ足だっただけなのよ……。ママンはね、逃げていただけではないの。愛情が欲しかっただけなの。誰からでもいいと私には毎日こぼしていたわ」
 
「パパや私達ではダメなの?」

 無垢な澄花に皆が黙る。

「すまない、澄花。パパが悪かった」

 澄花を手荷物ごと抱っこし、金髪をかき分け頬ずりをした。

「今は、どこにいるの?」

「パパは知らないのだよ。すまない」

 ピンポーン。
 丁度黒樹がうなだれた時に、下車を告げるチャイムを誰かが押した。

「はい、皆、こぶとり寺前だから気を付けてね」

 ひなぎく一行の他に、四人のおばあさん方が停留所に降り立った。

「おやおや、湯治ですかいの?」

「そうじゃ、そうじゃろうとも」

「パンダみたいに、可愛いのお」

「お父さんに若いお母さん、五人もお子さんができてえがったの。子宝の湯でもあるんだで」

 口々に微笑ましがられる。

「こ、子宝の、湯……!」

 一番に甲高い声を上げたのは、ひなぎくだった。

「ありがちでしょうよ、ひなぎくちゃん」

 確かに、黒樹も子宝に恵まれている。
 どこでどうにかなったのかは、親にしか分からない。

「プロフェッサー黒樹、まるで私がこんな、こんな、ぱにぱに?」

「どうしたの? 君が、博物館学芸員の資格を取るよりも簡単なことだよ。一に温泉へ行く、二にしっぽりする、三にお腹が大きくなる。そんな感じでしょう」

 しれっとした黒樹に、ひなぎくは目くじらを立てる。

「簡単にお腹は大きくなりません!」

「こぶができたぴく?」

 様子を見ていたのは、一人ではなかった。

「ああ、ごめんなさいね。劉樹くん、大丈夫よ。プロフェッサー黒樹、冗句は控えてくださいね。お子さん達の前でおたわむれですわ」

「所で、ここも温泉郷なのでしょうか? プロフェッサー黒樹」

 黒樹が見回す必要もない程、簡単に分かった。

「えーと、パンダが温泉に入っているマークが見えるな、ひなぎくちゃん。あっちだ」

「パ、パンダちゃんが? どこどこ?」

 ひなぎくは、直ぐにきょろきょろと探した。
 すると、目的地方面にあった。

「これは、俺としっぽりパンダのようにEカップ湯けむり美人ひなぎくがとけあってと……。ぶふっ」

 ひなぎくエルボーが黒樹のみぞおちに入った。

「あーら、ごめんなさい。お子さんもいらっしゃるのに、いけませんわ。ほほ」

 お上品に笑うひなぎくは、目が笑っていない。
 やるかっと黒樹も流し目で応じる。

「くだけて来たな、ひなぎくちゃん」

「ひなぎくさん、お父様、これからパンダの温泉マークの方へ行くのですか?」

 蓮花に水を差された。

「そうなのよねー。蓮花さん。困っちゃうわー」

「そう言うことになるな」

 二人とも腕組みをしている。

「困るのですか? お二人とも」

 蓮花にはピンと来なかった。

「温泉地ですからね。困ったのは」

 ひなぎくは、虫歯が痛むようなポーズで困り続けている。

「準備不足だったかな。まあ、行ってみよう」

 黒樹に続いて、ひなぎくも皆を促す。

「そうするしかないようですね」

 行ってみると、パンダマークの温泉では、イメージと異なりご老人がちらほらと見かけられた。
 先程のおばあさん方もこの温泉が目的なのだろう。

「子宝はともかくですね、おばあさん方が多くおいでですね」

「そうじゃろう、お嬢ちゃん」

 入れ歯を忘れたおばあさんが口の端を引いて笑った。

「プロフェッサー黒樹。よく見ましたら、『歓迎かんげい、パンダ温泉楽々おんせんらくらく』との新しい看板がありますね」

「この地にアトリエを予定していたはずだったが。温泉ではどうしたものかい」

 来て早々、アトリエデイジーへの道に、壁ができた。

「お土産ー、お土産に珍しいお花はいかがですか?」

 変わった、売り子さんだ。
 何か青い物を売っているようだ。

「遺伝子組換えによらないものだよ! 青いバラ、青いバラは、いかが?」

 売り子さんの声に被って、ひなぎくは、考えを巡らせる。
 先程のおんせんたま号でのできごとだ。
 黒樹の元妻に対する兄弟の反応が気になった。
 何か大切なことを見落としている。


 この子ども達と一緒にいたいのなら、忘れてはならないこと。
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