命のたまご

いすみ 静江

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第三章 大学のときめき〔平成〕

12 ゆりかごの中で

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  1 のぞみ

「……」
「……」

 私が黙ったらいけないよな。

「……二十二歳です」

「すみません……」

 私は、ゆっくりと俯いた。

「俺より一つ上になるのか……? 俺は、二十一だし……」

 もう、ラーチャンは、先輩二人とも食べ終わっていた。
 わっちー先輩は、黙って聞いている。

「驚かせてごめんなさい。黙っていたら、別の形で分かる事になる……。だから……」

 こくっと唾を飲む。

「名簿をもう直ぐ作ると伺ったので、名簿で知られるより、直接お話しした方が良いかと思いまして……」

「名簿の話をしたのは、俺だな。お節介しちゃったな」
「お節介だなんて事ないです」

 櫻は、焦った。
 薄化粧も構わず、ハンカチにそっと汗を含ませた。

「いや、違うんだよ……。年が上とか下とかは、悪くないよ。驚いてはいるが……。結構びっくりだが」

 綺麗に食べたラーチャンに向かって、絹矢先輩は、ごちそうさまをした。
 そして、わっちー先輩と一緒にカウンターに下げたら、店主から威勢のいい礼が届いた。
 そして、浅く席に座り直した。

「俺の勝手で、きっと現役の一年生が入って来たとばかり思っていて……」

「私、去年の前期は、管弦楽部にいました。ちょっと、楽器のある部屋で、ヘビースモーカーがいたり、男女もごちゃごちゃしていたので、後退りするみたいに、自然にさようならでしたよ」

 ちょっと根暗な、自分を振り返った。

「後期はどこにも入っていませんでした。退学も考えていたのですよ」
「そんなに思い詰めていたの?」

 心配してくれたみたい。
 優しいなあ……。

「本気で去りたかったんです」

 何故か、絹矢先輩には、話しやすいな。

「じゃあ、続ける事を決めたのは、大変だったね」
「元々、夢があったんですね。それを諦めるには早いかなと」

 自分を振り返って、言葉が、漏れた。

「夢……」

「どんな、夢かな? どうして、この大学を選んだの?」

 面接官みたいな事を言う。
 そう言う話をしているんだった。

「ユニバーシティーで、大学院が併設されている所を選びました。大学院へ進学する為には、浪人しても、四大を入り直して、生命に関する研究職か博物館学芸員になりたいと思ったからです」

「それは、随分と……。しっかりしているね」

 とても真摯に絹矢先輩は耳を傾けてくれた。

「何だか、がんばっているんだ」

 わっちー先輩からも一言あった。

「じゃあ、羽大の院に行きたいの?」

 絹矢先輩は、随分と詰めますね。

「どこかの大学院には行きます。小学生の時に決めましたから」
「そうなんだ」

「今の所、バイオサイエンス研究所と学部の育種研と二足のわらじです。来年から、コースに選抜がありますが、博物館学芸員の資格を取得して考えます」

 私は、一気に話してしまった。

「就職は、分からないですしね。先ずは卒業です。その前に、特待生にもならないと、アルバイトだけでは両親に悪いです。既に、金銭的には、申し訳ないんですけどね」

「俺は、百姓になりたいんだ。牛もやりたい。肉牛にくうしだよ。さーちゃんののぞみとは、違うんだ」

「のぞみが違う……?」
「実家に帰って、花や牛をやりたいって、もう決めてあるんだ」

 ガタンガタンガタンガタン……。

 路線沿いの店に電車の軋みが響く。

 随分、アツくなってしまった。

  2 三月のゆりかご

 ガタリ。
 ガタ、ガタ。

 三人とも席を立った。

「ごちそうさまでしたー」
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「旨かったっす」

「はい、どうもー。千円が二つに八百円で、二千八百円になります」

 愛想が良く、ラーメンの味以外のものを感じた。

「じゃあ、二千八百円ね」

 私が猫の二つ折り財布を開いたら、絹矢先輩が小銭まで揃えていた。

「へ? 絹矢先輩が、奢ってくれるっすか?」
「ギャルだけのつもりだったけど、わっちーもいいよ。今日はね……」
「お金が、厳しいってついさっき言っていたのに。大丈夫なのですか?」

 これは、大変な八百円になると思った。
 てか、又、ギャル。
 恥ずかしいのかな?

「俺は、実家なんで、大丈夫っすよ」
「おー、そう? 千円助けて貰っていい?」

 正直な絹矢先輩、可愛い。

「あ、私も大丈夫です」
「奢らせてよ」

 拝まれてしまった……。

「は、はい。ありがとうございます。ごちそうさまです」

 ぺこりぺこりと頭を下げた。

 暖簾をくぐって『パラダイス』を出た。
 外は春だと言うのにとても寒かった。
 体をふるっとさせた。

「絹矢先輩、ごちそうさまでした」
「はは」

 帰り道、羽大前駅に着く迄、話をしていた。

「所で、誕生日はいつ?」

 そうでした。
 話していなかったな。

「三月十日です」

「俺は、三月十一日」

 そうなんですよね。
 名簿で知ってぴょんと跳ねてしまいましたよ。

「好きだったアイドルは三月十二日なんですよ。それでも嬉しかったのに、絹矢先輩の方が近いんです!」

 何か、絹矢先輩のシャツを引っ張りたい。
 キューってしたい。

「嬉しい……?」

 一瞬笑ってくれたと思った。

「んにゃんにゃんにゃ……」

 ごまかす私。

「猫かよっ……!」

 わっちー先輩に吹かれてしまった。

 ガタンガタンガタンガタン……。

 路線沿いの店に響いていた電車の軋みが、今は私を揺らす。
 まるで、ゆりかごの様に……。

 私は、その電車に乗って、幾つか乗り換えて、自宅へと帰る。
 自宅へ帰れば、又、男と食べたのかとか母に訊かれる可能性は高い。
 今日は、かなり遅くなった。

 帰ったら、うさぎの志朗しろうひろにご飯をあげて、お水も綺麗にしてあげないと。

 何の為に帰るのだろう?
 両親に会う為?
 そこが、私の居場所?
 実家から通っている学生で、家が近いなら納得も行くけど、私は遠い。

 私が生まれた家ではない。
 私は栃木で生まれた。
 どうしようもなく生きるのがやっとの中で。
 私は、三月なのに雪の降る日に産声をあげたと聞いた……。
 振り返れば、二十余年も前の、私の誕生日。

 変わり者とは言え、両親のその時を見てみたいものだ……。

 私は、自分の三月のゆりかごを見てみたかった……。

 そこに、愛があったのか……。
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