命のたまご

いすみ 静江

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第一章 大学の出逢い〔平成〕

03 父と母と弟にうさぎ

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  1 無駄無駄過干渉

 ――二時間半後、十一時半に帰宅。

 ギキイー。
 ガラガラ……。

 門扉をくぐり、庭のうさぎ小屋にいる可愛いうさぎさんとご挨拶し、施錠していない玄関から部屋中灯りだらけの自宅に入った。
 灯りだらけなのには、両親の呆れた理由があった。
 こう言うのは、景気良く使うんだとか、ものぐさの賜物で、ぴかぴかと恥ずかしい位の不夜城であった。
 私が、何を言っても駄目なので、深追いはしない事にした。

「何か食べたんでしょう?」

 母の夢咲葵ゆめさき あおい、いつも余計な事を話すんだよな。

「誰かと食べて来た?」

 含みのある言葉が胸に刺さった。

「食べて来ていたらお腹が空いていないよ」

 毎日とても散らかっているテーブルに、疲れてやっとついた。

 母は、よく、父の夢咲善生ゆめさき よしなりにどやされていた。

「こん、ぶっ散らかしやがって!」

 そう言われても省みもせずに、散らかし続けた。
 実際の所、片付ければ良かったんじゃないか?

「お父さんは、会社のお兄さんと上手く行かないから、当たり散らしているだけ。本当にいい迷惑だから」

 そう、愚痴愚痴と私にだけは、こぼして来た。

「男でもできた?」

 無粋な所は相変わらずである。

「もう、接吻したの? いや、手ぐらい繋いだか」

 母は、自分にお茶を入れ、汚いテーブルで、父のつまみ等、食べ残しを食べている。
 母は、料理に火を使わない。
 トマトときゅうりを切って出す。
 塩と味の素信者で万歳。
 蒲鉾を切って出す。
 白菜の漬け物を切って出す。
 もう、自由です。

「そう言う話は止めようよ。男なんて言い方も良くないし、特にそんな浮わついた話はないよ」

 辟易していた。
 進学塾に、男は何人位いたかとか、変な質問して来るような母だ。

「じゃあ、何ならあるの?」

 そうですか?
 じゃあ、まともな話をしますよ。

「……大学を中退するのは暫く考えて置く事にした。一年の前期迄入っていた、管弦楽部じゃないのに入ったから」

 ピンクのリュックを下ろして、独語と仏語の予習をするべく、テーブルを綺麗にした。
 私には学習机がない。
 大抵は炬燵こたつで勉強だ。
 勉強、勉強、又、勉強。
 うちに春炬燵は珍しくない。
 ものぐさも極めている家庭には困ったものだ。

 子供であるが故に、自分の意見は言えないし、常識が親によって変わってしまう。

「それから、農業実習で知り合った、風間栞かざま しおりちゃんって、管弦楽部で偶然一緒だったみたい。風間ちゃんと仲良くお昼を食べたりしているから」

 せっせとノートにスキットを写し、単語帳を作りながら、反対のページに訳を書いた。
 独語も仏語も好きだった。

「あのね、お母さん。私は、勉強する為に大学に入ったの」

 最初の紫藤しふじ美術大だけではなく、理系の勉強もしたくて、高校生の時に、二つ大学に行こうと決めていたの。
 それから、大学院には必ず行きたいとも思って、併設されている羽理科大を選んだのだ。

「お付き合いした方ができたら、きちんと紹介するから」

 生まれ来る子の事を考えて、浅はかな行動は取りたくなかった。
 高校の時に、もうデビューしていたクラスメイトがいたけれど、結局別れて、又、別れてだった。

 私は、一人の方と寄り添って行きたい。
 間違って、身籠ってしまったら、自分への悲運と同じである。

 それは、大切な命を守る為……。

  2 弟

 私には、一人弟がいる。
 四つ離れた可愛い子だ。
 名を愛志いとしと言う。
 小さい時から、可愛がっていた。

 ある時思った。
 愛志は、第二子であるため、必ず私と両親がもれなくついてくる訳だから、できちゃった結婚はない。
 羨ましいと思ったのは、まあ、多少は弟が両親のえこひいきを受けていると思ったからだ。

 私が二つ目の大学に入った頃、弟もこく大で神道を学ぶことになった。
 大学に入る前からそうなのだが、買って来た漫画等は、ぽちぽち居間の床に置いて行くのだ。
 そうすると、あさましくも姉の私が拾って読み、弟の本棚に片付ける。
 まあ、お礼と言ってはなんだが、お節介にも、愛志がやったつもりの英語を直して置いたりする。
 ぽちぽちっと。

 愛志が陸橋でスピード違反をし、何と白バイに罰金を切られたことがあった。
 その時、両親は、留守であったが、私は黒電話からとっとと父の携帯に電話を掛けた。

「言わないでくれと言ったのに」

 私が看過する訳があるか、弟よ。

「即電話。そのための携帯電話だよ。きちんと相談しようよ」

 うなだれる彼の肩を叩いた。
 私は、特別白バイ隊員ではない。

 バイクに関しては、転倒事故を二度した。
 一度目は、砂利道を後ろから煽られて。
 焦って転んで転落した先が、今でいう所の介護施設だったようで、直ぐに手配してくれた。
 二度目は、家の近くの交差点でだ。
 気に入っていたPコートが汚れたとかで、気に障っていたようだった。

「そのコートを着ていたから、身を守れたんだよ」

 私の真意を分かってくれたかどうかは分からないが、命あっての物種。
 愛志以外の愛志はいないのよ。

「高くてもフルフェイスのヘルメットを買ったんだ」

 とは、母もよく言っていた。

 愛志が就職して遠く離れた時、バイクに乗っていないと分かった時、母親の葵は、真っ先に金の話をした。

「一番高い保険なのに、乗らないんだったらなんで言ってくれないの。払うのが大変なんだって分からないのか」

 仰りたいこともわかりますが、もうちょっとお手柔らかに願いたかったです。
 事故もなくてよかったねとかですね。

  3 金、金、命

「金。金。命」

 こうして書いてみるとよく似ている文字だ。
 たった三文字なのに、命が埋もれてしまっている。
 金銭面で苦労を掛けているのは、分かっている。
 だからって、何のためにお金を掛けているのかって、本末転倒になっていたりしませんか?

 笑子えみこ伯母さんは、母方の姉だが常々心配してくれた。

「葵は、金、金、言うから、疲れるんだよ」

 それが、母を上手いこと言い表していたと、段々、思うようになった。

 幸せになれ。
 幸せになれ。

 そう願うのは、人として、間違ったことではない。
 むしろ、普通だ。

 幸せって何か。
 母に問いたいが、愚問だ。
 その時は、そう思っていた。
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