スライムスレイヤー ～イシノチカラ～

第五章 狩場の山編

閑話 マザースライム

　ここはのちに狩場の山と呼ばれるようになる山。

　ある日、ほぼ同じときに山の麓と頂上に2匹のスライムが誕生した。スライムが発生するのはよくある事だがこの2匹は少し違った。通常サイズで他より魔粒子濃度が異常に高いスライムだった。知恵あるスライムと言っていいだろう。

　山の麓で誕生したスライムは山の頂上を目指した。見つけた生物を手あたり次第に取り込んで質量を増やしていった。山に生息する小さな虫から動物に至るまでまんべんなく取り込んでいく。取り込めない大きさの生物は取り込める大きさになってから襲う。このスライムはすぐには擬態せずにできるだけ選択肢を増やそうと考えたようだ。幸いにも敵対するような擬態した同胞に襲われることはなかった。このスライムは体が大きくなるにつれ、その心配も少なくなっていった。融合を求める同胞にも応じる。

　山の頂上で誕生したスライムは山の麓を目指し、最初に周辺に生えている癒し草を取り込んで質量を増やした。その後、同胞と融合して魔粒子を増やしていった。
　スライム同士が融合する場合、どちらのスライムが主体になるかを選択するのだが大抵強いほうが主体になる。
　スライムの強さの優位性は濃度ではない。魔粒子の多さで決まる。魔粒子の多さが同格なら次の優位性は質量だ。
　山の麓を目指したスライムは元々魔粒子濃度が高いので魔粒子を多く持っていた。最初に質量を増やしたのは同格の同胞と融合しても優位に立てるようにする為だ。

　山の麓を目指しているスライムと山の頂上を目指しているスライムはほぼ同様の考えだった。だが山の麓を目指しているスライムのほうが融合数は多かった。

◇◇

　数日が過ぎ、大型を超え巨大になりつつある2匹のスライムは互いに山の中腹あたりまで来ていた。ここで2匹のスライムが会合して融合を選択していたら間違いなく融合数の多い山の麓を目指しているスライムが優位性で主体となっていただろう。だが、2匹は会合することなくすれ違った。互いに近くに何かいるくらいの感知はしたかも知れない。

　山の麓を目指したスライムは、山の麓にたどり着く頃には巨大になっていた。山の麓付近で馬を引く人間を感知し、あれも取り込もうと思った。
　スライムが見つけた人間は、武器商人だった。

　武器商人は少し前まで近くのオドブレイクを目指して数名で行動していた。だが、突然モンスターに襲われ、今は一人になっていた。
　馬が引いていた荷台は壊された。モンスターを引き付けてくれた仲間も無事か分からない。今は馬に何とか載せることができた分の武器防具を背負わせ、近くにあるオドブレイクを目指していた。
　そのオドブレイクはできたばかりだがもう討伐者が来ているかもしれない。
　武器商人は元々そのオドブレイクに武器を卸す為に目指していたのだ。助けを求めるにはそこしかないと思った。

　武器商人はいち早く背後から巨大なスライムが近づいて来ていることに気づいた。
　あまりにも巨大なスライムを見た武器商人は手に負えないと判断した。引いている馬は重い荷物を背負わせているので走らせることはできない。
　武器商人はやむなく馬を諦め、近くのオドブレイクに一人で逃げ込んだ。

　武器商人に捨て残された馬は背負っていた武器防具と共に巨大なスライムにあっさり取り込まれた。

　そして巨大なスライムは擬態した。それは全身武器防具に包まれた馬の姿だった。のちにユニコーンと呼ばれるモンスターの誕生である。
　馬に擬態したことも関係しているのだろう。山の頂上で最初に取り込んだ癒し草。あれを食べたい。山の麓まで降りて来たがあそこにしかなかった。
　そう思ったユニコーンは踵を返し、生まれた地である山の頂上を目指した。

◇◆

　一方、最初に山の頂上を目指したスライムは山の頂上にたどり着いた頃には山に生息するほぼ全ての種類の生物を取り込んで巨大になっていた。山の頂上で何に擬態するか思案しているところだ。だが、選択肢が多過ぎてまだ決めきれずにいた。

　しばらくして、巨大なスライムは何か得体のしれないヤツが山の頂上に近づいていることを感知した。

　巨大なスライムは思った。
　同胞のようだが恐ろしい威圧的なオーラを放っていることで分かる。
　おそらく何に擬態してもヤツには勝てない。
　生き残るには服従以外の選択肢はない。
　せっかくここまで大きくなったのにそれは嫌だ。
　ヤツと会合する前に逃げなければ。
　だが、この体では素早く動くことはできない。
　もう時間は余り残されていない。
　戦うか？　いや、負けると分かっている。

　巨大なスライムは賢くはあるが弱気で臆病なスライムだった。

　巨大なスライムは思わず近くにあった地面の縦穴に飛び込んだ。だが、不幸なことに飛び込んだ縦穴は思っていたよりはるかに深かった。

　巨大なスライムは着地したときに分かった。
　この穴に飛び込んだのは失敗だった。
　この大きな体では縦穴以外に外に出られる所がない。
　体を伸ばしても体全体を上に引き上げることはできない。大きくなり過ぎた。
　ここから脱出するには羽をもつ生物に擬態するしかない。
　しかし、この体だ。広げた羽が壁に当たって上手く飛べるかも分からない。
　それに上にはもうヤツが来てしまったようだ。

　巨大なスライムは焦りからか他の生物に擬態する考えは浮かばなかった。

　ここを出てすぐに死にたくはない。服従も嫌だ。

　巨大なスライムは脱出を諦めて縦穴で生きていくことを決めた。

　擬態した小さな同胞が来ても逃げて行くだろう。
　幸いなことに雨は多く降るし、どこからかここに集まってくる。
　命の素を取り込むことはできるが、これ以上自身の質量は増やせない。
　生きる為の養分程度は頂くがこの体を通して同胞をどんどん増やしていこう。
　但し、作るのは横穴から外に出られる大きさまでだ。

　命の素を体に取り込み、吸収せずに一か所に集める。
　これだけで新たな同胞の誕生だ。

　外から同胞がここにやって来て融合を求めてきた場合は拒否だ。
　情報は渡すがここからは出て行ってもらう。
　これ以上、この空間が狭くなるのは嫌だからな。

　いつか外に送り出した同胞が上のヤツを倒してくれることに期待しよう。

　のちにマザースライムと呼ばれるモンスターの誕生である。

　マザースライムの誤算は横穴に送り出した同胞がすぐに擬態してしまうことだった。質量を増やして強く大きくなろうという考えのスライムたちではなかったのだ。協力関係も築かない。送り出された同胞たちが弱気で臆病なマザースライムの性格を少し継承していることにマザースライムは気づいていなかった。

　マザースライムは同胞を生み出して送り出すことが縦穴の空間を狭めないようにする為の作業になった。繰り返す日々を経て、どうにかして上の縦穴の出口から脱出するという考えはいつの間にか消えていた。
　最初は生み出した同胞に渡す情報を自ら選び、ヤツを倒してくれることを期待して渡していたが、いつまで経ってもヤツの気配が消えることはなかった。繰り返すうちに渡す情報を選ぶことすら面倒になった。今は新たな同胞に好きな情報を選ばせている。淡々とひたすら同胞を生み出す繰り返し作業。無の境地だ。

　マザースライムは今日もせっせと同胞を横穴から送り出している。

　雨が降ったあとは大忙しだ。