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第二章「憑かれた幼馴染」
八話「魂の輝き」
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「きゃあっ!」
仄暗い場所に放り出されるように落とされる。私の体はカーペットに強く打ちつけ、その勢いのまま転げた。
「いったた……」
いくら分厚いカーペットが敷いてあるとはいえ、これだけの衝撃があると痛い。もう少し優しく降ろしてほしかった。
そんな気持ちと共に顔を上げれば、冥王と思しき者が、這いつくばる私の前に立ちはだかっていた。
「ようこそ、冥界へ」
冥王は膝をつき、私の顎を掴んで持ち上げた。舐め回すように私の顔を見ている。
その瞳は深い闇に吸い込まれそうなほどの黒。頭部から生える角は人の腹でも刺せそうなほど鋭く長く、紫色の肌には理解し難い模様が描かれている。
そして、纏うオーラは狐とはまた違うものだった。恐怖、暗澹、死、それらを感じさせるものだった。
「……っ」
怖気付いて、固唾を飲む。
しかし、健人の魂を取り返すために私は怯えてられないのだ。
パシッ。
私は勇気を出して冥王の手を払い、立ち上がる。2メートルはありそうなほどの巨体を前に、体が縮こまりそうになる。
「は……早く、健人の魂を、か、返して!」
震える声で叫ぶ。足が震える。
怖い、怖い、怖い。
「クッ……クククッ……」
震える手を握り込み、足から力が抜けそうになるのを踏ん張って堪えた。
「……ひっ!」
突然、冥王の手が両肩に添えられた。頭の天辺から足の爪先まで硬直して、私は微動だにできない。
「ほう……やはり、珍しい魂の輝きだ。貴様は人間に好かれないだろう?」
拍子抜けな質問に私は思わず「え?」と聞き返してしまう。だが、冥王は私の返事を待っているのか、こちらを向いたまま黙っている。
「た、確かに友達はいないけど、仲のいい幼馴染は一人だけいるし……ってか、その大事な魂をあなたが奪ったんでしょ、返してよ」
「ひとまず、話を聞け。人間は魂の輝きを目で認めることはできないが、何と無しに感受することが出来る。貴様は何故人間に好かれず、妖ばかりが寄ってくるのか疑問に思ったことはないか」
冥王の手が肩から離れたかと思えば、私の心臓あたりを指した。
「それは、貴様の魂の輝きは人間にとっては近寄りがたく、人外を引きつける性質を持っているからだ」
「そういえば……?」
確かに最近は人外ばかりと出会うことが多いし、思えば小さい頃から、何故か人に避けられることは多かった。
健人がいたので、友達がいなくても困ることはなかったし、欲しいと思うこともなかった。仲間外れ以外のいじめは無かったので、特に気にしたこともない。
ただ、昔から妖みたいな存在が近くにいたわけじゃない。ここ近頃の話だ。
「妖とよく会うなんて最近からで、今までこんなことなかったけど……」
「魂にも生命力のようなものがあり、貴様の歳くらいになると一人前の輝きを放つ。だから、近頃になって増えたのだろう」
生命力、とその意味を確かめるようにその単語を口に出した。
「そうだ。因みに、貴様の幼馴染は生まれながらに魂の輝きが弱く、感じ取るための力も殆ど無い。だから、貴様のことを避けないし、妖に取り憑かれやすい」
話を聞いていたら徐々に怖い気持ちも薄れてきて、「なるほど」などと思わず声に出して納得してしまった。
「理解したようだな、ククク……」
喉の奥で笑いながら、冥王はもう一度私の胸を指で差した。
「ああっ……!」
まるで体に電撃が走ったような感覚。痛みとはまた違う何かが私のなかを駆け巡っている。
床に倒れ込んだ私は胸の辺りを押さえた。体が熱い。
「な、に……」
「安心するが良い。死にはせん。ちょっとばかし魂の輝きに細工をした。さて、朱莉という人間よ」
顔を歪めながら、私は面を上げる。冥王は両手を差し出すようにこちらへ向けてきた。それぞれの手には二つの光がある。
「ここにあるのは妖狸の魂と、あの人間の魂。自身の目で、貴様の大切な人間を取り戻せ」
私は息を呑みながら、上半身を起こした。目の前の二つの光を交互に見る。どちらも全く同じに見える。色も、明るさも、何もかも。
「…………」
どこまでも暗く、静寂が広がる空間。
ドクン、ドクン、ドクンと、自分の心臓の音が身体中に響いている。
この選択を間違えれば、私は本当に健人を殺すことになってしまう。
冥王の左手に浮かぶ光に私が手を伸ばす。
その刹那、地鳴りが轟いた。地面が揺れ、私は床に手を付いて辺りを見渡した。
「ふんっ……邪魔が入ったか。貴様、運が良かったな。あの人間の魂は返してやろう。だが、記憶は貰っておく」
冥王の人差し指が私の額に触れた矢先、先ほどのような電撃が走った。前頭部に鋭い痛みが襲い、頭を抱えながら床に倒れ込んだ。
意識を失う寸前、眩く白い光が見えた気がした。
仄暗い場所に放り出されるように落とされる。私の体はカーペットに強く打ちつけ、その勢いのまま転げた。
「いったた……」
いくら分厚いカーペットが敷いてあるとはいえ、これだけの衝撃があると痛い。もう少し優しく降ろしてほしかった。
そんな気持ちと共に顔を上げれば、冥王と思しき者が、這いつくばる私の前に立ちはだかっていた。
「ようこそ、冥界へ」
冥王は膝をつき、私の顎を掴んで持ち上げた。舐め回すように私の顔を見ている。
その瞳は深い闇に吸い込まれそうなほどの黒。頭部から生える角は人の腹でも刺せそうなほど鋭く長く、紫色の肌には理解し難い模様が描かれている。
そして、纏うオーラは狐とはまた違うものだった。恐怖、暗澹、死、それらを感じさせるものだった。
「……っ」
怖気付いて、固唾を飲む。
しかし、健人の魂を取り返すために私は怯えてられないのだ。
パシッ。
私は勇気を出して冥王の手を払い、立ち上がる。2メートルはありそうなほどの巨体を前に、体が縮こまりそうになる。
「は……早く、健人の魂を、か、返して!」
震える声で叫ぶ。足が震える。
怖い、怖い、怖い。
「クッ……クククッ……」
震える手を握り込み、足から力が抜けそうになるのを踏ん張って堪えた。
「……ひっ!」
突然、冥王の手が両肩に添えられた。頭の天辺から足の爪先まで硬直して、私は微動だにできない。
「ほう……やはり、珍しい魂の輝きだ。貴様は人間に好かれないだろう?」
拍子抜けな質問に私は思わず「え?」と聞き返してしまう。だが、冥王は私の返事を待っているのか、こちらを向いたまま黙っている。
「た、確かに友達はいないけど、仲のいい幼馴染は一人だけいるし……ってか、その大事な魂をあなたが奪ったんでしょ、返してよ」
「ひとまず、話を聞け。人間は魂の輝きを目で認めることはできないが、何と無しに感受することが出来る。貴様は何故人間に好かれず、妖ばかりが寄ってくるのか疑問に思ったことはないか」
冥王の手が肩から離れたかと思えば、私の心臓あたりを指した。
「それは、貴様の魂の輝きは人間にとっては近寄りがたく、人外を引きつける性質を持っているからだ」
「そういえば……?」
確かに最近は人外ばかりと出会うことが多いし、思えば小さい頃から、何故か人に避けられることは多かった。
健人がいたので、友達がいなくても困ることはなかったし、欲しいと思うこともなかった。仲間外れ以外のいじめは無かったので、特に気にしたこともない。
ただ、昔から妖みたいな存在が近くにいたわけじゃない。ここ近頃の話だ。
「妖とよく会うなんて最近からで、今までこんなことなかったけど……」
「魂にも生命力のようなものがあり、貴様の歳くらいになると一人前の輝きを放つ。だから、近頃になって増えたのだろう」
生命力、とその意味を確かめるようにその単語を口に出した。
「そうだ。因みに、貴様の幼馴染は生まれながらに魂の輝きが弱く、感じ取るための力も殆ど無い。だから、貴様のことを避けないし、妖に取り憑かれやすい」
話を聞いていたら徐々に怖い気持ちも薄れてきて、「なるほど」などと思わず声に出して納得してしまった。
「理解したようだな、ククク……」
喉の奥で笑いながら、冥王はもう一度私の胸を指で差した。
「ああっ……!」
まるで体に電撃が走ったような感覚。痛みとはまた違う何かが私のなかを駆け巡っている。
床に倒れ込んだ私は胸の辺りを押さえた。体が熱い。
「な、に……」
「安心するが良い。死にはせん。ちょっとばかし魂の輝きに細工をした。さて、朱莉という人間よ」
顔を歪めながら、私は面を上げる。冥王は両手を差し出すようにこちらへ向けてきた。それぞれの手には二つの光がある。
「ここにあるのは妖狸の魂と、あの人間の魂。自身の目で、貴様の大切な人間を取り戻せ」
私は息を呑みながら、上半身を起こした。目の前の二つの光を交互に見る。どちらも全く同じに見える。色も、明るさも、何もかも。
「…………」
どこまでも暗く、静寂が広がる空間。
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この選択を間違えれば、私は本当に健人を殺すことになってしまう。
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その刹那、地鳴りが轟いた。地面が揺れ、私は床に手を付いて辺りを見渡した。
「ふんっ……邪魔が入ったか。貴様、運が良かったな。あの人間の魂は返してやろう。だが、記憶は貰っておく」
冥王の人差し指が私の額に触れた矢先、先ほどのような電撃が走った。前頭部に鋭い痛みが襲い、頭を抱えながら床に倒れ込んだ。
意識を失う寸前、眩く白い光が見えた気がした。
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