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6章 ライゼン・獣人連合編

277話 義妹の心配事

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 ──今、ウチには奇妙な居候いそうろうがいる。

 それはヒト種の男で、名前はシン──ルフト義兄にいさんの友人で、つい最近まで『仕事』で行っていた街、リトルフィンガーで知り合ったのだとか。
 もう、そこからしてオカシイ……。
 年末年始の里帰りと、定期的に送られてくる姉さんへの手紙、そこでこの男の話題なんか一度も出なかったし、手紙に一言も書いていなかった。
 仮に今年になって知り合ったとして、そんな事あり得る? だって義兄さんは、『イズナバール迷宮』の踏破を目標に作られた『異種混合』ってコミュニティの代表をしていたはず。そんな大物と、ごく短期間で、実家に呼ばれるほど仲良くなる方法があるなら教えて欲しい。
 しかも、仲が良いのは義兄さんだけじゃなく、獅子獣人オルバさんや熊獣人ガリュウさん、チョット気難しい兎獣人リーヴァルさんまで彼と親しげに話していた。

『腕のいい薬師だ』

 リーヴァルさんはそう言っていたけど、それだけであの親密度は考えられない。なにより、義兄さんに至っては、

『うん、まあ……シンは頼りになるヤツなんだ、色々と。そう、イロイロと……』

 ……アソコまで隠し事が苦手な義兄さんが、よく組織の代表なんか出来たと思うわ。まあ姉さんも、そんな真っ直ぐな所に惚れたって言ってるから悪い事じゃない……じゃなくて!!
 義兄さんの、何かを黙っている態度も、なぜか隣国の『ライゼン』が身元を保証する『羽飾り』を着けてるのも、会っていきなりアタシの大事なところを……って、そこは違う!
 とにかく、何から何までアヤシイのよ!
 そして何より怪しいのが──目の前の光景なのよね……。

「はぁい、ゴハンの時間ですよ~♪」
「……一体、何をしてるの?」

 この男──シンは今、木材で自作した縦横一メートル、長さ三メートルの簡素な檻に、どこから捕まえてきたのか『鎧ヤモリ』を檻に入れると、あろう事か餌付けをしている。
 鎧ヤモリを無傷でどうやって捕まえたのか、そしてソイツをどうして檻に入れて餌付けをしているのか、どこからツッコめばいいのか判らない……義兄さん、助けて。

「……いやなに、先日の巨大イソギンチャクサウザントソーンの件が気になりましてね」

 会話が飛びすぎて理解できないんですけど?
 ポカンとする私を見てシンは、はじめから話してくれた。最初からそうしなさいよ。
 はじめは、巨大になったサウザントソーンに疑問を持ったのだとか。
 マニエル湿原の広大な温水地帯──温泉を作るには、近くに火山があるのが普通なんだとか。それは確かにそうで、マニエル湿原の南東には確かに大きな火山がある。
 そんな会話を以前、ルフトにいさんとしていたシンは、『コウエンはそれ・・が原因か……』とか言っていたけど、公園がなに?
 なんでも、温泉には火山からしみ出たいろんな栄養? が含まれているらしく、そこで生き物を育てると、普通の所で育てるより大きくなったりするんだとか。
 でも、それでもあそこまで巨大化するのは異常らしく、また、あそこまで巨大化するのを誰も気付かなかったのが不思議だとか。確かにそうよね。

「だから、あれは成長じゃなく、『進化』したんじゃないかと思いましてね」

 シンは昔、南大陸に住む森エルフフォルディアの集落で、巨大なワームにフォレストバイパーの卵を沢山食べさせて、別種の魔物に進化させる儀式を見た事があるらしい。
 フォレストバイパーって、確かBランクモンスターよね……南大陸の森エルフって、どんな凶悪な種族なのよ?
 ……その話は置いといて、シンは、先日のアレも進化の一種じゃないかと思って、実験をしているのだとか。
 頭が痛い……コイツ、頭はきっと良いんだろうけど、魔物をわざわざ進化させようだとか、絶対オカシイ。何を考えているの?
 っと、サウザントソーンといえば──

「ねえアンタ」
「……色々思うところがあるのは仕方ありませんが、出来れば女の子にはアンタじゃなくて、シンと名前で呼んで欲しいですね」
「……シン、あの時サウザントソーンに向かって投げた液体って、何だったの?」

 アレを浴びた直後、苦しみ出したアイツが触手を緩めたおかげで私は逃げる事が出来て……クソッ! 助けてくれた事には感謝してるけど、アンタは乙女の敵よ!!

「そんな乙女の敵を見るような目で見なくても……ハイ、スミマセン。別に毒とかじゃありませんよ、ただの濃い塩水です」

 魚であれ魔物であれ、川や湖などに棲むものは塩水が、逆に海に棲むものには真水が、それぞれ毒のように作用するのだそうだ。聞いた事があるような無いような……。

「だったら、塩をそのまま撒けばよかったじゃないの?」
「それだと表面にしか付着しませんし、塩が溶けで体内に入り込むまで時間がかかるんですよ。その点、あのて・・・の魔物は、身体全体で水分を吸収、排出を繰り返すので、体内に入りやすいんです」

 うん、なるほど、シンが頭が良いのは理解した。

「そういえば言って無かったわね……助けてくれてありがと」
「どういたしまして。女の子の肌にキズが残るのは嬉しくありませんからねえ……あ、彼氏さんによろしく言っといてください」

 義兄さんか……よし、家に戻ったら尻尾を思いっきり踏んづけよう。
 まあ、確かに頭もいいし、最近じゃ姉さん達にも手伝ってもらってあのヘンテコな飴? も沢山作ってる事から薬師としても腕はいいんだろう。それは納得した。
 ただ……やっぱりコレ・・は理解できない。

「……こんな実験して、何か役に立つの?」
「面白いじゃないですか」

 ──あ、コイツ、ヤバイ奴だ。関わったら駄目なヤツだ。
 危険を察知した私が、刺激しないよう静かに後ずさると、シンは面白そうに笑う。コワイ!!
 ……でも、シンが笑ったのは意味が違っていた。

「義理とはいえ、流石ルフトさんの妹ですね。事前に危険を察知するとは」

 ──え、なに?
 私がシンの言葉に戸惑っていると、

 ヴゥン──

「え? ……何コレ?」

 檻の中の鎧ヤモリがブルンと震えると、その表面を魔力の光が包み込み、まるで鼓動のように大きくなったり小さくなったりする。そして──

 ギョオオオワアアアアァァァ──!!

 バギャン!!

「キャアッ──!!」

 天を見上げながら響く魔物の咆哮ほうこうと檻が弾け飛ぶ音、そして私の悲鳴が重なる中、

 ヒュン──ギュルルル!!

 気がつけば、シンの右手にはサウザントソーンの触腕しょくわんから作られた、太いイバラむちと、左手には中身が空になった薬瓶が握られていた。

「そら、よっ!」

 バジャン──!!

 そう言いながらシンが、鎧ヤモリの首に巻きついた鞭を引っ張ると、四メートル近くの大きさに膨れ上がったソイツ・・・はその巨体を水面に引きひきずり倒される。ちょっとシン、一体なんなのその怪力!?
 驚いて動けない私など気にもかけず、シンは暴れる鎧ヤモリだったものに、腰から取り出した布袋の封を開け、何度も開閉している口の中に放り込んだ──。

 ……………………………………。

 二分・・くらいだろうか、暫く暴れていた魔物も次第に大人しくなると、まるで冬眠しているように動かなくなった。
 そして、どこからか取り出した、二本の細い片刃の剣をそいつの身体に突き立てた直後──

 バチバチバチバチ──!!

「キャ!!」

 雷のような激しい炸裂音の後には、身体の一部を真っ黒にした魔物が、ブスブスと煙を上げながら死んでいた。
 ……うん、薬師がどうとかの話じゃない。義兄さん、お願いだからコイツがここにいる間、絶対目を離さないで!!

「なるほど……やっぱり魔物を進化させるのは『魔石』の摂取が原因な訳だ」

 つまり、さっきのは魔石を食べさせてたわけね……なんて勿体ない。

「シン……そんなお金のかかる実験なんかして、何考えてるの?」
「なに、ものは考えようですよ。ホラ、こいつの鱗も外皮も、鎧ヤモリの物より上質だと思いません?」
「……それは、確かに」

 その後シンは、鎧ヤモリ『だったもの』をウチに持って帰ると、義兄さん達と一緒に解体しながら、談笑していた。
 ちなみにその日の晩御飯は凄く美味しかった──。

 うん、やっぱりアイツはよく分かんないヤツだ。
 ──けどまあ、たぶん害は無いと思うから、もう少しくらいなら家に居てもいい、かな?
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