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6章 ライゼン・獣人連合編

266話 行路にて

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 ガラララララ……。

 ロバに引かれた荷車が、踏み固められて草の生えなくなった、道の様なものを進む。
 貧相な道ではあるが、ここはリトルフィンガーと工事現場を繋ぐ流通のかなめである。
 日持ちのしない新鮮な食材のほか衣料品・日用雑貨など、様々な品を取り扱う商人が行き交いする中、馬車を持たない零細の行商人などが利用する定期行路の乗合馬車など、商売の種は尽きない。

「変わった転職先ですねえ、ジェリクさん……」
「転職じゃねえ、工事が終わるまでの臨時仕事みたいなもんだ」

 どこから調達してきたのか、大きな屋根つきの荷車を二頭のロバに引かせ、かつてコミュニティ「異種混合」に所属していたパーティ「穴熊」のリーダーは、シンの言葉に反論する。
 イズナバール迷宮で自分の限界を思い知ったジェリクは、異種混合の解散と同時に探索者を廃業し、マリーダと一緒に故郷くにに帰ろうかと思っていたのだが、残ったパーティメンバーや、故郷に帰ったところで生活の当てもなく、当面の蓄えを作るために仲間と一緒に、工事現場と町を繋ぐ定期馬車を始める事にしたと言う。
 馬車移動をする商人は多くとも、馬車それ自体を持つ商人は多くない。馬の食費、馬車の維持修繕費、危険に備えるための護衛に払う報酬と、時間の短縮と安全の確保には金がかかる。
 たまたま行き先が一緒の商人を見つけても、同様の品を扱う商人を快く乗せてくれるお人好しが商売などしているはずもなく、仮に乗せてくれたとしても見返りを当然求められる。

 そんな時にありがたいのが行路を繋ぐ定期馬車である。
 商人同士のしがらみも無く、大勢で利用すれば費用は頭割りで護衛付きの旅が出来る。
 ジェリクはすぐに仲間と話し合い、この町の誰よりも早くこの商売を始めた。
 こういう商売は軌道に乗るまでの信頼関係・信用問題が一番の懸念材料ではあるが、もとが気心の知れた仲間同士、おまけに迷宮攻略を果たしたコミュニティに所属していた古参のパーティが護衛してくれるという事で、商売は最初から順風満帆との事。

「アタシらにしてみれば、アンタの今の格好の方が違和感があるんだけどねぇ」
「はっはっは、見ての通りまだまだ若輩者の薬師ですよ、どうぞご贔屓に」
「そうかい、だったらコイツが元気・・になるような薬でもありゃしないかい?」
「おい──!!」

 ルフト達とは違って空気の読める彼等との会話は終始和やかなものだった。


──────────────
──────────────


「そういえばシンは頻繁に馬車を利用してるらしいな、他の連中の倍の頻度だって聞いたぜ?」

 馬車の脇を馬に乗って護衛しているかつての知り合いが、同業の連中から聞いた話を口にすると、話を振られたシンは向き直って笑顔で答える。

「そうですねぇ、今は仕入れに往復四日、現場での商売に三日、これを繰り返してますよ」
「毎週行き来してんのかよ! それで利益が出るって、どんな手を使って売り切ってんだ?」

 思わず大声になる護衛の声を聞いて、馬車に同乗している他の行商人もそ知らぬ顔で聞き耳を立てている。シンと同様、自分の馬車を持たない行商人の彼らにとって、シンの商売のテクニックはなんとしても知りたい情報らしかった。
 しかし、返ってきたシンの答えは、

「売り切ってませんよ?」

(────────?)

「へ? じゃあなんで馬車に乗ってんだ、町には仕入れに戻ってるんじゃねえのかよ?」
「仕入れですよ、売り切ってないとは言っても三分の二は売れてますから」

 それでも他の商人よりは速いペースで売れているようだ。
 シンと他の商人の商売のやり方は根っこの部分が違っており、多くの商人が手持ちの商品が売切れになるまで現場を回り、在庫切れになってようやく町に戻って仕入れを行う。商売以外の支出を抑える考えからすれば当然の行動でもある。
 それに対しシンは、売れようが売れまいが、とにかく定期的に仕入先と現場を往復するようにしている。
 そうする事で工事現場では、シンのいる日といない日がはっきり区別できる、他の商人とは違ってシンに声をかければ品切れの心配は無いとの好印象を与える、町の仕入先では決まった曜日に仕入れにやって来る、しかもその日に品物を要求するのではなく、次回の分を予約・・しているので取引も素早くこなせるうえ、値引きや在庫の確保にも応じてくれると話す。

「……シン、もしかしてお前、頭いいのか?」
「お馬鹿なやつが、薬師になれたり行商なんか出来るとお思いで……?」

 シンと護衛の男が話をする後ろで、その場にいた行商人達はシンの商売のやり方を反芻し、品物を売り切るまで作業員達の周りを走り回って、後半の、商品一つを売るのにかかった時間や、たまに声をかけようとして躊躇ちゅうちょする男達の顔を思い出しながら、他方向からの視点で自分達の商売を反省していた。
 シンとしては、自分の商売の秘訣を聞かれた形ではあるが、どのみちこのコンビニ形式のやり方は放浪するタイプのシンでは滅多に使えない、なので彼等がこの方法をどのように応用しようが気にしないようだ。

「なんにせよ、交通費は他よりかさむ代わりに商売自体は上々ですよ」

 シンは笑顔でそう締めくくると、揺れる馬車の中で仮眠でもとろうと目を瞑り、やがて
 スゥ……スゥ……。
 揺れをものともせずに寝息を立て始める。
 そんな、年若くもやり手なシンの姿を、周囲の商人たちは感心するように眺めていた──


………………………………………………
………………………………………………


「うわあああああああ──!!」

 誰が発したか、前方から悲鳴が聞こえてくる。
 休息を取らずに翌日に工事現場へ出立しようとするジェリク達の馬車に、仕入れを終えたシンがたまたま乗り込んで、そろそろ到着という二日目の朝にそれは起こる。

「──ロック・センティピードか……面倒な」

ロック・センティピード Cランクモンスター
 大きな岩を数珠繋ぎにし、頭部に牙と残りの胴体に無数の足を生やした見た目の、体長六メートルほどの巨大なムカデ。
 普段は大木の立ち並ぶ森の奥に生息し、秋から冬にかかり気温が下がり出すと地中に潜って大人しくしている。

 大ムカデロック・センティピードに恐怖した馬が暴れたせいか、馬車は横倒しになりその中から商人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出している。命あっての物種を証明するように誰もが荷物も持たずに逃げる姿は、金や物に執着する三流商人よりも天晴れといえる。

「護衛の人は何をしてるんでしょうかねえ……」
「まあアレ・・は硬いからな、野盗相手を想定した装備じゃあ倒せねえさ」

 街道を旅する行商人とその護衛にとって、魔物との遭遇はまったくの想定外である。
 ジェリク達も、襲われる彼等を囮に逃げる訳にはいかない、とはいえ命がけでただ働きなど絶対に御免被りたい、悩み所だった。
 そうこうしている内に、逃げる商人達がジェリク達の馬車を発見、全員が救いを求めてこちらに駆け込むと、御者をしているジェリクに息も絶え絶えになりながらもまくし立てる。

「た、頼む! アレ・・をなんとかしてくれ!!」
「おいおい、無茶を言いなさんな。そういう台詞は向こうで頑張ってるアンタん所の護衛に言ってくれ」

 仕立ての良さそうな服を着ている商人に向かってめんどくさそうにジェリクが告げると、男はそれこそすがる様な眼差しで、

「お願いだ! アイツらは野盗相手には強いが魔物相手では到底……」

 泣き落としにかかる商人に一瞥いちべつをくれ、どうしたもんかと悩むジェリクは、ふとシンに顔を向ける。
 それに対してシンは、とても醒めた目つきをしながら首を左右に振ると、指で色んな形を作りながらジェスチャーを送る。それを見たジェリクは呆れたような顔をした後、

「積み荷の半分でどうだ?」
「!! ──ムチャを言わんでくれ、半分も持っていかれたらワシは破産してしまう!!」
「……そうか、じゃあ自分で何とかするんだな」

 にべも無いジェリクの態度に商人は途端に媚びるような態度を作りながら、交渉を持ちかける。

「頼む、半分は無理だが一割! 積み荷の一割でなんとか!」
「交渉する時間は無いと思うが?」

 あまり時間をかけていると、今はまだ大丈夫だがこのままだと馬車も破壊されかねない。そうなると積荷はここに置き去りという事になってしまう。
 そっけないジェリクの態度とは反対に、焦る商人の顔は赤くなったり青くなったりと、忙しい事この上なかった。

「こう見えてオレは交渉事が苦手でな、次にお前さんが提示した条件が気に入らなかった場合はこのまま迂回してやり過ごすつもりだ。ああ、心配するな、行き先は俺達も同じだから乗せて行ってはやる。そこまで人でなしじゃあないつもりだからな」

 品物を持たない商人が商売先に行って何をしろと言うつもりか? 掛け値なしの親切心から出たジェリクの言葉だったが、言われた商人にとっては死刑宣告にも等しい。
 商人が頭の中で算盤を弾いた結果、

「……積み荷の三割、これで、頼む──!!」

 それを聞いたジェリクは、思案をするフリをしながらチラリと横目で──シンが浮かべるじつに爽やかな笑顔に呆れつつ、

「──いいだろう、それじゃあみんな急げ! 俺達・・の積み荷を守るぞ!!」
『──応っ!!』

 ジェリクはその場にマリーダともう一人をその場に残し、馬を走らせる。
 ──何故が後ろにシンを乗せて。

「なかなか交渉巧者じゃないですか、ジェリクさん♪」
「よく言う……ところで、何でついて来るんだ?」
「なに、分け前が欲しいのでお手伝いでもしようかと」

 その言葉に表情を曇らせるジェリクだが、それを見たシンはあわてて訂正する。

「違いますよ、積み荷はどうぞそちらで好きにしてください。俺がほしいのはアッチ・・・ですから」

 そう言ってシンが指指した方向には、暴れるロック・センティピードの姿があった。

「アイツの毒って、けっこう希少なんですよ」

 ジェリクはとんでもないの・・・・・・・に関わったものだと、大きなため息をついた。
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