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6章 ライゼン・獣人連合編

265話 互いの近況

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「──アギア・ガザルの実か? 今は流通しておらんぞ、時期が悪い」

 シンの心をへし折る言葉がルフトの口から告げられる。
 アギア・ガザルの実は十二月が収穫時期らしく、今の時期は国外にはほぼ出回らず、獣人連合内に少量が残るのみらしい。
 不都合な真実を突きつけられて頭を抱えるシンを見て、先ほどの詫びであろうか、オルバが腰のポーチからアギア・ガザルによく似た別の植物を取り出してシンに見せる。

「なあ、アギア・ガザルじゃあねえけど、コイツじゃあダメか?」
「……なんです、これ?」
アレ・・が冬場に採れるもんなら、コイツは夏場に採れるモンさ」

 アギア・ガザルの実よりもさらに赤いそれ・・を受け取ったシンは、鑑定すると同時に【組成解析】の異能も同時に発動させて詳しく調べる。

マッド・ペッパー──最強にして最凶の呼び声も高い香辛料
 その辛さがもたらす刺激はドラゴンすら怯ませると言われる最強の香辛料。
 あまりの辛さに悶死した魔物は数知れず、ランク指定外級、驚きの辛さ!
 異世界キャロライナ・リーパー。

(……俺は一体なにを鑑定させられたんだ?)

 眉根を寄せながら首を傾げるシンだった。

「キャロライナ……女の名前? それかアメリカとなにか関係でも?」

 そして残念な事に、シンは激辛スパイスにそこまで興味が無かった。

「……ところでシン、言い忘れて悪りぃが、そいつは素手で長時間持ってると危ねえぞ?」
「──へ?」

 申し訳無さそうに話すオルバの言葉を聞いて「マッド・ペッパー」を摘まんでいる右手の指を見つめるシンだったが──とくに何も無い。
 マッド・ペッパーは獣人連合でも劇物指定をされている植物らしく、実そのものを直に触ると肌が火傷を負った様に赤く腫れたりするのだ。
 よほど基本レベルが高くて抵抗力の強い、それこそ高ランク冒険者でも無い限り……。

「大丈夫、そうだな……」
「まあなんだシン……きっと、そう、もうすぐ指先が大変な事になると思うから、早めに手を放した方がいいと思うぞ」
「あ、手を洗うか?」
「ご親切にどうも……」

 マッド・ペッパーを静かにオルバに返し、リーヴァル──ウサ耳獣人が魔法で出してくれた水で手を洗ったシンは、その後何事も無かったかのように話を戻す。

「──ところで、獣人連合には「マッド・ペッパー」というアギア・ガザルの実に似た植物があると聞いた事があるんですが……どこで手に入りますかね?」

 手の指以上に面の皮の厚いシンは、しゃあしゃあとルフト達に話をふり、ソレについての情報を聞き出した。
 アギア・ガザルの実もマッド・ペッパーも栽培されている場所は同じらしく、そもそもが同じ種類の植物との事。
 水はけと風通しの良い高所で栽培され、強い日差しを受けて育ち冬場に収穫されるモノは、口に含んだ瞬間燃えるような辛さを、寒さに耐えて夏場に収穫を迎えたモノは火山の火口の様に全身を内側から焦がすような辛さを、と、それぞれ特徴のある辛さを備え、収穫された時には別種として扱われる。
 ただ、収穫された一部のアギア・ガザルの実がライゼンに輸出されているのに対して、マッド・ペッパーは獣人連合内でしか取り扱いが無いと聞かされ、シンは結局、獣人連合に行かねばならないのかと頭を悩ます。

「そもそもコレ、獣人連合じゃあ何に使ってるんです?」
「防寒対策だよ」

 本来、マッド・ペッパーややアギア・ガザルの実は、水に浸して辛味を液体に移し、肌着をその液体に漬け込んで再度乾燥、辛味成分の染み付いた肌着を着て皮膚を刺激させ、体温の上昇を図ったり、水に浸して辛味が薄まった実を乾燥させて磨り潰し、その粉を足の裏にすりこんだりと、主に防寒対策の薬として使用されている。
 特に、冬場に気温が下がると途端に動きの鈍くなる、ルフトのような蜥蜴人リザードマンをはじめ、変温動物系の獣人などは必需品らしかった。

「それで、シンは何に使うつもりだったのだ?」

 用途を聞いてくるあたり、シンの使いみちは防寒対策とは違うのだろうと踏んだルフトはシンに問いかける。
 返ってきた答えは、

「俺はまあ、主に粉を標的の魔物に投げつけるんですけどね」
「「「「………………………………」」」」
「それとは別に、アギア・ガザルの実が大好物ってのが知り合いの子・・・・・・にいまして」

 ・・・・・・・・・・・・。

「──────チョット待て!!」
「アレを!?」
「ていうか子供が!?」
「食べるだと!?」

 総ツッコミが入った。

「ええまあ……一日一つは食べさせないと悲しげな顔をするんですよ……これがまた」

 そう語るシンの表情は本当に悲しげで、まるで目の前にその子の顔が見えているようである。

「「「「…………………………」」」」
「ホントに、そう本当に……」

 シンはしみじみと呟く──。


………………………………………………
………………………………………………


「そういえば皆さんは、何の御用で?」

 イズナバール迷宮を「攻略」したトップパーティの面々が、中堅以下が受ける護衛任務に何故? というのがシンの率直な疑問である。

「なに、コミュニティ「異種混合」での引き継ぎが終わったのでな、里帰りがてらこっちに雇ってもらったのだ」

 「異種混合」とは、今回の件でリトルフィンガーを領地として手に入れた「ライゼン」と、獣人連合出身の探索者たちで結成されたコミュニティである。
 ルフトによれば、今回の迷宮攻略およびライゼンへの編入によって、領有権を争う事になっていた他の周辺三国が支援していたコミュニティ「乾坤一擲」「屍山血河」「千変万化」は解散、国から派遣されていたトップ連中は本国へ送還されたとの事。
 彼の地が正式にライゼンの領地になったこともあり「異種混合」も解散、迷宮の管理や探索者ギルドとの折衝など、今後はライゼンが主導して動く事も出てくるため、紐付きであることの周囲への不満を考えての対処らしい。
 ただ、全ての探索者に対して平等に、そして公平に当たるためにという事で、コミュニティ自体が廃止され、今後迷宮への大規模探索などはギルド内の掲示板などで募集がかけられ、より探索者間の交流は活発になるだろうとの事。
 余談ではあるが、配達専門コミュニティ「韋駄天」だけは今後も独自路線で活動するとは、兄弟が所属しているリーヴァルの言。

「なるほど、帰郷する作業員の護衛任務をしながら自分たちも一緒に里帰り、と」
「イヤ、雇われたのは土木作業員としてだが?」
「……………………は?」

 元「異種混合」のトップパーティとは思えない発言だった。

「イヤイヤ、家に帰るまで働きっぱなしなんて悪い冗談だぜ!」
「その点、作業員なら戻る時は馬車の中で寝れるしな」
「もうじき寒さも厳しくなるのに、徒歩だったり馬に乗ったり、勘弁してくれ」
「寒くなると動けなくてな……」
「おっ、おう……」

 土木作業員は月単位での雇用であり、契約の継続をとらない者は毎月末に現場と国元を往復するキャラバンに乗って帰郷する事ができる。
 つまり、彼等は今月いっぱい灌漑工事の作業員として働き、月末には帰りのキャラバンに乗って帰ろうと、バイト代を貰った上、ただで帰省しようとの魂胆であった。実にセコイ。

「トップパーティとしての誇りはどこへ……?」
「シン……お前もつがいになれば俺達の気持ちが分かる」

 シンの目には、大きなルフトがやけに小さく見えたとか。

「まあそういう訳でよ、今月はここを拠点に仕事してるから気楽に声をかけてくれや、それと怪我をした時も頼むな」
「わかりましたよガリュウさん……っと! そうだルフトさん、そういう事でしたらこちらとしてもお願いが……」

 呆れ顔から一点、シンの顔には見事な営業スマイルが浮かび、両手は指先から指紋が消えそうな勢いで揉み手がされる。
 到底健全とは言い難い印象を受けるシンの表情に思わず仰け反るルフトだが、借りばかり作っている彼等に拒否権など無い。四人はシンの要望を聞かざるを得なかった。
 ──めでたくシンは、これ以上無い強力な通行証・・・を手に入れた。
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