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5章 イズナバール迷宮編

242話 託宣

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 ──ユアンの手に入れた迷宮の秘宝を取り上げてください、そして願わくば、彼と彼女・・・・にやり直す機会を──

 ユアンの詳細を密偵さんから聞いた後、エルダーと一緒にあーでもないこーでもないと話し合っている際、突然ティアから降りてきた託宣、というかお願い。
 後日リーゼという名の女性が尋ねてきた事で対象については合致したが、未だにティアが何故コイツを救いたいのかは分からんし解らん。ゴミだろうコレは、どう考えても?

「…………………………」

 あれだけ俺に対して憎しみの視線を向けてきたユアンが、コイツを取り出した瞬間から食い入るようにこれだけを見つめている、その態度がさらに腹立たしい、お前の人生はコレに集約されていると言いたいのか、ええ!?


ピース・オブ・オラクル──北方大陸の古代迷宮で発見された秘宝
 託宣オラクルの名の通り、所有者の願いを叶える為の手段、未来を教えてくれる。
 ただし、その託宣がいつどのような形が叶うかまでは示されず、叶える願いも心の底から望うものをオラクルが自動選択しているため、時に所有者の意図とは違う未来へ誘う事もある。


 ……くっだらねえ、こんなもの路地裏の辻占い師と大差無え、命中率が100%なことを除けば、だがな。
 異能を手にして強さを手にして、それでもまだ確実なサクセスストーリーが欲しいか?
 自分の力よりもこんなモノの導きが欲しいのか? そんなに失敗が怖いか!?

 ……本当にお前は俺を苛立たせてくれるヤツだよ。
 手にした異能、それを有効に使うための前世の記憶、成功だけを望んだ人生の末路。

 ──お前を見ていると吐き気がする。
 ──見たくないのに脳に直接映像が浮かぶ、聞きたくもないのにコレがお前の本性だ、少しだけ違う選択肢の果てのもう一人のお前の姿だと、頭に直接語りかけられているようで気が狂いそうになる!
 ──俺ならもっと上手くやれるんじゃないか、そんな意地汚い性根が心の奥底から這い上がってくる!!
 ──お前なんか、俺の前からさっさといなくなってしまえ!!

「……こんな物がそんなに大事かよ、俺への憎しみを忘れさせるくらい」
「かえ……せ!」
「────っ!!」

 俺はユアンに背を向けるとモーラの前でしゃがみこみ、憎々しげに睨み返すその顔に向かって話しかける。

「アンタも懲りないな、マーニー共々バカ共のオモチャにされ、ご自慢の「勇者サマ」は天下の往来で醜態を晒す。その勇者様ユアンはあんた等3人よりリーゼ一人を特別扱いしてるが、そんなリーゼとマーニーが下の階層に落とされ生死不明の状態の中、アイツの頭ン中はコレ・・で一杯……そんなアイツになんで付き従う、リシェンヌも?」
「一面だけを見ただけでユアンを……悪く言わないでっ! ユアンは魔物達に食べられそうだったアタシを助けてくれた、村のみんなを救ってくれた! ヒドイ目に遭ったアタシ達をそれでも優しく抱いてくれた。たとえあの人の一番じゃなくても、ユアンはアタシにとって一番で、そして最強の勇者なんだ! アンタなんかに何が分かる!!」
「……どんなに才能に恵まれていても、若いと言うだけで研究結果を取り上げられ、年頃になったら女と言うだけで「次世代にその才を」と言われて嫁ぎ先を、それも順番に5つも6つも嫁げと言ってのける狂った世界から救ってくれたのはユアン、だから私は彼の進む道を共に歩む。私の生き方はそこにしか無いもの」

 魅せられたか……哀れと言ってしまえば簡単だが、それが彼女達の選択だというのなら俺が口を挟む義理は無い、いや、資格は無い。
 お前達の幸せがそこにあるというのなら、ユアンこのバカと何時までも一緒にいればいい、俺もそれを邪魔するほど野暮にはなれんよ。

「……よかったなバカ、自分たちよりもリーゼの事を優先し、そんなリーゼよりもこの棒切れ一本が大事なお前の事が、それでも好きだと言ってくれてるぞ」
「────────────」

 ユアンは俺の言葉に耳を傾けることは無く、ただ木片ピース・オブ・オラクルを睨むように凝視する。
 ……聞いてないか、何かに依存するとここまで物事が見えなくなるものか。
 ヤツの目には妄執と狂気しか感じられない。
 いや、アイツも彼女達同様、コイツに縋るしかないのか。
 コイツを手に入れ、今までどんなお告げを聞いてきたのか知らんが、もうコイツ無しでは何をしていいのか判らんレベルまでオツムがやられているんだろうか……。
 ……秘宝どころか、とんだ呪いのアイテムだな。

「お前は殺さない、だが報いは受けてもらうし罪も償ってもらう。喜べ、お前みたいな害虫を、駆除するのではなく犯罪者として裁きたい国があるそうだ」

 ──ベチョリ。

 俺は異空間バッグから、ツンと鼻に刺激を与える粘り気のある液体を取り出すとユアンと2人の身体にぶちまけ、

「火精よ、我が示す先に導きの炎を、”燭台キャンドル”」

 ボウッ──!!

「があああああああああ!!」
「アアアアアアアアアア!!」
「──────────!!」

 なぜだろうな、いつもならゴミクズ共の悲鳴は耳に心地よく響くものなのに、お前達の叫び声はただただ不快だ。
 ……なあ、お前達は強い絆で結ばれ、お互いを労わる気持ちを持っていながら、どうして平穏に生きる人達の平和を破壊して笑う事ができるんだ?
 自分たち以外は全て等しく無価値だとでも言いたいのか?
 それじゃあ、悪党にだけ地獄を見せる俺が、俺を利用しようとしたり俺に敵対するヤツだけを踏みにじる俺の方が差別主義者みたいじゃないか。
 教えてくれよ、正しいのは俺なのか、それとも誰彼構わず踏みにじる歪んだ平等主義のお前達の方なのか?


──────────────
──────────────


 全身を火に包まれた3人はその場を転げ周り火を消そうとするが、粘つくガソリン・・・・がその程度で離れるはずも無く、床に延ばされた粘液が逆に燃焼域を広げ、燃え盛る炎の只中に置かれる状況になる。

「──っ!!」

 後ろで無言を貫いていたルフトも、突然のジンの凶行とも思える行為に驚き声をかけようとするが、その横顔を目にして思いとどまる。

「ああああああああ!!」
「レベル3桁のお前らはその程度の炎じゃ死なないから心配するな。まあ、ソイツが収まる頃にはまともに剣を握る事は期待出来んだろうがな──リシェンヌ、水じゃあその火は消せないし、第一アンタの扱える属性じゃあないだろ?」

 この極限状態でも強靭な意志力で魔法を構築していたリシェンヌは、ジンに忠告されても聞く耳を持たずひたすら呪文を詠唱し、

「────そんな!?」

 発動直前に魔法がかき消され、驚愕に身を見開く。
 大量の水を発生させようとした空間は、その直前にジンの撒いた粉がハラハラと舞い落ち、やがて空気中に霧散する。

「水を撒かれるとコッチにも飛び火するんでね、そいつは消させてもらう」
「アアアアアアアア!!」

 魔法封じマナ・キャンセラーを撒いたジンの言葉がリシェンヌの耳に届いたかどうか、彼女は魔法の失敗という事実だけを胸に悲鳴を上げる。
 ──────────。
 ──────────。
 炎の燃え盛る時間は5分と短かったが、傷付いた身体にはかなりの負担だったようで、3人は立ち上がる体力も、言葉を発する気力も残っていなかった。
 ジンはそんな3人の手足を縛ると大きな麻袋に一体づつ詰め込むと、

「我、世界に呼びかける、彼方かなた此方こなたを結ぶ道、繋ぎし門をわが前に、”ゲート”」

 ジェリク達の危険を察知した際にルフトを連れて来た時同様、転移魔法を起動する。

「それじゃあコレを、地上で待ち構えている北方大陸の連中に引き渡してくるんで」
「ああ、俺はこの場で待っている」
「……非道だと言ったりしないのですね」
「彼女達の事か? そうだな、コイツ等が北の大地でどの様な怒りを買っているかは知らんが、虜囚となった彼女達がどの様に扱われるかを想像すれば、むしろ慈悲なのではと思うが?」

 犯罪者がどの様に扱われるかは国それぞれだろうが、引渡しの道中でどの様な扱いを受けるかまで言及される事も無いだろうし、仮にどの様な扱いを受けようと

「犯罪者の分際で」

 その一言で封殺されるだけだろう。ジンの真意がどこにあるかはさて置き、全身火脹れ水脹れの、炭化した衣服が肌にこびり付いた身体に欲情する男の存在は、ちょっと想像できなかった。
 ルフトの言葉に小さく笑うジンは、

「そうですか」

 とだけ答えた。

「ジン、聞いていいか?」
「……答えられる範囲でよければ」
「3人が燃えている間、どうして泣きそうな顔をしていたのだ?」

 ルフトの問いに、3つの麻袋を背負ったジンは背を向けながら、

「そうですねえ……同じだからでしょうか……」

 ジンはそう答え、転移門の向こうに消える。
 ルフトはその背中を見送るとそれ以上何も言わず、その場でジンが戻るのをただ待ち続けた。


 ──某所──

 町の外、雑木林の中で身を隠すように野営を行う集団が居る。

「どうする、我等の目的は一応の達成をしたわけだが?」
「──大罪人ユアンの捕縛という最優先事項のみだがな。仲間の生き残りと古代迷宮の秘宝についてはまだだぞ?」

 男達は北方大陸から派遣されてきたユアンの討伐隊であった。
 彼等は先日、一般人を装って町中を歩いている時偶然リーゼを発見、その後をつけようとした所をジンに声をかけられたのだった。

「そもそも秘宝がどの様な物かも判らぬ我等には判別のしようも無いぞ。コレに聞こうにも口もろくに利けそうにない」
「……ならば残りの2人の口を割らせれば良かろう、幸いこちらには人質もある」
「コレを引き渡してくれた男は一刻も早く本国に送り届けろと言っていたが?」
「フン、知った事か。確か残りの仲間のうち1人は治癒魔法の使い手だ、本国に無事届けるには必要だ。それにあの男に支払った報酬もばかにはならん、コイツだけ連れて帰るのでは割に合わんよ」
「この状態では我等の慰労・・にも使えんしな」

 男達は全員野卑た表情を浮かべると、示し合わせたようにうんと頷き、

「そうだな……とりあえず交代で迷宮の入り口を見張っておけ、このまま秘宝を持ち逃げされては敵わんしな」

 そう締めくくると2人がその場を離れ、焚き火を消して闇にまぎれる。
 …………………………。
 …………………………。

「────────────」

 麻袋から出され、全身に火傷を負った3人はその場に並べられたままたまに、火傷の痛みでモゾモゾと身悶えする。
 しかしその目は死んではおらず、3人はリーゼとマーニーが助けに来てくれる事を信じ、じっと体力の温存に務めていた──。
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