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5章 イズナバール迷宮編

226話 決闘・前編

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 5月の東大陸は春本番、なのにこの町リトルフィンガーは月初めから暑かった。
 南広場には大勢の野次馬が押しかけ、正午から始まる「お祭り」を今か今かと待っている。
 探索者や冒険者の比率の多いこの町ともなれば、荒事・刃傷沙汰は多いかと思うかもしれないが、現実的な話として、身体が資本の彼等が金にならない上に自分の身を危険に晒すようなくだらない真似は、よほどの事が無い限り行う道理が無い。
 その「よほどの事」が起きる、しかも公式に決闘と言う形で、月初め週初めにもかかわらず探索者は迷宮にも潜らず冒険者達は依頼も受けず、そして商人職人連中は普段見ることの少ない探索者同士の命をかけた戦いに興奮を隠せない。
 ……とはいえ、片や基本レベル163、悪名高くも実力は折り紙つきのランク指定外級冒険者にして探索者、対するは自己申告とはいえレベル63の、普段は子供と一緒に屋台で愛想を振りまいているチョット頼りなさげな男、勝敗はやる前から決まっていると、この場の全員が思っていた。
 公開処刑──そんな言葉が脳裏に浮かぶ中、それでももしかしたらを期待する者もいない訳ではなく、その筆頭はゲンマとシュナ、そして「異種混合」のメンバー数名も淡い期待を寄せている──。


「それじゃさっさと始めるとするか!」
「焦るなよ……ルールや禁止事項とか、事前に決め事があるだろう?」
「は? 1対1の殺し合い、それ以上何が必要だって言うんだ?」
「何が必要だといえば……そうだな、仲間の間接サポートは認めてもらいたい」

 ジンは、戦闘中に武器が飛ばされたり破壊された場合、予備の武器を渡してもらう事や、戦闘中に割れてしまいそうな薬品ポーションの類を予め仲間に渡し、こちらの求めに応じて提供してもらう行為を許可して欲しいと申し出る。
 ジンの申し出をユアンは顔を顰めながら黙考し、

「いいだろう、ただし薬品ポーション以外のアイテムと武器に関しては無しだ。際限なくホイホイと渡されても興ざめだからな。それ以外の間接的な援護は認めようじゃねえか」

 ジンもそれで了解し、武器と特定アイテム以外・・のサポートを認めるという修正案で戦闘時のルールは決まった。
 そして勝利条件はどちらかの死亡、もしくは両者の合意が得られた場合のみ、命以外の何かを差し出す条件で決着をつけるという形に収まる。

「それじゃあ始めるぜ」
「ああ……」

 その声が合図となったのか、2人は5メートルの距離を挟んで対峙する。
 周囲からの歓声が響く中、ユアンは背中のバスタードソードを抜くと、それを片手でダランと下げてジンの出方を悠然と待っている。
 それに対してジンは、蛮刀サベイジャーを手にした左手を前にした半身で構えながら、右手をユアンの視界から隠し、そして──

 ──ピクッ

 ビシッ──!!

 どんぐりの様な形のつぶてがジンの右手から弾き出されると、ユアンはそれを首を反らすだけで難なくかわす。

 オオオーーー

 どよめく観衆と余裕の笑みを浮かべるユアンをよそに、ジンの頭の中は、

(反応があってから行動するまでのタイムラグは2秒……)

 腰から抜いた2本目の蛮刀を右手に構えたジンは身体を前に傾けると、5メートルの距離を1歩で縮め、かつてリオンの前で披露したイグニス相手に使った回転剣舞を、蛮刀2本でユアンに見舞う。
 足元を薙ぎ、回転しながらの切り上げ2連激、水平薙ぎ3連からの蹴り上げ、そのままわざと体勢を崩して倒れこむように同時突き。
 流れる一連の動きにしかしユアンは、それらを全てかわすと、軽く横に飛んでジンとの距離を4メートルほど開ける。

(徐々に避けるタイミングが際どくなっていったな……さて、どっちだ──む?)

 思案を巡らすジンに、今度はユアンが自分から仕掛けてくる。

「喰らえ!!」

 飛び込みざまの逆袈裟切りを仕掛けるユアンに、ジンは体を倒しながら蛮刀2本を剣の腹にぶつけ、そのまま剣筋を上に反らしてかろうじてそれをかわす。

 ズザッ!!

「くっ──!!」

 革鎧の肩当の先が数センチ削がれ、そのままたたらを踏みながら厳しい表情を浮かべるジンに向かってユアンが粘りつくような笑みを浮かべる。

「ほう……レベル63程度が上手い事避けたじゃねえか。だが、マグレは2度は起きないぜ」

(こっちの剣を使った防御行動に対しては無反応、つまり対攻撃用の異能か……あくまで仮定でしかないが)

 ユアンを睨みつけながらジンはもう一度最初の半身に構えなおし、右手に礫を握りながらユアンに今度は呪文を唱える。

「火精よ、我が示す先に導きの炎を、”燭台キャンドル”」

 ユアンは30センチほど後方に下がると、先程までユアンの顔のあった場所に小さな火が一瞬だけ生まれ、そして消える。

(指弾には無反応、可能性の攻撃を察知する事は出来ない……つまりユアンアイツの異能はごく短期の未来予知、それも自分への攻撃限定。だから連激の反応はどんどん追い込まれて最終的に飛び退いた、確かに驚異的な能力だが、対処方法は幾らでもあるか)

 避けた攻撃がショボイ火の玉だった事に気分を害したか、ユアンはさっきより1段階上の速度でジンに迫ると、再度受け流そうとしたジンの蛮刀を弾き飛ばす。
 2振りの剣が宙を舞いながら後方に飛ばされるのを目で追う事もせずユアンは返す刀でジンを切り殺そうとするが、ジンはそのままユアンに向かって飛び込み、ゴロゴロと前転しながら剣を避ける。

「チッ、非力なくせに逃げるのだけは得意なようだな。しかし、早々に武器が無くなっちまったなあ……降参は受け付けねえぜ、少なくともまだ、な」
「……………………」

(最後の確認……)

「風精よ、集いて縮み、縮みて忍べ、我が号令にてその身解き放て、”風爆エア・バースト”」

 ジンは手元に発生させた圧縮空気をユアンに向かって飛ばすと、

「??」

 訝しげな表情を浮かべたユアンはその場から大きく飛び退く。そして、

 パァン!!

 周囲に大きな音が響く。
 誰もが何が起こったのか分からない中、

(さっきの燭台の時といい、攻撃を目で確認ではなく、脳で知覚してるタイプか……さて、検証終了。あとはまあ、どうにでも出来るか)

 ジンは肩当の内側から革袋をいくつか取り出すと、それをユアン目がけて次々と投げる。

「フン──!!」

 ズパッ──!!

 ユアンの目の前に銀線が閃くたび、革袋は両断されてゆく。

「ヤケにでもなったか…………ん?」

 ドロリ。

 鼻を突く生臭い匂いに顔を顰めるユアンは、自分の右手を見ると、

「これは──?」
「なぁに、ただの血糊だよ」

 ユアンの右手とバスタードソードには、赤黒く粘ついた液体で覆いつくされ、纏わり付いた液体を拭おうと左手で擦るも、逆に血糊を剣全体にのばす形になってしまい、振って飛ばそうとしても、滑る柄ですっぽ抜けそうになる。

「オーガ製の濃縮血糊だ、そう簡単には取れねえよ」
「チッ!! 多少切れ味が落ちたとしても、手前ごときこれで充分なんだよ!!」
「──さて、どうかな?」

 バギャン──!!

「──!?」

 ユアンの飛び込んでの上段攻撃は、ジンの手甲の内側に仕込まれた魔竜の鱗に弾かれ、その反動で血糊に塗れた両手からすっぽ抜けたバスタードソードが、ジンの蛮刀同様、群集の中に消えてゆく。

「このガキ、まさか!?」
「確かルールじゃあ、周りから剣やアイテムのサポートを受けるのは違反行為だったっけ? 見た所予備の武器は持って無さそうだな」
「……これを狙ってたってのか」
「まあな。俺も予備の武器は持ってないから安心しな、奪われでもしたら大変なんでな」
こすっからいクソガキが!!」
「腕力と下半身でしか世界を見てない阿呆より、よほど上等だと自画自賛してるがね」

 腹立ちまぎれの回し蹴りを見舞うユアンから離れたジンは、軽くステップワークをしながらユアンとの距離を一定に保ちながら、そのままルディの近くに回り込む。

「さて、こっからはお互い殴り合いの勝負になると思うが、ユアンちゃんは格闘術の心得はあるのかな?」
「……レベル差がどれだけあるか判ってて言ってるのか、クソガキ?」
「レベル差ね……この世の中にはそんなもんをひっくり返せる凄い物もあるんだよ、若さん!!」

 ジンはそう叫ぶと左手をルディに差し出し、それを待つ。
 ………………………………。

「………………若さん?」
「無いっ!! ジン、無いんだよ!!」
「は…………?」
「だから、薬品ポーション!! 袋に入ってるはずの超人薬が無くなってるんだ!!」
「はぁ!? そんな訳ねえって!! その袋にあと2つほど入れてたろ!?」

 慌てるジンに向かってルディは革袋を逆さにして中身が無い事をアピールすると、ジンは青ざめる。そこに、

「──よう、お探しのものはコレかい?」

 ユアンの楽しそうな声に振り返ると、そこには──

「──まさか!?」
「そのまさかだよ」

 ユアンの手には、側にいたマーニーから手渡された2本の薬瓶が握られていた。

「────────!!」
「いい顔するじゃねえか。そう、その顔が見たかった」

 悔しがるジンに向かって、ユアンは獣じみた笑みを浮かべる──。
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