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5章 イズナバール迷宮編
224話 こじれた先
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「良い度胸してんじゃねえかこのクソガキがよお!!」
人の数もまばらな午前、完全装備のユアンは屋台の前まで来るやいなや、ジンを射殺すような目つきで睨みつけて怒声を浴びせる。
しかしジンは、ヘコヘコしていた初対面とは違い、ユアンの視線を真っ向から受け止め、あろうことか睨み返しながら言葉を返す。
「……なんの話ですか、いきなり?」
「!? て、テメエ……!!」
そんなジンの態度に一瞬躊躇したユアンは思わず仰け反るが、それが逆にプライドを刺激されたか、ジンの胸倉を掴むと鼻先が触れ合うほどに顔を近づける。
背後では心配そうに見つめるエルとそれを制するドロテア、我関せずとお菓子を作るルディと様々だが、頭に血が上ったユアンは憎しみのこもった声で語りだす。
──────────────
──────────────
ドゴォォォォォンン──!!
「──!?」
「な、なんだぁ?」
屋敷内に響く轟音にコミュニティ「森羅万象」のメンバー数名が1階のロビーに集まる。そこには、
「!? お、おめえ……」
「……2人はどこだ?」
屋敷の大扉を蹴破った男──ユアンは抜き身のバスタードソードを肩に担ぎ、周囲の男達を睨みつけながら短く告げる。
「な、なんのこと──」
ザシュ──!!
ユアンの一番近くにいた男は、誤魔化しの言葉を言い終える前に首をはねられる。
無造作に振るった剣の威力に震え上がる男達は、ある者はその場に立ち尽くし、またある者は踵を返して部屋に逃げ込もうと走り出す。
しかし、
「ぎゃあああああ!!」
逃げ出すそぶりを察したユアンは男に向かってダッシュ、その背中を袈裟切りで殺し、距離のあった男は、リシェンヌの放った火球の魔法で火ダルマになる。
「答えないヤツを生かしておく理由はねえんだぞ、テメエら?」
「ヒィィィィィ!!」
「もう一度だけ聞く、モーラとマーニーはどこだ?」
ユアンに胸倉をつかまれた男は、目の前の男から発せられる殺気に声も出せず、それでも殺されまいと必死に目線と頭の動きで屋敷の上を指す。
それを見たユアンが確認の為に周囲をねめつけると、他の男達も全力で首を縦に振る。
「そうか」
ズッ──!!
「────!!」
目の前の男の心臓に剣を突きたてたユアンは、そのままブオンと剣を振り回し、別の男に向けて死体を投げ捨て、階段を駆け上がる。
その後にリシェンヌとリーゼが続くのを見送った生き残りの男達は、
「ば、化け物──」
人生で初めて見るであろう、鬼気をまとったランク指定外級の恐ろしさに、腰を抜かしてへたり込んだり小便を漏らしたりしているが、このままここに留まる事の意味を察し、恐怖に震えるおぼつかない足取りで必死にその場を逃げ出した。
バン──!!
「──モーラ、マーニー!!」
屋敷の最上階に到着したユアンは、着衣の乱れただらしない足取りで部屋から出て来た男を切り捨て、勢いそのままに部屋に飛び込む。そこには──
「────!?」
カーテンなどで外からの光を遮られた部屋の中は、キャンドルの灯りが部屋を優しく照らし、妖しい匂いが充満している。
カクン。
「──っ!!」
不用意にその香りを胸いっぱい吸い込んだユアンは、全身の力を奪われる感覚に膝が抜け、思わず握った剣を取り落としそうになる。
しかしユアンは、そんな自分の目の前に映る光景を目にした瞬間、頭の中が爆発したかと思うほどの衝撃を受ける。
──目の前の大きな寝台の上には、これまで何度も肌を重ねてきた恋人達が、焦点の合わない目で男達の欲望を受け止めていた。
自分より格下の男達から乱暴に扱われ、それでも男達が腰を振るたびに甘い声を上げる彼女達の異常な様子に、大切な物を奪われ汚された怒りと嫉妬に狂うユアンは、
「があああああああ!!」
獣の様な咆哮を上げて2人に群がる男達へ襲い掛かる。
2人を犯す男達は一瞬何が起きたのか認識できず、その場の半数が命を落とした頃にようやく事態に気付いたようで、慌ててその場から逃げ出そうと立ち上がる。
しかし、
「ギャアアア──!!」
ユアンは、立ち上がった男の、今までモーラを慰んでいたモノに剣を突きたて、そのまま切り上げると、開きになった男はそのまま後ろに倒れ、事切れるまでの短い時間を激痛の中で過ごした。
「モーラ!! マーニー!!」
「……んぁ、あ……ユアンだぁ……」
ユアンの叫び声にモーラの虚ろな目は微かに焦点が合い、一番大切な男が目の前にいる事に幸せを感じ、満面の笑顔を向ける。
汗がじっとりと滲んだ獣毛は、モーラが今までどれだけの凌辱を受けてきたかを証明するように男達の汗と体臭が染み付き、それがまたユアンの怒りに火をつける。
駆け寄るリーゼとリシェンヌに2人を任せるとユアンは、部屋の中で腰を抜かす男の首を掴み持ち上げると、恐ろしく醒めた目と口調で問いかける。
「テメエがここの代表か?」
「ちちち違う! 俺じゃねえ!!」
「じゃあ三下か? ゴミの分際で俺のオンナに手を出したって事か、コラ」
「許してくれ!! 俺達も仕方が無かったんだぁ!!」
「あん?」
男はコミュニティ「森羅万象」の幹部の1人で、自分たちが迷宮から戻ってきたら既に2人はメンバー達から酷い扱いを受けており、それを知った幹部達は何とか穏便に済ます方法は無いかと奔走した。
そんな時、とある小路で怪しげな薬を売っている露店に出くわし、試しに聞いてみると丁度良い薬を勧めてくれた。
その薬は、香炉に入れて香りを嗅がせれば3日程度の記憶を消せると言われ、試しに使ってみたが上手く記憶が消せなかった。途方に暮れた彼等だったが、記憶は消えないものの、事前に聞かされていた薬の副作用か、悩ましげな仕草をする2人に彼等も我慢が出来ず、そのまま香を焚き続け、記憶が消えるか、それともユアン達が迷宮で命を落とすかを待っていたらしい。
「お、俺らだって鬼じゃねえ、2人には美味い飯だって食わせてるし身綺麗にするのに俺らが隅々までキレイに洗って──へぶっ!!」
「余計な事までベラベラ喋るんじゃねえよ」
「ぶ、ぶぁい……」
悪鬼の形相で男を睨みつけていたユアンは、モーラ達がいるベッドに顔を向けると、優しい表情と口調で話しかける。
「リーゼ、リシェンヌ、2人と一緒に宿に戻っててくれ」
「分かった……ユアンは?」
「俺はもう少しコイツらと話がある……」
「……なるべく早く、帰ってきてね」
「ああ……」
──リーゼ達が部屋から出るのを見届けたユアンは、男に向き直り、
「さて、このまま体中を切り刻まれて痛みの内に死ぬのと、仲間の名前と居場所を全て吐いて楽な最後を迎える、選択肢くらいはくれてやる」
森羅万象、他のコミュニティからはとかく悪く言われがちだが、その分彼等の結束は固く、仲間を守るためにコミュニティが一丸となって動く、そんな連帯意識の強い集団である。
そのコミュニティの幹部である男は、その日、その信条に泥を塗った。
キィ──
「帰ったよ……リシェンヌ、2人は?」
「疲れて眠ってる、今はリーゼが診てるわ」
「そうか──」
ガシャーーーン!!
「「──!?」」
3人がいるであろう部屋の中から何かの割れる音が響き、ユアンとリシェンヌの2人は現場に駆けつける。そこには、
「マーニー、落ち着いて!!」
「うるさい!! ジン、あの男!!」
暴れるマーニーを落ち着かせようと必死に抱きしめるリーゼの横で、モーラは手に持った甘魚を力一杯握りしめ、中からあんこが飛び出している。
「……なんだ、これは?」
「それは、心や体が疲れているときは甘い物がいいからって、2人の為に持たせてくれたの」
「そうじゃねえ!! リーゼ、あの野郎の所にまた行ったのか!?」
「あの野郎って……2人が森羅万象にいるかもって教えてくれたのもジンなのよ?」
ジン、あの男のことを呼び捨てにするリーゼに、ユアンの頭は血が上りながらも冷え切り、嫉妬の炎に支配される。
ユアンはテーブルの上に置いてある籠を手に取ると、それを床にぶちまけ足でグリグリと踏みつける。
「ユアン、何するの!? あんな事があったのにジンが親切で渡してくれたのに」
「ふざけるな、元はと言えばアイツのせいで2人がこんな目にあったんじゃねえか!!」
「違うわ、モーラとマーニーがジンに変な事しようとしたのが原因なのよ?」
「──うるさい! そんな名前聞きたくない!!」
「「────!!」」
2人の口論に割って入ったモーラは、そう叫ぶと頭の耳を押さえて唇をキュッと噛み、その場で丸くなる。
プルプルと震える耳先と肩は怒りか屈辱か、それとも恐怖による物か、その姿からは判別は付かないが、目元に光る涙が2人の頭に冷水を浴びせかける。
「す、すまない……」
「ゴメンなさい」
その後、何も言えなくなった彼等は部屋を片付けると眠りに付く。
──翌日、ユアンは朝から宿を後にすると、夜戻った時には体中から拭いきれない血と死の匂いを漂わせていた。
モーラとマーニーは、部屋から出るのが怖いのか、ベッドの上で
「あの野郎、絶対殺す」
「クソ、クソ、クソ──」
ずっとそればかりを、狂気をはらんだ目で呟いていた。
そんな2人の姿を見にしたユアンは、2人の受けた恥辱と、以前と態度の違うリーゼに対する戸惑いと嫉妬、それら全てをあの男──全ての元凶であるジンにぶつけるべく、朝から乗り込んできた。
「知らんがな」
「……は?」
自分が締め上げれば目の前の男は涙と鼻水をたらして許しを請い、地に這い蹲って己の愚かさを悔やむはず──そう意気込んできたユアンは、目の前の男の投げやりな対応に一瞬、目が点になる。
「俺はむしろ被害者の側じゃねえか。俺がいなくなった後の2人に何が起きようと、そりゃあ自業自得ってモンだろうが、バカか手前は? いや、バカだから殴りこんで来たのか、こいつは俺が悪かった、バカをバカと見抜けなくてごめんな、バカ!」
「て、てめえ……」
バカと連呼され、全身をプルプルと震わしユアンに向かってジンはさらに続ける。
「それからリーゼだ? お前、他の女は交渉材料に別の男の相手までさせときながら、彼女だけは他の男とちょっと親しくなっただけで色目を使った、浮気だ、寝取られたってか? 笑わせんな、ガキはどっちだ。だいたい俺とリーゼはまだ数回しか会ってねえしそれほど仲良くもねえよ」
「……ふざけんな!! だったら何でリーゼが手前なんかの事を「ジン」なんて呼び捨てにするってんだ!?」
ユアンの爆弾発言に眉間にシワを寄せるジンは、
「……アホらしい、バカで嫉妬深いくせに力だけは人よりある。生きてるだけで迷惑な存在だな」
度重なる侮辱にユアンの感情は怒りから殺意へと変化する。
それを察したジンは、
「フン、実力行使か。言っておくが、ここで俺を殴ればリーゼは完全にお前の元を離れるぜ?」
「なん……だと?」
「お前の言い分が正しければリーゼは俺に好意を持っているんだろう? そこでお前が理不尽な理由で俺を傷つけた場合、当然リーゼは俺に謝り、許しを請おうとするだろう。心優しい女性だからな」
ニヤニヤとイヤらしい笑顔を浮かべながらジンは、ユアンに語りかける。
「そんな彼女に優しい言葉の1つもかけて、「リーゼがユアンと一緒にいるのはお互いの為に良くない」とでも言えば彼女はどんな決断を下すだろうなあ。そして、1人になったリーゼに俺が優しく囁きかければ……」
「黙れえええ!!」
ジンの言葉に、嫉妬に狂い、しかしジンの言葉どおりの展開になる事を恐れるユアンは振り上げた拳をプルプルと震わせながらも、それをジンの顔に叩き込むことが出来ない。
そんなユアンの顔を醒めた目で見つめるジンは、ニヤリと笑い、
「だったら決闘で勝負をつけるかい?」
「……なに?」
「日時は来週月曜日の正午、場所は……南の広場でいいだろ、受けるかい? 決闘ならリーゼも文句は言わないだろうさ」
「……フ、フフフフ──ハアーーーッハッハッハ、このバカが、俺と決闘!? 俺に勝つつもりだってのか、いいだろう、受けてやるよ」
ジンを離したユアンはその鼻先に指を突きつけ、
「ぶっ殺してやる──逃げるなよ」
それだけ告げると屋台を後にする。
──残された4人は、
「ジンさん、決闘って……」
「あらら、ややこしい事になってるねえ」
「ジン……アタシがいう事じゃないけど、大丈夫なのかい?」
「……逃げたらダメですかねえ」
軽い口調で話すジンだった──。
「──あ、ジン、賭けの胴元はボクにさせてね」
ゴン──
久しぶりにルディの頭に拳骨が落ちたが、ジンの物ではなかった。
人の数もまばらな午前、完全装備のユアンは屋台の前まで来るやいなや、ジンを射殺すような目つきで睨みつけて怒声を浴びせる。
しかしジンは、ヘコヘコしていた初対面とは違い、ユアンの視線を真っ向から受け止め、あろうことか睨み返しながら言葉を返す。
「……なんの話ですか、いきなり?」
「!? て、テメエ……!!」
そんなジンの態度に一瞬躊躇したユアンは思わず仰け反るが、それが逆にプライドを刺激されたか、ジンの胸倉を掴むと鼻先が触れ合うほどに顔を近づける。
背後では心配そうに見つめるエルとそれを制するドロテア、我関せずとお菓子を作るルディと様々だが、頭に血が上ったユアンは憎しみのこもった声で語りだす。
──────────────
──────────────
ドゴォォォォォンン──!!
「──!?」
「な、なんだぁ?」
屋敷内に響く轟音にコミュニティ「森羅万象」のメンバー数名が1階のロビーに集まる。そこには、
「!? お、おめえ……」
「……2人はどこだ?」
屋敷の大扉を蹴破った男──ユアンは抜き身のバスタードソードを肩に担ぎ、周囲の男達を睨みつけながら短く告げる。
「な、なんのこと──」
ザシュ──!!
ユアンの一番近くにいた男は、誤魔化しの言葉を言い終える前に首をはねられる。
無造作に振るった剣の威力に震え上がる男達は、ある者はその場に立ち尽くし、またある者は踵を返して部屋に逃げ込もうと走り出す。
しかし、
「ぎゃあああああ!!」
逃げ出すそぶりを察したユアンは男に向かってダッシュ、その背中を袈裟切りで殺し、距離のあった男は、リシェンヌの放った火球の魔法で火ダルマになる。
「答えないヤツを生かしておく理由はねえんだぞ、テメエら?」
「ヒィィィィィ!!」
「もう一度だけ聞く、モーラとマーニーはどこだ?」
ユアンに胸倉をつかまれた男は、目の前の男から発せられる殺気に声も出せず、それでも殺されまいと必死に目線と頭の動きで屋敷の上を指す。
それを見たユアンが確認の為に周囲をねめつけると、他の男達も全力で首を縦に振る。
「そうか」
ズッ──!!
「────!!」
目の前の男の心臓に剣を突きたてたユアンは、そのままブオンと剣を振り回し、別の男に向けて死体を投げ捨て、階段を駆け上がる。
その後にリシェンヌとリーゼが続くのを見送った生き残りの男達は、
「ば、化け物──」
人生で初めて見るであろう、鬼気をまとったランク指定外級の恐ろしさに、腰を抜かしてへたり込んだり小便を漏らしたりしているが、このままここに留まる事の意味を察し、恐怖に震えるおぼつかない足取りで必死にその場を逃げ出した。
バン──!!
「──モーラ、マーニー!!」
屋敷の最上階に到着したユアンは、着衣の乱れただらしない足取りで部屋から出て来た男を切り捨て、勢いそのままに部屋に飛び込む。そこには──
「────!?」
カーテンなどで外からの光を遮られた部屋の中は、キャンドルの灯りが部屋を優しく照らし、妖しい匂いが充満している。
カクン。
「──っ!!」
不用意にその香りを胸いっぱい吸い込んだユアンは、全身の力を奪われる感覚に膝が抜け、思わず握った剣を取り落としそうになる。
しかしユアンは、そんな自分の目の前に映る光景を目にした瞬間、頭の中が爆発したかと思うほどの衝撃を受ける。
──目の前の大きな寝台の上には、これまで何度も肌を重ねてきた恋人達が、焦点の合わない目で男達の欲望を受け止めていた。
自分より格下の男達から乱暴に扱われ、それでも男達が腰を振るたびに甘い声を上げる彼女達の異常な様子に、大切な物を奪われ汚された怒りと嫉妬に狂うユアンは、
「があああああああ!!」
獣の様な咆哮を上げて2人に群がる男達へ襲い掛かる。
2人を犯す男達は一瞬何が起きたのか認識できず、その場の半数が命を落とした頃にようやく事態に気付いたようで、慌ててその場から逃げ出そうと立ち上がる。
しかし、
「ギャアアア──!!」
ユアンは、立ち上がった男の、今までモーラを慰んでいたモノに剣を突きたて、そのまま切り上げると、開きになった男はそのまま後ろに倒れ、事切れるまでの短い時間を激痛の中で過ごした。
「モーラ!! マーニー!!」
「……んぁ、あ……ユアンだぁ……」
ユアンの叫び声にモーラの虚ろな目は微かに焦点が合い、一番大切な男が目の前にいる事に幸せを感じ、満面の笑顔を向ける。
汗がじっとりと滲んだ獣毛は、モーラが今までどれだけの凌辱を受けてきたかを証明するように男達の汗と体臭が染み付き、それがまたユアンの怒りに火をつける。
駆け寄るリーゼとリシェンヌに2人を任せるとユアンは、部屋の中で腰を抜かす男の首を掴み持ち上げると、恐ろしく醒めた目と口調で問いかける。
「テメエがここの代表か?」
「ちちち違う! 俺じゃねえ!!」
「じゃあ三下か? ゴミの分際で俺のオンナに手を出したって事か、コラ」
「許してくれ!! 俺達も仕方が無かったんだぁ!!」
「あん?」
男はコミュニティ「森羅万象」の幹部の1人で、自分たちが迷宮から戻ってきたら既に2人はメンバー達から酷い扱いを受けており、それを知った幹部達は何とか穏便に済ます方法は無いかと奔走した。
そんな時、とある小路で怪しげな薬を売っている露店に出くわし、試しに聞いてみると丁度良い薬を勧めてくれた。
その薬は、香炉に入れて香りを嗅がせれば3日程度の記憶を消せると言われ、試しに使ってみたが上手く記憶が消せなかった。途方に暮れた彼等だったが、記憶は消えないものの、事前に聞かされていた薬の副作用か、悩ましげな仕草をする2人に彼等も我慢が出来ず、そのまま香を焚き続け、記憶が消えるか、それともユアン達が迷宮で命を落とすかを待っていたらしい。
「お、俺らだって鬼じゃねえ、2人には美味い飯だって食わせてるし身綺麗にするのに俺らが隅々までキレイに洗って──へぶっ!!」
「余計な事までベラベラ喋るんじゃねえよ」
「ぶ、ぶぁい……」
悪鬼の形相で男を睨みつけていたユアンは、モーラ達がいるベッドに顔を向けると、優しい表情と口調で話しかける。
「リーゼ、リシェンヌ、2人と一緒に宿に戻っててくれ」
「分かった……ユアンは?」
「俺はもう少しコイツらと話がある……」
「……なるべく早く、帰ってきてね」
「ああ……」
──リーゼ達が部屋から出るのを見届けたユアンは、男に向き直り、
「さて、このまま体中を切り刻まれて痛みの内に死ぬのと、仲間の名前と居場所を全て吐いて楽な最後を迎える、選択肢くらいはくれてやる」
森羅万象、他のコミュニティからはとかく悪く言われがちだが、その分彼等の結束は固く、仲間を守るためにコミュニティが一丸となって動く、そんな連帯意識の強い集団である。
そのコミュニティの幹部である男は、その日、その信条に泥を塗った。
キィ──
「帰ったよ……リシェンヌ、2人は?」
「疲れて眠ってる、今はリーゼが診てるわ」
「そうか──」
ガシャーーーン!!
「「──!?」」
3人がいるであろう部屋の中から何かの割れる音が響き、ユアンとリシェンヌの2人は現場に駆けつける。そこには、
「マーニー、落ち着いて!!」
「うるさい!! ジン、あの男!!」
暴れるマーニーを落ち着かせようと必死に抱きしめるリーゼの横で、モーラは手に持った甘魚を力一杯握りしめ、中からあんこが飛び出している。
「……なんだ、これは?」
「それは、心や体が疲れているときは甘い物がいいからって、2人の為に持たせてくれたの」
「そうじゃねえ!! リーゼ、あの野郎の所にまた行ったのか!?」
「あの野郎って……2人が森羅万象にいるかもって教えてくれたのもジンなのよ?」
ジン、あの男のことを呼び捨てにするリーゼに、ユアンの頭は血が上りながらも冷え切り、嫉妬の炎に支配される。
ユアンはテーブルの上に置いてある籠を手に取ると、それを床にぶちまけ足でグリグリと踏みつける。
「ユアン、何するの!? あんな事があったのにジンが親切で渡してくれたのに」
「ふざけるな、元はと言えばアイツのせいで2人がこんな目にあったんじゃねえか!!」
「違うわ、モーラとマーニーがジンに変な事しようとしたのが原因なのよ?」
「──うるさい! そんな名前聞きたくない!!」
「「────!!」」
2人の口論に割って入ったモーラは、そう叫ぶと頭の耳を押さえて唇をキュッと噛み、その場で丸くなる。
プルプルと震える耳先と肩は怒りか屈辱か、それとも恐怖による物か、その姿からは判別は付かないが、目元に光る涙が2人の頭に冷水を浴びせかける。
「す、すまない……」
「ゴメンなさい」
その後、何も言えなくなった彼等は部屋を片付けると眠りに付く。
──翌日、ユアンは朝から宿を後にすると、夜戻った時には体中から拭いきれない血と死の匂いを漂わせていた。
モーラとマーニーは、部屋から出るのが怖いのか、ベッドの上で
「あの野郎、絶対殺す」
「クソ、クソ、クソ──」
ずっとそればかりを、狂気をはらんだ目で呟いていた。
そんな2人の姿を見にしたユアンは、2人の受けた恥辱と、以前と態度の違うリーゼに対する戸惑いと嫉妬、それら全てをあの男──全ての元凶であるジンにぶつけるべく、朝から乗り込んできた。
「知らんがな」
「……は?」
自分が締め上げれば目の前の男は涙と鼻水をたらして許しを請い、地に這い蹲って己の愚かさを悔やむはず──そう意気込んできたユアンは、目の前の男の投げやりな対応に一瞬、目が点になる。
「俺はむしろ被害者の側じゃねえか。俺がいなくなった後の2人に何が起きようと、そりゃあ自業自得ってモンだろうが、バカか手前は? いや、バカだから殴りこんで来たのか、こいつは俺が悪かった、バカをバカと見抜けなくてごめんな、バカ!」
「て、てめえ……」
バカと連呼され、全身をプルプルと震わしユアンに向かってジンはさらに続ける。
「それからリーゼだ? お前、他の女は交渉材料に別の男の相手までさせときながら、彼女だけは他の男とちょっと親しくなっただけで色目を使った、浮気だ、寝取られたってか? 笑わせんな、ガキはどっちだ。だいたい俺とリーゼはまだ数回しか会ってねえしそれほど仲良くもねえよ」
「……ふざけんな!! だったら何でリーゼが手前なんかの事を「ジン」なんて呼び捨てにするってんだ!?」
ユアンの爆弾発言に眉間にシワを寄せるジンは、
「……アホらしい、バカで嫉妬深いくせに力だけは人よりある。生きてるだけで迷惑な存在だな」
度重なる侮辱にユアンの感情は怒りから殺意へと変化する。
それを察したジンは、
「フン、実力行使か。言っておくが、ここで俺を殴ればリーゼは完全にお前の元を離れるぜ?」
「なん……だと?」
「お前の言い分が正しければリーゼは俺に好意を持っているんだろう? そこでお前が理不尽な理由で俺を傷つけた場合、当然リーゼは俺に謝り、許しを請おうとするだろう。心優しい女性だからな」
ニヤニヤとイヤらしい笑顔を浮かべながらジンは、ユアンに語りかける。
「そんな彼女に優しい言葉の1つもかけて、「リーゼがユアンと一緒にいるのはお互いの為に良くない」とでも言えば彼女はどんな決断を下すだろうなあ。そして、1人になったリーゼに俺が優しく囁きかければ……」
「黙れえええ!!」
ジンの言葉に、嫉妬に狂い、しかしジンの言葉どおりの展開になる事を恐れるユアンは振り上げた拳をプルプルと震わせながらも、それをジンの顔に叩き込むことが出来ない。
そんなユアンの顔を醒めた目で見つめるジンは、ニヤリと笑い、
「だったら決闘で勝負をつけるかい?」
「……なに?」
「日時は来週月曜日の正午、場所は……南の広場でいいだろ、受けるかい? 決闘ならリーゼも文句は言わないだろうさ」
「……フ、フフフフ──ハアーーーッハッハッハ、このバカが、俺と決闘!? 俺に勝つつもりだってのか、いいだろう、受けてやるよ」
ジンを離したユアンはその鼻先に指を突きつけ、
「ぶっ殺してやる──逃げるなよ」
それだけ告げると屋台を後にする。
──残された4人は、
「ジンさん、決闘って……」
「あらら、ややこしい事になってるねえ」
「ジン……アタシがいう事じゃないけど、大丈夫なのかい?」
「……逃げたらダメですかねえ」
軽い口調で話すジンだった──。
「──あ、ジン、賭けの胴元はボクにさせてね」
ゴン──
久しぶりにルディの頭に拳骨が落ちたが、ジンの物ではなかった。
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これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
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