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5章 イズナバール迷宮編

213話 夜営にて・後編

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「ユアンとどんな取引をした?」

 ユアンの名前を出した瞬間、サモンの目は限界まで見開き、そしてそれを誤魔化すために顔を伏せる。

「最初に言った事を聞いてなかったのかね、この御仁は。俺は自分の持ってる情報とアンタの自白を照合するって言ったはずだけど? もう一度言うからよく聞けよ、先週の水曜、ユアンと何を話した? なんなら翌日、手前がユアンの取り巻きの内どの女と宿屋にしけこんだのか、ここで喋っても構わねえぞ」

 ジンは蹲るサモンの腹をブーツでゴリゴリと押し潰すと、今度は爪先で小突き出す。

「っ! …………は、話す……」

 サモンは、ユアンと交わした取引の内容を語り出す。
 内容は実にシンプルで、ユアンが迷宮の最深部を一番に攻略するため、味方の迷宮攻略が進まなくなるよう立ち回って欲しいとのことだった。
 その言葉だけを部外者が聞けばその程度か、と肩をすかすかもしれないが、標的にされたほうは堪ったものではない。
 背中を預けた仲間に後ろから刺される、そこまで露骨でなかろうと守ってくれていると思った仲間がいない・・・、仲間のフォローが間に合わない・・・・・・、魔物の跋扈ばっこする迷宮内でそれがどれほど危険な事か。
 事実、それを聞いた周りのメンバーは皆、苦々しい表情を浮かべている。
 その中でジンは、眉1つ動かさずに冷徹な眼差しでサモンを見下ろす。

「それだと説明が付かんな、何を隠してる?」
「おいジン、どういう意味だ?」
「タイミングが速すぎるって意味ですよ、ゲンマさん。俺達はまだ40層すら越えちゃいない、どうせ妨害するなら最深部の50層へ続くエリアでする方が色々と都合がいい」

 40層は未だどのコミュニティも未攻略ではあるが、じきにどこも突破するだろう。現に、異種混合のメンバーは今回の突入で40層突破を計画している。
 各コミュニティが本格的に相手をライバル視するのは最深層、どうせなら41層以降で彼等を足止め、そして囮に使えば自分達の迷宮攻略が捗る。
 いかに辺境の勇者と謳われようともたった5人で迷宮踏破はリスクが高い。競争相手を罠にかけ、自分に有利に動かすには使い所というものがあった。

「それを考えると、ここで問題を起こすのは得策じゃないと思うんですがねぇ、サモンさん?」
「…………手前だ」
「はぁ?」
「テメエが余計なモンを連れてくるからだ! テメエんとこの怪力女1人ならともかく、あんな連中まで一緒に来られちゃウチが他より1歩も2歩もリードしちまう。そこから俺達の攻略速度を緩めようと思ったら、他よりもっとでかい犠牲が必要になるんだよ!!」

 サモンはそう言い、視線を一瞬誰かに向けるとそのまま俯く。その視線の先には──
 それを見たジンは呆れにも似たため息を1つつき、

「とんだとばっちりだな……」

 周囲に聞こえないほどの声で呟く。

(ライゼンの筆頭剣士に貸与される最強の証『轟雷牙』、そして従者として常に侍る事になる、神官戦士の中から選ばれる『戦巫女』……男の嫉妬は女以上に陰湿で手に負えねえ)

「なるほど、つまり今起こした騒動はあくまで俺達をこの場から排除するため。そして「本格的な妨害」は40層を越えてから改めて行う、と、そう言いたいんだな?」
「ぐっ……」
「……ルフトさん、ここの代表はアンタだ、処分はそっちで好きにすればいい。もっとも、コイツが大人しくルフトさんに従うかは怪しいがな」
「済まない」
「構わないさ、コッチに変なとばっちりさえ来なけりゃな。ああ、それから」

 ルフトを筆頭に、身内の不祥事にうなだれる面々に向かってジンが、緊張感の無い声で話しかける。

「エル坊の事をみんなでああだこうだと考えちゃあいるが、あんなモン、知らん振りしとけばいいんですよ」
「は?」

 いくらエルが「自分はブレイバード帝国の皇族である」と名乗ろうが、こちらがそれを認めなければ子供の戯言で終わる。その後もいくら向こうが主張しようが取り合わなければ済む話である。
 なにせ相手は、国家の重要人物でありながら正式な外交の手続きを踏まずに他国に侵入しているのだ。もしも事が公になれば問題になるのは向こうである。。
 だからこそ、エルの方からそれを名乗ることは許されない。もし名乗れば「帝国は他国への侵略の意思あり」などと言いがかりをつけられる。
 しかし、相手側から「もしや帝国の何某なにがしでは?」などと聞いて、もしも肯定などされたら立場が逆転してしまう。
 聞いた方は相手を国賓として扱い、その身の安全を確保せねばならない。何かあった場合、知らなかったでは済まないのだから。
 だからこそ、王侯貴族のお忍び旅には凄腕の護衛があてがわれ、相手側もそ知らぬ顔でどこかで起きるかもしれない「不幸な事故」を期待する。

「問い正したところで自分達の動きが封じられるだけですぜ。せっかく向こうが隠してるんだから知らん振りしときなさいな、それにエル坊の旅の目的は、「世界をこの目で直に見て回る」事らしいのでね」

 言い終わったジンは、きびすを返して仲間達が夜営をしている方へ歩き出す。

「ちょ、ちょっとジン、サモンの毒は!?」
「ああそれ? ただの腹痛の薬だから2時間もすれば治るよ。つっても腹痛に効く薬じゃなくて、腹痛を起こす薬だけどさ」

 上げた右手をヒラヒラさせてその場を去る詐欺師・・・の姿にあっけに取られていた面々は、

「プッ…………アーッハハハ!! あんだけ騒いで”はらいた”だってのかよ!!」
「ちょっとゲンマ……まったく、全員あの子にしてやられたって事なの?」
「まあ、少なくともあの彼女リオンの相棒をやってるくらいだ、相当に図太い神経の持ち主なのだろうさ」
「いいじゃねえか、俺は好きだぜ、ああいうヤツ」
「アンタはそうでしょうけど、それにつき合わされるこっちの事も考えなさいよね……それに、今考えなきゃいけないのはコッチでしょ」

 シュナの言葉に全員が、その場で腹痛を訴えるサモンに視線を向ける。
 彼等の目には、怒りと、侮蔑と、困惑と、それら全てが交じり合った複雑な色をなしていた……。


──────────────
──────────────


「──あ、ジンおかえり~、向こうが何か騒がしかったけど、何かあったの?」
「若さん、子供はそろそろお休みの時間ですぜ? 大した事はありませんよ、チョットばかし大きなネズミ「ひゃっ!?」が……なんですかい?」

 焚き火の前に腰掛けようとしたジンは動作を一旦止め、ルディやリオンと共に声の方を見やる。そこには、

「……へ? い、いや、何でもないぞ! ウン、何でもない」
「ドロテア……?」
「な、なんだデイジーその目は! 何でもないと言っただろう! ……それでジン、ネズミというのは、な、なにか、魔物的なアレか?」
「……いいえ、欲に駆られた、ガサツで頭の悪~いネズミさんですよ」
「そっちかよ!! ……い、いやあ何だ、けしからん、全くけしからんな」

 ジンの言葉はとても、そしてかなり重要な意味を持っていたのだが、その場のほとんどの者がその事よりもドロテアの態度に意識が移ってしまったのは、ここがほぼ女の園だった事とは無関係では無いだろう。

「ドロテア、それは無いわぁ……」
「アタシ、ドロテアがダンナと結婚できた理由が今解った」
「確かにギャップは大事だものね、良かったわねデイジー、この方法を使えば貴方も結婚できるわよ」
「「うるさい!!」」

 そんな姦しい集団が焚き火を囲む中、すぐ側の草むらをガサゴソと揺らす影がある。
 それは暗闇の中からジン達をしばらく監察し、やがてその場を離れようと走り出し、

 ────トスッ!!

「ピイイィィィィ!!」

 根元にまだ焼いた肉が残っている鉄串にソレは貫かれ、暫くジタバタと足掻き、やがて動かなくなった。
 近付いたジンはソレを拾い上げると、

 ポイ────

「ぎゃあああああああ!!」

 ドロテアの悲鳴と、更にその後にジンの悲鳴が響き渡った。


 そして翌日、どのような沙汰が下ったのか、サモンは34層での戦闘において常に先陣を切り、剣を振るっていた。
 そんな中、爪が長い鎌のように変化した「サーベルベア」との戦闘中、瀕死の獲物に止めを刺すべく飛び込んだサモンは空中で急に体勢を崩し、思わず目を瞑ったその瞬間、サーベルベアの、最後の足掻きと振りぬいた爪に頭を輪切りにされ、その場に倒れた。
 ──即死だった。
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