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5章 イズナバール迷宮編

206話 密約

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性質たちが悪い、ですか……?」
「エル坊、彼女はユアンって男の幼馴染でずっと一緒にいたんですぜ? 止めようと思えば出来たはずなのに、さっきの話の中に一度でもそんな事言ってましたかい?」

 エルは首を横に振ると、その後に続くジンの言葉を待つ。

「リーゼ、彼女はユアンの事が、それこそ幼い頃から好きだったんでしょうねぇ──」

 子供の頃を知っているから、だから彼が荒れたはじめた頃、すぐに考え直してくれると思って何も言わなかった。
 その内彼の周りに女が増えるがソイツらは彼の行動を肯定する、ここで自分が耳に痛い事を言えば遠ざけられてしまう、だから言わなかった。
 そしてとりかえしのつかない事をやらかした彼に、せめて彼の根っこの部分、本当は心優しいユアンを知っている自分が一緒にいてやらねば、という使命感──

「──結局、ユアンを一番否定してあげなけりゃいけない人間が、いつまでも何も言わずに側に居続けた事が、ソイツに免罪符を与えちまったって事ですよ」
「……嫌われたくないって思うのは悪い事なんですか?」
「悪くはありませんよ、ただし、それはあくまで自分だけの都合で、相手の為を思うならぶん殴ってでも止めさせるべきでしたね、彼女はその辺を履き違えてる」

 被害者は、心を病んで暴走したユアンではなく、ユアンによって傷つけられた者達だ。
 望外の力を手に入れたとはいえ純朴な庶民に、権力者の悪意はさぞ衝撃だっただろう、そこについては同情の念を禁じえない。
 だが、彼はその悪意の波に屈した敗北者であって被害者ではない。被害者は、自分達を助けてくれた、守ってくれる、そんな御旗を掲げられ、抗議の声すら封じられて蹂躙され続けた者達である。
 そしてリーゼを含め取り巻きの女達は、それを見て悦に入っていた、同性の者が慰み者にされるのも、かつての自分と同じ立場の人間が踏みにじられるのも。

「ユアン、彼が純粋に悪だと言うなら、彼女達はさしずめ性悪ってとこですかね。自分達は手を汚さず、あくまで傍観者の立場で他者の不幸をわらっていたんですから」
「その点はジンにも通じるものがあるね♪」
「茶化さんで下さいな若さん。俺は少なくとも自分の手は汚してるし、阿呆共に自分の愚かさを自覚し後悔してもらう、その手助けをしてるだけですぜ? 義賊みたいなもんでさあ」

 ギュッ──

 エルの、ジンに抱きつく腕に力がこもる。
 ルディとジンのやり取りに、そこに自分の知らない2人の関係にヤキモチを焼いた故の無意識にとった行動だったが、それは少しばかりエルにとって不幸(?)を引き寄せる。

「……そういえば、エル坊も迷宮に潜りたいんでしたっけねえ……それなのにコレ・・は少しばかり非力に過ぎますな」
「え?」

 自分の腕を指先でツンツンとつつくジンにエルが顔を上げると、そこにはいたずらっ子を想起させる不穏当な笑みが浮かんでいる。

「え? え?」

 横を見ればルディも同様にエルの事を、獲物を捕らえた肉食獣の子供のような、無邪気で、そして同時に凶悪な笑顔を向けている。そして、

「ドラ○も~ん、あの道具出してよ~♪」
「……なんで俺がそのポジションなんですかい……ハイ、「ウィークエンド」~♪」

 戸惑うエル相手にジンの魔手が閃くと、一瞬のうちにその両手首に少しばかしオシャレなデザインのブレスレットが填められていた。

「ジンさん、これっ────て!?」

 ズンッ──!!

 エルは、急に鉛のように重くなった両腕に困惑すると、続けて同じ様なアンクレットを足首に着けられ、今度は全身に襲いかかる脱力感に、思わずその場にへたり込む。

「あ、あの、ジンさん?」
「ソイツは俺の作った魔道具ですよ。手首に着ければ腕力を、足首に着ければ脚力を、それぞれ鍛えられるアイテムですが、両手両足に着けると胴体も含めた全身くまなく鍛えられるという優れモンですぜ!」
「いえ、聞きたいのはそういう事ではなくて……」
「迷宮に潜るなら基本レベルは上げとかないとね、今のままじゃすぐ死んじゃうよ~♪」

 ルディの口から放たれた言葉にエルは衝撃を受ける。
 確かに、今の自分が迷宮に潜るという危険性を全く考慮せず、護衛がいるから大丈夫だと盲目的に信じていた自分がいた事に恥じ入るエルだった。
 エルの顔つきが変わったことを感じたジンは、

「そういえばエル坊、お姉さん方はどのくらい迷宮に潜るって言ってましたかい?」
「確か今週いっぱい潜って、来週から僕を連れて行くと言っていましたけど」
「それじゃ5日程ですかい……とりあえず、今日はその状態で町を練り歩くとしましょうか、若さん、屋台を畳む準備を」
「アイアイサー」
「ジンさん?」

 戸惑うエルをよそに店じまいの準備は済み、エルの前には大量の機材が。

「とりあえず、コレを宿屋に運ぶことろから修行・・ですかね」
「修行!?」
「それが終わったら走りこみ、そんで明日からは……15層に篭りますか」
「おっ♪ あの風雲た○し城だね!」
「サ○ケと言いなさいな……ったくオールドファンめ」
「え? え?」

 エルの逃げ道はどんどん塞がれ、雪崩式にジンズブートキャンプの餌食となる若干8歳の子羊だった。そして──

「いやああああああーーーー!!」

 ──5日後、15層で遊んでいるジン達に気付かないまま異例の攻略速度で20層を突破したデイジー達は、宿で大人しくしていたはずのエルの、外見はそのままでありながらに力強い瞳の輝きと、全身から滲み出る力強さに戸惑うことになる。


 ……余談ではあるが、彼女達が宿に戻って最初に見たものは、大きなベッドに『小』の字に寝る3人の姿であった。

「ジン、一体これはどういう事ですか……?」

 汚物を見るようなリオンの眼差しと、現場を見て今にも暴れ出さんとするデイジー達に、特殊な性癖の持ち主よ! 変態よ! 性犯罪者よ! と、あらぬ疑いをかけられた事に慌てたジンは、

「違うって!!」

 ジンは言い訳をするものの、ルディはニヤニヤと笑い、エルはデイジー達の暴走に戸惑うばかりで、目の前の混沌は一向に収まる気配は無かった、というのは笑い話である……一人を除いて。

「────だから誤解だって!!」


──────────────
──────────────


「──それではよろしくお願いする。君達のような実力者の助力が得られるとは、我々は女神に愛されているよ」
「そうだな、女神の加護を貰った俺があんた等に力を貸す、迷宮攻略は果たされたも同然だ。だけど、いいのかい?」
「構わん、古代迷宮の最深部で永きに渡って眠るイズナバールの秘宝は確かに魅力的だが、国元としては迷宮それ自体を管理できるほうが長い目で見れば得だと判断した」

 目の前の集団──ユアンを筆頭とした5人組のパーティに向かって、イズナバール周辺地域の領有権を狙う国家から援助を受けているコミュニティの一つ、「死山血河」のメンバーと、イズナバール以南を支配するドウマから派遣されてきた精鋭部隊が頷く。

「……俺達はあくまで単独行動、だが、40層を越えた最下層群については必要に応じて力を貸してほしい。表向きはコレで構わないな?」
「ああ」

 現在イズナバールの攻略状況は最深到達点が38層、ここでBランクモンスターの波状襲撃、そして亜竜との遭遇がそれぞれ2例ほど報告されている。
 各コミュニティの戦力を考えれば、精鋭部隊込みで換算しても50層に到達する見通しが立たない。中央大陸の『奈落アビス』は別として、他の3迷宮とは難易度が1段階高い状況だった。
 最悪、他のコミュニティの精鋭と合同で迷宮攻略に当たる事も考えた彼等だが、足の引っ張りあいになる未来しか見えないと悩んでいた所、まさに天の采配とばかりに彼等・・が現れたのである。
 何かと噂のある連中ではあるが、実力は折り紙つき、なおかつどこか特定の国と繋がっていないユアンのパーティの存在は、まさに渡りに船だった。
 彼等は早速ユアンとコンタクトを取ろうとするが、考える事は他のコミュニティも同様で、その為コミュニティ間で一悶着あった末ユアン達は、一応は中立的な立場ながら、もしも40層を超えたコミュニティが出た場合は、そこに対して「個別依頼」という形で助力を得る事が出来る、という所で落ち着いた。
 ちなみにルフト率いる「異種混合」はこの協定に参加していない。先日のジンとの一件があった為、反対意見が出たからだ。その中にはシュナとゲンマの姿もあった。
 そして3つのコミュニティとユアンの間で取り決めが交わされた後、ユアンの取り巻き達から打診があり、それぞれのコミュニティと密約が交わされる。
 曰く──協定を結んだ以外のコミュニティへの妨害、自分以外のコミュニティへの助力の際、手助けをすると同時に間引きをするように戦力を削る、そして、

「──最終的にはアンタらの国にここの所有権が渡るよう、他の連中は皆殺し。ってな」
「我等は皆、死と隣り合わせの世界で生きている、当然裏切りも想定の範囲内だ。備えを怠った者が悪いのさ──」

 ユアンの目の前の男が口の端を吊り上げてニヤリと笑い、ユアンもソレに応える。
 2人が交渉成立と、強く手を握ると周りから拍手や歓声が起こる。

「よっしゃあ! これで迷宮攻略は俺達が貰ったぜ!」
「これで大手を振って故郷に帰れそうだな」

 喜びの声を上げる探索者がいる中、

「そういやあのジンって男、結局見かけ通りのヤツだったな」
「だよなあ、一時期は実は強ぇんじゃねえか、なんて噂されてたけど、蓋を開けりゃあ……アレだもんよ」

 ダァーハッハッハッハ──!!

 そこかしこからジンに対する嘲りを含んだ笑いが生まれる。
 それはそうだろう、レベルが低いとはいえ探索者を名乗るのであれば、敵わぬまでもせめて剣を、拳を振り上げる気概を見せなければ同業他者から軽んじられる。
 そしてジンはユアンに対して報復をしないどころか、殴られた翌日にはヘラヘラと同じ場所で屋台を出していたくらいだ、嘲笑されても仕方が無い。

「するってえと、やっぱりあのリオンってのがよっぽど強ぇんだろうなあ」
「だよなぁ、それでいてとんでもなく美人なんて反則だぜ」
「あ~、俺、あんな美女と同じ部屋で寝られるんなら後で殺されても良いから寝顔を拝みてえわ」
「……やっぱあの野郎ジン、俺らで殺すか」

 そんな半分本気の笑い話を耳に捉えながら、ユアン達はそ知らぬ顔でコミュニティ本部を後にする。
 そして──

「これで3つのコミュニティそれぞれと密約を交わしたな。後は最後の最後で、どの国が迷宮の領有権に一番高値をつけるかだ」
「ホントあいつらバカだよね~、自分達はよそを裏切ってるくせに、いざ自分達は裏切られないと思うなんてさ♪」
「いいじゃない、どうせ私達に利用されるくらいしか役に立たない連中なんだから」
「……それよりユアン! 貴方、妙なこと考えてないでしょうね?」

 狐獣人のモーラは先頭を歩くユアンに抱きつくと、耳元に口を寄せ蠱惑的こわくてきな口調で囁く。

「妙な事なんか考えちゃいねえぜ? 強い仲間が増えるのはいい事だ、しかも美女と来ればなおさらな」
「もうっ! ユアンのエッチ!」

 そんなやり取りをするユアンのすぐ横には、何も言わず笑顔を絶やさないリーゼが並んで歩いている。
 余計な事は喋らず、いつだってユアンに優しい笑顔を見せ、彼の全てを受け入れる。
 だが、今日のリーゼの笑顔には少しだけかげりが見える。
 それが、リオンと呼ばれた美女について思い悩んだのか、それとも男達の話題に上ったジンについてなのかは判らない。

 ギュッ──

 ただ、強く握るリーゼの手の中には、ジンが渡したハンカチが握られていた。
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