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5章 イズナバール迷宮編
201話 無頼漢
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「オイ……そこのガキ、こりゃあ何のマネだコラ?」
ジンがエルと呼んだ少年は、手元から飛んでいった甘魚が屋台の向こう側、エルの対面に立っている男に命中した事を察すると、急いで屋台の前に出て行き男に頭を下げる。
「も、申し訳ありません! 口に入れたコレがとても熱くて思わず放ってしまって……」
「あん? つまりテメエはそんな熱いモンを俺にぶつけたって事か、ガキ?」
ジンは目の前のやり取りを見て小さく鼻を鳴らす。
ジンとの会話の内容から、エルがどこぞの大富豪、ないしは貴族の子弟であることは察していたが、よほど親の教育が行き届いているのか、迷惑をかけた相手に即座に頭を下げたことに感心する。
しかしこの場合、相手が悪く、そしてエルのその後の対応もマズかった。
幼さゆえか、相手の反応を見る前に言い訳がましく事情を説明したものだから、相手がコイツは与し易しと、言葉尻を捕らえて因縁をつけてくる。
ジンとしても、この手の輩にマトモな人間性など求めてはいなかったが、まさか8歳の子供相手にここまで居丈高に振舞える人間がいたとは、純粋に驚きだった。
「ち、違います、誰かにぶつけるつもりなんか無くて」
「ああそうかい、じゃあアレか、俺がここに立っていたのが悪い、そう言いたいのか?」
そしてジンにとって更に驚きなのは、目の前の男とその”連れ”の装いだった。
エルを威圧するように前のめりになって睨みつける男は、とてもではないがこんな事をする類の男には見えない。顔つきや雰囲気がではない、純粋な強さでだ。
男から醸し出される気配は間違っても低・中ランクの冒険者が出せる物ではない、明らかに上級、それもAランク上位、下手をすればランク指定外級の強さを宿している。
身に纏う鎧も、動きを阻害しない様に肩当ての無い胸当てと、前腕・膝下部だけを金属製の防具で固めた速度・機動性重視の出で立ちをしている。
もちろん金属部以外も高ランクモンスターの素材が使われた革や布で、もしも鑑定スキルを持った人間が彼を見たら、全身を包み込むような魔力の輝きに感心した事だろう。
魔力を帯びたバスタードソードを背中に担ぐ彼は、澄ました表情で立っていればそれこそ、どこの大国のお抱え冒険者かと噂されるほどのポテンシャルを内包している。
連れの”女性達”も、男には1段落ちるものの、高価な装備、そして宝飾品に身を包んだ、いずれもBランク上位~Aランク相当の実力者揃いに見える。
それが、男の態度にあまりいい顔はしないものの、止める気は無いのか傍観を決め込んでいる。
(レベル163、一応英雄指定ランクか……強さだけは、だが)
男の強さを気付かれないように”鑑定”したジンは、男の振る舞いと、そしてそれを止めようともしない女達に抱いた侮蔑の感情を完璧に隠す。
そして同時に、そんな男の前で正面から向き合うエルの胆力に感心すると、焼きたての甘魚を竹籠に入れて、
「いやあスミマセ~ン、ちょっとばかし子供に悪戯を仕掛けたら、それがまさかお兄さんにご迷惑をかけるなんてねぇ、どうかここは一つ、私に免じてお怒りを治めちゃ頂けませんか?」
申し訳無さそうに頭をかきながら、ヘラヘラと軽薄そうな表情で屋台から出て来たジンはそう言うと、男に頭を下げ、そして女性陣に出来立ての甘魚が詰まった籠を差し出す。
揉み手でヘコヘコするジンを胡乱げに見つめる男は、
「あぁん? テメエが原因だってか?」
「ええ、ちょっと仕掛けを施しまして、あの子が食べたモノだけ中身が熱々になるよう細工をしたんですが、まさかここまで──ゴフゥ!!」
ジンが話し終わるのも待たず、男はジンの腹に拳を叩き込む!
ゴツゴツとした篭手が腹にめり込むとジンはその場に蹲り、吐瀉物は出さないもののゲェゲェと涎を垂らしながら呻く。
「ちょっとユアン、一般人を殴るのはマズイよ」
「気にすんな、屋台の人間のフリをしちゃあいるが、俺のパンチで血反吐を吐かない時点で、コイツも一般人じゃねえのは証明されたからよ」
「え?」
「冒険者が屋台をやってるのか、それとも屋台をやりながら冒険者もやってるのかは知らねえがな……おいモーラ、ソイツに毒とか入ってねえだろうな?」
「大丈夫よ、純粋にお詫びの品のようだわ」
モーラと呼ばれた、頭にキツネの物であろうか、大きな三角形のケモミミを生やしたレンジャーの女性は、鑑定スキルを使って安全を確認する。
そして甘魚に興味心身なのか、スンスンと匂いを嗅ぎながら腰元から生えている大きくてフサフサとした尻尾をヒュンヒュンと振っている。
「フンッ……よう、その殊勝な態度に免じて今回は勘弁してやろうじゃねえか」
ガツッ──!!
ユアンと呼ばれた男は蹲るジンの頭を踏みつけ、グリグリと捻る。
額を地面に押し付けられたジンは、それでも逆らうような態度は見せず、
「ハイ、この度は私のせいでご迷惑をおかけしまして、大変申し訳なく思っておりますです、ハイ」
なすがまま、卑屈に詫びるジンの態度に毒気を抜かれたのか、彼もそれ以上追い討ちをかけるのは興がそがれたらしく、去り際にジンの頭に唾を吐きかけその場を後にする。
「それじゃみんな行くぜ、とりあえずギルドで探索者登録だ」
「あん、待ってよ~」
一人この場を離れるユアンの後を追いかけるように、4人の女達もついていく。
(……ゴメンなさい……)
誰が発したものか、余りにもか細い謝罪の言葉は全くまわりに響かず、かろうじてジンの耳だけがそれを拾うことが出来た。
……………………………………。
……………………………………。
やがて、5人の姿が通りから見えなくなると、
「…………フゥ、やっと行きましたかい」
「ジンさん! 大丈夫ですか!?」
何事も無かったかのように立ち上がるジンに青ざめた顔のエルが駆け寄る。
ジンはそんなエルに、大丈夫だとばかりにヘラヘラと笑い、濡らした布で顔と頭の汚れを拭うと、甘魚と甘玉を作り始める。
「大丈夫ですよ、こんなもん屋台なんぞやってりゃ日常茶飯事なんでね。その証拠に、周りの同業者連中も気にしちゃいないでしょう?」
言われてエルが周りを見渡せば、さっきまでの事が嘘のように人は往来し、屋台では客と店主のやり取りをする声が聞こえて来る。
「そんな……」
「刃傷沙汰にでもならない限り誰も騒ぎ立てはしませんよ、第一、冒険者や探索者なんてものは基本、荒くれ者の集まりだ、ああいう手合いの数も結構なモンですよ」
ショックを受けているエルに、追い討ちをかけるように冒険者の生々しい実態をジンが聞かせると、
「僕が今まで会った事のある冒険者は、誰もがしっかりとした立居振る舞いをしてたのに……」
「フゥン……御実家に呼ばれるような冒険者は、そりゃあ厳選されてたんでしょうな」
落ち込むエルにジンは、生地の入ったボウルを突きつけ、
「?」
「子供のうちから深刻な表情を覚えるもんじゃありませんぜ……どうも腹を殴られたせいか手に力が入らなくてね、手元が狂いそうだから手伝ってくれると助かるんですが?」
「ハイ──!!」
ボウルを抱えたエルをジンが機材の前まで持ち上げ、ビーカーを使って生地を型に流し込む。
事情を知らない者が見れば、ただ仲の良い兄弟の微笑ましい光景なのだが、
「……ジン、なんというか、ゾッとするんだけど……?」
いつの間にか屋台の前に集まった集団、その先頭にいたルディが、目の前の出来事に自分を重ね合わせ、渋い表情で訴える。
「開口一番それですかい……ウチの若さんはどんだけ歪んだ色眼鏡で俺の事を見てるのか、今度じっくり話し合いたいもんですねえ……?」
「まあ、ジンは子供には優しいですからね」
「……そう思うんなら少しくらい、その大きな胸で慰労してくれてもいいんだぞ?」
「ハハハ、ジンは面白い人ですね」
「俺に対してこの世界の優しく無いことと言ったら……」
エルを抱きかかえたままため息をつくジンに、
「……………………なせ」
「ん?」
「その手を……放せ」
2人の後ろに控えていた5人連れの女性集団、その中の全身鎧に身を包んだ剣士がワナワナと肩を震わせながらジンに向かって言い放つ。
「いつまでもエル様に触れるな下郎! その手を放さなければ今ここで──がっ!!」
「──五月蝿いですよ、静かにしなさい」
既に静かになった剣士に向かってリオンが声をかけると、それを見ていたエルが、
「デイジー……」
「エル坊、さっき話してたお供のお姉さん方で?」
「うん、そうなんだけど……それより、彼は?」
「ああ、アレがウチの若さんですよ。ホレ若さん、ご挨拶」
「犬猫の挨拶みたいに言わないでよ……というか、そろそろボクも限界だから早くその子を下ろしてね」
ジンとエルの姿をゲンナリと見つめるルディの表情は、少なくとも嫉妬ではない感情が込められていた──。
ジンがエルと呼んだ少年は、手元から飛んでいった甘魚が屋台の向こう側、エルの対面に立っている男に命中した事を察すると、急いで屋台の前に出て行き男に頭を下げる。
「も、申し訳ありません! 口に入れたコレがとても熱くて思わず放ってしまって……」
「あん? つまりテメエはそんな熱いモンを俺にぶつけたって事か、ガキ?」
ジンは目の前のやり取りを見て小さく鼻を鳴らす。
ジンとの会話の内容から、エルがどこぞの大富豪、ないしは貴族の子弟であることは察していたが、よほど親の教育が行き届いているのか、迷惑をかけた相手に即座に頭を下げたことに感心する。
しかしこの場合、相手が悪く、そしてエルのその後の対応もマズかった。
幼さゆえか、相手の反応を見る前に言い訳がましく事情を説明したものだから、相手がコイツは与し易しと、言葉尻を捕らえて因縁をつけてくる。
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男から醸し出される気配は間違っても低・中ランクの冒険者が出せる物ではない、明らかに上級、それもAランク上位、下手をすればランク指定外級の強さを宿している。
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もちろん金属部以外も高ランクモンスターの素材が使われた革や布で、もしも鑑定スキルを持った人間が彼を見たら、全身を包み込むような魔力の輝きに感心した事だろう。
魔力を帯びたバスタードソードを背中に担ぐ彼は、澄ました表情で立っていればそれこそ、どこの大国のお抱え冒険者かと噂されるほどのポテンシャルを内包している。
連れの”女性達”も、男には1段落ちるものの、高価な装備、そして宝飾品に身を包んだ、いずれもBランク上位~Aランク相当の実力者揃いに見える。
それが、男の態度にあまりいい顔はしないものの、止める気は無いのか傍観を決め込んでいる。
(レベル163、一応英雄指定ランクか……強さだけは、だが)
男の強さを気付かれないように”鑑定”したジンは、男の振る舞いと、そしてそれを止めようともしない女達に抱いた侮蔑の感情を完璧に隠す。
そして同時に、そんな男の前で正面から向き合うエルの胆力に感心すると、焼きたての甘魚を竹籠に入れて、
「いやあスミマセ~ン、ちょっとばかし子供に悪戯を仕掛けたら、それがまさかお兄さんにご迷惑をかけるなんてねぇ、どうかここは一つ、私に免じてお怒りを治めちゃ頂けませんか?」
申し訳無さそうに頭をかきながら、ヘラヘラと軽薄そうな表情で屋台から出て来たジンはそう言うと、男に頭を下げ、そして女性陣に出来立ての甘魚が詰まった籠を差し出す。
揉み手でヘコヘコするジンを胡乱げに見つめる男は、
「あぁん? テメエが原因だってか?」
「ええ、ちょっと仕掛けを施しまして、あの子が食べたモノだけ中身が熱々になるよう細工をしたんですが、まさかここまで──ゴフゥ!!」
ジンが話し終わるのも待たず、男はジンの腹に拳を叩き込む!
ゴツゴツとした篭手が腹にめり込むとジンはその場に蹲り、吐瀉物は出さないもののゲェゲェと涎を垂らしながら呻く。
「ちょっとユアン、一般人を殴るのはマズイよ」
「気にすんな、屋台の人間のフリをしちゃあいるが、俺のパンチで血反吐を吐かない時点で、コイツも一般人じゃねえのは証明されたからよ」
「え?」
「冒険者が屋台をやってるのか、それとも屋台をやりながら冒険者もやってるのかは知らねえがな……おいモーラ、ソイツに毒とか入ってねえだろうな?」
「大丈夫よ、純粋にお詫びの品のようだわ」
モーラと呼ばれた、頭にキツネの物であろうか、大きな三角形のケモミミを生やしたレンジャーの女性は、鑑定スキルを使って安全を確認する。
そして甘魚に興味心身なのか、スンスンと匂いを嗅ぎながら腰元から生えている大きくてフサフサとした尻尾をヒュンヒュンと振っている。
「フンッ……よう、その殊勝な態度に免じて今回は勘弁してやろうじゃねえか」
ガツッ──!!
ユアンと呼ばれた男は蹲るジンの頭を踏みつけ、グリグリと捻る。
額を地面に押し付けられたジンは、それでも逆らうような態度は見せず、
「ハイ、この度は私のせいでご迷惑をおかけしまして、大変申し訳なく思っておりますです、ハイ」
なすがまま、卑屈に詫びるジンの態度に毒気を抜かれたのか、彼もそれ以上追い討ちをかけるのは興がそがれたらしく、去り際にジンの頭に唾を吐きかけその場を後にする。
「それじゃみんな行くぜ、とりあえずギルドで探索者登録だ」
「あん、待ってよ~」
一人この場を離れるユアンの後を追いかけるように、4人の女達もついていく。
(……ゴメンなさい……)
誰が発したものか、余りにもか細い謝罪の言葉は全くまわりに響かず、かろうじてジンの耳だけがそれを拾うことが出来た。
……………………………………。
……………………………………。
やがて、5人の姿が通りから見えなくなると、
「…………フゥ、やっと行きましたかい」
「ジンさん! 大丈夫ですか!?」
何事も無かったかのように立ち上がるジンに青ざめた顔のエルが駆け寄る。
ジンはそんなエルに、大丈夫だとばかりにヘラヘラと笑い、濡らした布で顔と頭の汚れを拭うと、甘魚と甘玉を作り始める。
「大丈夫ですよ、こんなもん屋台なんぞやってりゃ日常茶飯事なんでね。その証拠に、周りの同業者連中も気にしちゃいないでしょう?」
言われてエルが周りを見渡せば、さっきまでの事が嘘のように人は往来し、屋台では客と店主のやり取りをする声が聞こえて来る。
「そんな……」
「刃傷沙汰にでもならない限り誰も騒ぎ立てはしませんよ、第一、冒険者や探索者なんてものは基本、荒くれ者の集まりだ、ああいう手合いの数も結構なモンですよ」
ショックを受けているエルに、追い討ちをかけるように冒険者の生々しい実態をジンが聞かせると、
「僕が今まで会った事のある冒険者は、誰もがしっかりとした立居振る舞いをしてたのに……」
「フゥン……御実家に呼ばれるような冒険者は、そりゃあ厳選されてたんでしょうな」
落ち込むエルにジンは、生地の入ったボウルを突きつけ、
「?」
「子供のうちから深刻な表情を覚えるもんじゃありませんぜ……どうも腹を殴られたせいか手に力が入らなくてね、手元が狂いそうだから手伝ってくれると助かるんですが?」
「ハイ──!!」
ボウルを抱えたエルをジンが機材の前まで持ち上げ、ビーカーを使って生地を型に流し込む。
事情を知らない者が見れば、ただ仲の良い兄弟の微笑ましい光景なのだが、
「……ジン、なんというか、ゾッとするんだけど……?」
いつの間にか屋台の前に集まった集団、その先頭にいたルディが、目の前の出来事に自分を重ね合わせ、渋い表情で訴える。
「開口一番それですかい……ウチの若さんはどんだけ歪んだ色眼鏡で俺の事を見てるのか、今度じっくり話し合いたいもんですねえ……?」
「まあ、ジンは子供には優しいですからね」
「……そう思うんなら少しくらい、その大きな胸で慰労してくれてもいいんだぞ?」
「ハハハ、ジンは面白い人ですね」
「俺に対してこの世界の優しく無いことと言ったら……」
エルを抱きかかえたままため息をつくジンに、
「……………………なせ」
「ん?」
「その手を……放せ」
2人の後ろに控えていた5人連れの女性集団、その中の全身鎧に身を包んだ剣士がワナワナと肩を震わせながらジンに向かって言い放つ。
「いつまでもエル様に触れるな下郎! その手を放さなければ今ここで──がっ!!」
「──五月蝿いですよ、静かにしなさい」
既に静かになった剣士に向かってリオンが声をかけると、それを見ていたエルが、
「デイジー……」
「エル坊、さっき話してたお供のお姉さん方で?」
「うん、そうなんだけど……それより、彼は?」
「ああ、アレがウチの若さんですよ。ホレ若さん、ご挨拶」
「犬猫の挨拶みたいに言わないでよ……というか、そろそろボクも限界だから早くその子を下ろしてね」
ジンとエルの姿をゲンナリと見つめるルディの表情は、少なくとも嫉妬ではない感情が込められていた──。
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