転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

文字の大きさ
上 下
107 / 231
4章 港湾都市アイラ編

173話 クレイス

しおりを挟む
 ──17年前、全てを奪われた。

 第4都市群の領主である父は開明的な人物で、シーラッドの現体制を快く思っていなかった。
 国家ではない故の国家に負けない団結を促す政策、それを可能にする為の生活必需6品目の各都市群の独占製造販売、歪な政治体制であると父は嘆き、俺も子供心に父と同じ感想を抱いていた。
 不安を背景に強いる団結、独占流通による価格の高止まり、だからこそ父は秘密裏に行動した。
 内地で密かに他都市の5品目を製造させ、政都の方で買い取った後に少しずつ価格を下げてゆく。
 同時に各都市群の村々にも「他の都市群でも他品目を作り出したらしい」との偽情報を流し、それに触発された農民達が各地で製造する事で6都市群の垣根を取り払い、価格と流通を官制主導ではなく民生主導に置き換えるように画策していった。

 ──が、計画は失敗した。他ならぬ農民達の手によって。
 偽情報を流す時、「他所でも作るようになったせいでコレの価格が下がる、だからウチも他の5品目の生産に手を出して対抗しよう」と競争を煽ったのが不味かったのか、農民達はそれをに直訴してしまった。
 そしてそんな他都市群の動きにいち早く反応し、父一人に全ての責を押し付けることで己の保身を図ったのが誰あろう、第4都市群現領主、フラッド=ヒューバート。
 父は反逆のとがで極刑に処され、母はアイツの温情・・で俺達ともども追放処分、その後、生前父に世話になったという男に、母のオマケという事で俺とアイラは屋敷に引き取られた。
 男の好意で高等教育を受けられたが、ソイツに媚を売らざるを得ない母の姿を見たくなくて、飛び級で履修を終えた俺は12歳の時、屋敷を逃げるように飛び出す。その時からロイスという人間はこの世から消え、クレイスという男の人生が始まった。

 年若いながら高等教育を終えているという事で、とある中規模の商会に住み込みで雇われた俺は必死で働き、3年後にはその商会をその街で1・2を争う大店おおだなに成長さた。
 給金も増え、母と妹をあの男から取り戻そうと3年ぶりに屋敷に足を運ぶと──そこは既に別の人間が住んでいた。1年前に盗賊に押し入られ住人は全て惨殺されたそうだ。
 俺は泣いた──そして、全ての原因を作ったあの男、フラッド=ヒューバートを破滅させる事を誓った。
 商会のコネを使ってシーラッドへ、そして第4政都の行政府に職員として働き、領主フラッドの目に留まるまで2年、そこから5年間、己の復讐心を押し殺したまま有能な部下を演じてきた。それこそあの男の手足となって──。

 ──そんな時、転機が起きた。
 あの男の長男であるアリオスが父の跡を継ぐ事を放棄し、連合防衛隊に入隊したのだ。
 困ったアイツは、万一に備えて領主としての教育を受けさせていた長女タレイアを、実践での経験を積ませるために港湾都市アイラの執政官に任命し、その補佐としてあろう事か俺を抜擢した。

 ──千載一遇のチャンスだった。
 いきなり行政機関のトップに就けられ不安な彼女タレイアを、言葉巧みに俺の政治理念に誘導し、篭絡するのにそう時間はかからなかった。
 女性の扱いに長けている訳ではなかったが、幸い彼女もその方面には疎いようで、父の背中ばかりを見ていた彼女に、あの男のやり方の欠点を並べ、俺の──父から受け継いだ教えを彼女に刷り込む事に見事成功した。
 そう、フラッド、あの男をいつか追い落とすため、彼女を俺の人形に作り変えた。
 彼女が主導・・・・・する形で父の理念を再現する中、確かに困難ではあるものの、いや、困難であるほど俺とタレイアは理想の為に手を取り合って問題に向き合って行った。
 掲げた理想に向かって力を尽くす、思えばあの時だけは復讐を忘れ、自分を信じるタレイアと2人、幸せだったのかもしれない。

 ──そんな幸せは偽りでしかなかった。
 それは偶然──もしくは運命だったのかもしれない、たまたま農村地帯を巡察中に盗賊の襲撃を受けそれを撃退、その時偶然捕らえた女盗賊は、死んだとばかり思っていた俺の妹、アイラだった。
 第4都市群の中において最も交易が盛んで活気にあふれる街、そんな風に活力に富み、多くの人と良き出会いをと願ってその街と同じ名前をつけられた妹は、俺以上の憎悪と復讐心を胸に、社会の底辺で生き延びていた。
 妹が歩んできた人生を聞いた俺は、心の片隅に追いやられていた復讐心が燃え盛るのを感じた。

 全てを滅茶苦茶に!

 フラッド=ヒューバート、アレに関わるもの全てに災いを!

 俺はアイラと連絡を取り合い、やがて「黒狼団」の頭目を殺してアイラが頭目の座に付く、妹の手下を使って各地の盗賊団に誘いをかけ、今回の第4都市群への襲撃計画を練った。そして今年のうちに計画は実行されるはずだった。

 妹が死んだ。

 政都の第2守備隊が討伐したと言う事だが嘘だ、黒狼団の規模を知っている俺には彼等で討伐、しかも被害0などあるはずが無い。
 そこに偶然居合わせたとされる男、シン──この男が何かしたに決まっている。
 その男がノコノコとアイラの財政再建に手を貸しにやって来るという……いいだろう、キサマにも報いを受けてもらう。
 始めは恥を、そして不名誉な死を! キサマにはくれてやる──。


──────────────
──────────────


「それを持っていると言う事は、やはり──」
「ん? あの馬鹿女を殺したのが俺かって話か? そうだぞ、俺が殺した……いや、違うか?」
「馬鹿女……? 違う……?」

 訝しげに顔をしかめるクレイスに向かってシンはケラケラと笑いながら語りだす。

「あの馬鹿女、絶体絶命の状況に追い込まれておきながら、それでもまだ俺相手に交渉を持ちかける図太い女でよ、しかも交渉材料がどこぞの権力者のコネと、盗賊どもと散々よろしくした後の自分の身体ときたもんだ。誰がそんなお下がりと、盗賊と取引するような小者のコネなんざ欲しがるかよ! なあ、クレイス、いや、ロイスお兄ちゃん?」
「き……き……キサマア──!!」

 ゴスッ──!!

 怒りに燃える瞳で襲い掛かるクレイスを、シンは再度カウンターの蹴りで吹き飛ばす。
 そして今度は床に倒れこんだクレイスの背中を足で踏みつけ、そのまま這い蹲らせる。

「……はて、お前が激怒する理由がわからんな? 犯罪に手を染めた妹なんぞ権力者に媚びる男には不要だろ、始末してくれて感謝いたしますじゃねえのか?」
「きさっ! ふざ──グフッ!」
「せめて意味のある言葉を喋れ」
「~~~~~~~~~!!」

 ダンッ──!

 クレイスの訴えはシンが足に体重をかけることで中断され、治まらないクレイスは代わりに両の拳を床にバンバンと叩きつける。

「色小姓のごとく権力者の娘に取り入って甘い汁を吸うでなく、領主フラッドの元で何年も仕事をしておきながら、都市運営では真逆の政策で足を引っ張る。なんともお粗末な立ち回りだな。オマエ、一体何がしたいんだ?」
「何が、だと!? 領主ヤツへの復讐に決まっているだろうが──!!」

 怒りにより目を血走らせたクレイスは、必死の形相でシンに向かってこれまでの自分の人生、そして妹と出会ったことで企てた今回の計画を。
 すでに潰えたのだとしても、誰かに話さずには入られなかった、自分の今までの歩みを、恨みの大きさを、誰にも知られずに終わる事だけは許されないと。

「お前さえ! お前さえアイラを殺さなければ! 全てが俺の思い通りになったんだ!!」
「そんな訳が無いだろう」
「なにっ!?」
「お前が一体どれほどの天才だって言うんだ? せいぜい秀才がいいとこの凡夫ぼんぷの分際で、描いた夢だけは無駄に壮大……大体、綿密な計画ってのは一ヶ所崩れた時点で失敗するのが見えてんだ。上が立てた計画を成功に導くのは現場の対応力だって教わらなかったのか?」

 人が動く以上、計画通り完璧に物事が進むことなどありえない。だからこそ不測の事態に対応すべく次善の策とそれを可能とする「現場責任者」なる者が幾人も存在するのである。
 クレイスの計画において、現場責任者はそれこそ女頭目アイラただ一人が担っていたのであり、彼女がシンに討たれた時点で計画は失敗する事が約束されていたと言ってよい。その点を挙げれば、確かにシンさえいなければと言うクレイスの言葉も一応の納得は出来るか。

「そもそも、お前とアイラの繋がりは初めからフラッドには筒抜けだったぞ?」
「!? なぜ……?」
「本気で気付いていなかったのか? フラッド曰く「若い頃の父親にそっくり」だそうだ、髭を生やせば瓜二つだそうだぞ?」
「そん……な……」
「そんな男が素性を偽り自分の下で働いている、同じく「アイラ」なんて名前の女が盗賊団の頭目として第4都市群に根を張ろうとしている、怪しまないはずが無いだろう」
「……………………」
「領主が手元に置く人物の素性を調べないなんて、よもや思っちゃいないよな? ましてや自分の娘の補佐に、だぞ?」

 シンの足の下で大人しくなったクレイスは、自分がフラッドの掌で転がされていたと聞かされ、屈辱・恥辱、そしてそれ以上に、復讐を誓いながら手も足も出なかった己の不甲斐なさに歯を食いしばる。
 そんな彼の態度にシンは最後に冷水を浴びせる。

「まあなんだ、おっさんフラッドの愛する娘を自分の思い通りに動く人形にした、その点では復讐ができたんじゃないか? やったな、色男♪」

 ────────!!

「人形……だと?」
「ああ、なんたって憎い仇の娘だ、オモチャにして散々遊び倒したんだろ?」
「ふざ、けるなっ!!」

 クレイスはいきなり激昂する、何が彼をそうさせるのか。

「あん、どうしたいきなり?」
「誰がオモチャになど!! 俺は彼女タレイアを!! 彼女を──!!」
「………………………………」
「──愛してる!!」

 クレイスの目には涙が浮かんでいた──。
しおりを挟む
感想 496

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。