転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

文字の大きさ
上 下
101 / 231
4章 港湾都市アイラ編

167話 海竜・前編

しおりを挟む
『──来タカ、愚カナ虫ケラドモヨ』

 その声に、屈強な海の男とは言えあくまで一般人のナッシュは身体の芯から竦みあがり、その場にへたり込む。


海竜──ランク指定外モンスター
 この世界で最強の種族である竜種、その中でも海を生息域とする海竜の外見は、他のドラゴンとは一線を画す。
 多くのドラゴンが頭部・頚部けいぶ・胴体・尻尾・四肢・翼と、各部位が判別しやすいのに対し、海竜は大海蛇シーサーペントに角と鎧のようなゴツゴツとした鱗、その巨体には似つかわしくない小さな四肢、海中で生きるには無用であるとして失われた翼と、東洋の竜の様な姿をしている。
 全長50メートル、胴の最大径2メートルの巨体にも関わらず、海流を操作しながら移動する最高速度は70ノット(時速約130キロ)と恐ろしく速く、この速度と巨体で体当たりをされては大型軍艦ですら大破、撃沈を免れない。
 性格は本来温厚で、たまに沈没船から光り物を拾い上げては自分の巣に持ち帰って蓄える習性がある。
※世界最強の生物・種族が魔竜なのは世界の共通認識なのだが、多くの一般人は強いドラゴン=魔竜との認識をしている、そもそも魔竜は生物に分類してよいのかすら怪しい。


 温和な種であると言われる海竜は、今やその目に怒りと侮蔑の感情を込めて来訪者を迎えている。
 ナッシュが恐怖に震える横でしかし、落ち着き払ったシンは甲板の上で片膝をつき、恭しく頭を垂れる。

「お初にお目にかかります。私はシン、旅の薬師として世界を巡る者、どうぞ怒りをお鎮め下さいます様、平に願う所存にございます」
『キサマノ名ナドニ興味ハナイ、奪ワレタ秘宝トソレヲ企テタ愚カ者ヲ我ガ前ニ!』

(秘宝……?)

 海竜の言葉に違和感を覚えたシンは海竜に語りかける。

「海竜様! 海竜様が告げた要求を今一度お聞かせ願えませぬでしょうか?」
『今サラ何ヲ聞ク必要ガアル? 我ノ要求ハ2ツ、我ガ元ヨリ奪ワレタ秘宝ノ返還ト首謀者ノ首、ヨモヤ事ココニ及ンデ出来ヌト言イ出スツモリデハナカロウナ?』
「ちっ、どこまでもイヤらしいまねしやがる……恐れながら海竜様! 我等が伝え聞いた要求は「奪われた全ての財宝の返還」と聞き及んでおります! 首謀者については我等の法の元で罰するつもりでありました故、こちらには連れて来ておりません! 首謀者の首は後日、改めてお届けにあがりますゆえ、今は「秘宝」と船に積んである財宝の返還のみにてお怒りをお収めいただけないでしょうか!?」

 そう言ってシンは異空間バッグから上等な布に包まれた2つの物体を取り出し、海竜の近くまで歩み寄り、甲板に置く。

『オオ……!!』

 海竜の前に差し出された2つの竜の卵──淡いターコイズブルーの殻を纏った大きな卵、どちらも同じ大きさだが、1つの方は微かに光り輝いている。
 海竜はそれ・・を優しく咥えると、そのまま飲み込む。食べたのではなく、体内で一時的に保護するためと思われる。

『ヨウヤク我ガ元ニ……虫ケラヨ、秘宝ト盗マレタ財宝ヲ運ンデキタ事ニツイテハ労イヲクレテヤロウ。ナレド、コレハ元々我ノモノデアリ返却ハ当然ノハナシ、首謀者ノ首ガ無イ以上我ガ望ミガ叶ッタトハ言エヌ。ナニヨリ、我ハ言ッタ筈ダ、「仔細、違ウ事無ク伝エヨ」、ト』
「そこを曲げて! 切にお願い申し上げます! 首謀者の首は後日、必ず届けますゆえ!」
『クドイゾ虫ケラヨ、ソモソモキサマ、コレ・・ガ何デアルカ、知ッテオルノカ?』
「……竜の卵、そして「魔竜の卵」でございましょうか?」
『ホウ! 虫ケラノ分際デ知ッテオルカ、ソウ、コレコソハ魔竜ノ卵、次代ノ「海の魔竜ディープ・シー」ヨ!』

 かつて堕ちた勇者に敗北した聖竜王ブライティアが力を求め、邪竜ヴリトラへと変質する過程で喰われて力の一部として取り込まれていた多くの魔竜、その中の1体が海の魔竜ディープ・シーである。
 4年前にヴリトラが討たれた事によって解放された多くの魔竜は現在卵の状態に戻り、復活の時を待っている。

『我ハコレヲ、己ノ卵ヲ産ムト時ヲ同ジクシテ見ツケタ。言ワバコレハ我ガ子ヲ魔竜ノ従者ニト望ム魔竜ノ意思ニ他ナラヌ……ソレヲヨモヤ、キサマラ虫ケラゴトキニ邪魔サレヨウトハ、我ガ怒リ、ドレホドノモノカ知ル由モ無カロウ』
「……つまり、元より交渉するつもりは無かったと?」
『ソモソモキサマラ虫ケラノ罪ヲ許スナド、一言モ言ッテオラヌワ! 首謀者ノ首ガ手元ニ無イノハ口惜シイガ、アノ街ヲ滅ボセバソノ中ニ紛レテオロウ』
「人の事を散々虫けら呼ばわりしておいて、自らのやりようは小狡こずるいとお思いになりませぬか?」
『ホウ、虫ケラガ我ニ意見カ? 弱キ存在ハクチバカリ達者デ困ッタモノヨ』

 最初、頭を垂れてへりくだった態度だったシンは、今は顔を上げ、口調は未だに丁寧ながらも海竜を半眼で睨みつけるように見据えている。
 海竜もシンの視線には気付いているものの、「それが?」としか思ってはいない。人間が不快になろうとも怒りを覚えようとも所詮自らより劣る存在、それを同格として扱う珍奇な存在はそうそういない。
 目の前の海竜の態度はそういった意味で、ごく真っ当な振る舞いといえた。

『我ノヤリ方ガ気ニ食ワヌト言ウノデアレバ、チカラデ覆シテミセヨ』
「……ああ、そうさせてもらうわ」
『──ナニ?』

 スッ──

 シンは立ち上がると海竜に向かって不遜な眼差しを向け、言い放つ。

「さっきから聞いてりゃ虫けら虫けら……たかがにょろにょろ・・・・・・の分際で態度がデケエんだよ! ドラゴンごときが何様のつもりだ!?」
『我ヲゴトキ・・・ト言ウカ……ドラゴント人間、ドチラガ上カハソノ存在ノ格ガ物語ッテオルワ』
「格ね……そんなモンで勝負したきゃ教えといてやるよ、人間の中にゃあテメエらより格上に認定される奴も稀に居るってな」
『ナンダト……?』
「格をうたうなら俺はお前より格上、魔竜と同格だ! 這い蹲って許しを請えや、ヘビモドキが! 生憎許しちゃやらんがな!」

 シンはそう言うと異空間バッグから長物を取り出し、海竜に向かって駆け出す!

『魔竜ト同格ダト? キサマ、マサカ使徒カ!?』
「判断が遅え、よっ!!」

 ドゴン──!!

 海竜の懐に跳びこんだシンは手にした狼牙棒ドラゴンテイルを振りぬき、その顎に思い切り叩きつける!

『ゴッ!! ……キ、キサマ』
「ハナから許すつもりが無いってんならコッチもそれにならうまでだ! 恨むなら、やたら図体がデカイだけでモノの役にも立たん残念な脳みそを恨むんだな」
『フン、不意ヲ突イタクライデイイ気ニナルナ! イカニ代行者トハイエ強サマデ竜種ヲ越エルコトガ出来ル訳デハナイワ!』

 海竜が巨体に似合わぬ素早さで頭を突き出し、その大きな口でシンを噛み千切ろうと迫る。

「おっと」

 シンはそれを軽く避けると揺れる甲板から離れ、海面から頭を突き出している岩場に飛び移る。
 無論、海竜はそれを追いかけるが、シンはその全てを悉くかわしながら岩場をピョンピョンと移動し、徐々に船との距離を広げる。
 そして、戦闘の影響が船に及ばないほど離れたと判断したシンは一転、攻勢に出る。
 ガィィィィン!!
 向かってくる海竜の頭部に狼牙棒ドラゴンテイルがカウンター気味に命中する!
 ──しかし、

『グヌッ!』

 海竜は一瞬苦悶の表情を浮かべるもそれだけで、再度シンに向かって頭を突き出してくる!

 ゴズッ!!

 攻撃をかわしたシンの足元に海竜の頭がめり込むものの、やはり海竜は何事も無かったかのように頭を持ち上げ、衝突した足場の岩は砕け散っている。

「ったく、無駄にかたい・・・のはそのオツムの中だけじゃ無さそうだな……厄介な」
『フン、未ダニ軽口ヲ止メヌソノ根性ダケハ褒メテヤル』
「はっ、格下に褒められてもな」
『ホザケッ』

 海竜は頭を大きく振りかぶり、あえて先程ダメージを食らった顎と首元を晒す。

「? ──しまっ!!」

 バザアアアン──!!

 頭部を海面に叩きつけ、その衝撃で上がった水しぶきが周囲の視界を塞ぐ。
 そして、

 ──ブオン!!

「ちっ!!」

 バギャン!!

 死角から足場を狙って振るった尻尾が迫り、とっさにシンは跳びあがって回避する。
 そしてソレを狙っていた海竜が再度、シンに向かって口を開けて飛び掛る

「くぅっ!! 噴出口スラスター展開!!」

 シンはドラゴンテイルに魔力を流すと、鎚鉾つちほこ部の隙間にある複数の噴出口から爆風が噴出され、その反動でシンの位置が僅かにずれ、その凶悪なあぎとをかろうじて回避する。

 ブオン──!!

 しかし海竜の追撃は終わらず、今度は先程の尾がうなりをあげてシンの脇腹にミートする!!

「カハッ!!」

 無防備だった腹部に尻尾のフルスイングを受けては、流石にシンといえどもただでは済まず、アバラの3~4本が粉々に砕け、その顔に苦悶の表情が浮かぶ。
 痛みでドラゴンテイルを取り落としたシンはそのまま海上に放り出されると、100メートル以上の綺麗な放物線を画いて海面に叩きつけられる。

「つぅ……くっそ!」

 着水するまで10秒ほど、その間にシンは痛みに耐えながら異空間バッグをまさぐっていくつか取り出すと、そのうち1本を飲み干す。

 シュウウウウウ──。

 中級の体力回復薬で肋骨が完治していくのを確認しながら、シンは視線を巡らして海竜の姿を視界に捕らえ、睨みつける。
 着水前に海竜に追いつかれると判断したシンは、取り出した薬品の中の一つで、周囲の魔素に反応して爆発する「液体爆薬」を投げつける用意をする。

 …………………………。

 しかし、海竜は先程の緊急回避を予測してか、シンが着水するまで攻撃を控え、着水したのを確認してから襲い掛かってきた。

「クソったれ、無駄に芸が細かい野郎だな! ったく……風精よ、集いて縮み、縮みて忍べ、我が号令にてその身解き放て、”風爆エア・バースト”」

 シンは即座に魔法を唱え、自分の至近でそれを発動させると、圧縮された空気が解放される反動で自身の位置を横にずらし、再度海竜の顎から逃れる。
 ──が、海竜の突進を避けたものの、通過する胴体の途中に付いている小さな前足に身体を掴まれ、そのまま海中に引きずり込まれる。

「がぼっっ──!!」

(マジで厄介な!!)

 相手の領域テリトリーに引き込まれながらも、シンは毒づく。
しおりを挟む
感想 496

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。