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4章 港湾都市アイラ編

166話 ナッシュ

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「ちっ! なんで俺等がこんな事しなくちゃいけねえんだ? ……ったく」

 船に大量の財宝を積み込み航海中、そんな状況にもかかわらず全く嬉しそうにない顔と声で、船長であるナッシュはぼやく。

 ──遡ること1週間。
 津波から数日、村の住人を内陸の村に疎開させたナッシュ達は、ロッカの村で仕入れた情報を元に、海竜の巣がある小島に船を走らせた。
 シンは一人で行くと言って聞かなかったが、いくら貸すとはいえ船乗りでない者に舵を任せるわけにもいかない、そして純粋に、彼等も竜の巣を見てみたかったからである。
 あいにく小島に上陸して見たものは、廃墟同然のと化した巣、そしてそこまでするほどの海竜の怒りであった。
 海竜に会わずに幸いだと安心していた彼等に今度は、盗んだ財宝を返しに行くために船を貸せとのアイラ行政府の申し出である。
 あの有様を見た後で再度あそこに行こうなど「冗談では無い」と一度は反対したものの、行かねば海竜がまた襲ってくると言われれば行かざるを得ない。彼等の為ではなく、自分たちの村の為に。

「……それにしても、物々しいったらねえぜ」

 振り返るナッシュの目にはアイラ側がよこした兵士が10人ほど、お目付けのつもりなのか、半数は財宝を積み込んでいる倉庫に陣取り、もう半数は船内を巡回しながら漁師を常に監視している。
 報酬は払うからと操船を依頼された時は、こんな奴等に自分達の船を弄りまわされては敵わんと了承したものの、ここまで窮屈な思いをするようなら受けるんじゃなかったとは、漁師達の総意である。

「アニキ~、じゃねえ船長! メシの時間ですぜ!」
「ああ、わかった!」

 そして彼等が気に食わないことがもう一つ。
 兵士達は絶対に漁師より先に食事を取らない。一服盛られる事を警戒しているのか、自分達で食事は作らないくせに食べる時は決まって漁師達が食べて30分後に兵士の半数が携帯食、半数が漁師の食事と同じ鍋のものを食べる。
 船上という、船員を信用する事が大前提の場所においてこのような態度は、ナッシュ達に良く映ろう筈も無く、互いの中は険悪であった。
 それなのに、

「? オイ、誰だ! フカヒレスープなんて贅沢なもん作りやがったのは?」
「スイヤセン、厨房においてあった乾燥フカヒレに昨日のスープがかかったみたいでして、それで仕方なく……」
「ったく、しょうがねえな。作ったもんはしょうがねえ、ありがたく頂くぜ」

 形式上怒りはしたものの、その深い味わいと絶妙な食感に満足し、ささくれ立った心を癒されたナッシュは、寸胴に入ったフカヒレスープを兵士達のたまり場に持って行く。

「ふむ、食事か……!! これは、フカヒレスープではないか!?」
「ちょっと手違いがありやしてね、まあ、誰が食べるかはそっちで勝手に決めてくださいや」

 それだけ言い残して船倉の扉を閉め、甲板に上がるナッシュ。途中すれ違う巡回の兵士に今日の献立を教えると皆、走って船の中へ消えて行った。

(こりゃ今日ばかりは、全員食事に口を付けそうだな……)

 そんな事を考えながら甲板の上で海を見ながらボーっとしていると

 クラッ──

「ん?」

 不意に目眩めまいに襲われたナッシュは近くのマストに寄りかかる。

 クラッ──!

「!! また──!?」

 ナッシュはふらつく身体で何とか倒れまいとするが、不安定な船上ではそれも難しく、すぐに甲板に這いつくばってしまう。

「なん……まさか、毒……?」

 ──急いでみんなに知らせないと!──

 それがナッシュの、意識を失う前の最後の思考だった──。


──────────────
──────────────


「ん……んん…………」
「海~は~広い~な~大き~な~♪」

 調子外れな歌声が俺の耳を叩く、誰だ、こんな間の抜けた歌い方をするヤツは?
 …………………………。
 …………………………。
 じゃねえ!!

 ガバッ!!

 甲板に突っ伏したままだった俺はすぐに身体を起こし、自分の状態を確認する。
 なんともない……。
 ただの眠り薬だったのだろう、特に身体に違和感は感じない。とはいえ、船上で寝こけて海の上に放り出されちゃたまんねえんだがな……。
 一体誰がこんなことを──ってかまあ、この歌声といい、思い当たるのは一人しかいねえんだが。

「──おい、シン!」
「ああ、ナッシュさんお早うございます、もう2~3時間は寝てると思ってたんですけど、結構早かったですね」

 ……なんで何事も無かったかのように話せるんだろうな、お前は?



 まだ少しふらつく頭を振りながら甲板を歩く俺にシンは、なにやら小瓶を投げて渡す。

「……これは?」
「気付けですよ、飲むんじゃなくて嗅いで下さい。直接じゃなくて手で軽く仰ぐようにですよ」
「んがっ!?」

 ──遅かった。

 小便を煮詰めたような激しい臭いに目と鼻をやられて倒れそうになる。
 かろうじて踏みとどまり、小瓶も落とさないですんだのは気付けが効きすぎた為か?

「それで皆を起こしてきてください、俺はまだやる事があるんで」

 そう言うシンは、船の前部に取り付けられた釣竿クレーンから垂らしたロープをクイッと引っ張ったりしている、何だ?
 気にはなるが、今はアイツらを起こすのが先か……。
 …………………………。
 …………………………。
 で、戻ってきたら

「ぎゃあああああああ!!」
「あ、あぶっ! たす……け!」

 起こして回る際に姿の見えなかった兵士達は、クレーン1つに1~3人ほどロープで括り付けられ、逆さ吊りにされて頭を海面に沈めながら悲鳴と懇願の声を上げている。もちろん身ぐるみ剥がされて。

「シン? ……とりあえず状況がつかめないんだが?」

 お前がいる事も、ここでやっている事も、何もかもが。

「そうですねえ、じゃあ知ってる人に話を聞きましょうか」

 そう言ってシンがクレーンで一人の男を引き上げる、兵士達の隊長だ。

「貴様! こんな事をして、戻ったらどうなるか分かっているのか!?」
「さあ? とりあえず貴方が港に戻ると私の立場が危うくなるという事ですか? でしたらアナタにはここで死んでもらう事になりますね、どうぞご理解下さい」
「あ、いや……」
「──いいから俺の問いにバカみたいにペラペラ喋れ、沈黙は許さん、虚偽も許さん。言っておくがこれはただの確認作業だ、秘密を守る云々の話とは違う、良く考えて自分の振る舞いを決めろ。返事は?」

 ゾクッ──!!

 周囲の温度が下がったと錯覚させるほど、シンの背中越しに聞こえる声は底冷えするほどに冷たく、隊長の脅えた表情を見るだけでシンが今どんな顔をしているのかわかる。

「……わ、わかった」

 ようやくそれだけ振り絞った隊長に向けて、シンは質問を投げる。

「海竜からの要求は奪われた財宝の返還と、首謀者の引渡しじゃなかったのか? 首謀者はどこにいる?」
「それは……」

 隊長が答えに窮するのを見たシンは、巻き取りリールを緩め、隊長を海に落とす。

「あば! ゴボブブブ!!」

 後ろ手に縛られ、足にも枷をつけられた隊長は抵抗むなしく海中に沈み、2分ほど経ってようやく引き上げられる。

「海竜からの要求は奪われた財宝の返還と、首謀者の引渡しじゃなかったのか? 首謀者はどこにいる?」

 抑揚の無い声でシンは、さっきと全く同じ質問を隊長に向かって告げ、

「…………」

 カラララ──ザブン!!

 再度落とされた隊長は、さっきよりも弱々しい抵抗を見せながら、それでも地獄の2分に耐え、シンの目の前に引き上げられる。

「海竜からの要求は奪われた財宝の返還──」
「わかった、言う! 言う、だからっ!!」
「一応軍籍ならあと5回くらいは耐えて欲しかったですねえ、で、答えは?」
「犯人は……この船の中にいる」
「おい待て! 首謀者がこの船のに乗ってるって言うのか!? 一体どこに!」

 聞いてないぞ、そんな事!?

「ナッシュさん落ち着いて。で、その犯人ってのは誰の事かな?」
「それは……」
「なんだ、落ち足りないのか──」
「い、言う! 犯人は……そこの船員達だ」

 ────は? 何言ってんだコイツ?
 首をひねる俺の視線から逃げるように隊長は顔を逸らす。

「竜の住処に付く直前に船員を全員拘束して犯人として引き渡すつもりだったのか。苦肉の策と分からんでもないが、道中の操船までやらせるのは横着が過ぎないか?」
「……拘束時間は短ければ短いほうが安全だ、時間を与えればどんな反撃をしてくるかわからん」
「そんなくだらん事にばかり頭を使うから足元を掬われるんだよ、アホが」

 そう言い捨てるとシンは、再度隊長を海に沈める。
 それにしても……俺たちゃ上から見限られたってことかよ!

 ダンッ!!

 オット、収まらねえ苛立ちから思わず甲板に八つ当たりをしてしまった……オヤジが居なくてよかったぜ、ヘタすりゃ俺も隊長アイツみたいになる所だ。

「……くそったれ!」
「ナッシュさん、怒るのは構いませんが、軽はずみな行動だけは起こさないで下さいね」
「どういう事だ?」
「そうですね……首謀者の狙いがソレ、だからでしょうか」

 ソレ、って……俺たちが不満を持ち続けることがか?
 不満を…………。
 行動に…………。

「…………!! おいシン、それって!?」
「色々手遅れですけど、せめてナッシュさんやサイモンさんは大人しくしてもらえると助かりますよ」
「ああ、言われなくても……」

 言われなくても、結果が分かった賭けに誰か乗るもんかよ。
 いくら農民が一斉に蜂起した所で、すぐに鎮圧されるだけじゃねえか。
 それなのに態々わざわざ反乱を起こす?

「……考えても俺にゃあわかんねえな」
「俺も情報を集めて裏の事情に辿り着かなきゃ、最後まで後手に回ってましたよ」
「そんじゃあ、首謀者ソイツの企みは最後の最後で阻止できるのか?」
「そうですねえ……被害に遭った方には申し訳ありませんが、首謀者アイツの顔が歓喜から絶望に変わる瞬間が見れそうなんで、それだけは楽しみですよ」
「性格悪ぃぜ?」
「世間が僕をこんな・・・にしたんですよ」

 肩をすくめるシンの背中が妙にツボに入った。


………………………………………………
………………………………………………


 それから2日後、船は海竜の住処のある小島をその視界に捕らえる。
 あれから、頭から海面に投げ込むのは可哀想だというシンの優しさ・・・により、頭が上になるように縛り方を変えてもらった兵士達は、夜通し命乞いをしていたが、翌日になると何も言わなくなっていた……。
 そんな事はさておき、シンは違和感に気付く。

「……ナッシュさん、少し、船足が速すぎませんか?」
「そういやそうだな、風はそんなでもねえんだが……」

 不思議そうに首を傾げる2人だったが、次の瞬間──

 ガクン──!!

「なんだぁ!?」
「──まさか海流操作? くそっ、近くに海竜がいるのか!」

 シン達を乗せた船は波に乗ってグングンとスピードを上げると、どんなに舵をきろうとも帆を広げようとも逸れる事無く1直線に小島に向かって突進を図る!
 そして──

 ドゴオオオ──ンンン!!

「ぐあぁ!!」
「くっ──!!」

 船は小島の周囲に点在する岩の一つに激突し、船底に穴を開ける。

「おい、ヤベぇぞ! 底から水が入り込んでる! 急いで直さねえと」
「この状況でどうしろって!?」
「何でもいい、死にたくなけりゃあとにかく穴を塞げ!」

 漁師達がわらわらと船内に駆け込む中、シンとナッシュは目の前の物体から目を離せないでいた。
 大海蛇シーサーペントを大きく越える長さと太さを誇る巨体を亀の甲羅の様な厚く頑丈そうな鱗で覆い、前後に1対ずつ合計4本の、猛禽類のそれを思わせる足、そして、ドラゴン特有の知性と凶暴性を備えた風貌……。
 ここ一帯を支配する海竜が今、彼等の目の前に現れた!

「──来タカ、愚カナ虫ケラドモヨ」
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