転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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4章 港湾都市アイラ編

165話 タレイア

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「ん……んん…………」

 …………朝か。

 窓から差し込む朝日に起こされ、薄ぼんやりとした意識のまま私は身体を起こす。
 私が眠りに付くまで頭を優しく撫でてくれた愛しい人クレイスの姿は隣には無く、少し凹んだマットと、手を添えると微かに感じられる温もりが、既に私が政務をする為の準備に回っている事を教えてくれる。
 いつもの事ではあるが、たまには私が先に起きて、彼の寝顔を飽きるまで眺めていたいと思う事もある、朝の弱い私には中々敷居の高い話だが。
 裸体にシーツを纏い立ち上がった私は、窓越しにアイラの街を見下ろす。

 ──酷いものだ。

 海竜の起こした津波の影響で港湾区は壊滅、幸いにも死者は200人と軽微・・で済んだものの、復旧にはかなりの時間と費用がかかるだろう。
 居住区も、高低差のおかげで津波の破壊力を直接被る事はなかったが、流れ込んだ海水で被害を受けた家屋や商店もある。まったく、頭の痛い話とは往々にして団体で攻めて来るとは誰が言っていた言葉だったか?
 頭の痛い話と言えば、海竜──いや、頭が痛いどころの話では無いな。
 南海の守護者などと崇められていた時期もあるアレを、一体どこのどいつが要らぬちょっかいをかけた!?
 海竜アレを怒らせて良い事など一つも無いのは港湾都市、いやシーラッドに住む者であれば子供でも知っている、そういった意味では彼──シンはが容疑者である可能性は0ではない。
 それに、あの時は感情に任せて口をついて出た言葉だった物が、冷静に考えれば全てが繋がっていると思えなくも無い──いや、繋がっていると見るべきだ。
 思えば現在のアイラの窮状は何が原因だ、私の施策が上手くいかなかったからか?
 確かに私の政策は時期尚早だったのかもしれない、しかしクレイスも言っていたように、時間はかかるがやがて上手くいく、民衆にも納得してもらえるはずだった。

 クレイスか……。
 アイラの執政官として任ぜられる時、補佐官としてクレイスを紹介された。
 フラッドの紹介という事もあり、当初は父同様、合理主義で度を越えない程度の拝金主義の男だと思っていた。
 しかしいざ話をしてみれば、父とは正反対の考え方の持ち主だった。
 庶民生活の底上げこそが街の発展、そして繁栄に繋がると話す私の考え方に賛同し、生活必需品の価格を下げる事で庶民生活の負担軽減、生じる収益の低下は大量生産による薄利多売と新しい商材の開発、一定数ある贅沢品の需要で充分賄えると私の背中を押してくれた。
 政策の施行当初は混乱も生じはしたが織り込み済みの事であり、上手くいくのに最低でも5年は待つ必要があると言われ、街の将来の為にも今を耐えてもらうべく、こちらも出来うる限りの事をしてきたつもりだった。
 ……それが思いのほか民衆の支持を得ず、それゆえに計画が遅々として好転しない状況を生む、失敗がさらなる失敗を生み出す事になるのは見ていて歯がゆい物があった。
 だからこそ、父が寄越したあの男に期待もした……だというのに!!

 ──そう、あの男シンの誘いに乗ったばかりに!!
 確かに歯の卵とフカヒレ、あの2つがアイラの街にもたらした富と諸国への影響は大きかった。
 しかし反面、私達が目指していた政策はひっくり返され、物価は以前のように高値に戻りつつあった……「商品が安く手に入る」、これの素晴らしさが何故わからないのだ!?
 案の定、あの男を追い出して生産拠点を増やすだけで価格はすぐに下がった。良い物が大量に、そして安価に流通する、この素晴らしさが何故解らないのか?
 ……だから今回のような事態を画策したのだ──そうだ、そうに違いない。
 やはり今回の首謀者はあの男に間違い無い!
 まったく、なぜ父はあのような男を寄越した? 私を試したのだろうか、甘言に耳を傾けるな、甘い言葉の裏にある落とし穴に気付け、と?

 ──その結果が今の状況だというのならば余りにも酷い仕打ちでは無いですか父上!?

 コンコン──

「! 誰か!?」
「クレイスです、タレイア様」
「……入れ」

 扉の向こうから聞こえたクレイスの声は、いつもと様子が違っていた。そして、入室して私を見つめるその表情も浮かない感じだ。

「クレイス、何があった?」
「はっ──あの男、シンが姿を消しました」
「!! ──脱走したのか!?」
「恐らくは……窓も無く、出口は1ヶ所しかない扉に2人の見張りをつけていたのですが、見張りは食事を持ち込むまで気付かず、部屋を破壊した形跡もありません。文字通り消えました」
「くっ──!!」

 どこまでもあの男!!


──────────────
──────────────


 タッタッタッタ──

 行政府を出、大通りを走るクレイスの表情には怒りと焦燥が浮かんでいる。
 シンが姿を消した事をタレイアに報告はしたが、だからといってそこから何が出来ると言う物ではない。
 その首に賞金を懸けて手配書をばら撒いたとして、それで捕まればよし、もし捕まらない場合は「首謀者の引渡し」という海竜との約を違える事になってしまう。
 言い伝えによればドラゴンは人の姿を取る事が可能だと言う、可能性は低いが、海竜が街に紛れ込んでこの事を知った場合、身代わりを立てる事も出来なくなってしまう。尤も、シン自体が首謀者の身代わりでしか無いのだが。

 ──別件容疑でシンを指名手配すればよい話ではあるのだが、焦った人間から建設的な意見が出ないのはどこも一緒である──

 バン──!!

 居住区の端に借りている自宅の扉を乱暴に開けたクレイスは、そのままの勢いで自室に駆け込む。
 一人で住むには大きな家だが使用人などはおらず、部屋の角にはホコリが積もっているが蜘蛛の巣などは張っておらず、床に残る足跡の数からも、なんとなく人の出入りの多そうなイメージを抱く。

 ガチャ!

 自室に踏み込んだクレイスがはじめに目にした物は、

『あばよ、とっつぁ~ん♪』
「……?」

 机の上に置かれた羊皮紙に書き殴られた意味不明の一文と、その下に書かれた──

『盗賊にはご用心を』
「──────!!」

 机をずらし、カーペットを剥がすと現れた扉、クレイスがそれを開けると、そこには何も無く、

『お宝、ゲットだぜ!』

 と、また意味不明の言葉が書かれた羊皮紙が1枚あるのみだった。

「まさかあの男! イヤ、それよりもどうして!?」

 顔に手を当てて呻くクレイスの頭の中には疑問ばかりがグルグルと巡る。

(どうして竜の卵がここにあることを? イヤ、その前にどうして私が卵を隠し持っている事を知って? いや、そもそもあの男どこまで……どこから・・・・知っている!?)

 ハアッ──ハァツ──ハァ……

 止まらない動悸を無理矢理押さえつけ、なんとか平静を保とうとするクレイスだが、顔を伝うジットリとした脂汗に心を乱され、結局、落ち着くまでに10分を要した。

「大丈夫だ、仮にここに竜の卵があったとして、取り戻した、再度奪われる事を考慮して隠し持っていたという事で何の問題も無い。問題は、あの男が竜の卵に何の用が?」

 海竜の元に戻すのであれば態々わざわざシンが脱走してまで奪う必要は無い。海竜の要望は全ての財宝の返却と首謀者の首だ、卵だけ返してめでたしめでたしではないのだから。
 自分が犯人ではないのを判っていながらあえて卵を奪って姿を消す……。

「まさか……アイラの街を完全に滅ぼすつもりなのか?」

 そうしそうなら──

「──全ての罪を被ってくれるか……なんとありがたい」

 クレイスの顔は狂喜に歪んでいた──。
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