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4章 港湾都市アイラ編

152話 大漁

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 南海の大海原を大型船が往く──

 遠洋漁業に耐え得るよう改修を施した中古の元貨客船に乗り込んだ、シン&アリオスとサイモン率いる村の若い漁師達は目的地へと船を進める。
 サイモンと挨拶を済ませたシンが話を持ちかけた当初、同行者のアリオスを含め全員が試算した利益予想に半信半疑だったが、商売が軌道に乗るまでの経費は全てこちら持ちという事でとりあえず納得してもらい、村長サイモンの号令一下、若い衆が集められて船に乗り込んでいる。若い方が仕事に慣れるのも早かろうと言う判断か。
 船に揺られて3日、そろそろサイモンが言っていた目的地も近い。

「良い風ですねえ」
「おう、こんな穏やかなくせに帆に絡んでくれる風も珍しいな、シン、おめえ持ってんな・・・・・
「いやいや、村長の人徳の賜物ですよ」
「ジジイを持ち上げても何も出ねえぞ?」
「漁が成功するかもしれないじゃないですか」
「まあそういう事なら、乗せられてやるよ」
「………………………………うぷっ」

 船首付近で駄弁っている2人の背後で、アリオスが船酔いと格闘中であった。
 村にいても仕方が無いとシン達に同行したアリオスではあったが、航海初日で己の判断を後悔していた。
 最初はシンやサイモン、若い漁師達も鍛え上げられた肉体に金髪・甘いマスクとなかなかの完璧超人が船酔いに苦しむ姿を笑っていたものの、2日目では可哀想なものを見るような目つきになり、3日目は無視するに至っていた。

「酔い止めの薬を飲んでもそれ・・とか、致命的に船と相性が悪いようですね」
「おめえ、漁師の子に生まれなくてホントに良かったなあ?」
「わた……しはっ! 騎兵だから船に……乗れ、な……く……」
「馬も船もどっちも揺れる乗り物じゃないですか?」

 シンが心底不思議そうに呟く。

「まる、で…………違うわ!」
「「……………………?」」

 シンとサイモンは向かい合いながら「解らない」といった風に首を振る。
 薬を処方している以上、後は状態異常解除の薬か魔法を、効果が切れるたびに使わなければならないが、無駄な労力でしかないのでシンは当然のように無視した。

「アリオスさん、近くの物を見てもユラユラと揺れてて気持ち悪いから遠くを見るといいですよ。ホラ、あの雲なんかオッパイに見えてきませんか?」
「……なんでそれで……私が興味を持つと、思ったんだ……?」
「おい、バカ話は置いといて、見えてきたぞ!」

 サイモンの言葉通り船の行く先には、海面からゴツゴツとした岩の突き出た、いわゆる岩礁帯が現れる。
 その手前数十メートルで船を止め、シンは漁師達に指示を飛ばしながら自ら率先して船縁ふなべりに立ち、血抜きのされていない豚肉を釣り針にさすと海に放る。

「さあて、「サメ釣り」を始めましょうか!」



 シン達が釣り糸をたらして数分、豚肉の血生臭い匂いに吸い寄せられてきた魚影が透明度の高い海面に影を作り出す。
 そして、

「おお! かかったぞ──!!」

 漁師の一人が声を上げると、別の場所からも同様の声が上がる。
 ちなみに釣りと言ってはいるが、使っているのはいわゆる釣竿ではなく、荷下ろしに使われるクレーンを流用したものであり、リールに模した滑車を男が2人がかりで巻き取っている。
 暫しの力比べの後、やがて根負けしたサメが船の近くに引き寄せられてきた所を見計らい、止めを刺すためにモリを構えた男が頭をのぞかせる。
 そこへ、

 ザバアアア────!!

 突如としてサメがジャンプして海面から飛び出し、モリを構えた男に襲い掛からんとその大口を開く!
 しかし──

「おお、全然届かねえな、こりゃ安全だぜ!」

 通常の漁船と違い、貨客船を改造した船は甲板までが高く、体力の奪われたサメではとうていそこまで飛び上がることは出来ない。
 反撃むなしく、特製の長いモリに突かれたサメは少しの間暴れたものの、やがて動かなくなり、大人しくクレーンで吊り(釣り)上げられる。

「で、コイツがそうなのか?」
「ええ、ガイランシャーク、目的の獲物ですね」


ガイランシャーク モンスターではない為ランク指定無し
 サザント大陸遠海に生息する体長3メートルほどのサメ。
 肉食で獰猛な性格をしているが、縄張りとしている岩礁帯からあまり離れる事は無いので被害件数は少ない。
 歯は鋭いものの、それほど強度は無いので甲殻類は食べない。その為、外敵の少ないこの場所にはアワビやウニ、エビカニといった海の幸が豊富にある。
 そしてそれを目当てに一攫千金を狙った漁師が毎年被害に遭う。

※魔物とそうでないものの違いは体内に魔石が存在するかどうか


 釣り上げたガイランシャークを甲板に並べると、頭を切り落として更に口を上下に分断する。
 そして両顎に並ぶ無数の歯を指差して、

「この歯列の3番目、必要なのはここだけなので間違えないでくださいね」

 シンの指示通り、解体担当の男達が付近の鋭い歯に気をつけながら第3歯列の歯だけを丁寧に取り出し、1ヶ所に集める。
 集めた歯を液体の入ったガラス瓶に入れ、蓋をしてから軽くシェイクし、そのまま船内の倉庫送りにする。

「あの液体は?」
「ただの濃縮したお酢ですよ、あのまま4~5日放置しておけば表面が溶けて中身が取り出しやすくなるんです」
「ほう、必要なのは中身だけか」
「ええ、そいつを加工すれば「歯の卵」の出来上がりです」


歯の卵──欠けた歯や抜け落ちた歯茎に詰めれば、かつての元気な歯に成ってくれるよう調合された歯胚の塊。


 飽食・美食の輩と虫歯は馬車の両輪のように切っても切れない関係らしく、虫歯に悩むお貴族様は多いらしい。
 この世界で虫歯治療と言えば基本的には虫歯になった歯を抜き、そのまま放置か義歯を埋めるかのどちらかだが、偽者より本物が評価が高いのはどこも同じ、歯が生え揃っているというのはある意味、自己管理・欲望に流されない節度の持ち主という評価がついてくる。
 要はプライドと外聞の問題がここに生じる。
 もちろん「こんなことで!」との声を無視すれば神殿で虫歯の「治癒」を頼む事は可能だが、当然貴族が事あるごとに神殿に通うようでは、

「あの貴族はしょっちゅう神殿に通っている、何やらよからぬ呪いか、よそ・・で人に言えない病気でも貰ってきたのでは?」

 などとの噂が立つ。
 そんな、金よりもプライド大事な貴族連中に高く売りつけるための「歯の卵」、これを適当な大きさに分けて欠けた歯に、失われた歯茎に詰めておけば1週間ほどで元の綺麗な歯が戻ってくる、そんなありがたい薬である。

「金持ちってのはこんなモンに大金を出すってのかい……ったく、ワシ等とは本当にすむ世界が違うのう」
「何が商売になるかなんて分からないですよねえ」

 言いだしっぺが何を? という視線を浴びせながら、本当にこれで村が潤うのなら嬉しい限りだ、という気持ちが漁師達の間に広がる。
 そんな中、

「ところで、この歯の部分以外はどうするんだ、肉は臭くて食えねえぞ?」

 ご他聞にもれず、その体内が尿素たっぷりのガイランシャークの肉は臭い、その為肉は海に投棄が基本な訳だが、

「あ~、どうしよっかなぁ……まあついでだからいいか、サメのヒレは切って残しておいて下さい!」

 そう言ってシンはフカヒレの作り方を教える。
 話を聞いた漁師の一人が、

「で、美味いのか?」
「味は無いですね、その後の調理で味付けするしかないですよ」
「オイ!!」
「その代わり調理次第でどんな味にも成るのが強みですかね、食感も面白いし、なにより「美容と健康」に良いんで、こっちも上手く売り込めば金持ち連中に売れますよ」
「美容と健康ねえ……」
「試しに奥さんにでも食べさせてみれば分かりますよ……多分、最初は皆さんが襲い掛かって、その後返り討ちとばかりに搾り取られて干からびた皆さんの未来が見えますねえ」
「マジかよ!?」

 下世話なジョークで船上が和む中、サメ漁は続く。
 そして、充分な量のサメの歯とヒレを確保したシン達は帰路につくため錨を上げて進路を陸地に向ける──
 ──が、

「オイ、どうした!? 船が動かねえぞ!!」
「そんなはず無え! 碇は上げたし……オイ、誰だ、糸がまだ1本垂れたまんまだぞ?」

 ガクン────!!

「うおっ!?」

 いきなり船体が横に傾き、バランスを崩した何人かがそのまま海に放り出される!

「急いで糸を切れ! 船が引き倒されっぞ!?」

 すかさず糸を切断し、ゆり戻しで甲板が安定しないにもかかわらず猟師たちは見事な連携で落ちた仲間にロープを投げて引き上げる。幸いサメは近くにいなかったようで怪我人はいなかった。

「……ふぅ、一体なんだったんだ?」

 誰かが呟くその声に、シンが岩礁帯の方角を眺めながら問いに答える。

「アレですかね……ところで皆さん、一つお聞きしたいのですが、蟹はお好きですか?」
「蟹だぁ? 今はそれどころじゃあ──あ、カニ?」
「ええ、蟹です。食べると美味しいアレですよ」
「そりゃまオメェ、好きだけどよ。この辺に現れるカニッつったら……ホラ、なぁ」

 漁師達の声のトーンが徐々に下がっていく、普段シーラッド近海で獲れる蟹はズワイガニに似た蟹で、煮ても焼いても蒸しても美味しい。
 ただ、目の前に現れた巨大な蟹は、どの調理法を使っても、硬くてとても食べられたものではない、そんな類の蟹だった──

「……今日一番の大物ですねえ。誰ですか、釣ったのは?」

 全員が首を横に振る、自分では無いと全身で訴える
 海面から顔を出す岩礁をよじ登り、こちらに向き直ると2つのハサミをガチガチと鳴らし威嚇行動をしている。
 グレートオーシャンクラブ、Aランクモンスターが釣果の項目に追加された──
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