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4章 港湾都市アイラ編

146話 港湾都市アイラ

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 ──港湾都市アイラ──

 シーラッド都市連合の一つ、第4都市群に属する海岸に面した都市。
 丘の上に作られた居住区は他の都市と同様壁に囲まれており、人口は約18万人ほど。
 それと隣接するように港湾区が海岸沿いに作られ、昼夜を問わず行き来する船の為に常時1万人程の様々な職業の人間が働いている。
 主な産業は漁業と海洋貿易、連合間をはじめ、サザント大陸のみならず他の大陸との定期便も多数存在しており、他大陸の珍しい特産品も数多く入って来る。
 特産品は、小魚と海草から作る『醤油』。

 シンとその他の3人は居住区の中でも中心部にある高級宿に足を運ぶ。
 大商人や他国の要職に就く者も訪れる事の多いここでは、巡回の兵士や宿側の雇った警備の人間も少なからずおり、酒場の併設されたごく一般の宿とは雰囲気が明らかに違う。
 すでにフラッドが手配は済ませており、4人は街でも3番クラスの宿の最上階を借り切る形で滞在中の定宿としてあてがわれていた。
 そしてそこで誰もが問題に気付く。

「……寝る時ミレイヌ様はどうするので?」
「これは盲点でした……」

 シンの言葉に老執事──名をアンセンというらしい──が天井を仰ぐ。
 アンナは今回同行しておらず──当然の如く彼女はメイド兼ミレイヌの専属護衛であり、何事も無かったとはいえミレイヌを危険に晒した罰として、護衛の任を解かれ目下のところ再訓練中である。
 そしてその間の代わりがシン曰く金髪の若獅子なのだが、こちらは当然のように男だ。寝所まで同室する訳には行かない。
 盲点どころの話では無かった。

「ふざけるな! いくら部屋が分かれているとはいえミレイヌを、こんな得体の知れぬ男のいる階に護衛もつけずに一人で寝させろとでも言うのか!?」
「アリオス兄様! シン様は私の命の恩人ですわ、決して得体の知れない殿方などではありません!」
「ミレイヌ!」
「お兄様!」
「……お兄様?」
「ああ、お2人はお嬢様がこんな小さな頃からのお知り合いで、遠出などする時は護衛として同行する事も多うございまして、いつの間にかあのような呼び方に」

 つまりは幼馴染ということらしい、シンのアリオスに対する好感度が上がった。主にミレイヌに対するバリアとして。
 とはいえ問題は解決していない。

「ここは一つ、私が別のところに宿を取るということで手を打ちませんか?」
「ここは本来シン様の為に用意された宿でございます」
「……本人がいいと言ってるんだからよくありませんか?」
「申し訳ありません、当主であるフラッド様の評判に傷がつく様な事は承服しかねます」
「ですか……」

 ……結局、ミレイヌが寝室として使う部屋にはアンセンが同室する事になり、対角線上の一番遠い部屋にシン、その隣をアリオスが使うという事で一応の決着を見る。

「それではシン様、そろそろ執政官との面会の時間ですので参りましょう」
「解りました……ところで、みなさんも一緒にいらっしゃるので?」
「はい」
「ええ、お姉さまに会うのも久しぶりですので!」
「俺はミレイヌの護衛だ、当然だ」
「……………………………………」

 ──ボクの子供・・が執政官をしていてね──
 ──お姉さまに会うのも久しぶり──

 シンの顔は苦虫を噛み潰したような表情になった──。


──────────────
──────────────


「君が父の言っていたシン殿だな。はじめまして、私はタレイア=ヒューバート、港湾都市アイラの執政官を領主である父から命じられている」
「こちらこそ急な面会に応じていただき感謝いたします。私はシン、薬師の傍ら世界各地を旅しております」

 フラッド=ヒューバート、やつの背後にコウモリの羽とかぎ付きの尻尾が見える。
 俺の目に前に立っている執政官──タレイアは、愛くるしさを前面に押し出したミレイヌとは反対に、凛とした美女だった。
 執政官の任を務める覚悟からか、スカートではなく男装に身を包む彼女は、意志の強そうな目つきと相まって凛々しさが漂う。
 妹とお揃いの緩くウェーブのかかった見事な金髪を後ろで無造作に結び、女性らしさを極力排しようとしている。
 バッサリと切り落とさないという事は、要人などを集めたパーティなどではドレスを着たりするのだろう、興味はあるが絶対に出席などするものか!
 それにしても……
 ミレイヌといいタレイアといい、あの肉団子フラッドの子供とは到底信じがたい。鳶が鷹どころかオークがエルフを産みやがった。

「……オホン、ところで君はフラッド様の命を受けてこの街、アイラにやって来たとの事だが?」

 握手を交わす俺を不快そうに見つめる男の言葉には一欠けらの好意も含まれていない、むしろ敵意を隠そうともしない。

「よせクレイス! シン殿は父が不甲斐ない私を案じて紹介してくれた人物だ。失礼な態度は許さんぞ」
「失礼しました──ですが、タレイア様の政策は決して間違ってなどおりません。今はまだ雌伏の時、後数年も待てばその効果は現れてくるはずです」
「ああ、私もそうあって欲しいと思っている」
「……水を差すようで心苦しいのですが、今年中にどうにか街の景気を上向きにしないと、そのフラッド様が直接舵取りをするとおっしゃっておりましたよ?」

 投資や新しい事業に時間も金もかかるのはよーく知ってる。
 ただ、どんな政策を行ってるのか知らんが、自分の足元が危うくなるような危険な事を、住民を巻き込んでやるのは止めて頂けませんかね?

「なぜです! フラッド様も思うとおりにやって見せよと、タレイア様にこの街の執政官を任されたというのに!?」

 憤る補佐官クレイスにしかし、タレイアがそれを諌める。

「止せ、父の期待に応えられていない私に問題があるのだ。向こうを責めるのは筋違いというものだ」
「しかし! タレイア様が執政官となられて今年でまだ3年、結果を求めるのは性急に過ぎます」
「くどい!」

 言わんとしている事は分からんでも無いんだが……

「失礼ながら……3年で街の財政を傾かせるとは、一体どんな政策を?」

 アンタら、無茶してねえか?
 フラッドが付けた「優秀」って評価に恐ろしく疑問符が付くんだが……。

「シン殿と言ったか? 失礼ながら都市運営にたずさわった経験は?」
「あいにく、見ての通りの風来坊ですので」
「ならば説明の必要を感じないな。フラッド様の紹介状にも書いてあった通り、君に期待しているのは新しい商売のアイデアだ。勘違いしないでくれ、不慣れな行政に時間を割くより、得意な分野での活躍を君には期待しているんだ」
「左様ですか……」

 クレイスの物言いはにべも無い。
 つまり、知られたくないのね……まあ、面倒事に積極的に関わるつもりは無いので、こちらとしても有難い話だけどさ。

「シン殿、クレイスが失礼な事を言ってすまない。だが私も正直、キミには都市運営ではなく商売の方で力を発揮して欲しい。父からも面白い御仁だと聞いているからね」

 ……フラッド、あんた娘に何て書いたんだよ? イヤ、いい、やっぱ知りたくねえ。

「……あまり期待されても困るのですけどね、ともあれ時間を頂けますか? 街の事も知らずに新しい商売など考え付くはずもありませんので」

 ふざけたヤツが執政官などやっているんだったらさっさと離れる腹積もりだったんだが、幸か不幸か、見るからに真面目人間なんだよなぁ……しかも美女。
 ……まあ、補佐官クレイスの態度がどうにも、ホラ、あれ……最近すぐ近くで見たわ。

「ああ、よろしく頼む! 好きなだけこの街を見て行ってくれ」
「姉さま! もうお話は終わったのですね!?」

 そろそろ俺の背後で痺れを切らした聞かん坊・・・・が我慢の限界らしい。

「ああ、久しぶりだなミレイヌ! 元気をしていたか?」
「はい! それはもう」

 まったく、元気すぎて困るわ……

「先日も盗賊に攫われそうになりましたが、そこへ颯爽と現れたシン様に助けていただきました!!」
「ブホッ──!! ゲホッ! ゲフンッ!」

 イキナリなに言ってくれてんだこのお子様!?

「チョット待てミレイヌ、今なんと? それにシン殿──?」
「……あ、私はこれから街を散策にいかなければなりませんので──」
「──どこへ行くシン殿、執政官殿が呼んでいるぞ」

 てめえアリオス! アンタはここは見逃すところだろ!? このままじゃミレイヌのよって誇張された俺様の武勇伝が始まるだろうが!?

「いえ……執政官様も申されたとおり、急いで街を見て周り、商売の種を探さなければなりませんので……」
「そう言うな、お前の腕前とやらには俺も興味がある、本人の口からちゃんと話を聞きたいと思っていたところだ」

 クソ、味方が……執事さん!!

「ホッホッホ」

 ジジイ!!

「シン殿、詳しく話を聞かせてくれないだろうか……?」

 結局逃げられなかった──。
 とりあえず、ミレイヌの語る英雄譚を端から修正できた事だけが救いだった。
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