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2巻
2-1
しおりを挟むプロローグ
深い森の中を、少しばかり重い足取りで歩く男がいる。
比較的上質な麻布で作られた平服の上にたくさんのポケットがついた、見る人が見れば『ハンティングベスト』と言いそうな上着を身につけ、フード付きのマントを羽織った男だ。
健康的に焼けた小麦色の肌、短めに刈った黒髪を無造作に手櫛で整えた姿は爽やかな印象を与え、精悍な顔立ちながらも目元は柔らかく、柔和さも感じさせる。
胸元に着いた『ショットシェルポケット』に筒状の各種薬瓶を弾薬よろしく差し込み、自分の身長よりも長い棒を杖のように扱う十人並み以上イケメン未満の男――転生者にして規格外の旅する薬師――シンは、草木を掻き分け木々の間を縫うように歩く。
少しだけ、そう、ほんの少しだけ憂鬱そうに……
その理由は――
「師匠~~~~~~」
彼を師匠と呼ぶ声にあった。
『師匠』と呼ばれることが嫌なわけではない。多少は面映ゆくあるが、そう呼んでくる者を拒絶するほど、シンも冷淡無情の徒ではない。
しかし、いかに成人済みとはいえ、シンもまだ一六才。そんな若僧が師匠呼ばわりされれば、果たして一体何事か? と、衆目を集めることになるのは必至。それがシンには受け入れられなかった。
そして、これが一番重要なのだが――
「師匠! どうすれば師匠みたいに〝上手に魔法が使える〟んですか?」
薬師にそんなことを聞かれても困るのだ。
(どうしてこうなった!)
シンは現在、四人の新人冒険者パーティと、一時的にだが行動をともにしている。
その中の一人で、見るからに〝駆け出しの魔道士です!〟といった雰囲気の美少女が、シンのことを師匠と呼び、熱心に教えを請うている最中だ。
美少女に懐かれさぞやいい気分――などと外野から怨嗟の声が聞こえてきそうな情景だが、悲しいかな、未成年の彼女はシンにとって恋愛対象外であり、誰一人として得にならない構図である。
とはいえ、このような状況をいつまでも許していては、いずれ『異世界転生した俺が薬師として旅をしていたら、駆け出し美少女魔道士の師匠になった件について』という物語が――
「ししょう~~~~~~~~」
始まらない、はずである……
■
時は少し遡る。
マクノイド森林地帯――シンが足を踏み入れた場所は、アトワルド王国の国境から南へ進むこと三〇〇キロにある、南北へ一五〇キロ、東西へ三〇〇キロも広がる森の名だ。
彼が目的地としている鉱山都市は、この森を越えた先にあった。
通常なら、国境から森を沿うように作られた街道を馬車で走ること、およそ三週間はかかる旅である。しかしシンは、馬車に乗るどころか徒歩で、しかもマクノイド森林地帯を突っ切る最短距離を進んでいた。
その理由は、道中に採取できる植物や鉱物、また出くわす魔物がシンにとっては大切な素材であり、馬車にただ揺られるだけの三週間など時間の無駄でしかないからだ。
王国で散々消費した薬品も材料の補充が済み、現在は、珍しい素材や食材がないかと目を光らせながら、森の中を徘徊する日々である。
そうして森に入って一〇日目だろうか、シンは森に入って初めて、自分以外の人間に遭遇することになる。そう、今にも全滅しそうな冒険者パーティに――
「くそっ! 俺のことはいいから、お前たちだけでも逃げろ!」
「ラドック、この馬鹿! つまんないこと言う元気があるんならさっさと立ちなさいよ!」
「エイミーの言うとおりだよ! アデリア、ここは僕らに任せてキミはラドックの手当てを!」
「う、うん、ニクス、お願いね! でもその前に二人とも――〝防衛〟」
「サンキューアデリア、やるよ、ニクス!」
シンの視線の先には、一〇体以上のコボルトの群れに囲まれた冒険者と思しき、いや、まだ少年少女にしか見えない、武器を構えた四人組の姿があった。
コボルト:Fランクモンスター
全身を獣毛に覆われた、身長一三〇センチほどの狼が直立したような風貌の魔物。犬頭とも呼ばれ、知能はあるが低い。集団行動を好み、単独で行動することは稀。
人間の死体から剥ぎ取った衣類や装備を身につけているが、ろくな手入れをしておらず、全体的に薄汚れた身なりをしている。素材として使える部分は少なく、体内に宿る魔石も小さい。
冒険者とは、危険と隣り合わせの職業であり、生き方だ。
依頼を受けて魔物を狩ることのある彼らが、判断を誤り、逆に狩られる立場になったとしても、そしてシンがそれを見て見ぬ振りをしたとしても、怨まれる筋合いはない。
「ハァ……」
とはいえ、それは一端の冒険者に限った話で、目の前で危機に瀕しているのが冒険者もどきとあっては、さすがにシンも素通りはできなかった。
小さく溜め息をついた彼は、腰に下げたベルトポーチから薬瓶を取り出し、投げる。
ヒュッ――カシャン!
「なんだ? ――グエッ!!」
「キャアアアアア、何よ、この臭い!?」
「グギャ!! グルッグルルゥ――!!」
地面に落ちて割れたそれは、中に詰まったシンの特製「激臭剤」を周囲に撒き散らすと、敵味方の区別なく、嗅いだ者全てを悶絶させた。
濃度の濃い、腐卵臭とアンモニア臭の混ざった刺激臭に、四人はその場に膝をつき、コボルトたちは一旦距離を取り、集合して態勢を立て直す。
「い、一体何が?」
「見殺しにするのも寝覚めが悪いから助けてやる、そこでじっとしてろ! ……で、どうせ言葉は通じんだろうが、警告はしてやる。尻尾を巻いて逃げるなら見逃してやるぞ、犬っころ?」
案の定、コボルトたちは新たに出現した敵を、犬歯をむき出しにして取り囲んだ。そして今にも飛びかかりそうな体勢のまま、シンににじり寄る。大事な鼻を潰されながら、それでも数で押せば勝てると思っているのだろうか。くだらないところだけ人間臭い。
「警告はしたぜ……風精よ、我が元に集い、我が意のままに踊り狂え、〝竜巻〟」
ゴウッ――!!
シンが風属性魔法の呪文を唱えると、彼を中心に竜巻が発生し、コボルトたちに襲いかかった。
力負けした半数が地面から離れ、暴風に飛ばされて竜巻の中をグルグル回る。残りの半数は、飛ばされまいと必死に踏ん張るも、それが精一杯のようで、動くこともままならない。
「ガウゥッ!!」
「おー頑張ってるなあ。でも残念、これで終わりだよ」
シンは、人の頭ほどの大きさの布袋を取り出し、竜巻の中に放り込む。直後──
「ギャウウゥゥゥゥゥンンン!!」
コボルトの悲鳴が周囲に響く。
袋の中には金属片が入っており、強風に煽られ口を開くとそれは、暴風に乗って礫のように飛び散り、コボルトの鎧や体を浅く切りつけ肉を抉った。
また、一緒に入っていた鉄粉は、風によって押し広げられた傷口に入り込めば、さながら研磨剤のような働きをし、傷口を、そしてコボルトの命を削り取っていく。
やがて、五分と経たずに生きているコボルトはいなくなった。
「すごい……」
戦闘と言う名の一方的な殺戮が終わり、一部始終を見ていた四人の口からそんな言葉が漏れる。
シンはそんな彼らに顔を向けた。
「無事でなにより――と言いたいところだが、お前たち、見たところまだ駆け出しだろう、なんでこんな森の奥まで?」
「あ――助けてくれてありがとう……アンタは一体?」
まだ事態が呑み込めていないのか、エイミーと呼ばれていた気の強そうな少女は、質問に対して質問で返してくる。
それを見て、どうしたものかと首を捻るシンの前に、別の少女が近付いてきた。
「あ、あの!!」
「ん?」
「お願いです、弟子にしてください!!」
その言葉を聞いたシンは天を仰ぎ見て、女神、そして暇神に対し、今度自分の引きについてじっくり話そうと、固く心に決めた。
「あ、あの……」
「……まあ、とりあえず自己紹介から始めるか。俺はシン、見ての通り旅の薬師だ」
「ええっ!! 師匠は魔道士じゃないんですか?」
「誰が師匠だ……」
「まあまあアデリア、自己紹介も済ませていないのに質問攻めにするものじゃないよ。はじめまして、僕の名はニクス、槍使いです。今回は助けていただき、ありがとうございます」
アデリアの言葉にげんなりするシンを見て、フォローのつもりか、ニクスと名乗った少年が自己紹介をする。その様子を見て、残りの三人も次々に名乗りを上げた。
「あ、あのっ、私、アデリアって言います! まだ腕の方は全然だけど、魔道士です!!」
「アタシはエイミー、助けてくれてありがと。見ての通り格闘家だよ」
「……ラドック、剣士だ」
全員が名乗り終わると、改めてシンは、四人に向かって大切な質問をする。
「なんでお前らみたいな駆け出しが、こんな森の奥まで潜ってるんだ?」
そう言われた少年少女は、一様に表情を暗いものに変えた。
「――つまり、後のない新人どもが一発逆転を狙ってあのザマ、と……」
冒険者という存在に憧れてギルドの門を叩くも、スタートとゴールを勘違いした駆け出しが現実という壁にぶち当たる。実によくある話だった。
「ボクたちも当然、はじめは簡単な仕事からコツコツやるつもりだったんですけどね。他の人の邪魔が入って……」
「簡単な仕事は誰でもできるからな。小遣い稼ぎと新人潰し、一石二鳥の美味しい仕事だ」
成り上がる手段として冒険者を目指す人間は多いが、彼らに依頼する仕事が準備万端、常にあるわけではない。自分たちの食い扶持を確保するため、新参者を歓迎しない先輩冒険者も当然いる。
「まったく、器の小さいやつらよね、頭にくるわ!」
エイミーが盛大に愚痴る。彼女は気が強いのと同時に、短くもあるようだ。
「とはいえ、その程度の嫌がらせに屈するようじゃあ、冒険者として先は見えてるな」
「うっ……分かってるわよ!」
依頼の先取りは嫌がらせであると同時に、明日をも知れない冒険者の世界に踏み込む新人への、先達からの試験とも言える。こんな入り口で泣きが入るような冒険者に、明るい将来など到底待ってはいないのだ。
「それで、どんな仕事を請けてこんな奥まで入ってきたんだ?」
「ハイ、〝鎧ヤモリ〟の討伐と素材の確保です」
鎧ヤモリ:Eランクモンスター(脅威度 中~下)
その名の由来でもある硬い鱗に体を護られた、体長二メートルの大型ヤモリ。鎧の素材にも使える鱗は刃を通さず、ゆえに弱点は、鱗に覆われていない腹部と目になる。
森の中を生息地とするが、ジメジメしたところを嫌い、陽の当たる、自身の体が登れるほどの大木と身を隠せる大岩が転がっている地形を好む。
巨体に似合わず動きは俊敏で、主な攻撃手段は体当たりと小さいながらも鋭い爪。また、唾液は強い酸性を帯びており、噛まれると非常に危険。
「ハァ……お前たち、鎧ヤモリについてどれくらい知ってる?」
「バカにすんな! そのくらい、事前に調べてるに決まってんだろ!」
溜め息をつきながら質問するシンの態度が気に障ったのか、四人の中でただ一人、シンに対してあまり友好的ではないラドックが食ってかかる。
「そうだな、事前に情報を集めるのは冒険者の基本だ。ちゃんとできてるようで偉いぞ……で、お前ら、どうやって鎧ヤモリを倒すつもりだったんだ?」
少年たちの武器と言えば、剣、槍、手甲と足甲、そして駆け出し魔道士の魔法。
鎧ヤモリを相手に、新人冒険者が策もなしに正攻法で挑むなど、無謀としか言いようがなかった。
「集めた情報は有効活用しないとなあ……死にたいのなら止めはしないが」
呆れの混じったシンの冷淡な物言いに、四人は揃って押し黙る。
世の中は甘くない。ああ困った、大変だと嘆いていれば、親切な誰かが救いの手を差し伸べてくれる。そういったことは御伽噺の中だけだと、シンは思っている。
そう、助けが来るのをじっと待っているだけ、そんな甘ったれにシンが力を貸す義理はない。
「シンさん、お願いがあります。僕たちは強くなりたい、少なくとも鎧ヤモリを狩ることができるくらいに! だから、少しの間だけでもいいから、僕たちを鍛えてくれませんか?」
だが、真摯に教えを請うてくる、それも相手が子供というのであれば、少しくらいは世話を焼いてもいいかと思うのだった。
「ありがとうございます!」
「よろしくお願いします、師匠!!」
いまひとつ、納得しがたい言葉を聞きながら……
(……何か違わないか?)
第一章 薬師と駆け出し冒険者
シンを先頭に、その後を追いかけるように四人の少年少女が森を歩く。
「え、シンさんって、冒険者ギルドに登録してないの?」
「なんで薬師の俺が冒険者登録してると思うんだよ……」
「メチャクチャ強いから」
エイミーのシンプルかつ的確な回答に残りの誰もが納得し、ウンウンと頷く。
「個人情報の……いや、なんでもない。冒険者ギルドに登録すると、レベルからスキルから全部知られちまうだろ? 俺みたいに、魔法も使える薬師なんて存在は、冒険者の目には相当便利な駒に見えるらしい。だから利用されないよう、冒険者登録はせずに素性を隠してるのさ」
自分は冒険者ではない、そう告げるシンに向かって、今度はニクスが質問を投げる。
「だったらシンさんは、どうしてこんな危険な森の中を?」
「俺は薬師だからな。金を稼ぐには薬を売らにゃならんが、それを作ろうとすれば当然、材料が必要になる。そのとき、材料を自分で調達すれば、経費はかからず儲けはでかい。俺にとって、森の中や魔物の住処は材料の宝庫というわけだ」
揚々と語るシンではあるが、言うほど簡単でないことくらい、ニクスにも理解できた。
だからこそ彼は、それができるであろうシンの目に、コボルト相手に全滅しそうになった自分たちが、果たしてどう映っているのかと、落ち込むと同時に無力さを痛感する。
しかし、そんなことを気にしているのはニクスだけのようで、他の面々は元気なものだった。
「でも師匠、さすがに一人旅だと、色々と不便じゃないですか?」
「だから師匠と呼ばないでくれ……そもそも俺の戦い方は冒険者向きじゃないんだ。周囲に毒を撒いた後、弱った相手をグサリってのが基本でな。仲間ごと毒の餌食にするわけにもいかないし、使える魔法も広範囲に効果があるものが多くて、一人の方が気を使わなくて楽なんだよ」
「凄いんですねー、私も師匠みたいな魔道士になりたいです!!」
「人の話を聞きなさいよ……」
毒云々をすっ飛ばし、魔法の部分だけを器用に耳に入れたアデリアは、凄い凄いと連呼する。
そして、そんな二人の和やかな(?)やり取りを、面白く思わない者もいた。
「ハッ! いいように言っちゃあいるが、ようは〝ぼっち〟なんだろ?」
挑発するようなラドックの物言いに、しかしシンはスルー。そして……
「……ニクス、あれは反抗期と思春期、どっちの意味で俺は受け止めるべきなんだ?」
「そうですね、思春期の方でお願いします」
「了解。それにしても……若さっていいねえ、ぼっちのお兄さんには眩しいよ」
「おいっ、無視すんな!!」
「そういえば、見たところこのあたりはオークの縄張りっぽい。むやみやたらと騒ぐなよ?」
ヒュッ――! と、誰かの息を呑む音が聞こえて以後、四人は一言も喋ろうとしなかった。
日も翳りはじめた頃、シンは夜営にちょうどいい場所を見つけ、立ち止まる。
「今日はこの辺で野宿だな……どうした、お前ら?」
シンが振り返るとそこには、歩き疲れてへたり込む四人の姿が。
「シ、シンさん……足腰……強過ぎ……よ」
エイミーが辛うじてそれだけ言うと、そのまま地面に突っ伏す。残りの三人は話すことさえできないようで、シンはそれを見て溜め息をつく。
「たかだか四〇キロ歩いたくらいで……まずは基礎体力の強化だな、話にならん」
結局、夜営の準備も食事の準備もシンが一人で済ませ、その後も四人は食事を取ると倒れるように寝てしまった。
翌朝シンにお小言を食らったのは説明するまでもない。
「というわけで、とりあえずお前たちには基礎体力、つまり基本レベルから鍛えることにする。昨日あれだけ見事な醜態を晒しておいてイヤとは言わさん」
シンの声が朝の森の中に響くと、四人は揃ってバツの悪そうな表情を浮かべ首肯する。
昨日イヤと言うほど思い知らされた。四〇キロの距離をただ速めに歩く。それだけで自分たちは体力を使い果たし、シンは息も乱さない。両者の差をここまで見せつけられ、「そんなことより戦い方を教えろ」などとはとても言えなかった。
素直な態度の四人にシンは満足する。
「お前ら、基本レベルはいくつだ?」
「一七です」 「一八」 「一六よ」 「あの、一三です!」
「……本当に駆け出しもいいところだな」
シンは頭を抱えてしまった。
基本レベルは冒険者特有のものというわけではない。肉体の頑健さを示す指標として、全ての人間に存在する。ちなみに、特に鍛えなければ、三〇歳までは年齢=レベルといったところである。
四人は全員一三歳とのことなので、魔道士のアデリアはともかく、戦闘職の三人は少しは鍛えているらしい。とはいえ、未熟としか言いようのないレベルではあるが。
「……よし、方針は決まった。とりあえず全員二週間でレベル四〇超えだな、覚悟しろ」
ちなみに、ランクF・Eはレベル六〇まで、D・Cは一〇〇まで、B・Aは一五〇まで、が冒険者の基本レベルの目安だ。それ以上は――その領域まで行ける者は極めて稀だが――大抵はランク指定外の特別扱いを受けることができる。
「ちょっ! シンさん!? 二週間でレベル四〇って……アデリアまで?」
「当たり前だ、エイミー。魔法を使うのにも魔力がいるんだ、レベルが低けりゃ何発も撃てんだろうが。だが安心しろ、俺の指導を忠実にこなせば、その程度の目標、余裕で達成できる」
シンは爽やかな笑顔で語るが、二週間でレベル四〇になる特訓とは、いったいどんな地獄なのか? そればかりが四人の頭を駆け巡っていた。
そんな青ざめる面々を、シンは意図的に無視して言葉を続ける。
「まずは魔力展開による身体能力強化、これに慣れてもらう」
魔力展開による身体能力強化
魔法は個人の才能によるところが大きいが、訓練さえ積めば体内を流れる魔力を制御することは誰にでも可能である。その魔力を、動力補助を行うパワードスーツのように身体の表面に展開することで、身体能力を向上させることができる。
当然限界はあるものの、展開する魔力量と魔力制御スキルによって上昇幅は変化する。
上を目指す冒険者なら必須の技術だが、低ランク冒険者にはできない者も多い。むしろ、駆け出しのうちからできる方が稀である。当然四人はできないらしく、一様に表情が暗い。
「心配するな、これは泳ぎや逆立ちみたいに、コツさえ掴めば誰でもできるようになる技術だ。はじめだけ俺が導いてやるからお前ら、そこに並んで肩の力を抜け」
素直に従う四人の前に立ったシンは、まずエイミーとニクスの頭に自分の手を乗せ、そこから自分の魔力を二人に向かって流し込んだ。
ズクン――!
変化はすぐに現れ、シンの魔力を呼び水として、今まで二人の体内に留まっていた魔力が滲み出るように身体の表面に現れ、全身を包み込む。
「これって……もしかして、これが魔力?」
目に見えないはずの魔力が分かる、そんな不思議な感覚に戸惑うニクスたちをよそに、シンは残りの二人にも同様の施術をする。
シンが見守る中、己の身体に起きた変化に興奮しきりの四人は、それを確かめるように思い思いに動き回り、強くなった自分を楽しんだ。
――数分後。
「あ……う……」
「あれ……なん、で……?」
はじめに倒れたのは、基本レベルが一番低いアデリアだった。その後、続けざまに残りの三人がバタバタと倒れてしまう。皆青ざめた顔で寝転がっている。
魔力展開を長時間発動したことによる体内魔力の枯渇、いわゆる〝魔力切れ〟の症状だ。
「五分未満か……ともあれこれで魔力展開のコツは覚えたな。ついでにその弊害も。それを踏まえた上でお前たち! 体調が万全な状態でも五分と続かない技なんて到底実戦では使えない。だからこその基本レベルのアップだ。理解できたところでこれを飲め」
シンは、魔力回復薬を全員に飲ませて魔力を回復させる。
やがて、顔に赤味が戻った四人が立ち上がると、彼らに向かって言葉を続けた。
「ではここで一つ、お前たちを二週間でレベル四〇まで上げるための技を伝授してやる。くれぐれも他所で言って回らぬように。実は俺の使う魔力展開には、いくつか種類がある……」
魔力展開による身体能力抑制
全身を包む魔力に水あめのような粘ついた特性を与え、身体能力強化とは逆に、身体を動かすとき、常に負荷がかかる状態にする魔力展開式。
基本レベルの上昇を主眼に置いており、主に基礎体力および筋力面での強化が見込まれる。
「――とまあ、短期間で身体を鍛えられる、画期的な方法だ」
「師匠、凄いです!! こんな方法を思いつくなんて」
「……アンタ、頭がイカレてんじゃねえのか?」
賞賛と挑発、ブレない二人の言葉を聞き流すシンに向かって、ニクスが手を上げる。
「いくつかと言ってましたけど、魔力展開の方法は他にもあるんですか?」
「あるにはあるが、お前たちが知る必要はないな……無駄に人死にが出るのはごめんだ」
視線を逸らしたシンがボソリと呟くと、それを聞いたニクスはブルンと身体を震わせ、背筋をピンと伸ばして硬直する。
シンの発した言葉から、冗談とは思えない、そしてあまり良くないものをニクスは感じとった。
そんなニクスの態度に気付いたシンは、困ったように笑顔を浮かべる。
「無駄話が過ぎたな。それじゃあ覚悟しろよ――」
ドン――!!
一瞬、痛みとは違う衝撃に全身を貫かれた四人は、自分の身体に何が起きたのかを確認しようとして……自分たちの動きがあまりに鈍いことに驚いた。
とにかく身体が動かない。腕を上下させるだけで両足を踏ん張らなければならないほどの負荷に、四人の口から苦悶の声が出た。
「どうだ、ただ動くだけでしんどいだろう、お前たちはこれから二週間、日中はその状態で過ごしてもらう。それじゃあ移動するからついて来い」
シンはそれだけ言うと、返事を待たずに歩き出した。
四人は慌てて後を追うものの、予想以上に足が上がらず、仲良く転んでしまう。
重労働の末に立ち上がった彼らは、今度は倒れないよう慎重に歩を進めた。これ以上無駄に疲れたくないとの思いだったが、四人の歩く速度では、シンとの距離は開くばかり。
試行錯誤の結果、必死の形相を浮かべる四人の取った行動は、〝ノロノロと走る〟ことだった。
「シンさん、これ凄くキツいんだけど……」
「そうだな、キツくない訓練があるなら俺も知りたい」
エイミーの訴えをにべもなく突っぱねるシン。
「クソ、一人だけのうのうと歩いてズリぃじゃねえか……アンタも一緒にやれよ!」
ラドックがシンを挑発するのだが、当の本人はどこふく風だ。
「あん? やってるに決まってるだろうが。何を今更……ついでに言えば、お前たち四人の身体能力抑制に必要な魔力も今は俺が供給してるんだ。憎まれ口を叩く前に、至れり尽くせりで鍛えてもらってることにしこたま感謝しろ。というか、喋る元気があるならキリキリ進め!」
まさかの返答に四人は声も出ない。事実ならシンは現在、自身を含めた五人分の魔力を消費しながら、平然と歩いていることになる。
魔力操作の技術も驚かされるが、目の前を歩く男の保有魔力量は一体いくらだというのか?
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