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6章 ライゼン・獣人連合編

290話 続・神域にて

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「それはそうとシン、キミも足湯に浸かりなよ。疲れが取れるよ、主に精神的な部分で」
「張本人達が吐くセリフじゃねえな、ったく……ふぅ」

 足から伝わる温もりが、精神体であるはずの身体を暖め、ため息と共に全身が弛緩しかんする。
 重くなった目蓋まぶたが視界を閉ざそうとするのに抗いながら、なるほど、自分では気づいていなかったが疲労が蓄積されていた事に気づかされた。

「zzzzz……」

 対面には、いつの間にやら睡魔に負け、再度眠りこけている女神様ティアの姿がある。
 俺と同様、疲れて眠ってしまったのだろうか? だとすると、この世界の神である彼女が疲労する事は一体何なのだろうと、つい気になってしまう。

「・・・・・・・」

 ペラリ……ペラリ……ガサゴソッ。

 ……従者は暢気に、同人誌を読みながらポテチを摘まんでるんだがな。

「なにか、シン殿?」
主人ティアはお疲れでおねむ・・・なのに、従者は元気だと思ってな」
「……ティアは仕事の山を越えた直後だからね。疲労困憊ひろうこんぱいなんだよ」

 山?

「転生させる勇者クンの選定さ」
「ああ……そんな時期だったな」

 今が帝国暦九八六年の十二月だから、結界が効果を失うのが十一年後、来年には妊娠した体に、転生者の魂を宿らせる。そして結界が消失するころには転生勇者達は十歳という訳だ。
 ……それにしても

「今更の話だけど、良く無事に生まれてこれたな、俺」

 現代日本と違って、コッチの世界は出生率自体は高いものの、無事に生まれてくる確率はそれほど高くない。生活環境、水準に加えて外敵もいる。
 果たして何人が無事に生まれてくるか……。

「……イヤイヤ、さすがにボクらも最低限のフォローはするよ? 生まれて来るまではしっかり見守っておくとも。そもそもシンの時だって、本が三冊出来る勢いでちゃんと観察日記を──」
「だから、どうしてお前は素直に感謝も賞賛もさせてくれねえんだよ!?」

 ワザとかテメエ!
 とはいえ

「で、何人転生させるつもりなんだ? そのくらい教えてくれてもいいんじゃないか?」
「教えてあげなーい。その辺を教えると、シンは裏読みしそうだからね」
「フン!」

 だがまあ、なるほど……裏読みされると問題が生じる人数なのか……。
 ………………………………

「なあ──」
「今はこれ以上、この話は出来ないかな」
「……わかったよ」

 釘を刺されたか。まあいい、言質は取った。

「んじゃ少しだけ違うことでも聞かせてもらおうか。ティアはなんであれだけ疲れてるんだ? 異世界転生させるってのはそんなに大事おおごとなのか?」

 現地人は毎日死んだり生まれたりしてるのに、疲れた様子のティアを見た事が無い……カドモスは別腹だな、ウン。
 それに、いったい何人を相手にしたのかは知らないが、まだ面接段階で、転生自体を行った訳じゃない。
 面接でこれなら、転生のときはどうすんだ、コレ?

「あ、彼等の魂ならすでにこっちに持ってきてるよ。それに転生自体は何も面倒な事じゃない、向こうの魂をコッチにつれてくるだけで済むからね。大変なのは、コッチ・・・向こう・・・を繋げる作業さ」

 エルダーが話すには、交わる事のない別次元を一時的にでも繋げるのは、かなり高度でかつ危険な事なのだそうだ……じゃあ勇者は現地の人間でまかなえよ。
 俺のツッコミを当然のように無視するエルダーは、その辺のプロセスを色々と説明してくれたが、ハッキリ言って全くワカラン。

「スマンな、浅学非才せんがくひさいなもので、全く理解が出来ない」
「……コンビニの自動ドアが開くと中と外の空気が混じるでしょ。アレを起こさずに中に入って買い物をするようなものだよ」
「無理だろ、そんなの」
「……それを成功させた事例が目の前にあるじゃないか。もっと褒めてよ」

 そうだったな、成功例が二件ほどあったな。

「で、その転生予定者の魂とやらは?」
「別の場所で、コッチの世界に馴染むように慣らし・・・中さ。シンの時は大変だったからね」
「……………………」

 よし、聞かなかった事にしよう……だから喋りたそうに目を輝かせるんじゃねえよ!!

「いやあ、異世界の魂をこちらに転生させる時、肉体の強化に関わる加護を付与しないとあんな事になるとは知らなかったよ──」
「だから聞きたくないから無言でいるのに黙れよお願いします!!」

 くそ、本当にコイツらは揃いも揃って……。

「まあ、そんな前置きはさて置き……シン、何か言いたい事があるんじゃない?」

 ……本当にコイツらは揃いも揃って。

「もうすぐ『お試し』期間が終わる。そうなったら俺はどうなる?」

 契約の切れた派遣社員の今後を会社が保証してくれるはずも無いが、一応雇用主には確認をしておきたいところだ。
 俺の行動に制約は付くのか?
 そもそも、この世界に留まるのか? お役御免で向こうに送り返されるのか?
 ティアとエルダーのとして生きた記憶すら消される可能性だってある。

「シンはネガティブ思考だねえ」
「あいにく、人知の及ばない愉快犯を相手に楽観は出来なくてね」

 利害で動く人間相手ならいくらでもポジティブ思考で動けるが、お前みたいに楽しけりゃなんでもしそうな暇神ひまじんのやる事は予想がつかねえんだよ。
 その行動に何の意味があるのか? そんな理不尽を真面目に実行するのが、お前エルダーと言う存在だからな。

「はっはっは、ヒドイなー……ヒドイなー」
「口元を歪ませて見つめてくるんじゃねえよ」
「いけませんエルディアス様! まさか先ほど話していた『あら大変、地上に戻ったシン殿が、気がついたら超絶美少女に!』作戦を決行するつもりなのですか!?」
「お願いだからヤメテクダサイ!!」

 足湯から飛び出した俺は、その場で五体投地の姿勢でエルダーに懇願した。
 ホントに全く意味のないこと画策してるじゃねえかよ!!

「え、ボクそんな事話してたっけ?」
「あ、申し訳ございません。それはこちらの本に描かれている内容でした」
「……テメエはさっきから!」
「あ、ちなみにこちらの話は『添え星の君』というタイトルで、かつて敵対していた剣士が、次に出会った時はよきライバルとなり、やがて恋に堕ちる・・・という実に少年漫画的な──」
「最後で全部が台無しだよ!!」

 さっきはBLで今度はTSか! ジュリエッタ、お前もう師匠エルダーを余裕で超えてるだろ!?
 もうやだ、いっそ全てが終わったら記憶を消してもらった方がいいのかもしれない……。

「残念だけど記憶を消したりなんかしないし、使徒の称号を外してサヨナラするつもりも無いよ、ボク達の方は」
「……俺の方からは出来るのか?」
「今だって、ココに上がってくるのはシンの都合が最優先だよ? まあそれはともかく、本番の勇者たちの転生さえ終われば確かにシンの役目は終了だからね。そうなると当然報酬をあげないと」

 報酬?

「そ、報酬。何でも願いを一つだけ叶えてあげるよ。とはいえ限界はあるけどね」
「限界ってのはどこまでだ?」
「出来るのはシン、キミに関することだけだよ。不老不死になりたい、使いきれない財宝が欲しい、なんだったら千年前の勇者なみの力が──」
「生憎とソイツは結構だ……そうか、俺限定か」
「……だから、何年も前に死んだ誰かを生き返らせて欲しいってのはダメだよ」

 ……言われなくても分かってるよ。それが神様でも無理な事くらい。
 それにしても、そうか、だから俺の方からは、か。

「なんでもねえ……正直、何も思いつかんな」
「時間はまだあるからね、考えておいてよ。ボク等もキミになにかプレゼントが出来るのを楽しみにしてるからさ」

 今日はえらく殊勝だな、コイツエルダー。調子は狂うが、たまにはこんなのもいいか。
 …………………………。

「……」
「……シン殿」

 おいババアジュリエッタ、なんでアンタはその、横にうずたかく積みあがった禁書をポンポンと叩きながら、何かを期待するような目で見て来るんだ? 俺がソレを報酬に欲しがるとでも思ってんのか?

「いえ、独力で手に入る金銀財宝などよりも、女体化の方がよほど願いとして」
「エルダー、コイツジュリエッタを黙らせて」
「願いによる干渉はシン限定だよ。ムリかな」
「使えねえ報酬だな……」
「zzzzz……」

 そしてホントによく寝てるな、女神様ティアよ……。
 報酬ねえ……ティアのおっぱいでも揉ませてもらうか。

「んぴゃう!?」

 ……うん、まあいいんだけどね。

「それも本人の同意が無いと無理かなぁ。というか虚しくならない?」
「エルダー……もちろん、冗談に決まってるじゃないか。そう、冗談だとも」

 ああ、冗談だとも。冗談。
 ……………………。
 だから冗談だって。

「まあいいや、そろそろ帰るぜ? 次に来れるのは年明けか……そっちの用事・・が終わってからかな?」
「そうだね、楽しみに待ってるよ」
「せいぜいとんちの聞いた無理難題を叶えさせてやるよ──」



「──帰ったねえ」
「帰りましたね」
「……………………」
「……ティア、そろそろ起きなさい」

 エルダーの言葉に、ティアはその美しい口でへの字を作り、瞳には涙を溜めながらノロノロと起き上がる。

「お父様……」
「心配しなくても、シンはそんな事・・・・お願いしたりはしないよ」
「ですが、シンのこちらでの人生は、決して穏やかなものでは……」
「だとしても、彼は自分の人生を否定する事も、ボク達との繋がりを消したいと思う事も無いよ」

 シュンとうなだれるティアに向かってエルダーは、永い時を経てはじめて生まれる、慈愛に満ちた瞳をその幼い顔に宿し、優しく諭すように語った。

「ティアリーゼ様がペットを里親に引き渡す時は、これが最後だと相手が逃げ出すほど構うタイプではなく、寂しさに慣れる為に距離を置くタイプのようですね」
「ううぅ……」

 使徒シンをペット扱いする従者ジュリエッタも大概だが、しかしティアはそれに対しては反論せず、涙が落ちるのを堪えて唸るのみである。
 神にとって人間という存在は、どれだけ姿が似ようとも、それは神がそう作った結果でしかなく、あくまで造物主と被造物の関係でしかない。
 例えるならば、人間とアリの間で意思疎通が出来たとして、その中の一匹と特別仲良くなったとしても、アリと生涯の愛を誓い、添い遂げる人間はいない。せいぜいが、他のアリよりも気にかけ、見守り、その生涯を看取る程度である。
 神々にとって人間とは箱庭ガルデニアを構成する要素の一つであり、使徒とはその中で特に気にかけているだけ・・の価値しかない。
 とはいえ、人間に向ける神の愛は本物であり、その中でも特別な存在である使徒シンを、どのような形であれ失うかもしれないというのは、ティアにとっては涙が溢れるほどに辛い事である。
 それは、初めて世界を管理するティアの、異世界から呼び寄せた、勇者とは違う身内・・に対する執着とも言えた。

「何かを特別視するのは良い事さ。特にシンはボクにとってもお気に入りだからね……しかしそうなると、娘を成長させてくれたシンには悪戯しゅくふくをしてあげないとね」
「……エルディアス様、あまり強くかまうと嫌われてしまいますよ?」
「はははは、ジュリエッタに言われては立つ瀬が無いねえ」
「私はこれでも助言のつもりですので」
「ううう、シン……」

 シンの居ない神域は、照らす光もどこか寂しさをうかがわせていた──。



 神殿を後にしたシンは、いよいよ振り出してきた雪を眺めながら夜空を見上げ、独り呟く。

「──さてと、もう一戦、いや二戦になるかな……あんまり後味の悪い〆方しめかたにはしたくないんだけどな」

 そう言うとシンは、異空間バッグから何かを取り出すと
 ブォン──!!
 両手で振るうそれ・・が巻き起こす風は、空から降り注ぐ、そして地面に積もった雪を巻き込み、宙を泳ぎながらやがて地面に降り積もる。
 そして何度か振り回し、手に馴染ませると長大なソレを再度、異空間バッグにしまう。

「……使いたくはねえなあ。アイツ等は嫌いじゃねえし」

 シンの独り言は、冬の寒空に染み込み、掻き消えていく──。
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